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先に見た転送装置の光が豆電球であるならば、僕の目の前で今まさに光っているこれは直接向けられた懐中電灯の様なものだ。
手を翳しても回り込んでくる強烈な光に、反射的に顔を背けてしまう。
目を焼く極光が漸く月明かり程度まで落ち着いて来た時、グラウンドの中心には新しい怪物が出現していた。
先のアシッドスケイルヴェノムなど比べ物にならない、圧倒的な存在感。生物としての強さ、怪物としての恐さを体現したかの様な威容。
一言で表すなら、鬼。
4メートルを優に超える異形の体躯。
赤褐色の肉体を保護する鎧などは見当たらないが、強靭な肉体だけで充分だからだろう。
鋼で編み込まれた極太のワイヤーを彷彿とさせる筋肉が体の内側から盛り上がっており、はち切れていないのが不思議なほどだ。同じ二足歩行生物であったとしても、明らかに別種であり、格上の存在であると一目見れば誰でも分かる。
まさしく般若のような顔付きをしており、彫り込まれた眼窩の中で、赤々とした瞳が油断なく辺りを見回していた。
そして、こちらを向いた。
ゾワリ、と背筋に氷柱を差し込まれたような悪寒が走る。地球で命のやり取りを行う保持者としての勘が全力で身体に警告を発していた。
形振り構わず逃げるべきだ。
だと言うのに、体が硬直して動かない。
一歩でも動けばそれを目敏く察知した鬼が何かをして来る気がしたからか。
「ゴアアアアアアア!」
鬼が吠える。ビリビリと地面ごと震えた気がした。
動けないのは僕らの都合。
動くのは鬼の都合。
先手を取ったのは鬼だった。
その場で脚を大きく振り上げ、地面を砕き割るように振り下ろした。
凄まじい振動と共に、グラウンド全体を覆うように、地面がせり上がっていく。
「クソ! やられた!」
海が気付いたがもう遅い。
分厚く強固な岩がドーム状に展開されてしまった。
外からの干渉を嫌ったと言うよりは、中から逃さないためのものだろう。
人工陽の光を遮断され真っ暗になってしまったが、鬼の近くにある転送装置が妖しく明滅していた。
まさしく幽鬼の様に佇む鬼が、鋸の様な凶悪な歯を見せて笑った気がした。
鬼が少し位置を変えただけで、その姿が暗闇に紛れて見えなくなった。
雄叫びを上げてこちらに走って来るのだけは音と振動から判断出来たが、肝心の姿がぼんやりとしか見えない。いくら強化しているといっても、昼間の様に見通すのは難しい。
「やるしかねえ! 光源生成!」
まずは光源の確保だ。
鬼の体躯から放たれる攻撃をまともに食らうのは危険すぎる。躱すにしても、暗闇の中で完璧に行うのは至難の技だ。
海が発動した光源生成がドームの天井付近に飛んでいき、擬似的な太陽の様に辺りを照らした。
鬼はいつのまにか15メートルほどの距離にまで近寄っていた。歩幅からして、鬼にとって15メートル程度の距離は2、3歩でしかないだろう。
予め発動させておいた共有経由で、海からの端的な指示が飛ぶ。
《俺が正面!想也が撹乱と後衛組の繋ぎ!現乃は隙が出来たら一撃離脱でぶち込め!ローウェルは援護、一葉は命中重視のランス系列と並列で最大火力の準備! 護人は後衛組の護衛だ! アリスは全員のサポートに回れ!》
《《《了解!》》》
言い終えるや否や、両手に炎剣を握った海が飛び出す。
すぐそこまで迫っていた鬼の剛拳をすんでの所で躱して斬り付けるが、鬼はダメージを受けた様子もなく裏拳で海を振り払った。ダメージを与えられないことを予期していたのか、裏拳を搔い潜った後に細かく何箇所も斬りつけた。
海が注意を引き付けている間に僕らはグラウンドの中心側へ回り込む様に走り抜けた。
チームの隊形は何時もの通りだ。
海、僕、実咲が前衛。
ローウェルさんと護人が中衛。
内宮さんが後衛。
それぞれが数メートルの距離をとって鬼と対峙する。
僕の理想世界を除けば、内宮さんの魔法系がこのチームの最大継戦火力となる。
この怪物は見るからに耐久力のあるタイプだし、少しずつ削っていく様な戦い方になるだろう。
「刈り取れ━━『リトリビュート』」
「 理想世界収納━━『衛星武装』」
海を捉えようと鬼が大木の様な腕を振るう。
力任せに振り回しているだけだが、空を切った先で衝撃波の様に砂が飛んでいた。掠っただけで地面が抉れており、あれが人体に直撃したらと思うと冷や汗が流れる。だが、当たらなければ問題はない。
衛星武装を操作して、鬼の視界を塞ぐように突っ込ませる。
目に当たれば儲けものくらいに考えているが、鬼がクロスさせた両腕はそれそのものが防御系の保持能力に匹敵する硬さだ。
ガードを突破することは難しいけど━━
「やっ!」
━━無防備な背中を実咲の一撃が襲う。
渾身の力を込めて振り抜かれた大鎌が、鬼の筋肉を断ち切った。ドス黒い血が流れ出す。
手応えはあったが、まだ浅い。
隆起した筋肉の厚みに比べれば微微たる深さでしかない。
《……突き刺したのに、奥の方で滑ったわ》
《見てたよ。生半可な攻撃じゃ殺すのは無理そうだね》
微かとはいえ、受けた痛みに呻いた鬼が実咲を狙い始めた。
「ガアアアアアアア!!!!」
しかし、実咲は攻撃の来る場所を予め知っていたかの様に危なげなく躱した。
あの調子なら体力の続く限り避け続けられるだろう。
「軽く当てた感じ、顔の辺りが1番効いてそうだったな?」
「━━『炎槍』」
実咲にばかり気を取られているならそれはそれで好都合。
海の炎剣が鬼のうなじの辺りを焼いて意識を逸らした。
実咲が距離を取るのと同時に、5本の炎槍が鬼に直撃する。内宮さんの狙い澄ました魔法系が上半身の辺りで爆ぜる。
当たったところがちょっと黒くなってるから、あれは効いてると思っていいんだよね?
