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君と僕の理想世界  作者: 天崎
第2章
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三人の妖精

先に行動したのは僕らの方だった。

相手の出方を窺っていられる程、僕らに時間的猶予は無い。作戦通りにいくのなら、まず行うべきは――


「魔力を以って風と成せ、風を以って刃と成せ――風刃(ウィンドエッジ)!」


――エレベーターシャフトの破壊。


ローウェルさんの魔法系(マジック)によってエレベーターのドアごと、鉄の箱を吊るしていた太いワイヤーが断ち切られる。少しして、階下から途轍もない衝撃音が響いた。

え、あれ人乗ってないよね?

乗ってたら死んでる可能性あるんだけど。


「そちら側はお願い致しますわ」

「魔力を以って氷と成せ、氷を以って檻と成せ――氷檻(アイスゲージ)


――そして、増援の妨害。


続く内宮さんの魔法系(マジック)が、唯一となった連絡手段である階段を丸々凍結させる。これで上層に上がってくるのは不可能なはずだ。下から床を突き破ってきたりする事も考えられるけど、サーバー室なんて重要なデータ類が一纏めにされてるようなところに破壊を撒き散らすような真似をする可能性は低いと思う。完全な妨害でなくとも、時間稼ぎが出来れば十全だ。


〔一葉は念の為にエレベーターの方も塞いどけ! ローウェルは援護! 護人は二人を守れ!〕


海が素早く指示を飛ばす。

僕のやる事といえば、薄暗闇の中で殺意を漲らせて向かってくる刃物の対処だ。

海の炎剣(フレイムブレイド)はパソコンの密集したここじゃ使えない。下手をすればパソコン自体を傷つけることになる。そうなると、アリスが妖精化して確実にデータを消去するって方法が使えなくなる可能性がある。バックアップがあるかもしれないから、物理的な破壊が最善とは言えない。


また、実咲さんのリトリビュートも大物だから取り回しにくい。


となると、必然的にこの中では格闘戦の得意な僕が出張る羽目になるけど……。

ただでさえ狭くて同時に戦える人数が限られているし、そこそこオールマイティーな僕は援護に回るべきかな。


理想世界(イデア)――概念武装(コンセプトアームズ)……ッと危なッ!?」


理想世界(イデア)を使い、武器創造(クラフトアームズ)概念封入(コンセプト)を同時に行おうとした。

しかし、いつの間にか目の前にイライザのナイフが迫っていた。

上体を反らし、ギリギリのところで回避する。

ひゅおん、と空を切る音が耳元で聞こえた。


「やらせない感じです」

「させないわ」


体勢の崩れた僕に、突き出された刃が向きを変えて襲ってくるが、近くにいたアリスがナイフで――ナイフまでそっくりだ――受け止めてくれた。

その隙に実咲さんに引っ張られて少しだけ距離を取る。


やばい。

下手したら今ので一回死んでたかもしれない。

油断はしてなかったんだけど、気が付いたら目の前に

鋒が迫っていた。


瞬間移動(テレポート)っぽいぞ今の〕

〔厳密には違う感じです。妖精化と実体化を組み合わせた移動みたいですね。擬似的な瞬間移動(テレポート)ということになる感じです〕


妖精化って、ネットに侵入出来るんだよね?

