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命を掛けた戦いが人知れず終わり、世界はいつも通りの時間を刻む。生死の境を何度か超えそうになったが、無事に朝日を拝む事が出来た。
体育祭は最終日の三日目。
本日は丸一日かけたトーナメント戦が行われる。
タッグを組んで、自らの研鑽と仲間とのチームワークを発揮するのが通称二対二戦だ。
まだまだ競技開始前の一時間前だと言うのに校内は人でごった返していた。競技中に席を立ちたくないのだろう、屋台は既に嬉しい悲鳴を上げており、朝から大盛況のようだった。
例年に比べてもかなり盛り上がっているらしい。
スピーカーから体育祭実行委員の5年生が朝から喧しくアナウンスをしていた。この先輩、この三日間ずっと喋ってる気がする。
さて、そんな楽しげな喧騒を楽しく聞いている訳だけど、僕は参加が出来ない。
何故かって?
保健室のベッドの上だからだ。
昨日の戦闘で、僕は片腕が千切れかけ、尚且つお腹に風穴が開いた。正直死ななかっただけで儲け物だ。
どうやって命を繋いだかというと、まあビックリしたんだけど実咲さ――実咲と共通した後、傷が治り始めたのだ。
お腹の傷が少しずつ塞がり、腕が引っ付き、失った血液が満ちて行く。6時間ぐらい掛けて少しずつ、少しずつ快方へと向かって行った。
とは言え、全快と言うわけでもない。
未だに傷口は痛む。
暫定九位の保健医に診てもらうために、保健室のベッドで寝転がっている訳だ。
「死ぬかと思ったねー」
「本当だぜ。よく生きてんな俺」
「何処の病院行ったの?」
「十六中央病院」
「あそこ結構高いとこじゃなかった?」
「ローウェルが医者と知り合いだったらしいぜ。ERCと提携してるから、割引が効いたのが唯一の救いだな」
僕の隣のベッドに寝込んでいるのは、同じくお腹に風穴を開けていた海だ。
あのビルの上で、山田太郎とか言うフリーの傭兵に殺され掛けていた。その後僕も同じ目にあった。
僕より先に離脱した彼は、内宮さんや護人に介護されながら緊急外来へと駆け込んだ。
大病院ともなると、最新の医療機器に加えて医療系の保持能力を持った保持者が働いており、適切な処置と保持能力により命を繋ぐことができる。
医療系の保持者は7割から8割が地球にある『ミッドガルド』で働いている。まあ、怪我して戻ってくる人数で言えば、ミッドガルドの方が圧倒的に多いからね。戻ってこれない人数も多いけど。
海の負傷は放っておけば勿論死に至るものだったけど、保持者全体で見て珍しいかと言うとそうでもない。病院側も慣れっこだろう。
最低限の処置を済ませてもらって、そのまま学校に来たと言うことらしい。
別に体育祭に死んでも出たいから、と言うわけではなく、ここが保健室であることからも分かる通り保健医に治してもらうためだ。
保持能力による治療は誰でも同じ効果が発揮できるわけではなく、上手い人と下手な人がいる。もちろん大病院ともなれば上級者しかいないわけだが、こと治療の分野においては我が校の保健医――『暫定九位』の五反野先生に軍配があがる。
精度もさることながら、治療速度に関しては最高峰であり朝の時間に診て貰えれば、今日の体育祭に出場する事も可能になるはずだ。無理はできないけどね。
「次の機会があったら、ツーマンセルで行動だな。次の機会があるかは知らないが」
「アレは想定外すぎると思うけどね」
「まあな。アレ相手じゃ、風穴が開く人間が1人増えるだけか。……つーか、想也も良く生きてたな」
「ほぼ死に掛けだったよ? 最後はなんか見逃してもらったみたいだし……。」
山田太郎の気まぐれがなければ僕はここにはいない。
また闘おうとか言ってたけど、僕としては絶対に嫌だ。
「はぁ……。俺は、弱いな」
海が白いシーツの上に投げ出された手を握り締めながら独りごちた。
僕に聞かせるつもりは無かったのだろうけど、つい口にしてしまったようだった。
唐突に暗くなった雰囲気を変えようと、海が話を振って来た。
「んで、アリスは?」
「僕の端末の中」
昨夜、実咲とアリスを逃がすために別々の方向に文字通り飛ばした。
実咲にはすぐに戻ってこられてしまったけど――お陰で命拾いした――アリスはそうもいかなかった。
出来うる限り急いで僕の場所へ戻ろうとしたらしいが、なかなか見つけられなかったとのことだ。
飛翔速度と方向から落下地点を予測して探し回ったが一向に見当たらず、1時間ほど経ってから合流することが出来た。
山田太郎に追いつかれて途中で下に叩き落とされてたから、アリスは僕がいた位置よりずっと遠くを探してしまったわけだ。
