二人三脚2
第一レースの後、それぞれのペアが続々とコースに入っていく。
第二レースは実咲さん&ローウェルさんペアが出場だ。銀髪と金髪が人工陽を反射して、まるで煌びやかな飾り付けの様だった。
『さあ、コースの整備も終わったみたいなので第二レース行きましょう! 一組、ディーン&佐藤ペア。二組、安堂&田中ペア。三組、紫藤&マインズペア。四組、ハインリヒ&泉ペア。五組、川越&文屋ペア。六組、現乃&ローウェルペア。整列してください!』
『さて、第一レースで、この競技がどんなものかが分かったと思うので、それを踏まえてこのレースをどう進めていくか、ですね』
パン、とスターターピストルが破裂音を響かせる。
その音とほぼ同時に、十二人がスタートラインを飛び出して行く。
『速い! 二組が一位に躍り出た! その後を続く様に三組、五組、六組、一組、四組が続きます!』
『みなさん、警戒してますね』
第一レースを見た直後だからだろう、選手達の纏う魔力の量がかなり多い。生半可な防御と攻撃では一位を狙う事が難しい事に気付いたのだろう。
中々、奥が深い競技だ。
――で。
「あああーもう! あそこで邪魔が入らなければ私達が一位でしたのに!」
「勝負ってそういう物よね」
実咲さんとローウェルのペアは惜しくも二位でゴールした。ローウェルさんの銃魔によるゴム弾射撃が効き辛かった事と、実咲さんが魔法系を使わなかった事もあって、善戦はしたものの、最後の追い上げで後れを取ってしまった。
ローウェルさんの銃魔は、銃弾を撃ち出す能力――厳密には、銃身関係だけを保持能力で創って銃弾を装填し、発射する能力だ――なのだが、この競技に限ってはゴム弾を使用した。威力は魔法系のブリット系列にすら劣るものの、貫通力と視認性の低さの面ではトップクラスである。しかし、必要なのは威力だ。貫通力に特化しているとはいえ所詮はゴム。防御系の保持能力を突破する事は出来なかった。
そして実咲さんだが、何もしていない。
二人三脚なので、もちろんローウェルさんと足が結び付けられている訳だが、実咲さんの主武器である大鎌――『リトリビュート』は取り回しが悪くて使用は見送られた。かつ、遠距離に対応できる魔法系は未だに憶えていないので保持能力戦も出来ない。
実咲さんの名誉の為に言っておくと、確かに何もしていないのは事実なのだが、常に他のペアの先手を取って行動出来たのは、彼女の並外れた察知能力のお陰であり、満足に射撃戦を行えないペアでありながら二位を勝ち取る事ができたのは間違い無く彼女の貢献に依るものだ。
いやまあ、一番大変だったのはローウェルさんだったと思うけどね。
「拙者達も全力を尽くさねばなりませんな」
「そうだね。全力で頼らせてもらうよ、護人」
この体育祭の為に、毎日、練習を重ねてきた。
各々の不得意な所をカバーするべく、互いに技術を教え合いながら研鑽してきたのだ。その成果、今こそ見せる時だ。
『第三レースを開始します! 選手はコースで準備しておいてください!』
「頑張って頂戴」
「その期待に応えてみせるよ」
実咲さんからの叱咤激励で、やる気は最高潮に達した。
やってみせるとも。
護人と肩を組んでコースに入り、スタートラインの目の前で魔力を高める。
実際に自分がコースに入ってみると、レーンは狭く、距離は遠く感じられた。少しの緊張と、湧き上がる闘争心を抑えながら静かに号砲を待つ。
隣のペアが地面を踏み締める音がして、僕らも負けじと腕を鳴らす。防御壁の外から降り注ぐ歓声に応えるように、全員がゆっくりと強化を行い始めた。
護人の深呼吸に合わせて、僕も息を合わせる。
――パンッ。
大きな大きなスターターピストルの音が、どこか遠くに感じられた。
いや、それだけではない。
