棒倒し
体育祭二日目。
土曜ということもあって、前日に比べて一般観覧者の人数が比にならない程に多くなっている。今日の競技種目はクラス対抗戦と一対一戦が主である。
昨日は個人競技に近い種目ばかりだったが、三十人以上の保持者が統制の取れた動きで保持能力を使い争う様は、きっと一般人の度肝を抜くに違い無い。保持者の目線で見ても迫力に飲まれてしまうほどだ。
一対一戦は、ただ純粋に強さだけを追い求めて戦う競技だ。昨日の様に攻撃の威力を弱める事などせず、トーナメントを制し一位を目指す。
実咲さん、海、ローウェルさん、それに内宮さんが出場することになっている。僕は出ない。強化だけでやっても優勝はまず無理だし、人の目が多いところで戦うのは気恥ずかしくて苦手だ。実咲さんには戦闘能力向上を図る為に出てもらった。
実咲さんはメキメキと強くなっている。一日一日の進歩に驚嘆させられているほどだ。僕らのクラスの中でも平均よりは上と言ってもいい。
とは言え、幾ら実咲さんでも五年の先輩もいるし生半可な事では勝ち残れないだろう。
だが、年齢が高いからといって強いとは限らない。僕らより5歳も年上という事はつまり、五年間は長く地球で戦いを行ってきた実績があるという事。だけど、ERCランクの高い仕事をこなしていなくても五年は過ぎる。僕らは今の強さに胡座をかく事なく、常に強くなろうとしていた。
先生に勝つために。
古来より語り継がれて来た教訓にこんな物がある。
『対怪物戦と対人戦は全くの別物』。
其れを身体に嫌という程刻み込んでくれたのが我らが担任――『暫定六位』の一井響也その人である。
お陰様で一年六組が最も訓練し得意とするのは、対人戦だ。
入学からほんの二、三ヶ月の期間しか経過していないが、この日、僕らの訓練が確かな実を結んでいた事を実感することになる。
◇
「お前らァ! やる気はあるかァ!」
「「「ウオオオオオオオオ!!」」」
「勝つ気はあるかァ!」
「「「ウオオオオオオオオ!!」」」
「クラス対抗戦、優勝以外はありえねぇ! 二位三位で甘えようとか考えてる腰抜けはこのクラスにゃあいねえだろ!」
「「「もちろん!!!」」」
照り付ける人工陽。統率の取れた大気の流れがグラウンドを掠めて、体温を下げてくれる。飴と鞭の様に暑さと涼しさを交互に感じさせる午前はクラス対抗戦が予定されている。
各クラスがグラウンドに集まり、来る戦いに思いを馳せる。
トーナメント式のクラス対抗戦は、まず同学年同士で一位を決定した後、学年を超えて一位のクラス同士が争うシステムだ。
なお、二年生以上になると開拓者コースと魔工学コースと一般教養コースに別れるが、基本的には開拓者コースしか出場しない。
「良いか! 学年が上だからって臆する事はねえ! ベストを尽くせ! 結果は後から付いてくる!」
「「「うおおおおおおお!!!」」」
上級生と争うと力の差が如実に表れそうなものだが、実はそうでもなかったりする。保持者だからって強さだけを追い求める人ばかりじゃないからね。
そりゃあ、仕事をこなしている回数は多いだろうけど、積極的にERCランクを上げている人なんてあまり居ないし、日々を普通に生活するならアーマーベア以下を狩っているだけで十分だから、戦闘能力に関していえば低学年でも太刀打ち出来る。
海のERCランクであるB-は、かなり高い方なのだ。
強い人の割合は、上級生の方が高いだろうけどね。
「少なくとも、俺が教えてきたお前らが弱いってこたあねえ! 俺を相手にするよりは楽だろう? 気楽にやれ!」
「「「イエス、サー!」」」
さっきからクラスの音頭を取って士気をガン上げしているのが、一井先生だ。
確かに先生と戦うよりは全然楽だとは思う。
いつもとは気合の入り方が違う。
「お前らが優勝すれば指導教員の俺の発言力が上がるからな。融通を利かせられるようにもなる。他のうるせえ教員が黙るし、お前らは強くなる。winwinの関係だな。手ェ抜くなよ」
利己的〜!
