表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/15

芸能プロダクション




 出かけると豪語していたくせに、鷹也は、昼食が終わる頃にのそのそと起きてきた。


「……おはよ」


 僕があげたパジャマのズボンだけを履いて、鷹也は罰が悪そうに僕の顔を見た。

 僕は、ふんと顔を背けると、鷹也がむっとしたのが見えた。


「おやじ、俺と翠は午後から出かけるから、今日は二人きりでのんびりしろよ」

「え?」


 と、驚いた声を上げたのは父だった。


「ど、どこに行くんだ? 二人で」

「翠はどこに行きたい?」


 鷹也が振ってくる。


「え? ゆ、遊園地に行きたい」


 とっさに答えてしまった。


「遊園地?」


 鷹也が嫌そうに眉をひそめる。


「絶対に遊園地。そこじゃなきゃ嫌だ」

「分かったよ……」


 鷹也が肩をすくめた。


「あたしたちも……」

「俺は翠と二人だけで行きたいんだよ」


 玲子さんが何か言おうとすると、有無を言わさぬように強引に遮った。玲子さんは傍目にも分かるくらい真っ赤になった。


「そう……気をつけてね」


 申し訳なさそうに僕の顔を見てほほ笑む。

 僕は、どういう顔をすればいいか分からなかった。


「うん……」


 そうだったのか。鷹也は、父と玲子さんを二人きりにさせたかったんだ。


 そう思うとご飯を飲み込むのがなかなかできなくて、いつまでも噛んでいた。


 食事がすむと、車を回してくると言った鷹也は駐車場に取りに行った。

 僕の心は相変わらず塞いだままだった。


「翠」


 家の前でうじうじしていたら、例のボロ車で鷹也が現れた。


「ほら、早く乗れよ」

「うん……」


 助手席に座ると、鷹也はおもむろに携帯電話を取り出した。


「遊園地行くなら、真由葉も誘うか」


 何気なく言った言葉に僕は耳を疑った。


「え……?」


 無意識に顔が強ばる。二人きりで行きたいってさっき言っていたのに。

 たちまち、イライラした感情が込み上げてきた。


「僕、行かない」


 顔を背けたが、鷹也は聞いちゃいない。


「あ、真由葉いる? これから遊園地に行くんだけど――。あっ、翠、待てっ」


 僕はドアを開けて、外へ飛び出した。


 そんなに遊園地に行きたいなら、真由葉と二人きりで行けばいいっ。

 ワガママを言っている事は分かっていた。鷹也は何も悪くない。けれど、我慢がならなかった。

 僕の事だけ見ていて欲しいのに。


 僕は走りながら、このまま大吾のところに行こうかと迷った。その時、ポケットの携帯電話が鳴り出した。


「わっ」


 大きな音に驚いて出ると、叔父からの着信だった。

 しまったと思っても後の祭りだった。


『翠? 今どこにいる?』

「外にいます……」


 先日の事を言われるかと思ったが、その事には何も触れなかった。


『ちょうどいい。今から迎えに行くよ。外ってどこなんだ?』


 僕は安堵しながらも、複雑な心境で辺りを見渡した。家の近くである事は間違いない。


 結局、駅の近くで待ち合わせをする事にした。叔父は機嫌がいいらしく嬉しそうに、すぐ行くから絶対に待ってろよ、と言って電話を切った。

 駅に着いてから驚いた。さっきまで話していた叔父の車はすでに止まっていた。


「叔父さん……」

「翠っ」


 叔父が車から出てくると、周りの人たちが色めき立つのが分かった。無理もない。叔父は、完璧な容姿とスタイルの持ち主だった。


 母よりも若く、まだ三十代後半だろう。長身でくっきりとした顔立ちは、遠くからでも映える。ちらちらと若い女の子が叔父を見ながら通り過ぎた。


「ちょうどよかった。紹介したい人がいるんだ」

「え?」


 叔父は僕の腕をつかむと、強引に車に押し込んだ。

 すぐに車を発進させる。いきなりスピードを出すので、僕はひやりとした。


「久しぶりだな。元気だったか?」

「はい……」

「ますます姉さんに似てきたな。よく言われるだろ」


 叔父はうれしそうだ。

 前を見て欲しいのに、時々、僕の顔をじっと見る。

 僕は緊張して顔を逸らすと、叔父の寂しそうな声がした。


「俺の事嫌いか?」

「え?」

「ひどい事言ったから……」