号砲と同時に、歓声も、実況も聞こえなくなった。
この勝負に勝つ為には、紐を切らない丁寧な体捌きと、それを支える堅実な強化、そしてペースを維持する為の保持能力が必要だ。
前の二つのレースを見ていて分かったが、この競技は順位によって求められる能力が異なる。
一位は防御能力と妨害能力が必須だ。一位をキープし続ける為の力に全ての能力を使えば、自ずとゴールした時には一着な訳だ。
対して、二位以下は攻撃能力が主だ。自分の順位以下を妨害しても順位が上がるわけではないから妨害能力は必要無く、一位を引きずり落とすことができればそれで十分だからだ。
これを踏まえて、僕と護人の作戦を実行しよう。
第一ステップ。
兎に角、何が何でも最初に一位に着く。
第二ステップ。
一位をキープしたままゴールする。
簡単だね。
先行逃げ切りで勝負を決めるだけだ。
まずは左足から。次は右足。左、右、左。
よし、息はぴったりだ。このペースを維持し続けて周りのペアを蹴落としていこう。
――と、他のペアも思っているところだろう。
仕掛けるなら、今この瞬間。レース開始直後の、みんなの意識が走行に傾いている今だ。
「魔力を以って炎と成せ、炎を以って弾と成せ――『炎弾』!」
ピストルの形にした僕の手の銃口部分に当たる指先から、炎が弾丸を形成し、発射される。
立て続けに五連射する。向かう先は、他のペアの足元だ。
「うおお!」
「いきなり!?」
と、驚きの声を上げる他のペアが速度を落としている間に、僕と護人は一気に距離を離しにかかる。出鼻を挫く作戦は成功だ。
僕の練習の成果が如実に現れている。
今の『炎弾』、実は『炎弾』ではない。『理想世界』で創った炎の弾だ。詠唱は口にしたが、ただ言っただけで魔力は込められていない。
実は、チームのみんなとの練習とは別に、密かに僕だけで練習をしていた。
それは、『理想世界』で創る魔法系を、限りなく本物に近付けることだ。無詠唱で『理想世界』を発動させ、それっぽい詠唱を添えて似たような魔法系を創る。無詠唱な分、『理想世界』が馬鹿にならないくらいに魔力を大量消費する事になってしまったけど、実咲さんとの共通による無限の生命力を利用した魔力精製を活用すればどうという事はない。
「よっしゃ今のうちに!」
「ラジャー!」
全力疾走によってみるみるうちにコーナーに差し掛かった。あと数秒もしないうちに、下位ペアからの怒涛の妨害攻撃が迫り来るだろう。
しかし、僕らのペアはこの戦法が一番手堅く戦える。
なぜなら、僕のペアは護人だからだ。
一位に必要な防御能力を備えているのが、この秋川護人なのだ。
「頼んだよ護人」
高速で保持能力が飛んで来る。
攻撃の一つ一つは点に過ぎないが、十人の保持者が同時に放てば『面』として一斉に押し潰しに来られているのと同じだ。
「お任せくだされ。氷を以って礫と成せ――『氷散弾』」
護人の魔法系が発現する。空中に二センチほどの大きさの雹が多数出現し、名前の通り、さながら散弾銃から発射される散弾のように指向性を持ちながら高速で拡散した。
面の攻撃には面で対処するのが手っ取り早い。
僕らに直撃するコースの保持能力だけを綺麗に撃ち落とした。
絨毯爆撃の中にぽっかりと空いた穴に滑り込む様にして保持能力を躱す。
地面に当たった保持能力の衝撃やら破裂やらでコースの表面が悉く捲れ上がり、コーナーを示す白線が消し飛んでいた。
弾けた砂がピシピシと肌に当たって地味に痛い。
強化してるから痛いで済んでるけど、弾け飛んだ砂の速度を考えるとこれだって散弾銃みたいなものだと思う。
保持能力の余波で紐にダメージが入るかと危惧したが、どうやらこの程度では千切れたり燃えたりはしない様だ。
