理不尽との遭遇
僕がその男に対して何を思ったかと言えば、誰だろうとかなんでここにいるとか、まあいろんな事を同時に思った訳だけど、一番強く想起したのは『気味が悪い』なんて言う感覚的なものだった。
一目見た瞬間に、視覚情報が脳裏を叩いたと同時に僕はそう思った。
夜中真夜中、深夜のビルの屋上で、友人の腹に物騒な棘槍を生やしておきながら、まるで善人の様な顔で、此方を気遣うような口調で、雰囲気で、僕らに尋ねるその姿が。堪らなく気味が悪かった。
そう、こんな特殊な状況下でありながら、本当に助けに来たのかもなどと一瞬でも考えさせてしまうこの男が、僕は心底恐ろしかった。
「あれ、聞こえてなかったですかね。まあちょっと風強いですし仕方ないかもですね。よし、此処はもう一度聞いて見ましょう。この人、皆さんの友達さんですか?」
「……そうですけど、それがどうかしたんですか?」
場違いな質問だ。
友達かどうかは問題じゃないだろう。
傷を負っているのが大問題なんだ。
「ああ、やっぱり! いやね、俺もそうなんじゃないかなぁーっ、位には思ってたんですけどね。実際友達かどうかって結構あやふやなところあるじゃないですか。線引き的な。友達の必要条件って決まってないですし」
「……だから、それがどうかしたんですか」
僕は言う。
なんだこの人。調子が狂う。
まるで事もなさげに、これまでのやりとりの延長線に当然ある話題を持ち出す様に、Aの次はBだろうと言う様に、男は言った。
「この人殺すんですけどね。友達に看取られて死ぬんなら、まあ少しは救いがあるかなぁーって、そう思って。この人はついでなんですけど多少は救われて欲しいと言う気持ちがあったりなかったり」
あ、ダメだ。
なんでかよく分からないけど、この人はダメな人だ。
「――『炎槍』ッ!」
「ちょ、邪魔しないで下さいよー」
内宮さんが問答無用で炎の槍を射出する。
流れ星の様に細い葉巻型になって飛んで行く炎槍を、男は片手で払った。
蚊を振り払う様に、手首のスナップだけで。
人を燃やし尽くせる炎の槍が消えた。どれだけの強化をしてるんだよ。
その光景には驚愕を隠せないが、頭に血が上っている内宮さんは御構い無しに叫んだ。いつもの内宮さんらしからぬ勢いだが、海があんなことになっていれば当たり前の反応である。僕も今すぐにでも飛び出していきたいが、内宮さんが怒っているから冷静になれている。
いや、違う。
圧倒されて、立ち向かうという考えが浮かばなかったのだ。現実を理解するのに四苦八苦していただけだ。
「や、八雲君から離れて! 許さないんだから! 絶対に許さない!」
「ええー? 許さないとか言われてもなぁ。殺すんだから仕方なく無いですかね」
対する男は、なんでそんな風に詰問されるのか意味が分からないと言った顔だ。
ていうか八雲って言うんだこの人、と呟いて、男は何処からか棘槍を取り出した。
異空間収納か。
状況の変化に全くついて行けない。
行けないが――このままだと海が殺される。それだけは分かった。そんな事させるかよ。
「理想世界収納!――『風刃剣』!」
「刈り取れ――リトリビュート!」
闇夜に浮かぶ漆黒の半月。
死神のそれを彷彿とさせる大鎌が虚空から顕現し、実咲さんの意のままに踊る事を喜ぶ様に月の光を浴びる。
僕の片手には見えない剣が揺らめいている。
柄以外を空気で作った剣だ。この暗さならまず見えないはずだ。
「うわっ、使いにくそー」
男は呟きながら、手に持った棘槍を振り下ろした。
何も考えていない様な顔で、日常の一ページであるかの様に、人殺しを行おうとする。
この男にとって、傘を意味もなく地面に突き立てるのと、人に槍を突き刺すのは同程度の事柄に過ぎないのだ。
どうしよう。なし崩し的に戦闘が始まってしまった。
こちらはある意味奇襲されて、精神的に動揺してるし本当ならいったん引いて立て直したい。
「使いやすいわ」
「意外と速いなあ。ていうかなんで止めるのかなぁーって、思うんだけど」
「想也君が悲しむから」
