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君と僕の理想世界  作者: 天崎
第2章
72/79

姉と妹

終わりはいつしかやってくる。

始まれば終わる。

簡単な話だ。


僕は終わりが嫌いだ。

だけどいつかは終わってしまうのなら、望む終わりを手に入れようともがく事に何を躊躇う必要があるのだろう。

終わる間際に悔やむ事が、最も心を痛めつける。


後悔は最悪だ。

後で悔やんでも、過去はちっとも変わらない。現在は過去に囚われ続け、未来は過去に行く手を阻まれる。それでも人は後悔をする。

昨日を想えば、今日と明日を見なくて済むから。問題解決の為に頭を使えるから。問題なんて、とっくの昔に終わった話なのに。


反省とは過去を振り返る事ではなく、選び辿ってきた道を見返し、歩き方を考え直す事だ。

未来に背を向けるのは別に悪い事じゃない。

過去から学び、未来に活かす。その為に立ち止まる事も、時には必要だろう。


後悔は、その場で蹲ってしまう事だ。

何も見えちゃいないし、何も見ようとはしていない。

あの時こうしておけば良かった、と思い。

これからはこうしておこう、とは思わない。

堂々巡り。

考えている様に見えて何も考えてないし、進んでいる様に見えて何も進んでは居ない。


果たして、僕は正しい過去を見つめているか。

果たして、彼女は正しい方向へ進めているだろうか。

その答えはまだ分からない。

或いは、答えなんてないのかも知れない。




アリスが駆ける。

イライザとパリーが、襲い掛かる。

崩壊の光は左脚のみならず、腕や顔にも現れていた。

あのペースでは消えるまで残り2分も無いだろう。

だがその短い時間を待つ人間はここにはいない。ああ、そうだ。創られたも何も無い。アリスは生きようとしている。パリーも、イライザも、生きようと必死なんだ。


「ううぅぅぅあああああッ!」


力任せに腕を振るう。

半身を回転させ、タップダンスの様な足捌きでナイフが踊る。

順手と逆手が、逆手と順手が、激突する。

ギチギチと刃が悲痛な声を上げるが、三者譲らず鍔迫り合いの形になる。一度離れて立て直すべきだ。

だが、引けない。引かない。


「何があっても負けるな、命懸けで戦え! イライザ姉さん! そう言ったでしょう!」

「ワタシ、私はパリー」

「パリー姉さん! 貴女は私に世界の美しさを聞かせてくれた!」

「わたシはイらイザ」

「負けられないんですよ! ここで引いたら、下がってしまったら、妹失格なんです!」


叫び、力を籠めて前を見る。

煙のように立ち登り、煙のように立ち消える蛍火の如き粒子が一層濃度を増した。


「「アリス、アリス」」


どれだけ踏ん張っても、ジリジリと押されてしまう。


〔し、下に人が集まってる! 持ちこたえられなくなるよ!〕

〔想也殿! 時間が無いでござる!〕

〔撤退ルートの確保だけしておく! 護人! ここは任せたぞ!〕


海が部屋を飛び出していく。

下層から怒鳴り声が聞こえてくる。

突入開始から既に五分が経過しようとしていた。


「「アリス」」

「はい、姉様方」


〔想也君。もうそろそろ撤退するべきよ〕

〔分かってる。分かってるけど、もう少しだけ〕

〔本当に危なくなったら想也君だけは引きずってでも連れて行くわよ。何か嫌な予感がするの〕


共通(リンク)経由で実咲さんから念話が飛んで来た。


「私はイライザ」

「私はパリー」

「「私はアリスでは無い」」

「私はイライザ姉様でも、パリー姉様でもありません」


押されていた体が止まる。

三者の力が拮抗する。

イライザとパリーを包む光がさらに強くなった気がした。崩れる。解ける。既に顔の3分の1が消えかかっていた。片目は既に世界に居た痕跡を無くし、0と1の狭間に溶けて行った。

残る片目で世界を見る。

薄暗い部屋の中で、明滅するパソコンに囲まれて、1人の妹を見る。


「「私は、アリス――貴女になりたかった」」

「ッ! うぅぅぐぅ! ああああああああ!」


残された一対の片目から、光の筋が通った、気がした。


発条の様に腕が弾かれる。

アリスのナイフが縦横無尽に駆け巡る。

首を、腱を、目を、腎臓を、狙い澄ました一撃を、受け流し、弾き飛ばし、搦め捕り、捌き、突き、薙ぎ、斬る。

叫ぶ。叫ぶ、叫ぶ。


イライザとパリーを相手に一歩も引かず、2人同時に相手取っている。内臓に吸い込まれて行く刃を被せる様に抑えつけ、殺傷範囲の外側へと移動させる。返す刀で脇腹を突き刺そうとするが横合いから迫る鋭端の対処するべく攻撃を止める。顔を狙った一撃は、首を捻って躱す。重心を手放して仕舞えば、一瞬で決着が着いてしまう。足先に力を込めて、地面を掴む。