山田太郎が去った後、地面に流れた血痕などを理想世界で丁寧に消して、実咲に介抱されつつその場を離れてしまったから、余計に僕の場所が分からなくなったらしい。
結局、最初に決めていた合流地点のあたりで漸く再会となった。
僕も病院とか行きたかったんだけど、不老不死の力が何処からバレるのか分からなかったから結局選択肢から外した。勝手に治り始めてたし。
ERCを騙る何者かが実咲を拐取しようとした事があったけど、今思うと血液検査の直後だったんだよね。
因果関係があるかは分からないけど、警戒するに越したことはない。
「おはよーございまーす」
そう言いながら、僕の隣に突如として夜を纏ったような少女が現れた。黒いワンピースを着る彼女は、白いベッドの上に腰掛けながら、僕の携帯端末を弄っていた。
「呼ばれた感じがしたので出てきました」
昨夜の激闘を共に戦い抜いた仲間であり、ある意味ではその発端とも言える。
アリスの為に戦い、僕らは彼女を守ることが出来た。
その事に達成感を感じる。
僕は誰かの役に立つことが出来たんだって、胸を張って言える気がするから。
「おはよう、アリス」
「おはよう。調子はどうだ?」
「すこぶる元気な感じですよ。これも皆さんのお陰ですね」
そう言いながらアリスは保健室の中を歩き、窓を開けた。喧騒がより大きく聞こえるようになり、涼しげな風が保健室特有のアルコール臭を攫っていった。
アリスのワンピースがふわりと舞って、艶やかな黒髪が風に乗る。
「はー、生きてるって素晴らしい。良い感じ」
「そうだね」
「……願わくば、一緒にこの景色を見たかったなぁ」
生きるとは素晴らしく、人生は辛い。
何処かでそんな言葉を聞いたことがある。
人として生きれば、辛いことも楽しいこともあるものだ。
アリスの呟きに対して掛ける言葉を、僕は思いつかなかった。生き続けていれば、そのうち気の利いた言葉が思いつくようになるのだろうか。
「さーって、この後の予定はどんな感じですか?」
「競技には出ようかなって思ってるよ」
「俺もだ。まあ、治してもらった直後だから流す程度に抑えとくけどな」
休みたい気持ちがないわけでは無いけれど、せっかくの体育祭だからね。
アリスには1日見学してもらうことになるだろう。
アリスと言う生徒は存在しない。
戸籍自体が存在しうるはずがないので当然だが、体育祭の期間中に限れば一般人の出入りがあるので目立ちはしないだろう。アリスがこの後どうやって生きていくのかはまだ分からないけど、そこらへんもなんとかしてあげないとなあ。
首を突っ込むなら最後まで、だ。
アリスに学内でゆっくりできる所を僕と海で教えていると、保健室の扉が開いた。
「響也が言ってたけど、本当に危ないことしてたんだねえ」
五反野先生が少しあきれた様子で入ってきた。
いや、少しどころではない。かなり呆れている。
「響也そっくり。危ないことに自分から向かって行くっていうか、わざわざ抱え込むっていうか。そういう事ばっかり教えてるのかな?」
「えっと、どうなんでしょう?」
「んなわけねーだろ。俺は巻き込まれてるだけだっての」
五反野先生の後ろから上がる抗議の声には若干の不満が混じっていた。不満の主はもちろん一井先生の物だ。瞬間移動ではなく普通に歩いて部屋に入ってきた。それはそれで違和感があるな。
「よう。死に掛けたみたいじゃねえか」
「まあでも生きてるからセーフです」
「そうだな。死んでさえいなければ何も問題はねえ。とは言っても、響のような回復系の保持能力をアテにしたらダメだからな」
「今回は運が良かっただけだ。分かってるさ、そんな事は」
「なら良い。さっさと治してもらえ。そんじゃ宜しく響」
一井先生の呼び掛けに応じて、五反野先生が治療を始める。いくら反論しても無駄なのが分かっているのか、溜息をついて半ば諦めの境地だ。
「響也もそうだけど、勝手に怪我したのを治せというなら私は絶対に治療しないわ。でも、誰かを助ける為に負った怪我は必ず治してあげる」
「助かるぜ、五反野先生」
「まずは八雲君からね。今度からは応急処置用の回復系魔道具を持っておいた方が良いよ。値段は高いけどね」
一井先生が僕の側に来て聞いて来た。
「んで、お前ら2人のどてっ腹に風穴あけた奴はどんな奴だったんだ?」
「山田太郎って言う人です」
「んん? ありきたりな名前だ――いや、そいつもしかして悪趣味な槍とか使ってなかったか?」
「棘がいっぱい付いた槍でした」
先生がよりにもよってあいつか、と口の中で呟いた。
え、何知り合いなの?