「誰それ?」
海が血の海に浮かぶ孤島になる寸前で実咲さんのリトリビュートが男の棘槍を逸らした。姿の霞む程の速度での一閃。強化を速度型に割り振った一撃だ。
顔の横を掠めて地面に突き刺さる槍を見て、海が息を呑んだ。危な。
実咲さんの身体で男の姿が隠れてしまったが、構わずに風刃剣を振るう。
刀身の長いだけの剣なら実咲さんを巻き込むことになるが、風刃剣は違う。剣でありながら刃を持たない。空気の流れを生み出し、極限まで擦り合わせた気体で一点を断ち切る。
「危ないなあ」
実咲さんの陰に隠れ、攻撃のタイミングは隠したはずなんだけど、ひょいと躱されてしまった。そんな簡単には当たってくれないか。でも、切断点から移動したから海から離すことができた。
実咲さんが追撃を行う。後ろ手にリトリビュートを持ったいつもの構えから逆袈裟気味に膝を狙った一撃を繰り出すが、棘槍で狙いを逸らされる。リトリビュートの切っ先が首を刈ろうと別角度から襲い掛かるが、半身を翻して空を切る。回避と同時に棘槍が突き出されるが、体に引き戻した大鎌が弾く。棘槍と大鎌に武器長として大きなリーチ差は無いが、槍と鎌では交戦距離と攻撃方法が違う。鎌は横から、上から、刈り取るように振るわれる。それに対して、槍は突くことができる。最短距離で攻撃できるのだ。彼女がそれでも戦えているのは、危険を事前に察知することによって、攻撃が来る前から備えているからだ。
そして、僕は実咲さんの隙を埋めるように風を走らせる。リトリビュートと棘槍が打ち合った瞬間に膝を狙ったり、躱すであろう空間に先んじて刃を置いておいたりしている。
そこまでして、その悉くが躱される。あの男も危険察知能力があるんじゃないのか。
「理想世界収納――『千本針』」
異空間から新たな概念武装を取り出す。右手で風刃剣による斬撃を行いながら、全長15センチ程の銀色の針束を宙へ放る。月光を反射し、流れ星の軌跡の様に宙に浮くそれは、針先の向きを変えその全てが弾丸の様に男へと殺到する。
千本針は必中の概念を入れた武器だ。狙った相手には必ず中る。概念封入
の強度を高めた結果、一度当たったら概念は消えてしまうが、それを補うための千本だ。
使い切りの消耗品になっているが、ある程度は割り切って使う。
「躱せないタイプかー。まあ妥当だー」
実咲さんの身体の数ミリ傍を通り抜けて貫通せしめんと針が通る。創造通りに寸分違わず命中した。全身くまなく針千本突き刺さりサボテンの様になっている。よし、これですこしでも動きが鈍ってくれれば――
「でも威力が足りない」
――針が自壊する。
命中の衝撃に耐えきれず、飴細工が折れる様に半ばから真っ二つになった。男は無傷のままだ。
最低でもシールドエッジボアを殺傷出来る威力はあるはずなのに、涼しげな顔をして防ぎ切られた。防ぐどころかまともに食らっても平気みたいだ。
「銃魔!」
銃声が連続する。
異空間収納から断続的に供給される弾丸を透明な銃口が吐き出す。魔法系と超能力系を組み合わせて形作られた銃身の中で火薬の爆発エネルギーが弾丸を押し出し、銃声が吠える。ローウェルさんの周りでは星が瞬く様に閃光が踊る。
「付加――『氷結』」
実咲さんが距離を取るために、男を釘付けにする援護射撃だ。
銃弾に魔法系を重ねて撃ち出す。
だが、僕の千本針が命中してもかすり傷の一つすら負わないこの男に、少し付加効果のある弾丸程度では有効打とはなり得ない。
だけど、その場に釘付けにすることは出来た。
強化を施して、海を救出するべく走る。素人目から見てもハッキリと分かるくらい、血が流れている。このままだと出血多量で死んでしまう。
今すぐ病院に連れて行けば命は助かるはずだ。
「あーもう、だからさー。なんで邪魔するのかなーって、ただ殺そうとしてるだけじゃんよー。もー。面倒だなー。全員殺しちゃえば良いかなー」
言葉の軽さとは裏腹に、僕らを途轍も無い悪寒が襲う。全身に鳥肌が立ち、心臓が締め付けられる。
ヤバイヤバイヤバイ!
