瞬間移動
レポートに追われて書いてる暇がなかった。
ネタが溜まっていく。課題も溜まっていく。
「あ~食った食った」
海がお腹をさすりながら呟く。
高々と積まれてたパンの山は綺麗に袋だけになっていた。
食い過ぎだよ。
――キーンコーンカーンコーン
「予鈴鳴ったよ?」
「ああ、んじゃ早く運動着に着替えてこい、一葉」
そう言って、内宮さんを促す海。
流石に教室の中で運動着に着替える訳にも行かないので更衣室に移動する必要がある。
女子学生は更衣室が用意されているからそちらで着替えるのだが、移動で少し時間がかかる。
え? 男?
むさい野郎共に更衣室なんてモンは存在してませんよ。予算の問題で男子更衣室が削られたのか、それともいらないと判断されたのかは分からないけど。
「ほら、お前も早く着替えろ」
海がオレンジ色のリストバンドを外しながら僕にも催促してくる。
学校ではネックレスだの指輪だのピアスだの所謂、装飾品は禁止されていない。
ただ単に装飾品には総じて保持能力を強化する効果が付与されている事が多いからだ。
海のリストバンドも何かの効果があるんじゃないかな。
僕はそういう装飾品は持ってないけどね。
汚れが目立つようにと白を基調とした配色になっている運動着は戦闘服と言っても過言ではない性能になっている。
それもそのはず、保持能力者の"運動"なのだから生半可な作りではあっという間に破れてしまう。
防刃、防弾、衝撃耐性から魔力耐性までを兼ね備えているのがこの学校の運動着なのだ。
因みに制服もジャージも運動着には及ばないが同じ特性を持っている。
よってこの学校では制服着用が義務付けられている。
体育の授業もやろうと思えば、制服で受講出来るくらいだ。
そして制服を改造することは黙認されているようで、各人、制服という括りの中で個性を出そうと頑張っているようだ。
主に女子が。
まあ、もちろん制服もそれなりに動きやすくはなっているけど、使う能力によっては邪魔になる場合があるから改造するって人もいるみたいだ。
噂では黒色の制服の色が気に食わないとかいう理由だけで色だけ変えた人もいるらしいけど。
流石に入学二日目にして改造する人はいないだろう。
運動着に着替えたクラスメイト達が次々と教室から居なくなる。
海は僕が着替え終わるまで待ってくれてたみたいだ。
「さ、行こうぜ」
「うん。行こうか」
海の立てた作戦でどこまでやれるかな。
僕達が向かった先は第七グラウンドだ。
校舎の周りをぐるりとグラウンドが二重に囲んでおり、それぞれのグラウンドは十メートル位の柵で囲われていて、校舎の近くに第一グラウンドから第三グラウンド、それらを挟んだ奥に第四グラウンドから第八グラウンドがある。
第七グラウンドは第三グラウンドの奥にあるからちょっと遠いんだよね。
本鈴が鳴り響く頃、グラウンドの真ん中に僕と海以外のクラスメイト全員が揃っていた。
その中には内宮さんの姿も見える。
彼女は、僕たちを見つけると少しほっとした表情を浮かべて、小走りで近づいてきた。
「なかなか来ないから心配しちゃったよ」
「そりゃ悪かったな」
まったく悪そうに思ってないな。
「一葉、一井教諭は?」
「それがね、来てないんだよ」
少し困ったような顔になる内宮さん。
確かに担当教科の授業一発目から教師不在なんてどうしたら良いのか分からない。
「あの人は教える気があんのかね?」
呆れた声を出す海。
「いやいや、仕事なんだからキチンと教えてくれるよ、きっと。やる気があるかは微妙な所だけど」
「そうだぞ、八雲。やる気は無いが教える気はあるぞ」
「ほら、先生もこう言ってるじゃないか」
「ちょっと待て」
「何だよ」
「何だよじゃねえよおかしいだろ」
何がだ。
おかしい所なんてあったかな?
ちらり、と視線を右に向けると内宮さんが目を見張ってこっちを見ていた。
……こっちというか僕の左隣?
つられるように首を回す。
……居た。
僕の左隣には黒いジャージを着たおっさんが立っていた。
「うおおおおおおお!? 一井先生!? 何時からそこに!?」
「今だ」
「海、どういうこと?」
「俺に聞くな」
さっそく使えない男だ。
内宮さんはわかるだろうか。
「内宮さん、どういうこと?」
「え?えっと、よく分からないんだけどいいかな?」
「うん、お願い」
「あ、あのね、その、突然、理崎君の真横に居たの」
どういうこった。
意味が分からないぞ。
「おーい。授業始めんぞー。こっち来ーい」
突然、先生の声が300メートル以上離れているグラウンドの端から聞こえてきた。
さっきまで僕の隣にいたはずなのに。
クラスメイト達のどよめきが聞こえる。
「突然消えたぞ……」「何あれ……」
などなどざわつきは動揺の声ばかりだ。
今のが先生の保持能力なんだろうか。
バンバンノータイムで使いまくっているところを見るに超能力系の保持能力じゃないだろうか。
謎を頭の片隅に追いやって、先生の元へ小走りで向かう。
「くっくっく、悪いなぁ、わざわざ走らせて」
全然悪いと思ってないな。
先生は後から走ってきた全員が近くに来るまで待ってからゆっくりと喋り始めた。
「取り敢えずお前ら、チーム組めたよな? 組めたんならやりたいチームから俺のところに来い。ルールは昨日と同じだ」
口の端が上がっていく一井先生。
「じゃあ、五分後に開始だ」
そう言った瞬間に僕らの目の前から消えた先生は、グラウンドの真ん中でニヤついていた。
読んでいただきありがとうございます。