あんな物騒な奴と?
「?」
「ん? ああ、ちょっと因縁があってな。しかしそれが本当だとすると、お前らよく生きて帰ってこれたな。まあ不幸中の幸いか」
「そんなヤバい奴だったんですか?」
「傭兵の世界じゃあ、知らない奴は殆ど居ない。仕事中に余計な遊びが多いのと気分屋が過ぎるせいであまり雇う奴が居ないが、少なくとも腕だけは確かだ」
「戦ったことあるんですか?」
「何度もな。あいつやり辛くて面倒なんだよな」
めっちゃわかる。超やり辛い。
にしても、先生は先生をする前は何をやってたんだろう。傭兵とかやってそうだな。ただの想像だけど。
「やっぱ俺だけじゃ対人戦の経験が偏るな。もうちょいバラけさせるか」
何やら考え込んで呟くと、ふむ、と続けた。
「……何かそいつに言われたことあるか? 喋りかけて来たと思うが」
「確かにずっとなんか言って来ましたけど……」
正直言って戦う、と言うか生き残るのに必死であまり覚えて無いんだけど。それでも最後に言われたことを思い出すと確か――
「――強くなったらまた戦おうよ」
「……そう言われたんだな?」
「絶対嫌だって答えましたけどね」
「あ〜、こう言うのはアレなんだが、絶対どっかしらで戦う羽目になるぞ。経験上」
「え」
マジで?
勝てる気がしないんだけど。
次は本当に殺されると思う。死なないけど。
「体育祭が終わったら、ちょい早いがあいつらに声掛けるか……。まあ、そんなすぐに戦うことにはならないさ。強くなったらって言って来たんだろ? てことは時間を開けて来るはずだ。……そういうところは律儀なんだよな」
「はい八雲君終わり! 少し時間掛けて治療したからこの後動いても大丈夫だよ。どうせ競技には出るんでしょ?」
「終わったみたいだな。理崎もさっさと治してもらえ」
そう言い残して一井先生は瞬間移動して居なくなった。
今後どうなるにせよ、僕はもっと強くならなくちゃいけないみたいだ。
◆
五反野先生に傷を癒してもらい、僕らは保健室を出た。アリスも妖精化せずに歩いている。
時刻は八時前。体育祭が始まるまではまだ少し時間がある。校内はそれ程騒がしくなく、時折すれ違う人がアリスをチラ見する程度だ。知り合いを連れて来たと思われているのか、特に不審がられることは無かった。体育祭の間だけ置いてある関係者以外立ち入り禁止の看板(探知結界付き)を越えてしまうと問題になるので、少し遠回りしながら教室へ向かう。
「アリス。ちょっと妖精化しておいてくれる? 教室に入ると目立つからね」
「承知な感じです」
光の残滓を残して、アリスの姿がすぅっと消える。
携帯のバイブレーションが鳴ったのを確認してから教室に入る。
クラスメイトたちは思い思いの場所に座り談笑していた。地べたに座っている奴もいる。
教室の真ん前にある黒板には『教室集合:八時半』と大きく書かれていた。
みんなも二対二戦を楽しみにしているのか、部屋の温度が上がっているような気がした。
「想也君」
「おはよう、実咲」
「身体は大丈夫なの?」
「お陰様でね」
実咲が教室の後ろに陣取っていた。
机を何個か突き合わせて、その上に屋台料理を並べていた。チームメイト達も座っている。
実咲の隣の席が空いていたので、そこに座りながら話を進める。
「みんなもおはよう」
「悪ぃ、心配かけたな」
「何、元気な姿で会えたのだから良いでござるよ」
「その通りですわ」
「で、でもすっごく心配したよ」
内宮さんが悲しそうに目を伏せた。
うっ、罪悪感が。
なぜか目を逸らしてしまった僕は実咲を見た。
「……そうね」
僕と目のあった実咲も小さな声でそう言って、潤んだ目を伏せた。
痛い。胸が痛い。超痛い。
お腹に穴が空いた時と同じくらい心が痛い。
「ま、まあ、兎に角。今日の競技は如何するのござる?」
胸を押さえて蹲っていた僕を見かねたのか、護人が切り出した。
「まだまだ本調子じゃないが、取り敢えず出るだけは出ようと思ってるぜ」
「だ、ダメだよ。安静にしてないと」
「無理はしねえって」