「海を連れて逃げて!」
足元に転がる海を内宮さんの方へ蹴り飛ばす。護人が受け止めたが、槍の刺さったままで蹴られた海が鈍痛に呻いた。
乱暴だがそんな事を言ってられる状況じゃなくなった。
危険を察知した実咲さんが後退してきた事で、気味の悪い男、僕と実咲さん、チームのみんなと言う位置関係になった。
〔り、理崎君は!?〕
〔良いから! 出血が酷いんだ手遅れになる! ローウェルさんと護人は一緒に逃げて!〕
〔何をバカな事を仰るで御座る!〕
〔一緒に戦いますわ!〕
〔ここじゃ狭過ぎ――アリス!〕
いつの間にかアリスのこめかみに棘槍が迫っていた。
完全に躱せないタイミングだったが――しかし、槍は空を切る。
「ありゃ? 当たると思ったんだけどなー」
〔しっ、死ぬ感じでしたよ! 完全に! 危なっ! 超危なっ! 想也さんの携帯をネットから隔離した状態にしておいて良かった!〕
妖精化。
アリスは槍の当たる寸前に僕の携帯へと飛び込んできた。ギリギリだった。
この男、滅茶苦茶な強さだ。今のはどうやってやったのか検討もつかないけど、もしアレがアリスじゃなくて他の人だったらそれだけで1人殺されてた。
洒落にならない。
〔見たでしょ今の! ここで戦ってたらどの道、海が失血死する! さっさと行け!〕
〔しかし……! 想也殿はどうするで御座るか!〕
〔時間を稼ぐ!〕
〔……クソォ! 行くで御座る!〕
〔ちょっと! 秋川! お待ちなさい! 秋川!〕
海を抱えて、護人はビルの屋上を駆け出し、飛び降りる。内宮さんとローウェルさんが続く。
「いやなんで逃げようとしてるんですかね。皆殺しーって、言ったと思うんですけど」
「やらせるなんて言ってないわ」
「貴方の相手は僕らがするよ」
男が逃げようとする護人たちに槍を投擲するが、僕と実咲さんで防ぐ。1本だけ通してしまったが、ローウェルさんに当たる前に軌道が変わって何処かへ飛んで行く。
「当たらないのか今のー」
僕がここにくる前に創っていた保険だ。
概念封入したのは一度だけ攻撃を逸らす事。逆に言えば、保険がなかったらローウェルさんか今のでやられてた可能性がある。
海にもこの御守り渡しておいたはずなのに、あんな事になってるとは思わなかった。
〔実咲さん、如何にかして時間を稼ぐよ〕
〔任せて…と言いたいところだけど、私じゃこの男には勝てないわ〕
〔3人でやるんだよ〕
なんでこんな危ない奴がこんなところにいるんだよ。
と、毒付いて見ても現状は好転したりしない。自分で切り抜けないといけないのだ。
「んー、しょっ」
またしても棘槍が眼前に迫る。躱せない。
なんだこれ、対応が遅れる。いつの間にか、攻撃されているんだ。瞬間移動みたいなちぐはぐさだけどちょっと違う。
実咲さんが横から弾いてくれた為、事無きを得た。
「また君かー。先読み系の保持能力かなー面倒だなー」
なんて言いつつ何本もの槍が飛んでくる。
実咲さんがリトリビュートで全て弾き飛ばす。
「……なるほど」
そっか、分かった。
こいつ、攻撃に敵意が無さすぎる。
意識の隙間に入り込まれるんだ。だから対応が遅れる。
「うわ、絶対そうじゃんだるいなー」
実咲さんの危機察知能力は害意があろうがなかろうが全て感知できる。程度はある様だけど。
実咲さん曰く、自分と僕への危険が最も察知出来るとのことだ。他の奴は比較的どうでもいいから感知の精度が薄れるらしい。それを聞いたときは他の人も気にかけてあげてほしいと思った。
「まあ、今までもそういう人は居たけどなー」
「迅ッ!?」
姿が霞むほどの速度で槍を構えて迫る男。
瞬き一つの間に間合いに入れられてしまう。
時間を稼いで、逃げることが目的だ。倒すことが目的じゃないのなら、まだ何とかなる。
「武器創造!――『盾』!」
神速の突きが疾る。
槍の様な武器で何が一番怖いか。
それはリーチ。
間合いに入らず、間合いに入れ続ける。
長者というのはそれだけで驚異なのだ。
じゃあ攻撃方法として怖いのは何かと言われれば、僕は突きだと答えるだろう。
躱しにくいし、速いし、反撃しにくい。
だが攻略法はある。
受けてしまえばいいのだ。
躱さなければ良い。反撃しなければ良い。相手より早く動く必要が無くなればいい。
――と思っていた。
耳障りな音を立てて、僕の盾が壊れる。
貫かれた。矛に、盾が負けた。強化してても身体を貫かれた。心臓を潰されるところだったけど、御守りのお陰で腹部に逸れたらしい。直撃しない方向で逸れて欲しかった。
痛い。腹が熱い。棘が返しになってるから抜けない。
〔ヤバ…〕
〔想也君!〕
〔想也さん!〕
ぐいん、と引っ張られる。お腹がぶちぶちと嫌な音を立てているのを耳の内側から聞いた。
失敗した。この男、基礎スペックで圧倒するタイプだ。攻撃力で上回られてるんだから防いでも意味ない。読み違えた。
引っ張る勢いを使って、2撃目が撃ち込まれる。
宙に浮き、無様に転がる。
「うぶ、がえっ!」
「お前! 殺してやる!」
「いや、死ぬのは君達なんだけど」
ちょっと待った。これ死ぬ。
不老不死だけど死ぬ。お腹の槍がすっぽ抜けたのは僥倖だが、周りの肉とか根こそぎ持ってかれてる。
死ぬ。死ぬ?
