3
凶悪の権化。
人類の天敵。
そう呼ばれるのが怪物だ。
地球に跋扈し、人を宇宙へと追いやった化け物。
奴らから地球を取り戻す為に人間は今もなお戦っている。
僕らは地球上で戦っているのだ。
決して『シャンデリア』の中で戦う事はない。
少なくとも、怪物とは。
だが、目の前にいるのは紛う事なき怪物。アーマーベアだ。
悪逆に捻じ曲がった鎧を纏い、大きな牙を剥き出しにして襲いかかってきた。鋭利な爪が地面を削りながら何百キロもの重さを破壊力に変えて突っ込んでくる。
「理想世界――『防御壁』」
突然の登場に面食らってしまったが、防御壁を創り、突進をすんでのところで受け止める。ゴキャン、と怪物の鎧から鈍い金属音が鳴った。
トラックとの正面衝突にも劣らない衝撃がアーマーベア自身に全て返ったはずだが、それだけでは戦闘不能になりはしない。しかし、何もないところに突如現れた透明な壁にぶち当たり、怯んだせいで隙ができる。
スパン、とアーマーベアの首が飛んだ。
一瞬のうちに背後に回っていた実咲の一撃により、断末魔をあげることもなく絶命した。
首筋の防御が比較的薄いところとはいえ、鎧ごと斬っていた。僕が創った武器ではあるが、我ながら恐ろしい斬れ味だ。
「危ねえ。助かったぜ想也。現乃もな」
海が炎剣を消しながら御礼を言った。海の攻撃だと受け止めることはできないからね。
「どういたしまして」
アーマーベア1匹程度ならなんの苦労も無い。
だけど、ここは『シャンデリア』だ。
僕らのように戦闘能力のある保持者は人類の中では一握りしかいない。その他の人はただの一般人なのだ。そして、普段の学校であれば殆どが保持者だが、今日に限っては異なる。
体育祭の見学の為に来た一般人がいる。
戦闘経験を積んだ保持者がいて始めて倒せる怪物が、一般人を襲ってしまえば大惨事になることは想像に難くない。
「想也、周り見てみろ」
「うわ、怪物の死体がいっぱい」
血溜まりに沈むアーマーベアから目を離し辺りを見渡すと、沢山の怪物の死骸が目に入った。逆に言えば、それ以外の死体が見つからない。
――食べられてしまっただけかも知れないが。
「死骸の落ち方から推測すると、校門側から侵入してきたみたいね。そこで1回目の戦闘。……怪物の数が多くなって来て、徐々に退却したようね」
「観客の大部分はここより中央――もっと校舎寄りの大画面モニターで観戦していたから、偶然近くに来ていた奴らがカチ合ったんだな」
「そ、それで、みんな逃げ切れたのかな?」
不安な面持ちの内宮さんに、無表情のまま実咲が答えた。
「逃げ切れてはないと思うわ。あくまでも撤退が出来ているだけね。校門側が抑えられてるから逃げようがないのよ」
「そうだね。多分、校舎近くのグラウンドに全員を集めて籠城してるんじゃないかな? 結界が消えたのも、そっちにリソースを全部回したからって気がするし」
バラバラに逃げる一般人を守りながら戦うなんて不可能だ。セーフポイントを作って安全を確保してから籠城戦に持ち込むのが良いと思う。
「とにかく、まずは校舎に向かおう」
「そうだね」
海の判断に従い、僕らは校舎へ向かう事にした。
ちょこちょこと襲ってくる怪物を倒しているとすぐに怪物の死骸の山が出来ている場所を見つけた。
第1グラウンドだ。
普段よりも強固な結界が張られており、怪物達が食い破ろうと群がっていた。
見える範囲だけで、少なく見積もっても50体はいる。
「一体何が起きてるんだ……!」
シャンデリアに怪物が現れるなんて、聞いたことがない。
怪物の発生原理は不明だけど、もしシャンデリアの中に自然発生するようなことがあるなら、人類の戦いはより厳しいものになる。
「おい! 想也! ボケてないでサッサと校舎に入るぞ! どうするかは分かんねえが、まずは護人とミリル、アリスと合流する!」
海に呼ばれ、止めてしまった足を動かす。
幸いにも怪物達は結界に夢中で僕らには気付かなかったようだ。
校舎の中に入り、怪物の追っ手がないことを確認すると、みんなが一斉に息を吐いた。
突然の事に動揺が隠せないが、なんとか冷静さを保とうと深呼吸をする。
周りには、僕らと同じように校舎のエントランスで座り込んでいる生徒達がいた。
「皆様、お怪我は!?」
「大丈夫でござるか!?」