「そうは言っても、血液までは戻り切らないからせめて一日はゆっくり休んでおかないと」
「いや本当に無理はしないって」
海と内宮さんの意見がせめぎ合っている。
内宮さんの気持ちはよく分かる。だけどそれ以上に海の気持ちも分かる。
あの時何も出来ずに殺されかけたから。
自分の弱さを痛感した。
敵との差を実感した。
だからこそ安静になんてしてられないんだ。
「想也君」
「ダメかな?」
「……いえ。想也君がそうしたいと言うのなら、私は従うわ」
「ごめんね」
「謝る必要は――いいえ、そうね。私も強くなるわ」
「一緒に頑張ろうね」
一人で勝てないなら、二人で勝てば良い。
簡単な話だ。
共に強くなれば、きっとあの不気味な男にだって負けないはずだ。
そして、チームみんなで協力すれば倒すことだって出来るはずだ。
「必ず。想也君の期待に応えてみせるわ」
「え、ああ、うん。よろしく?」
なんか異常なまでに熱が入ってないかな。
実咲の表情から読み取るに感動していると言うか、感じ入った様だけどどうしたんだろう?
まあ、何はともあれ、一緒に頑張ってくれるのならとても嬉しい。
「アリスもね」
先程からバイブレーションを続けている携帯にも答える。僕の声に満足したのか、振動が止まった。
携帯が壊れたのかと思ったよ。
僕らが話しているうちに、海は内宮さんをなんとか説得出来たようだった。内宮さんの判断で棄権する事を条件に話を落としたらしい。妥当なところだ。
護人はローウェルさんからゴム弾射撃を食らっていた。なんでさ。
「オラこっち向けー!」
とまたしても唐突に現れたのは勿論一井先生だ。
あ、もう8時半か。
「よーし。全員いるなー。知っての通り、今日の競技は二対二戦――まあ、タッグ戦だ。参加希望組は前もって聞いておいたが、メンバー変更や追加はあるか?」
先生からの問い掛けに答えるクラスメイトはいない。
体育祭が始まる前はやる気がなくても、競技をこなすうちに心変わりする人が多いことから、直前での参加が認められている。が、今回はどうやらそんな人はいないようだった。
返事がない事を確認した先生は満足したように頷いた。
「よし。なら次だ。体育祭後の三連休最終日に予定のある奴いるか?」
体育祭の後には振替の連休がある。
身体を休める目的らしい。休みが多いことはいい事だ。学校が丸々休みになるのに予定があるかどうか聞くってなんだろう。
ちなみに僕らは特に何もない。
強いて言うなら買い出しくらいだろうか。
「お、結構暇してんなお前ら。地球行って稼いで来い。まあいいや、んじゃ、八雲のチームと櫛澤チームでじゃんけんしろ」
「それはイイっすけど、負けたら何するんすか?」
「俺と一緒に荷物持ち。メシとかは奢ってやるから安心しろ。あ、強化は使うなよ動体視力と反射神経強化したら終わらなくなるからな」
そして始まるじゃんけん。
代表者を出しての一騎打ちの形になった。
何故か前に出される僕。なんで?
「悪いが理崎、これは真剣勝負だぜ」
「櫛澤さん、なんか物凄い目が血走ってるけど大丈夫? いや、気持ちは分かるけど」
「ふっ、恨むなよ」
どんだけ休みを潰されたくないんだ。
いや分かるけどさ。
「はァァァイ!じゃァァァんけェェェェーん!ほァい!」
半ば迫力に押し切られる形で手を出す。
僕はグー。
櫛澤さんはパー。
負けた。
いや。負けるべくして負けたのだ僕は。
だって、手が開かないのだから。
「念動力で手を固定するのは卑怯過ぎない!?」
「真剣勝負だから……」
「それ何やっても良くなる言葉じゃないからね!」
「俺もな、こんなことはしたくなかったよ。でもな、これ強化禁止なだけのじゃんけんだから……。恨むなら残酷な世界を恨んでくれ」
「はい理崎負け」
「クッソすごい悔しいんだけど」
先生の無慈悲な宣告には負けを認めざるを得なかった。実咲と一緒にめちゃくちゃ食べてやろうと心に決めた。
「ま、少なくとも退屈はしないと思うぜ」
なんて言う先生の言葉を背に、すごすごと席へと戻った。