さっき見たイライザとパリーの消える瞬間が頭の中で繰り返される。自己の共有。存在の共通化。
二心二体で一心一体の彼女達は死を共有していた。
「よくもよくもよくもよくも殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!!」
「うわ、怖っ。けど貴女そんなに強くないね。先読みできるだけじゃ意味無いーって、思ったり?」
実咲さんは不老不死だ。
だが、僕は元々は不老不死じゃない。言うなれば、無限の方へ、ゼロ側から近付いた存在だ。ならば僕が死んだ時、僕は無限側へ戻るのか、ゼロ側へ戻っていくのか。どうなんだ。いや大丈夫。うん多分大丈夫。死なない死なない。
ダメだ力が入らない。熱い。指先が冷たい。
死ぬ。違う、死なないんだった。
本当に?
……万が一という事もある。
実咲さんを巻き込んで死ぬつもりか僕は。何で諦めてるんだ僕は。最後まで抗えよ。まだ死んで無いだろう。
アリスがいつの間にか実体化して男と切り結んでいる。実咲さんも何とか追い縋っているが、殺されるのも時間の問題だ。技量差があり過ぎる。
どれだけ願っても、自分の体は治せない。
倒れたままで、能力を行使する。
「理想世界――『圧力』」
失血している部位に無理やり圧力をかけて蓋をした。取り敢えず流血は止めることが出来た。
〔想也君!貴方だけでも逃げて! アリス、想也君を連れて逃げなさい!〕
〔何言ってるんですか!貴女1人残っても嬲り殺しですよ!〕
〔私は死なないからいいの!〕
〔意味分からない事言ってられる感じですか!マシな言い訳にしてください!〕
待て。何を犠牲になろうとしてるんだ。
そんなこと死んでもさせるわけにはいかないんだよ。
なんとしてでもあの2人だけは逃がす。
「――『吸引』、『衝撃緩和』、と」
理想世界によって理想が現実化する。
ほぼ吹き飛ぶように僕に突っ込んで来たアリスと実咲さんを思いっきり引き寄せて、半ば抱きつく様に固定する。
慣性を無視した動きに、男は一瞬だけ呆気にとられた。良かった、これにまで対応して来たら為す術が無かった。
すぐに追撃の姿勢に移った男だが――
「逃さないーってば!?」
「――『爆発』!」
僕達を起点に炸裂する爆轟。
目の前が紅蓮に染まるが、痛みや熱はない。そうならないように創造したからだ。
ただ、衝撃だけは確かに受けた。
この衝撃は必要だったからだ。
「自爆で吹き飛んで逃げるとは予想できなかったなーって、うん、素直にビックリ」
男が呟くのが聞こえる。
やった。これで離脱出来る!