階段の方からローウェルさんと護人が駆け寄ってきた。2人とも特に怪我などはしていないようだ。
「大丈夫よ。一先ず、状況を教えて頂戴」
「そうですわね」
ローウェルさんから簡単に話を聞く。まあ大体予想通りだった。
僕らが試合を開始して少し経った後に校門のあたりから怪物が出現。手当たり次第に近くに居た人を襲い始めた。
戦える生徒が時間稼ぎをしている間に一般人を校舎側へ誘導し結界のあるグラウンドに押し込んで籠城している。学校内の怪物は上級生と体育教師が協力して殲滅を始めたらしい。
「ただ、怪物にもAクラスレベルが多数混じってますの。体育教師と上級生がそちらに掛り切りになってしまっているので、比較的低ランクな怪物に手が回っておりませんの」
「拙者達だけでも低ランクならば倒せますがな。高ランク怪物とカチ合ったら勝ち目が無いので、皆が揃うまで待機していたのでござる」
確かに、前衛もいない状況で格上とやり合うのは得策とは言えない。僕と海、実咲が揃った今ならばAランク相手でもいい勝負ができるだろう。
となれば、すぐにでも踵を返して学校内の怪物を倒しに行こう。
そう思い、校舎を飛び出そうとした矢先、別の声に引き止められる。
「おい待てお前ら!」
一井先生だ。
瞬間移動で飛んで来たのだろう。
音もなく現れて、いつの間にか近くに居た。
手に持ったナイフにはドス黒い血がこびり付いていた。随分と怪物を倒して来たようだ。息も切らさず、自然体のまま指示を出した。
「行くなら第5グラウンドの辺りに行け。今はほとんど人手がついてねえ」
「分かりました。けど……」
人手が無いなんてことあるのだろうか?
ここは保持者専用の学校だ。全員が戦闘できるわけじゃ無いけれど、それにしたって最低でも数百人規模で戦える人がいるはずだ。
特に上級生ともなればBランクレベルの人はそれなりに多いだろうから、低ランクな怪物くらいなら1人でも数人分を処理できるはず。それでも人が足りないってことは、人のリソースを上回るくらいの怪物がいるのだろうか。もしくは高ランク怪物が物凄い多くて、量より質が必要になっている可能性もある。あとは――。
「――学校の外にもいるのか」
「そうだ」
冷静に考えれば当たり前の話だ。
校門の方から入って来た――つまり、外から入って来た。学校の中に自然発生した訳じゃない。
「状況は最悪だが、不幸中の幸いだ。怪物の大部分が此処に惹きつけられてる。多分、人間が1番集まってたんだろうな」
「それはそうかもでござるが、大部分に属してない怪物が少なからずいるはずでござる」
「そりゃそうだろうよ」
護人の言う通り、例え1匹でも怪物が居れば、保持能力を持たない人間など全滅させられてしまう。
一井先生の言葉を聞いて、ローウェルさんが腑に落ちた顔をした。
「だから人手が足りない、と。外の怪物を倒しに向かっているという訳ですわね?」
「そうだ。体育教師をリーダーにしてパーティ単位で大勢が出払ってる」
学校の中は、グラウンドの結界があるから後回しに出来る。学校の外で怪物に好き勝手させてしまったら大変なことになるから、そちらの優先度が高いのは当たり前だ。
「分かったか?」
「分かりました。……けれど、1つ聞かせてください」
一井先生の言いたいことは分かった。
でも、気になることがある。
「シャンデリアの中で怪物が自然発生するなんて事があるんでしょうか?」
「分からねえ。が、これは多分、人為的なもんだ」
「人為的……誰かがわざとやってるって事ですか」
「ああ。理由はいくつかあるんだが、まあ、大部分は勘だ。とにかく、そっちは任せたぞ」
一井先生はそう言い残して、瞬間移動で消えた。
思わず実咲達と顔を見合わせる。
最初に口を開いたのは海だった。
「ともかく、俺らのやることは変わんねえ。第5グラウンドに急ぐぞ!」
「了解!」
怪物を生み出すなんて事が人為的に出来るのだろうか。
疑問を解決できないまま、校舎を飛び出す事となってしまったが、まずはこの危機的状況を切り抜けることが先決だ。
第5グラウンドは僕たちが先程までいたグラウンドから見れば校舎を挟んで反対側にある。
そこかしこに散らばる怪物の死骸や肉片で、舗装された通路は見るも無残な有様となっていた。
生臭い血の匂いが漂っており、顔をしかめたくもなる。もうちょっとすれば鼻が麻痺して分からなくなるだろう。
