叔父
家に帰ると、携帯電話に伝言が入っていた。僕はそれを見て体に力が入った。
「翠、早く入れよ」
僕が玄関で立ち止まったので、鷹也が背中を押す。
「う、うん」
僕は携帯電話をカバンにしまうと、後でかけ直さなくては、と思い憂鬱になった。
電話をかけてきたのは、母の弟である龍司叔父さんからだった。
叔父は、僕を傷つけた事を気にしている。
母が亡くなった日、病室で叔父は、僕と父をなじった。
一緒に暮らしていて何も気付かなかったのか。姉が死んだのは父のせいだと、取り乱した叔父は、射殺すような目で睨みつけた。
僕らには何も言えなかった。
母はすい臓癌で亡くなった。末期だった。
あの時、僕は怖くてたまらなかった。
母が亡くなると、どうやって毎日を過ごしたらいいのか分からなくなった。
あれからかもしれない。
僕は叔父の豹変した姿を見て、年上の男の人がすこし、苦手になった。
大吾は友達だから僕の変わった様子にすぐに気づいて、なるべく一緒にいるよ、と言ってくれたのだ。
部屋に戻ってからカバンを置き、叔父に電話をかけた。叔父はすぐに電話に出た。
『翠か?』
「はい…。電話に出られなくてごめんなさい」
『いいけど、今、どこにいるんだ?』
「家です」
『そうか、ならいいんだ。それより今度の土曜日どこか行かないか? 休みが取れたから、翠の行きたい所に連れて行ってあげるよ』
「でも、叔父さん、忙しいんじゃ…」
『だから、休みが取れたって言っただろ? お前が気にする事じゃないよ』
叔父は急にイライラした口調になって、電話の向こうで舌打ちをしたのが分かった。
短気な叔父は、昨年、叔母と離婚した。
いとこは叔母が引き取ったので、きっと寂しいのだろう。
どう言って断ろうか迷っていると、ドンドンとドアをノックされ、僕は飛び上がりそうになった。
「翠、メシできたぞ」
鷹也が部屋に入ってくる。
「ちょ、ちょっと待って」
『誰かいるのか?』
叔父がけげんそうに言う。
「あの…えっと……」
鷹也の事は言うべきではないと思っていた。
再婚した話をすると、気を悪くするに決まっている。
「叔父さん、僕……」
土曜日は用事があると言い出そうとした時、すっと電話が手から離れた。
「あ……」
「もしもし? さっきからしつこいね」
「鷹也……」
僕は口を震わせた。
「やめて…」
「これから夕メシなんだ。悪いな」
ぷつっと電話を切って、携帯電話をベッドの上に放り投げる。
「誰だよ、今の相手」
「お、叔父さん…」
「おじさん?」
「お、お母さんの弟」
説明すると、鷹也の眉間にしわが寄った。
「何でそいつがお前に電話してきたんだ?」
「土曜日出かけようって誘ってくれたんだ」
「行きたかったのか?」
僕はゆるゆると首を振った。
「……行きたくない」
「だったら、はっきりと嫌だって言えよ。あいつ、また電話してくるだろ」
「でも、お母さんの…」
「関係ないだろ、嫌ならはっきり言え」
「うん……」
「ごにょごにょ言ってんじゃねえよっ」
鷹也は声を荒立てると、どん、といきなり僕の体をベッドの上に押し倒した。
「な、なな……」
何を…する気? 目を丸くすると、鷹也はいきなり僕を強く抱きしめた。
「た、鷹也っ」
僕はカーッと全身が熱くなるのを感じた。
「ほら、練習台になってやるから、俺の事、突き放せよ」
「い、いや……」
僕は鷹也を押し戻そうとしながら、なぜか力が入らなかった。
嫌じゃなかった。鷹也の体温が気持ちよくて、抱きしめる腕にしがみつきたくなった。
「ああ? 何してんだ?」
ピクリともしない僕に痺れを切らして、鷹也が顔を覗き込む。
「翠?」
鷹也が不思議そうに僕を眺めている。
恥ずかしい。
「み、見んなっ」
はっとして、鷹也を押しのけた。
「やり過ぎたか?」
ぽんぽんと頭を撫でて立ち上がった。
「あ、そうだ。メシ、早く降りて来いよ」
そう言って部屋を出て行く。
なんか、体が熱い。
「翠ーっ」
階下から鷹也の声が響いた。答える事ができずに、僕は部屋でうずくまった。