《今のは効いたっぽいぞ!》
《ならこのまま距離を固定して遠距離から削り切りましょうぞ》
《それがいいね。ローウェルさん!》
「銃魔━━付加、氷結」
「ゴアアア!?」
何十発もの射撃音が同時に響き、小さな鉄の弾丸が鬼の足元へ着弾する。弾丸そのもので負傷させることは難しいが、付加された魔法系が効果を発動し、鬼の右脚を氷で地面と縫い付けた。
動きの鈍った鬼に対し、内宮さんの炎槍が間断なく密度を増して襲い掛かる。
鬼が顔だけでも防御しようと、両腕で炎槍を叩き落としているが、衛星武装を使って腕の動きを阻害する。
「ゴガ、ガ、ガガ!」
《ダメージ入ってる! やっぱ炎系で攻めて正解だった! 一葉、もっと強い魔法系に切り替えて良いぞ》
海の指示に従い、内宮さんが追加の魔法系を詠唱し始めた。
それと同時に鬼の周りにいた海と実咲が一気に距離を取った。
「魔力を以て炎と成せ、炎を以って槍と成せ――並列20枚『炎槍』
まるで流星群の様に降り注ぐ火焔が鬼の身を焼く。
痛みによるものか、それとも怒りによるものか、天を衝くような咆哮がドームの中に反響する。だが、その声も炎槍の爆発音に掻き消されていく。
爆炎で姿が見えなくなってしまったが、構わずに撃ち込み続ける。
このまま押し込み続けられれば、鬼の体力も尽きるだろうけど、そううまくは行かないみたいだ。
《秋川!迎撃しなさい!》
実咲からの端的な指示が飛ぶ。
共有による伝達が終わるか否かのタイミングで、爆炎の中からとてつもない速度で大岩が飛んできた。狙いは勿論内宮さんだった。
だが、このチームの最大火力を守る為に控えていた護人がそんな攻撃を通すわけがない。
「んん、『 色彩詠唱』――茶色」
飛んできた岩に幾つもの岩槍が突き刺さり、破壊するまでは至らなかったが勢いを削いだ。
あれなら内宮さんの所に届くことはないだろう。
「ゴガアアアアアア!!!」
煙を振り払い、鬼が飛び出してくる。
が、飛び出した直後の顔面に、まさしく出鼻を挫くように炎槍が直撃する。
出鱈目に腕を振り回して炎槍を払うが、突進の勢い自体が削がれてしまえば良い的だ。
ローウェルさんの銃撃が執拗に鬼の足元に殺到し、まともに踏ん張ることすら困難になっていく。
「この距離キープして削り切るぞ!」
海の指示に従い、内宮さんとローウェルさんの攻撃がより苛烈になっていく。
後衛組以外は陣形を保ったまま、不測の事態に備える。
《炎槍増やすから、離れててね》
内宮さんがノリ始めると前衛組は引っ込むしかない。逆に邪魔になってしまう可能性の方が高い。
それに、リスクを冒さずに仕留め切れるならそれが一番良い。後衛組には負担を掛けてしまうけど……。
と、一息ついた所で背中から光源生成とは異なる妖しい光が明滅した。眼前を一瞬にして白く染められ、何事かと身構えてすぐに答えに行き当たる。何の光かなんて深く考えるまでもない。
転送装置が起動したのだ。
《想也君!》
「アリス!」
実咲が念話で叫ぶのとほぼ同時に、僕も叫ぶ。
目の前が真っ白になり、体が白光に飲み込まれた。
浮遊感が体を包む。
一瞬にも、永遠にも感じるような感覚を強制的に感じさせられたかと思ったら、僕はいつの間にかどこかに立っていた。
風。むせ返るような緑と土の匂い。
騒めく葉擦れの音。
「え、ちょ、嘘でしょ……。」
何処か。
体の産毛が総立ちになるような緊張感。
知っているようで知らない場所。
ここは地球のどこかだ。
いつの間にかとても長い時間が経っていました。
ずーっと昔に書いたものが残っていたので、忘れないうちに投稿しておきます。
でも、書いたのはここまでです。
いろいろと設定を見直して……最初から書き直していいですか?
Web小説なんだから書き直しありだよな。
書き直します。