「炎剣!」
火の粉を空中へ残しながら、赤々とした炎の剣が振るわれる。海の前に立ち塞がったC-ランク怪物が焼き切れる。
同時に5体が襲い掛かってきたが、たった一振りで骸と化した。
オウルキャットと呼ばれる焦茶色と灰色を混ぜたような体毛をしている、全長1メートルにも満たない小型の猫型怪物だ。
顔がフクロウ、胴体が猫という一見すると違和感のある怪物なのだが、身体の半分近くが炭化しているため物凄い大きい猫が死んでいるようにしか見えない。
猫らしい俊敏さと柔軟さを兼ね備えており、ミッドガルド周辺の木々の生い茂る場所で遭遇すると倒すのに手間取るのだが、平坦な地形なら今のように容易く屠れる。
熱に弱い為、炎系の保持能力を使うことができれば大体一撃だ。
平面的な場所ならDランクレベルと言っても過言ではない。
海が近場の怪物を焼き払っている間、内宮さんとローウェルさんがグラウンドまでの道程を掃討する。
「魔力を以って氷と成せ、氷を以って槍と成せ――氷槍」
「魔力を以って石と成せ、石を以って弾と成せ――石弾」
冷気を帯びた透明な氷の槍が降り注ぎ、様々な怪物を血袋に変えていく。一発で倒れないなら二発を食らわせ、それでも足りないなら三発四発と叩き込む。
先端の形状がドリルの様になっている弾丸が撃ち込まれ、小型の怪物が為す術なく穴だらけになって絶命する。
Cランクレベルが相手であれば向かう所敵なしだ。
「また奥から来たぞ! 一葉はそのまま氷槍! ローウェルは牽制と足止めを続けろ!」
海の指示が飛び、瞬く間に道が拓ける。
血と死骸で舗装された道を悠々と進む。
遠くの方から響く戦闘音を聞く限り、状況は優勢に傾いている様だ。
「我々やる事ありませぬな」
「出て来てる怪物が精々Cランク程度だからね」
内宮さんの殲滅速度が桁違い過ぎて出る幕が無い。
下手に僕や実咲が前衛として出ても、誤射の危険性が上がるだけで寧ろ邪魔になる。
一応、ローウェルさんが援護に回って撃ち漏らしを潰しているから盤石の体制と言えるだろう。
なお、護人は迎撃の為に控えているけれど、自分からの攻撃となるとノーコン過ぎて役に立たないため何もしていない。
「結構余裕な感じですか」
「超余裕な感じだね」
「暇な感じですか」
「3人が戦ってるから言いづらいけどぶっちゃけ暇かな」
いつのまにか実体化したアリスが僕の背中を引っ張って、そのままガバッと背中に飛び乗って来た。仕方ないのでおんぶする。仕方なくだよ。
多少強化している事もあり、体重はほとんど感じない。いざとなれば妖精化で直ぐに消えることができるから、わざわざ降ろす事もないだろう。
うん。決してくっついて来たことが嬉しいからとかではない。
アリスが耳元で囁く様に聞いて来た。
ちょっとゾワゾワする。
昨日、背中に乗せた時には息も絶え絶えの姿だったから元気になってくれて嬉しく思う。
「それでしたら今のうちに少し創って貰いたい物が有るんですけど……出来ます?」
「た、大抵の物ならね。あんまり凝ったのだと今は無理かな」
「簡単なもので良いですけどトランシーバー的な通信機器を創れませんか。皆さんにお渡しすれば、その間でだけの限定的な物ですけど、私が擬似的なテレポートを出来る様になる感じです」
「妖精化と実体化を交互にやるわけだね。それぐらいなら今でも創れると思うよ。ちょっと待っててね……」
「ありがとうです。そのうち、昨日の件も含めて是非お礼を……きゃあ!?」
アリスが僕の首元に手を回し始めたところで、小さい悲鳴と共に荷重が消えた。
後ろを見てみると、実咲がアリスの首根っこを掴んで引き剥がしていた。
まあいいや。ちょうど集中したかった所だ。
えーと、通信システムそのものは全部概念封入で創っちゃおう。
瞬間移動の代わりなら小型が良いよね。実咲と護人が近くにいるなら安心して創造出来る。
「……何、やっているの?」
「別にい? 相談事した感じですよ?」
「あんなに近づく必要は無いと思うけれど?」
「……本当にそう思います?」
「思うわけないでしょう」
魔力を電波に変換する様にして……魔力は大気中の外部魔力を吸収する様にしよう。
「隣に居るのは私だけで良い。でしょう?」
