憧れる赤色
暗い…なんだかごめん
結果的にいうとわたしは保護された。
止めど無く泣くわたしに気付いた爺やさんが声をかけてきたのだ、そして顔が幼い日の母に似ていたので驚いていた。
震える声で爺やはわたしに魔法があるのかを確認する。
何故かって?それは本人確認になるから。
この世界ではスキルは遺伝するもので、特に特殊な魔法を身に着ける家系に生まれたシャルロットにとって本人以外有り得ないという証明。
母方のスキルである『光の魔法』を、父方からは『炎の魔法』を3歳時で得ていた。
元来この世界の魔法の種類は光闇火風水土なのだが火の上位である炎は、遠い昔この世界を唯一統一した国王の血を引く者にしか引継がれない。
ちなみに『炎の魔法』の所持者はこの世界の大概王族とか要人なので高待遇が基本、そういうのもあって転生や憑依候補に選んだという裏話もある。
初めての帰宅。
両親との感動の再会は居た堪れなくて辛かった。
なにもかもが泣けた。
かわいそうなシャル、申し訳なくて。
帰ってこれたのに帰ってこれなかった。死んでしまったからそしてわたしがあなたを奪ってしまったから。
現世での両親が泣きながら抱きしめてくる…この人達も奪っていいのかと一瞬ためらう。
だからキツク抱きしめられているのに、無言で袖を掴むことしかできなかった。
なりすますというこの悪事を一生誰にも言わずに秘密に耐えていかなければならない…。
果てしなさに気が遠くなりそうになる。
でも他の道は危険過ぎるから嫌だ怖い他にない、それにもう引き返せない。
シャルは死んだんだ、それを貰って何が悪い?わたしは悪くない。
そう自分に言い聞かせてもクラクラする、進むべき未来が遠い。
ごめんなさい。全てに謝った、何度も謝る。
せめて目の前で泣く両親を悲しませないようにはするから。
だから…ズルイわたしはシャルになる。
心を塗り固めていく作業は黒くて苦しくて、安全欲求が満たされる甘美なうずき。
ご両親を大事にするから許して。
わたしは心に蓋をし前を向く。
ウケのいいように振る舞う。
イイコぶるのは得意だった、良家のお嬢様っぽく振る舞うのは前世の高校デビューまで散々してきたことだから。
周りもシャルロットを受け入れていく。
だけど罪悪感は発作のようにこみ上がる。
こんなので異世界を暮らしていけるのだろうかと暗い気持ちに何度もなる。
なぜ異世界に来なきゃいけなかったの?女神様を恨んだりもした。
そういえば断ればよかったんじゃ?今更気付いたりもした。
でもたぶん断らなかっただろうな。自分が消えるのは怖い…いやらしい浅ましい、自分は消えずにシャルが消えてしまったのに。
なんのために異世界にきた?そういえば実験とは聞いていたけど目的を聞かされていなかった。わたしつくづく馬鹿だ。推しマンガの続きは聞こうとしたのに。
歪になっていく自分…うまく笑えてる?
