前編
春。
枝の花が一輪咲くに合わせ、今年も目覚める。
「ふわぁ」
微かな声にそちらを見れば、母親と手を繋いだ幼女と目が合った。
おお、今年は我の姿が見える者に出会えたな。
何年ぶりだろうか、それも幼子とは微笑ましい。
つと、口元がゆるむ。
と、幼女が母親を連れ、寄って来た。
「ぐもーにん?」
…………ん?
なにやらきらめく目で見つめられているが、何を言われたのだ?
……あ、確か異国語であったな。ここ何年かはよく聞く言葉の気がする。確か……意味は……
『おはよう……?』
驚愕の表情の幼女の様子に間違えたかと焦る。しかし、間違えたのは分かっても正しい意味は分からぬし、困った。
と、幼女は母親を振り返った。
「おかーさん! 小人さん、えーごしゃべらないよ! ぐもーにんて言ったのに、小人さんはおはよーって言ったよ!」
お、これはまずかったようだ。おうむ返しで良かったのか……
「おかーさん! 小人さん、小人さんと服がちがうよ! おじゃる丸みたいな服だよ! ハイホーっておどってないし、かみの毛ながいよ! プカプカとんでるよ!」
……何を言われているか、さっぱり分からぬ……
しかし元気な子だ。母御も大変だろうなぁ。
「あらあら、小人さんは一人なのね。じゃあ白雪姫の小人とは違う小人さんだわ。白雪姫の小人さんたちは、プカプカ飛んだりしないし、英語が上手なのよ~」
……ふむ。その小人さんでなくて申し訳ない。
子に合わせてしゃがんでいた母親が立ち上がり、おもむろに幹に手を伸ばしてきた。
ダン!
……お……おおぅ……
我のすぐ横に母親の腕があり、その目は我を見ようとすがめている。姿は見えていないようだが、えもいわれぬ迫力が。
「小人さん、悪いんだけど、この子に英語を教わってくれない?」
は?
「ママ友の付き合いで英会話教室のお試し期間に通うことになったんだけど、三ヶ月分前払いだったのよ……。割安だったけど、その期間だけでいいの、払ったものはもったいないから通わせたいの」
お、おお……、よく分からんが、小声ということは子には聞かれたくないのか。
いや、しかし、私は人ではないのだが、それは構わぬのだろうか? まあ今までそんな人間はいたが……
「おかーさん何してるの?」
「うん? 小人さんがね、あなたが覚えた英語を教えて欲しいんだって。一緒に英語をお話ししたいみたいよ?」
ん?
「ほんとー! じゃあ今日のえーごきょーしつおわったら、小人さんのところに来てもいいの?」
「小人さんに聞いてごらん?」
……母御よ……
娘よ、そんなキラキラした目で見つめないでおくれ。
『…………あ~……教えてくれるか?』
ああ……、そんな笑顔を向けられるなど、いつ以来のことか。
そうして、この場から何度も娘を見送ることになる。