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君と僕の理想世界  作者: 天崎
第2章
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Alice

プログラム。

スクリプトで動作する、文字列を基礎にして電脳世界に存在する者。

果たしてそれを『者』と表現して良いものか迷ってしまう所だけれど、とは言え他に言い表す方法も無いから者と呼ばせてもらう。


人間は遥か昔から人工知能と言う物――者に並々ならぬ熱意と財と知識とを注ぎ込んで来た。


プログラムが意識を持つか。


一般に強いAIと呼ばれるそれは、実現していなかった頃からでさえ議論の対象に挙げられていた。


自我を持ち精神的な活動を行う機械があったとして、それは知能と呼べるのか。知能があったとして、それは機械の身体を持つ知能であり人間の持つ知能とは別物で、両者が互いにそれを観測しコミニュケーションを酌み交わす事ができるのか。

何をどこまでやったら知能を保持していると判断するのか。

そもそも知能とは何なのか。


とある哲学者はこう言った。


コンピュータは単なる道具ではなく、正しくプログラムされたコンピュータには精神が宿る、と。


一とゼロを組み合わせて練り上げて編み込んだら、そこに意識が生まれるらしい。実現可能かは不明だが、幾何学的にネジと歯車を組み合わせて正しくプログラムをしたら、そこに精神が宿るのだろうか。俄かには信じ難い話だ。


だがしかし、そんな事を言ったら僕がプログラムでないと証明する事が出来ないように、彼女が人間で無い事を証明する方法は無い。


そもそも人間とAIを明確に区別する必要なんて無いんじゃないだろうか。

機械のような人間が居るのに、人間のような機械が認められないなんておかしいだろう。


心の置き場なんて何処でも良い。


心はあると思えばそこに在るのだから。



「そんなわけで私はAIです。正確には量子コンピューターを魔力によって駆動させ、身体を魔力で構成した『人間』ですね」

「ええー……? ちょっとついていけぬでござるよ……」

「なるほどなァ」

「それで、襲って来た人に心当たりはあるのかな?」

「思ったより驚かない感じですね。護人さんみたいな反応が普通だと思うんですけど」

「手から炎を飛ばせる人種がこのぐらいの事で驚いてどうすんだよ」


先生の言う事は尤もである。

僕の場合、身近に不老不死の女の子が居るから、AIですと告白された所でそういう者なんだと受け止めるしかない。不老不死は受け入れてるのにAIは非常識で信じられないとかおかしな話だもん。


「想也さんの問いにお答えしますと、多分私が逃げ出して来た機関が雇った感じの保持者(ホルダー)だと思われます」


アリスはとある研究機関が開発した魔力生命体らしい。人工知能を搭載し、姿形から何から何まで人間そっくりに造られた人工生命体だ。アリスの他にも何体かの魔力生命体が製造されているらしい。


「逃げる最中、少なからず傷を負いました。しかも追っ手が来るのが思いの外速くて。相手は私のスペックを知り尽くしていますからね。想也さんがいなければ施設に戻されて解体される感じでした」


自分が処分される事に気付いたアリスは研究員の目を盗んで脱走を図った。逃走したのだ。


しかしどうやって?


「うーん、見せた方が早い感じですね。想也さん、携帯電話持ってます?」

「持ってるよ」

「接続を切ってくれませんか?」

「ネットに繋ぐなって事? ……はい、多分出来たと思うけど」


マナーモードに設定した。画面の左上に表示される電波を表す棒が消えた。


「ではでは」


アリスが消えた。

その場から忽然と、一瞬にしてその身が消失しコートが行き場を失って落ちた。

瞬間移動(テレポート)みたいだ。


「こっちですよー。私は想也さんの手の中に!」


僕の持っていた携帯からアリスの声がした。びっくりして画面を覗き込むと待受のアイコンの上にアリスが腰掛けていた。


「何でござるかこれは……」

「へぇ、便利だな」

「まあこんな感じです。私は電脳空間と現実空間を行き来出来るんですよ。魔力生命体ですからね。現実に居る時は魔力によって体を構築してます。ネットさえ繋がっていれば、私は何処へでも移動が出来る感じです」


画面の中でくるくると回ったりアイコンを弄ったりするアリス。実際に目で見ると実感が湧いてくるな。ていうか勝手にアプリを起動するのは止めてくれ。


「つまり、アリスは施設からネットの海を泳いで現実空間に逃げて来たって事?」

「そうなんですけど、現在ネット上には私を探しだして攻撃するウィルスがばら撒かれてるので、今みたいに行き来をする事は出来ない感じなんです。しかもそのウィルス、私に特化してるので消耗した状態じゃ抵抗出来ませんし。因みに電脳空間側に行く事を私は勝手に『妖精化』って言ってます」


存在そのものが魔力を持ち、情報と身体が意思を持っているとアリスは言う。魔力によって構築されているとは言ってもその身体は殆ど人間と変わらないらしい。


だから怪我を負えば普通に血が出るし、自然治癒がある。同時に、ウィルスの様な電脳空間でのクラック攻撃を受けても情報そのものに損失が生まれる為、ダメージとして現実世界に来ても傷になる。


聞けば聞くほど良く分からない存在だ。


「それにしても、想也さんの携帯の中は寂しいですねー。データ容量余りまくりな感じです」

「あんまし使わないからかな」

「連絡先とか殆ど……いえ、何でもない感じです」


あれ?