でも最初からこういう人だ。
それになんやかんやで僕達一年六組をきちんと指導してくれるから問題無いな。
『では最初は一年生の試合から始めます! えー、一組対二組が第一グラウンド、三組対四組が第二グラウンド、五組対六組が第三グラウンドです!』
『今年の競技も変わらず棒倒しです。皆さん怪我の無い様に』
体育祭実行委員の指示によって第三グラウンドへと案内された。昨日の騎馬戦よりもスペースを大きくとった柵に結界が張られており、その中に総勢八十人近い保持者が対峙する事になる。
実行委員が長さ十メートル程の棒を二本運んで来る。棒の一端には直径七十センチ程の円盤が接合されている。誰か一人があの上に乗るのだ。
「誰乗るよ」
「防御系が得意な奴で良くね」
「それなら下で頑張ってもらった方が良いだろう」
「逆に攻撃系の得意な奴乗せようぜ」
「まあ待て、どうせ棒倒しとか言いつつ棒がブチ折るのが手っ取り早いんだから上に誰乗せても変わんねーよ」
クラスメイト達が口々に作戦会議とも言えない意見の小競り合いを始める。
騎馬戦は鉢巻を取ったら勝ち、の筈がいつの間にか鉢巻ごと騎馬をふっ飛ばせば勝ちに変わってたし棒倒しもきっと名ばかりだろう。
二百メートル以上の距離を置いて対面する五組は既に棒を掲げて人を乗せ始めていた。撃ち合いの結果吹き飛ぶのは果たして棒か人間か、はたまたその両方か。距離が幾ら離れていても、飛び道具の代替品である保持能力にはさほど関係の無い事だ。これが地球であれば場所によっては木々が生い茂っている所為で二百メートル越えの狙撃などそもそもの機会からして存在し得ないのだけど、向こう岸の一挙手一投足が瞭然と判別出来るフィールド自体もまた中々無い経験だ。
これだけ離れていれば狙撃をするにしてもそう簡単な事では無いけれど、相手は棒でほぼ動かない上に、支えてる人は的同然だ。とにかく撃って撃って撃ちまくって、棒やらなにやら討ち取った方の勝ちの単純明快なゲームだと思えば多少は難易度も下がったと考えても良いだろう。
いや良くねーよ。
相手も同じ事をしてくるに決まってるじゃん。
「なんで先に乗せる奴決めとかなかったんだよ」
「誰が好き好んであんな危ねー場所に登るんだよ」
「男が登りなさいよー! か弱い女子にあんな所に行けっていうの?」
「誰がか弱い女子だ。お前俺よりランクたけーじゃねーか」
「ランクの問題じゃないのよそんなんだから彼女居ないんでしょアンタ」
「て、テメェ……! 言ってはならない事を言ったな!」
「何よ! 本当のことでしょ! この前も振られてたでしょ!」
「止めてやってくれ櫛羽。こいつまだ失恋から立ち直ってないんだ」
こちらのクラスは内ゲバが始まりそうだ。
「攻撃系も防御系も得意でそれなりに強い奴……いるな一人」
「「確かに」」
クラスメイトが全員一斉に内宮さんを見た。
超適役じゃん。
内宮さんはずささっ、とたじろいで海の背中に隠れた。引っ込み思案かつ恥ずかしがり屋の内宮さんには視線の集中に耐える事が出来なかったらしい。
海の背中から遠慮がちに抗議の声があがる。
「わ、私には無理だよう! 実咲ちゃんの方が良いと思う!」
「私にも無理よ。私に飛んでくる攻撃でさえ守り切れる自信が無いのに、棒までとなったら確実に無理よ。もっと言えば攻撃系の能力を持ってないわ。想也君が言うなら出るけど」
「じゃ、じゃあミリルちゃん!」
「私は防御系があまり得意ではありませんの」
「秋川君!」
「防ぐだけならば、迎撃出来ますがな。拙者のノーコン具合はご存知の筈では?」
「み、みんなは……!」
いまサラッと三人の事売ろうとしたよね。
そして僕と海が除外されているというね。まあ僕は強化しか使わないから当たり前だし実咲さんに無理なら僕にも無理だろうしね。因みに海は防御系の魔法系を殆ど覚えていない。
内宮さんが海の背中からちょこんと頭を出してクラスメイトに訴えるが、みんなして目をサッと逸らした。
「うーん、うーん、あっ、朱島君は。そうだった、朱島君が適役だよう」
「必死に絞り出した提案だったな。そして断る。俺も内宮以上に上手くできる気がしねえ。俺にここまで言わせたんだ。やるしかねぇよな?」
「ううう。分かったよう。やるよう」
観念した内宮さんは一息で立てた棒の乗り場に飛び乗った。内宮さんは完全に後衛タイプだが、きちんと強化をしていれば、十メートル程度のジャンプなど造作もない事だ。というか、後衛系はある意味では前衛系よりも強化が上手い職だ。
保持能力――大体魔法系だけど――を並列起動させたり、一番見晴らしの良い位置から的確な援護と予測射撃を行ったりと、並大抵の演算速度では到底不可能な事を行うためには脳の強化を行う必要がある。一つ一つを順番に片付けていけば強化は必要無いけれど、実戦では一秒でも遅れれば死に繋がる。速度を追求すると、自然と脳の処理速度を上げざるを得ないのだ。
「ゆ、揺れる〜」
支え手が僅かに揺らした程度でも、十メートル上の内宮さんは大きく左右に振られる事になる。
乗り場に全身でしがみ付くだけで精一杯になっている姿は微笑ましくもあり、また、教育上あまり宜しくない体勢でもあった。色んなところが押されたり突き出ていたりで実に良くない。おお、おお、揺れておるぞ。