そうしたギリギリの戦いは突然に終止符が打たれる。


最後の妖精化。

イライザの姿が突如として消える。

熾烈を極める刃の応酬に出来た空隙。

間を縫う様に、後ろから迫るナイフ。


「姉様、お別れです」


逆手に持つナイフでパリーの刃を受け止め、順手のナイフで彼女の心臓を貫いた。

アリスを狙っていたイライザの動きが止まる。

存在を共有していた彼女達は、受けた傷さえも共有する。

攻撃の来るタイミングも、攻撃の来る位置も、全てを予期していたかの様な動きだった。


2人を包む光が弱くなっていく。

消えかけの花火の様に。

枯れかけの睡蓮の様に。


「貴女は私の神経に触れる」

「貴女と話し合うべきなのです」


どちらが言ったか、僕には判別が付かなかった。


「ワタし、は、イライザ」

「わたシは、パリー」

「「さようなら、アリス。愛しの妹」」


まるでコーヒーに溶ける角砂糖の様に、輝きが何処かへ消えてしまった。

唐突に、静寂が訪れる。


何か声をかけようとするけれど、言葉は出て来ない。

どう言えば良いかわからない。

そうやって迷っているうちに、アリスは深々と息を吸って、尾を引く様に吐き出した。汗を拭い、疲労困憊の身体に鞭打って、息を吸う。


「3分間、待ってください」


アリスが消える。

妖精化により、電脳空間へと移動し、データを破壊する。イライザやパリー、そしてアリス自身の記録を。


自分の手で、自分の生い立ちを破壊するその気持ちは、一体どれほどの痛みを伴うのだろう。

想像するだけで胸が痛い。

でもそれを慰める事が救いになるかと言われたら、きっとそれは違うのだろう。

だから僕は何も出来ずに、暗闇の中で立ち竦んでいるんだ。


そうして、少しの時が流れた。

薄暗い部屋の中で階下の騒めきを聞き流し、アリスの帰還を待つ。時間は差し迫っているが、破壊音や振動の調子を見るに、内宮さんの魔法系(マジック)を突破する事に手間取っているらしい。後から補強用の魔法系(マジック)を何度も施術し直しているからちょっとやそっとじゃあの牙城は崩せない。


〔戻って来たら、向こうのビルに飛び移って速攻で姿を隠すよ〕

〔承知しましたわ。計画通りに事が運んでおりますわね〕

〔油断は禁物ですぞ〕

〔秋川五月蝿いですの〕

〔拙者の扱いマジ理不尽〕

〔妥当ですわ〕

〔不当で御座る〕


ここまではある程度予定通りに流れている。


〔海。終わったよ〕


ただ、敷かれたレールが歪み始めたとすれば、この瞬間からだろう。


〔ッ!? 撤退! 撤退よ! 早く逃げるの!〕


突如として、実咲さんが叫んだ。

念話越しに伝わる声音には一切の余裕が無い。

実咲さんがここまで焦っているのを見るのは初めてかも知れない。

彼女が先ほど言っていた、嫌な予感とやらが当たった。それに対して僕は疑う事など一切せずに、撤退を始める。


〔アリス! あとどれくらいで終わる!?〕

〔大体終わってる感じです。あと4分の1といった感じです〕

〔待てないわ! すぐに出て来なさい! 急いで!〕


実咲さんが言い終わるや否や、アリスが顕現する。


「残りは物理的に破壊する感じでおねが――」

「一葉! ミリル! 早く!」

「魔力を以って雷と成せ、雷を以って波と成せ――『雷撃波(サンダーウェーブ)』」

「魔力を以って炎と成せ、炎を以って波と成せ――『炎熱波(フレイムウェーブ)』」


電気と炎の波が部屋を満たす。赤と白が狂気的に乱舞する。

プラスチックの焼け焦げる嫌な臭いが充満し、電撃によって回路がショートし、過電流が何処かへと伝わったのか、部屋のかすかな明かりさえ消えてしまう。

どうやらこの部屋付近は停電状態の様だ。

アリスの製造方法を刻んでいた電子の石盤はどろどろに原型を無くしていた。

流石にあの状態からじゃ復元は出来ないだろう。


「早く行きなさい!」


実咲さんに急かされて、全員が部屋を飛び出す。

廊下を走り、屋上へ向かう。

実咲さんの危機察知能力は本物だ。彼女がここまで言うなんて一体何が――


「――逃げろ」


ドアを蹴破り、夜風の吹き荒ぶ屋上へ到達した僕らの目に飛び込んで来たのは、無数の棘が返しの様に付いた棒。その棒が腹部へと突き刺さっている海の姿。仰向けに倒れ、息も絶え絶えだ。

そして、血に塗れた彼の隣で和やかに笑うスーツ姿の男が、状況に似合わない人当たりの良い顔と、安心感のある声でこう言った。


「こんばんわ。この人、お腹にこんなものが刺さってて痛そうなので助けようとして来たんですが……。もしかして、お友達だったりします?」


最悪だ。

読んでいただきありがとうございます。

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