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ふてくされ



 隠しておいたプレゼントを取り出す。

 玲子さんには白地にピンクと赤の花柄。鷹也には、濃い目の紺のパジャマ。


 父と買い物に行った時に、二人の分も購入したのだ。


 父に頼まれていたが渡せずにいた。


「どうしよう……」


 どうやって渡せばいいのか分からない。

 玲子さんとは冷戦状態だし、鷹也なんか、目を合わせるのも嫌だ。


 ただ、「はい」って渡せばすむのに難しい。


 プレゼントを抱えてそっと部屋を出た。鷹也の部屋に行くべきか、玲子さんに先に渡すべきか。

 逡巡していると、台所で後片付けをしている玲子さんが見えた。


「あ……」


 僕の胸はドキドキし始めた。チャンスだ。

 父もいないし鷹也もいないみたいだ。僕は勇気を出そうと、手に力を込めた。


「玲子さん…」


 彼女ははっとして振り向いた。


「翠くん…」


 後の言葉が見つからないらしく、もぞもぞと指先を擦り合わせた。


「これ…」


 思い切って、背中に隠しておいたプレゼントを差し出す。


「え?」


 玲子さんは目を丸くして僕を見た。


「くれるの?」

「うん……」

「ありがとう。うれしい」


 玲子さんの声が潤んで聞こえた。

 父よりも四つ年上の玲子さん。ふっくらした頬には分かりにくいが、細いしわがある。


「ごめんなさい…」


 僕が小さく謝ると、


「え?」


 と、玲子さんが目を見開いた。僕は脱兎のごとく逃げ出した。


 嫌いなわけじゃない。ただ、お母さんがかわいそうだったから。玲子さんに罪がない事くらい、僕にだって分かっていた。


 その時、


「痛っ」


 と、僕は派手にすっ転んだ。何で、こんなところで転ぶんだ…?


 見ると、廊下にたくさん水滴が落ちている。


 ぽかんとした後、お尻がずきずきしだした。

 腰をさすっていると、


「何してんだ?」


 と、どこから出てきたのか、パンツ一枚の鷹也が現れた。


「お、お前が……っ」


 指を指そうとした手が止まった。

 僕とはまるで正反対のガッチリした肉体の鷹也がタオルを腰に巻き立っていた。


「ああ、やっぱりな」


 言葉を失っていた僕は我に返った。


「え?」


 鷹也は、僕の背後に回ると肩を抱きこんだ。

 どきりと胸が跳ねる。


「な、何だよっ」

「おやじとお揃いのパジャマなのな。筋金入りのファザコンだな」


 耳元で囁かれ、ぞくぞくと体が震えた。


「おふくろにおやじ取られて、やきもちやいてんのか? パジャマで見せ付けて、邪魔しようってんだろ。これだから、お子様の考える事は――」


 かちーん。僕は持っていた包装紙を思い切り振り上げた。


「バカっ。鷹也なんか、お風呂で溺れちゃえ」

「はああ?」


 我ながら情けない捨て台詞だったが、他に思いつかなかった。

 バシッと体を引っぱたいて逃げ出した。

 鷹也が何かわめいていたが、知るもんか。


 部屋に戻ってベッドに飛び移る。

 何にも悪い事なんかしていないのに、どうして、鷹也はいじめるんだろう。

 僕が、玲子さんをいじめたから? 仕返しに僕をいじめるのだろうか。


 何だか悲しくなってくる。

 あいつのために買ってあげたパジャマも、たぶん着ないだろう。


 無駄遣いしちゃった。

 花の苗でも買えばよかった――。


 紫陽花の事を思い出して、またへこむ。明日、学校の帰りに新しい苗を買いに行こう。

 もう、鷹也の事なんて知らない。


 いつもより、ずっと早く僕は寝た。




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