「同意出来かねますね。第一、選ぶのは貴女ではない感じですよ。第二に1人だけしか選べない事は無いのですから、私だって……。出遅れた感はありますけど、それは諦める理由にはなりません」
「そうね。アリス、もし私が貴女の立場であれば、きっと私も諦めない。いえ、諦め切れないでしょう。だから否定はしないけれど、だからこそ私は甘くないわ」
「そんな事、分かってます」
ボタン電池みたいな形にして、ポケットに入れておけるようにした方が良いかな。アクセサリーっぽくしても良いんだけど、センスがあまりないし、邪魔になりそうだ。
「2人も選ばれるなんて冗談じゃない。意識も思考も行動も言葉も身体も目線も心配も何もかも、私の全てを彼に捧げて、彼の全てを私のものにする」
「私も、2人目で良いなんて甘い事は言いません。私に世界をくれた人の隣は、私だけの物です。他の誰にも渡しません」
アリスに聞くのが1番手っ取り早いな。
「アリス、形はどんな風にするのが――って、なんか話し中だった?」
「――いえいえ! 丁度、話が終わった所ですよ! ね、実咲さん、秋川さん?」
「そうね、アリス。秋川もそうよね?」
「ヒェッ……そ、そうでござるな! まあ拙者、真面目に聞いてませんでしたので、内容はあまり覚えてござらん!!」
「そう? なら良いんだけど」
剣呑な雰囲気が漂っている気がしたんだけど、勘違いかな。
あと、何故か実咲とアリスがびっくりするほど笑顔なんだけど、何でだろう?
特に実咲の方。
目が笑ってないんだけど。
そして護人が挙動不審な気がする。
背筋に薄ら寒いものを感じつつ、アリスのリクエスト通りに小型通信機を創り出す。
計7つの通信機は全て1センチ角のサイコロの様な形をしている。ていうかまんまサイコロだ。数字の並びは適当だけど。
「はいどうぞ。実咲と護人も」
「ありがとです!」
「かたじけない」
「ありがとう、想也君」
「海達には後で渡しておくね」
ちょっとしたやり取りをしている間に、もう第五グラウンドだ。先程まではグラウンドに近づくほど怪物の数が多くなっていたのだが、今はむしろ減ってきている。
先生が言っていた通り、自然発生でなく人為的な怪物の発生なのだとしたら、グラウンドが発生源に当たるのだろうと考えていたのだが、予想が外れたかな。
辺り一帯の怪物を殲滅し、グラウンド入り口付近の安全を確保したいのだが、倒しても倒してもキリがない。数が減ったとは言え、5体、10体が一纏まりでハイペースでやってくる。
この感じ、怪物の多い地点に迷い込んだ時の地球に似ている気がするんだけど、1つだけ明確に違うことがある。
何体目かも分からなくなった怪物を斬り捨て、海が一時的に戻ってくる。
まあ、内宮さんとローウェルさんのコンビなら任せてしまっても大丈夫だろう。
「お前ら、これどう思うよ」
「なんかおかしいね。怪物の増援が一方向からしか来ないなんてありえるかな?」
地球なら、普通は囲まれるのだ。
だと言うのに、道路の奥からひっきりなしに増援が到着する割には、横からの襲撃が無い。
「だよな。護人と現乃は?」
「拙者はそこまで。強いて言うなら、飛行系の怪物が全くいない事が気掛かりですな」
「私、少し気になったのだけど」
実咲が思いついたように呟いた。
「怪物の発生って何か条件があったりするのかしら?」
「分からねえ。少なくとも、俺が知っている限り、シャンデリアの中で発生した事はない」
「地球ならどうなるのかしら?」
「それも条件らしい条件はない。ミッドガルドの中で発生したって話もあんまし聞かねえな。ミッドガルドの外なら、真横に発生した事があるぜ」
「なら、学校内で発生してもおかしくはなさそうよね。それこそ真横でも」
「って事は……」
一方向から補充される怪物。
人為的に引き起こされた事件。
あくまでも想像でしかないけど、もしかしたら――。
「人為的に怪物を発生させるのと、人為的に地球の怪物をシャンデリアに連れてくるのだと、どちらの方が現実的かしら?」
荒唐無稽な話だが、どちらが現実的かと言われれば後者だと思う。
「怪物の来る方向を辿っていけば分かるかな」
「まあ、実際に確かめてみないとな……」
半信半疑ではあるが、実咲の案が正しい様な気がした。
内宮さんに大きめの魔法系を撃って貰い、迫る怪物を蹴散らして進むと、第五グラウンドを通り過ぎて学校の塀ギリギリの所でそれを見つけた。
