馬鹿な男子高校生の俺が美少女と出会ったら
白鷺通りは、四車線もあるくせに、歩道は妙に細い。人が一人通れるくらいしかないのだ。
「っざけんなよなー」
適当に悪態をつきながら、俺は歩道を進んで行く。病院からの帰り道でバス代を浮かせるために歩くことにしたのだが、思っていたよりも遠かった。
細い道を、ホッホッ言いながら進むのは、有る意味滑稽なのだが、みているやつなど、多分いないのだから構わない。
「だりーな」
九月になったくせに、未だに暑い日差しと風にイライラする。さっさと涼しくなれよ、と思うが、これも温暖化とやらのせいかと思うと、これまでの日々を振り返ろうかとも思うものだ。
家まで後一キロってところまで来て、信号にかかった。適当に突っ立ってスマホをいじって時間を潰す。ラインをみて友人に適当なツッコミを入れ、ツイッターで面白そうなつぶやきをみて吹き出す。
「ブフっ‼︎」
「きゃあっ!」
吹き出したせいで、思わず前かがみになった瞬間、右から衝撃を感じた。かけていたメガネが飛んだせいか、あっという間に世界に霞がかかる。そして、さらに数瞬して思う。これは痛みだ。
視界がぐらついて上に何かがかぶさったと思ったら、上から声が聞こえて来た。
「いったーい!」
痛いのはこっちだよ、と思うのだが口にはしない。奥ゆかしき日本人万歳だ。
「大丈夫か?」
クラクラする頭を押さえつつ体を起こす。すると、側に倒れた自転車。そして、俺の上には同い年くらいの長い黒髪を一つむすびにした美少女が乗っていた。何と役得哉。
「大丈夫か?」
「え、ええ……」
起き上がった美少女は、キョロキョロと辺りを見回した。そして、顔を青くした。すぐに、俺に頭を下げる。
「あ、あのっ、ごめんなさい!」
「いや、大丈夫だから気にするな」
とりあえず、安心させるためにそう言う。
冷静になった美少女は、もう一度俺に頭を下げた。最近の若者は、謝れないなんて言うが、この子はできてるなー。と、ジジくさいことを思うと、俺は立ち上がって体を見る。
「……怪我は、無し」
……服は、少々破れかけていた。しかし、許容範囲だと思うので見逃す。どうせ、セールで買った安物だ。
「ええっと、その……」
「ん? どうかしたか?」
「ど、どうしたら良いんでしょうか?」
俺も、その言葉に賛同だった。だが、今すぐして欲しいことがあった。それは、
「メガネ、とってくれないか?」
視力はさして低くないのだが、やはり見づらいこともあるので使っている。ほとんど、おしゃれみたいなものだった。
美少女は、辺りを見回してメガネを見つけると、また謝ってきた。もう、言わなくても分かった。
「壊れてたんだな?」
「はい……」
「いいよ、気にすんな」
「で、でも、弁償しないと……」
「いいって。なくてもやっていけるから」
慎んで辞退するが、「でも……」と言って引こうとしない。なかなかしぶとい。
「なら、その辺でなんか奢ってくれ。それでチャラだ」
「良いんで、しょうか?」
「いいんだよ、それで。眼鏡の代わりに美少女とお茶できるんだ。チャラどころかお釣りが来るぞ」
逆さにしたって出ないセリフを、天地をひっくり返してひねり出してみた。
ウブなんだろうな。美少女は、顔を真っ赤にさせて俯いた。ボソボソと「か、可愛くなんか、ないでしゅ」なんて言ってる。萌え殺す気だろうか? なら、大成功だ。
「ま、まあ、気にするなって」
無理やり話を終わらせると、俺は美少女の手を引いて手近なカフェに入る。
適当に、コーヒーとショートケーキを頼んで、涼しい店内に笑みをこぼす。
「極楽って、こんなところにあったんだなー」
「確かに、涼しいですしね」
ここが極楽なのは、君がいるからだけどね。
……くらい言いたかったが、流石に天地を返しても出てこなかった。そろそろ、天地開闢かラグナロクでも起こすしかないかもしれない。
「いやー、悪いね。奢ってもらっちゃって」
「い、いえ。私が悪いんですから」
美少女とカフェに入れるのなら、何度でも事故れるな。と、意味のない決意をしたのはツッコミを入れるべき話ではないと思う。
と言うか、謝りすぎだろうよ。美少女よ。涙目の顔も素敵でございますが。
「まあ、本当に気にしないで。俺がいきなり動いちゃったせいもあるだろうし。それよりさ、何をしてたの?」
せっかくの事故だ。メアドくらいは聞き出したい。……無理だろうが。
「実は、私、昨日引っ越して来たんです。だから、街を見て回ろうと思って」
「こんな時期に? 珍しいね」
すでに、九月も半ば。新学期ももう、始まっている。