僕らの周りはパソコンしかないんだけど、それってかなりまずくないかな。擬似的とはいえ、瞬間移動(テレポート)されるのはかなり厳しい。


戦闘において、最も重要視されるのは防御力でも攻撃力でもなく速度だ。間合いを調節する力と言い換えても良い。

相手は絶対に逃げられず、自分はいつでも逃げられる。その状況の凶悪さたるや、ある種の詰みと言える。


武器創造(クラフトアームズ)――『ダガー』」


でも、擬似的なら、付け入る隙はあるはずだ。


概念封入(コンセプト)――『形状変化』『停止』」


創造した小振りなダガーに概念を封じ込める。

日々の訓練のお陰で、概念封入(コンセプト)も中々の速度を維持する事が出来ている。

危機察知に長けた実咲さんが近くに居るから若干安心して能力に意識を傾けられるというのもあるのだけど。


僕の手にあるダガーを、敵対する二人組は少し警戒しているようだ。

そりゃそうだ。

だけど、僕はその警戒の上を行く。


〔ちょっと試してみたい事があるんだ。僕が合図したら、実咲さんは攻撃を開始して。危ないと思ったらすぐ下がってよ〕

〔ただ突っ込んで良いの?〕

〔なるべくこのダガーの近くに陣取れるようにして〕

〔分かったわ〕

〔私はどうする感じですか〕

〔ちょっと難しいこと言うけど、瞬間移動(テレポート)の警戒をお願い〕

〔了解です〕


そして僕はダガーをぶん投げた。

強化(ブースト)された腕力で投擲されたそれは、弾丸の如き速度で暗闇を飛ぶ。

注視されていたので上体を反らして軽く躱されてしまったが、それくらいは予想済みだ。ナイフで弾いてくれるのがベストだったけど。


〔行って!〕

「ッ!」


合図と共に、実咲さんとアリスが飛び出す。

薄暗さに溶け込むような漆黒の黒と月光の様に淡く輝く銀が、先に投げたダガーに迫る速度で、地を這う蛇のように姿勢を低く走る。

徒手空拳で突っ込む実咲さんに、パリーがナイフを上から被せる様に逆手で振り下ろす。

順手で突き刺すのではなく、逆手で振り下ろした為に姿勢の低い実咲さんを捉えるまでには一瞬の時間が必要となる。

くるん、と捻りを加えた体重移動でナイフを躱し、鳩尾に肘打ちを食らわせる。

同時に実咲さんを狙っていたイライザにはアリスが牽制をする事で近付けさせない。


「ふっ!」


空いた手で受け止められてしまったが、その衝撃で後退りさせた。

しかし、決定打には程遠い。

リトリビュートがあれば当てた時点で何かしらのダメージになるのだが、体一つでは決定力に欠ける。いや、強化(ブースト)してるから生身でも十分驚異的な威力なんだけどね。武器を持っていた方が良いに決まってる。


「貴女は貴女の神経を議論するか?」

「さあね」


パリーに話しかけられるが、適当に返事をする。

何言ってるのかよく分からないんだけど。


イライザはアリスと睨み合う形になってるし、パリーは後退した。

狙うなら今だ。


「『形状変化』」


パリーの後ろで空中に浮いているダガーの形が音もなく変わる。

ダガーに込めたのは停止と変化の概念だ。

イライザとパリーが躱したダガーは、その後方で停止し、空中で静止した。何処かに当たった音がしなくても、突っ込んだ実咲さんたちに気を取られて気付かなかっただろう。

今発動するのは変化。

質量保存の法則を蹴散らして、ダガーがパリーの周囲を覆う。ダガーと言うよりは、もはや鉄の繭と言った方が正しいだろう。


「捕まえた! 2人で1人を狙って!」


狙い通りだ。

もし、実咲さんが危なくなったらそのまま援護攻撃するつもりだったし、ナイフで弾く様なら絡め取って縛るつもりだった。

まあここまではまだ試したいことの下準備だ。


僕の指示通り、分断されたイライザを集中的に狙う。

各個撃破は戦いの基本だ。


お互いの隙をカバーしつつ、確実にイライザを追い詰めていく。即興のコンビとは言え、共有(シェア)で念話が出来るからそれなりに動けている。

イライザが右足を踏み込み、腰を回してナイフを突き出す。最低限の動きで放たれた突きを、対するアリスが同じく順手で体の外側へ向かう様に弾く。袈裟懸け気味に振るったナイフが、チィーン、と金属音を響かせる。対応されることを予想していたイライザは、弾かれる事を前提に、横向きの力を上手く回して更なる連撃を繰り出す。

上から、下から、右から、左から、ナイフが交錯する。音と共に線香花火の様な光の花が開いては消える。

完璧に防いでいる様にも見えるが、一合毎にアリスの対応が遅れている。

実咲さんが要所で上手く邪魔をするお陰で総合的には優勢だった。


40の火花が散り、およそ7秒が経過したところで実咲さんとアリスからほぼ同時に念話が飛んだ。


〔来るわ!〕

〔警戒して下さい!〕


イライザが大きく踏み込み、これまでの突きとは打って変わって斬る事を目的として、逆袈裟に振り抜いた。なんとか受け止めたアリスだが、その強さに体勢が崩れる。振り抜いた体勢から逆再生の様に腕が振り戻され、握られたナイフがその手を離れる。

イライザがアリスを目掛けてナイフを投擲した。

足りないリーチを補う攻撃だった。


ギリギリで躱したアリスは隙を突かれる形になり、そしてその隙をイライザが見逃すわけもない。

流れる様な動きで距離を詰めて来る。


〔想也君!〕


実咲さんが切羽詰まった声を上げる。

実咲さんが動く。

イライザでは無く、飛んで行くナイフを追いかける様に後ろを向いた。

飛翔するナイフを空中で受け止める。

実咲さんは追い付けない。

アリスは体勢を立て直すのに必死で、イライザは詰めに迫る。

なら誰が?


パリーだ。

パソコンから光を引き連れて、空中に出現した。

位置エネルギーを運動エネルギーに変え、アリスを串刺しにするべくナイフを鉛直に足で叩き落とす。

持って振り下ろすより、脚で蹴り飛ばした方が速いと踏んだのだろう。


「ッ……!」


ようやく事態に気付いたアリスが息を呑む。

このくらいならまだ大丈夫。


パリーを閉じ込めておいた元ダガーを更に変化させて、剣の様に伸ばして横からナイフを弾き飛ばし、イライザの進路を塞ぐ。キャッチされてしまったが、勢いは殺せた。変化させたダガーを分岐する様にしてイライザを隔てる。