 母が亡くなって三年以上経つのに。


「叔父さんはひどい事言っていないです。僕らが気付かなかったから……」


 母の事は口にすると、今でも悲しくなる。


「翠が気にしていないならよかった」


 叔父は安堵したように言って、音楽をかけた。聞いた事もないジャズで僕はすぐに退屈になった。

 窓の外を眺めていたら、車が止まった。


「翠、降りて」

「は、はい」


 車から降りて、僕は眉をひそめた。


「ここ……」


 母が生前、お世話になった芸能事務所だった。


「叔父さん?」

「社長が翠に会いたいんだってさ」

「え……」


 母が亡くなって以来、一度も来ていない。

 母はあまり仕事の話はしなかったが、父は社長には頭が上がらないと、たまにぼやいていた。


 あの頃、立派に見えた建物はさびれて目に映った。白っぽい壁は排気ガスで灰色に変色し、ところどころヒビが入っている。

 叔父に手をつかまれ、エレベーターで七階まで上がった。

 ドアを開けると、受付に女性が座っていた。


「こんにちは」


 叔父が挨拶をすると、女性はいらっしゃいませ、と丁寧に言ってから僕を見つめた。


「かわいらしい子ね、新人さん?」

「え?」


 何も言えないでいると、彼女はにっこり笑って、ドアの向こうへ行ってしまった。


「あ……」

「連絡はしてあるから、翠は心配しないでいいよ」


 叔父が手を握ろうとしてきた。僕がうしろに隠すと、叔父がむっとしたのに気付いた。僕は不安でいっぱいだった。


「いらっしゃい」


 低く落ち着いた女性の声がして、僕は顔を上げた。久々に会う社長は前より派手に見えた。髪は短く切り、黒いパンツスーツで身を固め、僕と叔父をドアのある部屋へ促した。


「入って」


 背中を押されて中に入った。叔父とソファに座り、一人がけのイスに社長が座った。


「会えてうれしいわ。春奈の息子がどうなったのか、ずっと気になっていたのよ」


 僕は緊張していた。

 逃げたいのに、逃げ出せなかった。


「綺麗な顔をしている。絶対、売れるわよ」


 社長の言葉に、僕の体は凍りついた。


「え……?」


 叔父が僕の肩に手を載せる。


「翠、タレントになりたくないか? お前なら俳優でもモデルでも何でもできるぞ」

「何? 何を言っているの……?」


 僕の声は掠れて頼りにならなかった。


「お小遣いはもらっているの? 和男の安月給じゃ、あなたを養うだけで精一杯でしょ」


 社長が猫撫で声で僕に語りかける。僕は小さく首を振った。


「もらってないのね? 仕方ないわよね。でも、あなたがデビューしたら、きっとうまくいく。和男だって、楽になるわよ」


 くすくすと笑う。


「お、叔父さん……」

「いいのか? 翠、お前の家、これから大変だぞ」

「な、何の事…ですか?」

「あれ? 義兄さん話してないのか? おかしいなあ」


 叔父の言い方にひやりとする。


「な、何?」


 叔父と社長は顔を見合わせると、わざとらしく肩を上下にさせた。


「義兄さん、会社、辞めたんだぞ」

「え……?」

「あら、知らなかったの? ひどい父親ね」


 社長が呆れたように言ってから、机の上にあるタバコを手元に引き寄せた。かちりと火をつける。たちまち、部屋中に煙が舞った。


「先週、辞めるって自分から言ってきたのよ。なぜだか分かる?」


 分かるはずがない。父は毎日、僕と玲子さんが作った弁当を持って同じ時間に家を出ていた。


 首を振ると、


「あなたを芸能界に入れたいって打診したら、あいつ、断ったのよ」


 苦々しく言ってタバコの煙を吐き出した。


「え……」

「あなたは話題性もあるしね。第一、春奈の子供はあなたしかいないの。それを売らないでどうするの」

「俺も前からずっと考えていたんだ。お前には素質があるんだよ」

「あなたは磨けば光る原石なの。自分を見てくれる人がいるって、本当に快感なのよ」


 赤い口紅が迫ってくる。僕は首を振りながら、立ち上がった。


 僕は……売り物じゃない。


 二人が間抜けな顔で僕を見上げた。


「あっ」


 叔父が叫んだ。


「待てっ、翠っ」


 僕は部屋を飛び出した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