「凄いですね想也さん、ぐんぐん離れてますよ」
「これなら逃げ切れると――!?」
空中で実咲さんがリトリビュートを振るう。
ガキン、と音がする。
ああ、クソ。
槍だ。
棘のついた、気味の悪い槍を弾いたのだ。
男が追いかけてくるのが見えた。
「クソァ! なんであんな奴がいるんだよ!――『理想世界』!『加速』!」
吹き飛ぶスピードをさらに加速させる。
しかし、男との距離は段々と縮まって行く。
追いつかれるのも時間の問題だ。
血を流しすぎたせいか、頭が回らない。
上手く創造ができない。
理想世界での速度上昇が上手くいってないみたいだ。
「『理想世界』――『気配遮断』『透明化』『消音』」
最後に。
二人だけでも逃さないと。
想像を不完全な理想で現実化する。
効力はあまり期待できないけど、ないよりはマシだ。
2人の身体を理想が包む。
ポケットに入っていた携帯を握りつぶして、僕は続ける。
「一体何を――」
「……待って想也君。まさか――」
「『衝撃波』」
僕の意図に気付いた実咲さんが何かを言おうとしたが、それを聞くよりも先に、ビルの谷間に消えて行った。
アリスは実咲さんとは別方向に飛ばした。
追撃を仕掛けて来た男からは突然2人が消えた様に見えるはずだ。その証拠に、未だ僕を追いかけて来ている。
ダメだな、僕は。
他人を巻き込んだ挙句、逃す事しかできない。
「3人纏めて殺せそうだったのに面倒だなーって、手間かけさせないでくださいよ」
せめて、一矢報いてやる。
「 理想世界収納――名無しの創造物、概念封入――『爆轟』『誘導』」
僕の世界から、名も無き創造物を取り出す。それは剣であったり、盾であったり、ただの石ころであったりだ。都合五つのガラクタに概念を込めて放り投げる。
直後、地面に落ちかけていた体が再上昇するくらいの膨大な熱量が僕の体を煽った。
僕が作ったのは簡易的な爆弾だ。
概念強度を無視して出来うる限りの概念封入を行ったから、きっと10秒もしないうちに自壊するだろうけど、使い方を考えれば無理矢理に効果を発揮できる。
例えば今みたいに、自壊する前に自爆させてしまうとかね。地上に被害が出ないように爆轟方向の誘導もした。
今ので少しくらいはダメージ入っただろ。
と思いきや、男は爆炎の中を突っ切って来た。
嘘だろ。
追い付かれた。
「ふんっ!」
「強化!!」
棘槍の刺突を何とか躱したが、続く打ち下ろしの蹴りを食らってしまった。
地面に叩き落とされて、あまりの衝撃に意識を手放しそうになる。
ボケけた目で辺りを見回すと、どうやら何処かの屋上に墜落したようだった。
さっきまでいたビルの屋上の半分ぐらいの大きさだろうか。
「いやー、面白い保持能力だなーって、応用性が高いなーって思うよ。死ぬ前にどんな能力なのか教えてもらえないかなーって。どう?」
芋虫のようにもがく僕に、悠然と近づいてくる男。
僕がいるのは屋上のほぼ中央部分。男も、一般の目に触れるのは避けたいはずだから、いざとなったら地上に降りてしまおうと考えていた。だが、この位置からじゃ下には降りられない。その前に追い付かれる。
この男、僕を叩き落とす場所まで計算してたのか。
逃げられない。
それが分かった瞬間、身体中の血液が全てなくなってしまったかのように青ざめるのが自分でも分かった。体がうまく動かせない。力がうまく入らない。別の生き物のように、手足が震える。
何故か、昔、死んだ父さんと遊んだ時のことが頭に浮かんだ。母さんの料理の手伝いをしている時もだ。
何だこれ。
ああ、走馬灯って奴か。
やっぱり死ぬのかな。
死ぬ前に自分を振り返ると……いっつも1人だった僕は。走馬灯に再確認させられた。
走馬灯は過去の経験から窮地を脱する鍵を得ようとする行動だと聞いたことがあるけど、1人で訓練してた思い出が殆どで役に立たないな。
お、走馬灯が高校編に突入した。
中学時代が灰色過ぎて3カットくらいで終わった気がする。それに比べると高校の思い出は多いな。
たった数ヶ月なのに、こんなにも満たされていた。
実咲さんがいたからだ。銀色の女の子がいつも隣にいた。翡翠色の瞳が僕を見ている気がして、いつも少しだけカッコつけていた。
どうだろう。
実咲さんは僕が死んだら悲しむだろうか。
悲しむだろうな。泣いちゃうね、きっと。
「へぇ。面白いなあ君。普通、こういう状況になったら後退りとかするもんなんだけどねーって。まあ時たまこういう人がいるんだよね」
いつかの夜に、月明かりに照らされながら、一緒に不幸になろうと約束した。
僕だけ死んだら、約束を反故にする事になる。
それはダメだ。
でも、それでも、もし、約束を破ってしまったら、僕は、君に顔向け出来ない。きっと怒るだろう。とても怒るだろう。
だとしても、2人で死ぬくらいなら、僕は実咲さんに生きて欲しい。
そう思う。
だから、ここからは僕1人の力で戦う。
「共通解除」
読んでいただきありがとうございます。
更新間隔空いてますが末長くお付き合いくださいませ。