もしかして今、自称AIに気を遣われた?

僕の連絡先にはチームのみんな以外の番号及びアドレスは登録されていない。半年前ならゼロだった。

ゼロを一にするのは凄い大変なんだぞ。


「直ぐに出て来れるの?」

「一瞬ですよ」


画面からアリスが消え、ほぼ同時に目の前でいそいそとコートを拾っていた。

殆ど音もしないし、ネット限定の瞬間移動(テレポート)みたいなものだな。


「で、他に話す事があるだろ?」


確かに魔力生命体が僕らに人間でない事を感じさせる事なく存在している事は驚嘆する。僕らとアリスの間に違いなんて無いだろう。


アリスが造られた者であるとしても、果たして保持者(ホルダー)四人を投入してまで抹殺しようとするだろうか。世界初の存在を外部に漏らさない為って線もあるだろうけどそれにしたってやり方が強引過ぎる。


「今からお話しするつもりでしたよ?」


あれ?

アリスの服が治ってる。

彼女は置かれた原稿を読み上げるように、自分の事を一商品であるかの如く説明し始めた。


暗殺(A)情報(L)生命体型(I)犯罪(C)執行官(E)。それが私に付けられた識別コードネームであり、商品名です。私は人殺し専用の道具なんですよ」


そこに躊躇いも戸惑いも介在しない。事実を事実のままに伝えていた。だと言うのに、僕の目にはアリスが哀しそうに見えた。あるいはそれが僕の見間違いであるなら、僕は何を勘違いして、何を読み違えたのだろう。必要以上に強張った頰だろうか。きゅっと結んだ唇だろうか。隠す様に後ろに回された手に籠る力だろうか。何を隠そうとしているのかは僕には分からない。けれど、もしかしたらそれは感情と言う心の叫びなのでは無いだろうか。


「ネットが繋がっている限り私が侵入できない場所は有りません。私は間隙に潜み、目標を殺す。そして、人間を殺害すると、自壊する様にプログラムされています」


『ミッドガルド』の外ならいざ知らず、『ミッドガルド』及び『シャンデリア』の中でネットに通じていない場所など無いと言っても過言では無い。


密室の中で暗殺を行い、当の暗殺者本人はその痕跡すら残さず――いや、例え痕跡が残っていたとしても存在が消滅してしまっては足取りを追う事すらできない。逃げも隠れもせず、そこで忽然と終わっているのだから。


「人を殺す事自体はどうでも良いんです。罪悪感など特に優先度が高くプログラムされてませんから。しかし、何時からか私は死が怖くなったんです。私は何の為に生まれたのか意味が分からないじゃないですか」


アリスの異変に気付いた研究者達は予定外のバグに対処した。暗殺の為に作った道具が使えないと分かれば作り直すしか無い。使い道の無いガラクタを何時までも保管している必要性は皆無だ。データは既に取り終えていた為、用済みとなったアリスを廃棄し、新規個体を製造する事となった。


極秘裏に処分計画が進められていたがアリスはそれを看破し、施設を脱走した、という事らしい。


「反旗を翻すとは思われてなかった感じでしたので、逃げるだけなら簡単でした。まあ、保持者(ホルダー)相手に真っ向勝負は余りにも向こう見ずだったと思いますけど」


研究施設内に控えていた保持者(ホルダー)を相手取ってみたものの、戦闘能力の差が想定以上にあったらしい。


早々に囲まれて大きなダメージを負う事となり、近くにあったPCで離脱する事となった。

基本的に施設内のネットワークはスタンドアローンなので外部に直接出る事ができない。自社内サーバーに飛び込み、監視カメラを掌握してから研究所研究員のIDを現実世界で強奪し、ネットワーク接続を行って世界に漕ぎ出した。


「データと現実は違うので、私が何処まで通用するのか試す意味合いもありました。結局、勝てそうに無かったので妖精化して逃げた感じですけど、ただ逃げるだけだと悔しかったんで、捨て台詞を残しておきました」


命からがら逃げおおせてきたという訳か。


「それで、一つご提案が有る感じなんですが」


アリスは言った。


「どうか私と一緒に戦ってくれませんか。具体的には施設を襲撃する感じで」


波乱の予感がする。

僕の予感は最近、悪い方面で当たるんだ。

読んでいただきありがとうございます

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