2メートル程の光る棒が4メートルほどの間隔で地面に突き刺さっていた。
光る棒をよく観察してみると表面に沿って魔法陣が展開されており、数秒おきに強弱のついた明滅を繰り返している。
棒の間は空間が捻じ曲がった様に歪んでおり、後ろの塀が奇怪な色に染まっていた。まるでプロジェクターの投影映像が乱れている時みたいだ。
一際強く棒が光り、乱れていた映像が綺麗に整う。
何処かは分からないが、鬱蒼とした森林の様子が映し出される。地球のどこかだと思うが、それ以上のことは分からない。
「想也君、あれが何か分かる?」
実咲の指差す方向をみると、大木の影に潜む気味の悪い怪物がいた。
アシッドスケイルヴェノムと呼ばれる、全長6、7メートルほどの深緑色をした大蛇が何匹もとぐろを巻いていた。体表を艶かしい鱗が覆っており、一抱えほどもある胴体の頭から尻尾までを余すところなく保護していた。
「うっ、やべ」
奴らは強酸の消化液をウォーターカッターの様に射出し、岩壁などの実態防御系の保持能力でも貫いてくる。傷口に強酸が入り込むことによって、当たれば無傷ではいられない。また、体液そのものが強酸でもあるので、下手に攻撃をするとこちらの武器が溶かされてしまう。
返り血を浴びても危険な為、遠距離から射撃で倒すしかないのだが回避能力が非常に高く氷槍や炎槍を適当に撃っても躱される。弾速に優れた弾系列の保持能力なら当てやすいが、生半可な攻撃だと鱗を貫通出来ずに散らされて終わる。
以上の理由からB+ランクに位置付けられている強敵と目が合ってしまった。
1匹2匹ならなんとでもなるが、あの量を同時に相手にするのはキツすぎる。
「シャァァァァアアアアア!」
一瞬のうちに夥しい数のアシッドスケイルヴェノムがこちらに向かってくるのが見えた。
流石にこの距離であの量が出てきたら対処しきれない。下手を打てば全滅も有り得る。
一気に魔力を消費して保持能力の発動に踏み切る。
「『理想――」
――ぐにゃん、と空間が歪み、寸前まで迫っていた怪物の姿が掻き消えた。
目の前には元の塀が広がる。
棒はまた明滅を繰り返していた。
本当、心臓に悪い。
「どうする?」
展開しかけた『理想世界』をキャンセルするのも勿体無いので、転送装置(?)の周りを囲む様に防御壁を展開する。
向こうからこちらに来ようとしても出口を塞いでおけば物理的に来ることが出来ない筈だ。
とは言ってもあくまで一時的な処置に過ぎない。
「このまま現場保持が得策だと思いますわ。もし地球の怪物がここから出て来るのであれば、仕組みを解明して対策を打つ必要がありますもの」
「わ、私は止めておきたいな。怪物が出て来るなら危ないし……」
「拙者も止めておくのに一票……ですが、どうやって止めれば良いものか」
仕組みは分からないが、怪物を地球から連れて来る魔道具として、転送装置が存在していることは疑いようもない。実物がここにあるからね。
ローウェルさんの言う通り、実物を解析するのが最も対策が立てやすいことは確かだ。
ただ、内宮さんと護人が言う通り、怪物が飛び出てくる転送装置をそのままにしておくのも危険ではある。一応、今は出てこない様に囲ってあるが、装置自体を止めた訳ではないから不測の事態は十分考えられる。
あれやこれやと対応を考えていたのだが、1分もしないうちにその必要は無くなってしまった。
「あら……。勝手に壊れてしまうみたいね」
実咲が呟いたと同時に、棒が半ばから折れて光を失った。熱したガラスに冷水を浴びせたかの如く、パキパキと細かく割れてしまった。もはや原型を留めておらず、そこに何があったのかすら分からない有様だ。
「マジかよ」
「手掛かりが無くなるのは残念だけど、追加の怪物が来なくなるなら良いよ」
「何箇所か同時に怪物が溢れてましたから、この転送装置以外にも同様の物が設置されていると考えるべきですわ。他の方々が見つけている事を祈るしかないですの」
「……仕方ねえ。切り替えて別のところ行くぞ。まずはグラウンドの中からだ」
起きてしまったことは仕方ない。
海の言う通り、まだ残っている怪物を倒す方が大事だ。
第5グラウンドの入り口を抜けると、予想に反して怪物が居なかった。
その代わりにグラウンドの中心の辺りには今まさに強い光を放つ転送装置が屹立していた。