「はい。学校も、明日から通うことになってて。ちょっと、緊張してるんです」
「高校? 何年生?」
「二年生です。波戸島高校に通うことになってて……」
「本当に⁉︎ 俺、波戸島の二年だよ!」
俺は、思わぬ事態にガッツポーズをする。そして、美少女の手を握り締めると、さらに質問責めにする。
「前に住んでた街は? 理系? 文系? 部活は?」
「え、ええっと……」
「学校のこと、分かんないよね? 俺、案内するから!」
……後々になって反省することになるが、この時は熱くなりすぎた。
美少女の手を両手で握りしめ、唇が触れるのではないかという距離で話す俺。
……ビビられても、何もおかしくなかった。
「ひっ!」
美少女は、小さな悲鳴をあげて俺の手を振りほどいた。そして、あっという間に店を出て行ってしまった。残されたのは、注文の品を持って来た店員と俺。
「……お待たせしました。コーヒー、ショートケーキ、オレンジジュースにフルーツパフェでございます」
「あ、はい……」
冷めた目で俺を見る店員に、乾いた笑を返して、俺はケーキをぱくついた。そして、ふと思う。
「……パフェとジュースって、俺が食うのか?」
ついでに、精算も。
思わず漏れたこの言葉に、隣の席の客が吹き出したことは、決して忘れないと思う。
……結局、俺は全部平らげて精算した。そして、学校に来て今に至る。
「これで、このクラスだったりしたら……」
詰むな。詰んだ。必死かかってるから。
俺は、このクラスに彼女が来たら、謝ろうと思った。二年生は十一クラスあるので、確率は十パーセントを下回るが。
担任のありがたい話を聞き流していると、担任が有難くないことを言い出した。
「お前ら。今日は、転校生を紹介する。少し事情があって、今日から通うことになった。入ってこい」
絶望した。そして、教室に入って来た美少女を見て、改めて申し訳なさが募る。
「さ、自己紹介してくれ」
「はい。水城氷花です。よろしくお願いします」
そう言ってペコっと頭を下げる水城。クラス中を見回して俺の姿を認めた瞬間、水城の顔が凍った。
俺は、ガタッと音を立てて立ち上がる。そして、水城の方に向かうと、クラスメイトが騒ぐ間も無く頭を下げた。
「昨日は、本当にごめん」
「え、ええっと……」
「謝って済むなら警察はいらねえとか思うけど、それでも謝りたい。ごめんなさい」
謝罪を表す九十度の礼をする。すると、水城が恐る恐る呟いた。
「昨日、勝手に帰ったこと、怒ってないの?」
「……は?」
怒られると思っていたが、その逆は考えていなかった。
「そっちこそ、怒ってないのか?」
「怒ってないです。むしろ、いきなり出て行っちゃったから、怒ってると思ってた」
その言葉を聞いた瞬間、俺はバカバカしさがこみ上げて来た。俺達は、全く同じ心配をしていたのだ。
突然笑い出した俺に、水城がポカンとする。俺は、水城の頭に手を当てると、軽く撫でた。
「怒ってなんかねえよ。むしろ、こっちが起こられると思ってたんだからな」
「よかった……」
水城はホッとしたのか、柔らかい笑みを見せた。そして、ハッとしたように財布を取り出して探ると、樋口のオバちゃんを俺に渡した。
「これは?」
「昨日の代金」
「多いぞ? 三倍くらいはある」
「それで、いいの」
謝罪分が混じっているのだろうが、俺は謝られる必要を感じなかった。だから、からかうように言葉を口にする
「上手いな。また奢ってくれってことか?」
「ち、違っ!」
「いいよ」
「え?」
とぼけた顔の水城を見て、また頭を撫でる。
「何度だっておごるさ。言っただろ? こんな美少女とお茶できるならお釣りが来るって」
水城は、黙って俺に撫でられていた。嫌ならやめようかとも思ったが、まんざらでもなさそうなので続けていた。
「今度おごる時は、精算の時まで一緒にてくれよ? 約束だ」
「……ありがとう!」
俺は、その水木の笑顔を見た瞬間、完全に水木に惚れた。
「という話だ」
「……………………『妄想、乙』って、言ってもいいよな?」
もちろんだ、ダチよ。
「……妄想だからって言っても、もう少し丁寧に描写しろよ」
「いいじゃねえか。俺が言いたいのは、美少女とイチャコラする話だ!」
「馬鹿は死なないと治らないらしいな」
「た、確かにそうだが、とりあえず、その辞書を置くんだ……」
「問答無用」
「や、やめっ、ぎゃあああああああ!」
『や、止めてあげて!』
「み、水城……」
「ついに、幻覚まで見るようになったか……安心しろ。次の一撃で送ってやる」
ここから先は、残酷な描写だから、良い子のみんなには見せられないよ!