未だ空中にいるパリーを狙って剣を伸ばす。

三方向から同時に襲い掛かったが、一つはナイフに防がれ、残りの二つは体を捻って躱された。掠ったのか、服が破けているが伸ばした剣に血が付いていないことから直撃とはいかなかった様だ。

実咲さんが追撃で蹴り、パリーはイライザの所まで飛び退った。


形状変化していたダガーが元に戻り、空中で静止する事を止め、床に落ちる。

まるで陶器の様に、割れて、消える。

概念を行使し、器が理想に耐えられなくなった結果だ。


〔囲めば瞬間移動(テレポート)出来ないかなって思ったけどそんなことはなさそうだね〕


全て体の中心を狙ったけど、ナイフで防いだ時に体をズラされた。完全に同時じゃなくて、タイミングを変えるか一つは動きを見てから伸ばすべきだったな。


〔ありがとう想也君〕

〔大体分かった感じです。彼女達の瞬間移動(テレポート)――正確には妖精化ですが、一度発動すると次に発動するまでに時間が必要な感じです。大体7秒と言った感じでしょう〕

〔あ、やっぱり?〕


遠目で見ていてなんか違和感あったんだよね。

僕らが本当の意味で瞬間移動(テレポート)を使いこなす人と戦ったことがあるから気付けたのかも知らないけど、彼女達の瞬間移動(テレポート)は何処かぎこちなさがある。

具体的に言うと、瞬間移動(テレポート)するならもっと良いタイミングがあったのだ。

1度目はパリーが閉じ込められた直後。さっさと抜け出せば良いし、捕まりそうになった時点で先に移動しておけば良いだけだ。戦闘の流れを引き込む為にあの動きを狙っての事かなとも思ったが、イライザが1人で戦うリスクを負うくらいなら、2人で戦った方が確実に安全だ。


2度目は空中に浮かんだ時。

ナイフを蹴り落とした時は焦ったが、冷静に考えるとその後が少し不自然だ。

蹴り落とすまではまだ良い。

蹴り落とした後に、宙に留まる必要性は全く無い。

瞬間移動(テレポート)の便利なところは、直前の体勢に関係なく位置を変えられる所だ。

蹴り飛ばした直後にアリスの横にでも移動してナイフで横腹を刺せば良かった。実咲さんからは対応しきれないタイミングになるし、最も効果的なはずなんだ。

反撃の為、相手の攻撃を誘う為に躱すのなら兎も角、受ける一方になるなら瞬間移動(テレポート)して仕切り直すのがベストなはず。


そうなると導き出されるのは一つ。


瞬間移動(テレポート)が出来なかった……。そう言う事だよね〕

〔ミスリードの可能性があるんじゃねえか?〕


海の懸念は最もだが、アリスが否定する。


〔そもそも彼女達は妖精化が上手く出来ないプロトタイプだったんですよ。それを無理矢理、お互いの情報を結合させてオーバースペックを引き出して使用可能にしています。そこまでの余裕はない感じです〕

〔そうか。なら問題ねぇ。下が騒がしくなり始めたからさっさと終わらせないと不味いぜ〕

〔分かってます。彼女達はお互いの自己領域を結合しているから、能力域や存在も重なり合ってます〕

〔分かり易くお願いしますわ!〕

〔つまり、どちらかが瞬間移動(テレポート)したら、2人とも7秒間は妖精化出来ません。そして、どちらかが壊れたら、もう1人も壊れます〕


壊れたら。

壊れたらだって。

そんな、物みたいに。


〔見てください、あの姿を。体の端が少しずつ解けてます。自己崩壊が始まってるんです。〕


イライザとパリーの左足に不自然なノイズが走る。

ボロボロと、欠けていく。

このまま待っていれば、そのうち僕のダガーの様に、割れて、壊れて、崩れて、何処かへ消えてしまうだろう。


「想也さん。これと似た様なナイフを作れますか」

「うん、出来るよ。創れる」


武器創造(クラフトアームズ)により、アリスの物とほぼ同じナイフが出来上がった。少なくとも、見た目だけは、同じ。中身は、きっと違うだろう。

僕は投げる。

アリスが受け取る。


「自然消滅なんて冗談じゃないです。勝手に生み出されて、勝手に消えるなんて。ならせめて、私の手で。勝手に消えるんじゃない。私に殺されて、死ぬんです」

「貴女はそれではない私に可能性を見ますか」

「私はそれではない貴女に可能性を見ない」

「そうでしょう? 私の愛しい、プロトタイプ――愛しき、姉様方」

「私は貴女を理解しテいませン」

「貴女の神経は?」

「あぁあぃぁぁあ、私、ワタシ、は貴女に」

「アナタに、なれない」


イライザが順手に、パリーが逆手に、アリスが両手に――順手と逆手で一振りずつ、構えて、息を吐いた。


三人のうち、誰かがさようなら、と呟いて、合わせた様に飛び出した。


読んでいただきありがとうございます。

更新頻度が落ちてますが、エタる気は無いのでどうぞお付き合いくださると嬉しいです。

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