胸騒ぎ
雨が止んでいた。
曇っていたが、降りだす気配はない。
今のうちに鶏を小屋から出してあげよう。
サンダルを履くと、少ししめっていた。
小屋へ行くと、二羽の鶏が僕を見て騒ぎ立てる。扉が開いたとたんに、元気よく飛び出した。
何か夢中になるものがあるのだろうか、濡れた地面をしきりに突いている。
その間、紫陽花の茎を丁寧に切っていった。
トイレと台所、仏壇と居間に飾る花を一輪ずつ摘んでいると、
「何してんだあ?」
と、間延びした声がした。
「た、鷹也…」
さっきまで、テレビを見ていたのに。
「テ、テレビは?」
「ああ、おふくろさ、最初の十分で出ちまったから、消した」
だったら、えらそうに言わなきゃいいのに。
ぷいと顔を背けると、背後で鶏がギャーギャーと騒ぎ始めた。
「お、おい…、何だあれ…」
鷹也がぞっとしたように言って、僕にしがみついた。
「え…?」
振り向くと、興奮した鶏が鷹也のサンダルを突こうと攻撃してきた。
「ちょ、やめろっ」
鷹也がバランスを崩してよろめいた。
「あっ」
鷹也の体が紫陽花の群集の上に倒れる。
「やめてっ」
紫陽花がぱきん、と折れた。僕が花を守ろうとすると、鷹也は口を尖らせた。
「お前、俺と花とどっちが大事なんだよ」
「バカっ。鷹也のバカっ」
鷹也はパクパクと口を開けたが、僕の顔を見て面倒くさそうに頭を掻いた。
「わざとじゃねえんだ。許せよ」
「バカっ」
「バカバカ、うるせえな。折れても平気だろ」
「平気じゃないっ」
「知らねえよ」
罰が悪そうに言って鷹也は退散しようと逃げ出した。鶏が後を追う。僕はがっくりした。
紫陽花が無残に横倒しになっている。
「もう……」
大切にしていたのに。折れた花はセロテープでくっ付けられる物じゃない…。
ショックで僕はのろのろと家の中に戻った。すると、台所から油を引いた炒め物の匂いがしてきた。
「え……?」
胸騒ぎがして台所に飛び込むと、玲子さんがうれしそうに食事の用意をしている。そばでは父が手伝いをしていた。
「あ……」
母が生きていた頃は、父は家の事は何もしなかった。なのに、サラダ用のトマトや水菜を洗ったり、お湯のみを用意したりしている父は、何だか楽しそうに見えた。
僕は紫陽花を持ったまま、愕然とした。
くるりと振り向くと、庭にいたはずの鷹也と目が合う。
「な、何だ? まだ、怒ってんのか?」
身構える姿勢を一瞥してそのまま素通りした。
「おい……っ」
部屋に戻って、ドアに寄りかかった。
「もう、ヤダ…」
うな垂れていたが、時間が過ぎても誰も呼びに来なかった。