僕らは保持者。二百メートル先までくっきり見渡せる人間が、たかだか十メートル上空が見えないはずがない。
危ない危ない。
もし実咲さんが乗って、他の男共に見られてしまっていたとすれば、僕は全力でこのクラスを壊滅させなければいけなくなるところだ。
内宮さんにとって唯一の救いとも言えるのは、体操着姿であるというその一点だけだろう。見ようによっては戦闘服とも言える服は、基本的にズボンだからだ。中には改造したり、買い替えたりしたりでスカートになっている人もいるけど、内宮さんは通常のズボンスタイルだった。因みに制服はスカートが基本である。
地球で仕事するときは大抵制服で行くので、結構気を使って戦っていたりする。男の人も、女の人も。
「ちょっと。一葉の事ばかり見てないで」
「ごめんなさい」
実咲さんに注意されたので、後ろ髪を引かれる思いで敵クラスに目を向ける。
両クラスの間に沈黙が居座る。
いつか見た、西部劇の決闘の様な静けさがグラウンドを支配した。
『えー、連絡ー、連絡ー、業務連絡ー。棒倒しを一斉に行う予定でしたが、飛行ドローンとディスプレイ表示に何らかの障害が発生してしまいましたので、無事なドローンだけを使って配信しまーす。なので、順番に一つずつ試合を行いますのでご了承下さい。えー、それでは、まずは五組対六組の試合から行います! 渡辺先生、見所は!』
『これだけ大人数の保持者同士が一斉に保持能力を撃ち合う事など、まずありえません。迫力を楽しんでいただきましょう。例によって保健医の先生がいらっしゃいますが、強化は切らさない様に』
『ではルールの再確認をします!
ひとつ、棒が倒されたら、もしくは破壊されたら負け!
ふたつ、乗り場から人が落ちても負け!
制限時間は三分間!
勝ったチームは相手のチームが保有するポイントと同量のポイントをゲット! 等分してそれぞれのポイントに加算されます! 因みに、上に乗っている人は五倍のポイントを貰えますので頑張ってくださいね!
引き分けの場合はポイントの増減はありません!
では、開始ー!』
次の瞬間。
グラウンドを埋め尽くす保持能力の雨が降り注いだ。
「うおおおおおお! 防御! 防御だあああああ!!!」
誰かが叫び、保持能力が展開される。クラスメイト同士の堅い絆がそうさせたのか、それとも飛来する保持能力の量に気圧されたのか、みんな岩壁の様な壁系の魔法系を選択し発動した。量が量なだけに地鳴りにも似た低い音を伴って城壁の如き壁がせり上がる。
トタン屋根を叩く大雨の音を何十倍にも重く大きくした、岩盤の削れる音が連続する。第一波を防ぎきるも、保持能力の飽和攻撃の前には十分な時間もなく構築された壁では強度不足だったらしく所々は崩れかけており、続く第二波によって突破されてしまうのは明白な状態だった。このままでは砕けた破片が飛び散ってむしろ危険だろう。
防御に意識を割いている隙に、五組はクラス一塊で距離を詰めて来ていた。その距離はおよそ百メートル。保持能力を放った直後に一斉に走り出していたのだろう。こちらの混乱に乗じて一気に勝負をつけるつもりだろうか。
「もう壁が持たねーぞ!」
「むしろこれをそのまま再利用しましょう!」
「念動力タイプと風系魔法系が使えるやつはこの壁を利用して攻撃しろ!」
「他のやつは!?」
「人間お得意の伝統攻撃! ――拾って投げろー!!」
「ッシャアオラァァァァ!」
六組は崩れた壁の破片をそのまま投げ付ける作戦に出た。安っぽいと思うだろうか。
強化した保持者がその身体能力を十全に用いて投擲する岩は、岩弾に匹敵する速度を以って五組を襲撃する。保持能力による投擲も相まって、あっという間に目の前を塞いでいた壁の残骸は無くなった。
予想外の反撃に、五組は堪らず足を止め防御系の魔法系を使用した。
防御をしているということは、その分だけ攻撃をする人が減るという事だ。
「魔力を以って炎と成せ、炎を以って槍と成せ――並列二十枚起動、『炎槍』」
内宮さんの炎槍が完成し、斜め上から流星群の様に降り注いだ。
内宮さんだけでなく他のクラスメイトも保持能力を行使して、足を止めた火力勝負となった。
多種多様な属性の保持能力がお互いの魔力をリソースに飛び交うのだが、こんな時に真価を発揮するのが内宮さんだ。
途切れぬ弾幕はたった一人でありながら五人力、十人力の火力を実現する。
うわ、恐い。
「撃て撃てー!」
「くそ、六組の奴らかなり強いぞ!」
「その程度の速度で俺らに近づけると思うなよ! 瞬間移動してくるわけでも無いしな!」
役立たずになる前に、偽装した『理想世界』で炎弾を創り出し射出する。
実咲さんは特にやる事も無いので隣で僕の事を応援していた。褒めてくれてありがとう。
常に新しく供給される防御壁と、それを食い破らんとする攻撃の応酬が観客を沸かせる。
そのうち弾幕量で僕らが押し切れるだろうけど、その前に三分が経過してしまう。
「どうしようかな。って、危なっ!?」
撃ち合いの最中、僕の視界を横切る何か。
真上から落ちてきたから鳥か何かかと思ったけど、地面で死にかけの蝉の様にもがくそれは、よく見れば僕らを撮影しディスプレイに投映する飛行ドローンだった。もう残骸だけど。よく考えたら鳥な訳無いや。
しかし何で落ちてきたんだろう?