それでも現世のシャルのご両親に心配をかけたくないのでわたしは頑張った。
周囲もけなげに見えるわたしを大事にしてくれた。
折り合いなんて時の流れでそれなりについていく。
当初こそ父母や祖父母までわたしを可愛がり接触過多な感じだったが、2ヶ月近くも経つと各々通常の生活に戻りそこまででもなくなった。
一応言っておくと祖父母は領地を任されているので帰らなきゃだし、母は妊婦、父は大貴族だし忙しいからだ。決してわたしが駄目な子だからじゃないハズだ。
最近はよく庭を歩いてる、ほぼ日課にもなってる。
というのもこの家に引き取られた私は栄養不良とまではいかないが痩せこけていたので、療養というかリハビリ?食べて体力づくりをするだけの日々を送っていたからだ。
それに散歩はわたしにとって1人でいていい理由になるし、周りもわたしをソっとする必要があるんだと黙認してくれていた。
今日はイイ天気。
窓から入る光が屋敷の中まで届き、室内を白く輝かせる。
窓ガラスは多くも大きくもないから、ここまで陽光が入るってことは今は暑い季節になったというところ。
ちなみに建物の作りは西欧風で木造じゃない、デザイン詳しくないからわからんけど石材で骨太に組まれ、細部を彫刻されてる感じ。
今日も広い庭園を歩く。
暑さに水筒を持ってくればよかったなと後悔していると、前方から水筒をわたしの方に向けながら近寄ってくる父の姿が目に入った。
日中庭園で出会うとは珍しい。
忙しい父は夜も遅いことが多いから、会う機会も減っていて、朝の食事の時ぐらいになっていた。
そもそも貴族なんて身の回りの世話をしてくれる者が数多く屋敷にいるから家族との距離もそんなものではある。それでも父が娘に会いに来てくれたのは嬉しくてプレッシャー。
一緒によく冷えた果実水を飲む。
どれが好きかなと様々なお菓子を並べられたり、庭に咲く花の話等をした。
卒無く会話するわたし。
内心では乙女ゲーに出られるよお父様かっこいいとか思いながら。
たった15分…だけど体感だと長いティータイム、背後に父を呼びに来た執事の気配を感じたのでそろそろ終わり。
「会えなかった時間は長かったけど、ずっと生きていることを願ってた。こうして会えただけでいいんだ、無理をするな身構えるな」
少しでも会いに来てくれた父。
父の優しさに申し訳無さが心を渦巻く。
父の願いは叶わなかったんだよ!死んだんだよ!会えなかったんだよ…。
又心がザワメク。
呼吸が荒くなるのをこらえていると、抱きしめられた。
大きくて温かい。
苦しいよ。
「甘えていいんだよ?どんなシャルでもわたしの娘なのだから」
「違う!」
思わず声に出た。
「違うんです…」
でも言えない。
父も何も言わなかった。
陽光でわたし達の赤毛は燃えているようだった。
改めて異世界の髪色なんだなと思った、オールバックにまとめられた父の髪の毛。その瞳も赤く温かい光を放っていた。
でも同じ赤な気がしなかった。
わたしは偽物の赤だ。
そんな綺麗な色じゃない。
父は逆なことを言う。
「わたしの色が出たんだね、綺麗な赤色だ」
頭皮に感じる指先は、わたしの髪をすく。
「でもシャルの方が綺麗な赤色だ。同じ赤でもシャルロットの方がいいな」
見た感じだけなら父とシャルの赤い髪色の違いはわからない、ただわたしが同じ赤色に思えないだけで。
「同じ赤でも微妙に違うよ、生きていくと変化していく。でも同じ赤なんだ親子だから。今の私達は少し親子っぽくないかもしれないけど…いつか同じ赤になるよ」
こんな諭し方をする人なんだと、初めて父の事を知った気がした。
思えばわたしはデータがあるからと、父や母や周りの人を知ろうとはしていなかった?
ただ行儀よく振る舞っておけば貴族令嬢に見えて安心されるかなと思ってたけど、それじゃダメだったんだ。
自分の失敗に気付く。
偽物の赤も本物に近づける?
無理なことだとはわかってる、それでも親子として生きていくには赤色を近づけようとしなきゃいけなかったんだ。
たぶんシャルロットにはなりきれないし、この罪悪感は消せない。
わたし以外の人間には、シャルロットは無事に家に帰って来れたと思われてる。シャルは1人で辛いまま死んだんだよ。
わたししか知らない、そしてわたしは成り済まそうとしてる。
ごめんなさい、お父様、本物の赤色になれるとは思えない。
何知らないお父様は、ニセモノの赤を胸に抱く。
「もうすぐシャルにも下の子が生まれる。一緒に親子らしくなろう」
ギューされチューされた。
何度も前に進むべき答えを見つけても、わかっていても、立ち止まるわたし。