だけど、頼りない強度であることには変わりない。よほど近距離で保持能力が炸裂しない限りは大丈夫そうだが、あくまでも紐はただの布切れか何かかと思っておいた方が良いな。
やっぱり実際に走るのと、端から見てるのじゃ勝手が違うなあ。
「マジかよ!」
後方のペア達の動揺が伝わってくる。
このまま逃げ切ってしまえば僕らの勝ちだ。
二週目に差し掛かった後は二位狙いに切り替えたのか下位ペアからの妨害が少なくなり、僕らは順当に一位でゴールする事ができた。
ゴール地点で体育祭委員から『1』と書かれたプレートを受け取って、待機地点に戻る。
「やったな護人、想也!」
「たいそう素晴らしかったですわ、お二方」
「やるじゃねーの、黒髪コンビ」
「流石ね想也君。私は信じていたわ。あと秋川もお疲れ様」
みんなが暖かく迎えてくれた。
朱島からもぶっきらぼうに褒められた。
さて、これで午前の競技は終わりだ。
競技数が少ないように思えるかも知れないけど、学生の安全面に配慮したらこのぐらいになる。
威力のバカ高いとまではいかないけど、保持能力を打ち合っているわけだしね。
タダでさえ学生の数は多いし、魔力量を考えると、このぐらいの競技数になる。それに、学生サイドから見れば少ないけど、一般観覧者からすれば常にどこかでは競技が行われているくらいはある。
残りのペアのレースを見てから、競技場所を出た。コースを囲う結界壁を出た所に、内宮さんが居た。もう終わったのか。
「よお、一葉。どうだったよ」
海が声を掛ける。
そう言えば内宮さんはパン食い競争に出場してたんだっけ。
「2番だったよ」
パン食い競争は高い所に吊るされたパンをジャンプして手を使わずに口で取る競技だったはずだが、これも保持能力による妨害ありの所為で恐ろしい競技へと変貌したらしい。
まず、食べるべき目標のパンが炎で消し炭になったり、細切れになったりするらしい。自分のパンを護りつつ、確保した後も食べきらないと次に進めない。内宮さんはここで大きく遅れたらしい。女の子には大変だよね。パンを咥えるのは『岩壁』を多重起動させて階段を作ったから簡単だったらしいけど、普段から少食気味の内宮さんには中々辛いレースだ。
彼女は二人三脚よりはマシだと思ってるらしいけど。
「じゃあなお前ら。俺は自分のチームに戻る。午後も精々頑張ってくれや」
そう言って朱島は人混みの中に消えて行った。
「僕らはこれからどうしようか。午後まで暇だね」
「他の競技でも見に行くか?」
「私は何処かで休憩したいですわ」
「拙者も。走るのは苦手でござる。疲れたでござる」
「その調子じゃ、護人は午後の競技死ぬんじゃねえか」
「んん、出たくないでござる」
「何を仰ってらっしゃるのかしら。午後の競技に出場しないと景品の取得は絶望的でしてよ」
「何やるんでしたかな。すっかり失念してるでござる」
「騎馬戦ですわ」
「あー、拙者パス」
「却下ですわ」
「俺らは馬車馬の様に働くんだよ」
「んん、結局馬でござるな」
騎馬戦に出場するのはチーム全員だ。
ルールでは2人以上で組めばオーケーらしい。
男共は勿論、馬である。強化さえしてしまえば男だろうが女だろうが、どちらが上だろうが下だろうが関係ないのだけれど、気持ち的に馬を志願せざるを得なかった。
普通の騎馬戦なら馬役三人と上に乗る人が一人なのだろうが、保持者の行う騎馬戦ともなると、二人一組の肩車スタイルが一番強かったりする。素早く動けるし。火力も保持能力があれば十分だ。
「観覧スペースは座れたはずだから、そこでお昼ご飯にしましょう」
実咲さんの一声によって、昼食を済ませる事に決定した。まだ昼には早いけど、早めに食べておかないと動けなくなっちゃうしね。屋台も混み合うだろうし。
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