さっき障害が発生してるとか言ってた気がするし、それの所為かな。若しくは、保持能力が当たったのかな。
強化してるから当たった所で怪我をする事なんて絶対に無いけど、びっくりしたなあ。
余計な事に気を取られてしまった。今はそんな事を考えている場合じゃない。
……あ、思い付いた。
「内宮さん! 聞こえる!?」
「き、聞こえるよ! どうしたの!?」
爆音やら何やらで鼓膜がおかしくなりそうな中、内宮さんに提案する。魔法系の制御で忙しいのにごめんよ。
「魔法系で相手の視界を少しだけ奪えないかな!? 土埃とかで! 下の人だけでいいんだけど!」
「で、出来るよ! タイミングは!?」
「十秒後!」
内宮さんが炎槍とは別に、もう一つの魔法系を構築し始める。
「実咲さん、何時ものをやるよ」
「分かったわ」
僕と実咲さんが常日頃から行う連携、必勝パターン。
僕が囮になり、実咲さんが仕留める。
今回は僕は囮にはならないけど。
「うおっ! 何だ!?」
相手からすれば、何が起きたか分からないだろう。
いきなり地面が爆発し、視界が大きく塞がれたのだから。刹那の迷いに手を掛けて、実咲さんが土埃の中を突き進む。大きく跳躍し、土埃から飛び出た時にはその手の中に大鎌を携えていた。
唯一、土埃の影響を受けなかった乗り場から見れば、突如実咲さんが突っ込んできた様に見えるだろう。
「クソ! 防御盾!」
「終わりよ」
実咲さんのリトリビュートが防御盾を容易く貫通し、五組の乗り場から地面に叩き落とされた人が勢いよく転がっていく様がディスプレイにでかでかと映し出されていた。
ブワッと一際強い風が吹いて、土埃が一掃されるとそこには銀髪を翻し漆黒の大鎌を異空間収納する実咲さんがいた。
砂埃が髪に入った所為か機嫌が悪いみたい。
試合終了の合図が鳴るが、あまりに突然の事に五組の人も六組のクラスメイトも状況が飲み込めてないみたいだ。
しかし、飛行ドローンからの映像で事態の一部始終を把握している観客達の喝采が響き渡り、思考が追い付いたようだ。両クラス共に地面で横たわる乗り手を発見し、落胆と欣快の声が上がった。
「砂が髪に付いてしまったわ」
「お疲れ様。流石だね」
「えへ、そう? なら想也君、褒めて? 抱き締めるか、頭を撫でるか」
「周りに人が一杯いるから恥ずかしいんだけど。あと、上を飛んでるドローンのほぼ全てが実咲さんの事撮ってるからね?」
「なおさら都合が良いわ」
「で、でもほら、実咲さん砂だらけでしょ? 綺麗にしてきた方が良いんじゃないかな」
「あ、そうよね。気が利かなかったわ。ごめんなさい」
「謝られる程じゃないよ」
ショベルカーで墓穴を掘ってる気がしないでもない。実咲さんは自分が佳人だという自覚が無いのだろうか。僕としては嬉しいけど。……ただ、大っぴらにそういう事をしてしまうと、いろんな方面からヘイトを集めかねない。
『試合終了です! 勝利したのは六組のみなさんです! 途中、飛行ドローンが一台落下してしまうアクシデントがありました! 申し訳御座いません!』
『では続いて、三組対四組の試合を始めます』
何はともあれ、僕らの勝ちだ。
読んでいただき有難う御座います




