体育祭一日目
ここから本格的な体育祭編です。
人類歴0年。人類は〈人類史上最大最悪の災害〉から逃れるために、宇宙に居を構えた。いや、逃れざるを得なかった。
真空、無重力、放射能の三拍子揃った極限空間に、人類は適合出来ていない。人類は、三十分と息を止めて活動することは出来ないし、重力がある事を前提とした生体構造が一年や二年で無重力に適合なんて出来るわけないし、放射能は確実に体を蝕んでいく。
だからこそ、対処した。
自らを変えず、環境を整えた。
地球に数多存在する生物の中で、人間ほど変わらないものは無い。生物が環境に対応する為に必要な『進化』の手順を踏まずに、他の生物が世代を重ねる間に道具を造り、道具を操り、繁栄する。
人間単体で見れば、暑さで衰弱し、寒さに虚弱だ。
だが、人類と言う『種』全体で見た時、これほど環境対処能力の高い種はまず人間だけだろう。
あるいは、その環境対処能力の所為で環境に対する進化を殆どしなかったのかも知れない。
もちろん、人類の対処能力は地球上だけに留まらず、宇宙空間にも適用される。
宇宙ステーション『シャンデリア』。
人類の叡智の結晶。当時、名前すら決まっていなかった頃には『ノアの方舟』などと仮称されていた宇宙を飛ぶ船。
莫大な金と、膨大な時間と、多数の天才達が創り上げたそれに、人々は逃げ込んだ。とは言っても、災害から逃げ切れた人口は全人類のおよそ一パーセント。大部分は地球に飲み込まれてしまったのだ。
災害から二百年経った現在ではそれなりに増加してきたが、それでも昔に比べれば雀の涙だ。
人口の増加に負けない様に、一年ごとに面積を拡げる『シャンデリア』は既に宇宙ステーションと言う名称が似合わない大きさになっている。
だが、本来の故郷では無いのだ、と。
ここは一時的な駅に過ぎないのだ、と。
必ず地球に戻る、と。
半ば意地の様な誓いを忘れぬ様に『シャンデリア』は宇宙ステーションを名乗り続けている。
さて、人類は〈人類史上最大最悪の災害〉から二百年経過した人類歴200年の現在に至っても、未だ地球に帰還出来ていない。
それは何故か。
簡単な話だ。
ただ単純に人間より強い生物が地球に現れたから。
人間はひ弱だ。だからこそ、道具でその弱さを補ってきた。あるいは、何十億と言う数で。
〈災害〉前はそれで良かったのだ。しかし、何時までもそれが通用するとは限らない。人間が道具で環境に対処する様に、他の生物は進化によって環境に対応する。
久しぶりに人間は狩られる立場になった。時代が進んでも、関係は大昔に逆戻りだ。
怪物と呼ばれる凶悪な生物に、道具は通じない。数で押しても、相手からすれば餌が増えたぐらいにしか思われていないだろう。そもそも、人類の九十九パーセントは既に死んでいるから、押せるだけの数も居ない。
では如何するか。
これもまた簡単な話だ。
他の生物が何千年と繰り返してきた事を行えば良い。
自分を変えずに対処できなくなったなら、自分を変えて対処するしか無い。
即ち、進化。
そうして人類に現れたのが、僕達、『保持者』。
――保持能力と呼ばれる、超能力や、魔法を、道具の様に操る人間だ。
絶対に勝てなかった怪物に対抗する為の、怪物を殺す為の、怪物から地球を奪い返す為の、怪物の様な人間の事だ。
――では。
怪物を打倒し得る保持者が、明確な悪意を持ち、人間にその力を振るった時、果たしてその保持者は人間か。
それとも怪物か。
同種族だからそんな事は無いなんて、そんな答えは絶対に無い。保持者だからでは無く、人間だからこそ争いは起きる。まるで別種の存在の様に思われている保持者だが、結局は人間だ。保持能力と言う、便利な道具を持っているだけの人間なのだ。
そして、かつて『銃』という道具を持った人間がそれを使って人間同士で争った様に、保持者は保持能力を使って争うのだ。そこに、何の違いも有りはしない。
人間性とは残虐性。
人類の歴史は戦争の歴史。
どうしようもない種族だ。
なんせ、同種族を殺すのに、さしたる理由を持たないのだから。
◇
「さあさあさあさあ! やってまいりましたよこの時が! 一年に一度の祭典、体育祭! 一般観覧者の方々もこの時を待ち遠しく思っていたことでしょう! 天気は予定通りの快晴、絶好の体育祭日和です! 父兄の方々は是非、お子さんの頑張りを目に焼き付けて下さい! 生徒の皆さんは……まあ多分景品目当てでしょうけど、全力で競技に取り組んでください! 実況は五年、山丘響子と! 解説は――」
「――能力学を担当しております。渡辺伸二と申します。三日間、よろしくお願いします」
「はい! 保持者じゃ無い人からしたら分からないことがあると思うので、そんな時は渡辺先生の説明を聞いて下さいね! 学生の皆さんも、今日は一般の人が学内に沢山いるので危ない事はしない様に! では、第三能力高専百七十回体育祭、一日目、開催です! まずは開会式いっきましょー!」
大きな歓声が木霊する。空高く、天井に跳ね返って帰ってきそうな勢いだ。
体育祭は三日間に渡って開催され、一日目は通常競技、二日目はクラス対抗戦と一対一戦、三日目は二対二戦というスケジュールになっている。それぞれの競技で景品が設定されており、その内容が豪華な事もあって学生のモチベーションが異様に高い。噂では、『単位』が出るとか何とか……。つまり、何か一教科をサボり続けても大丈夫という事だ。素晴らしいシステムである。無論、僕も出場するからには景品ゲットを目指して頑張るつもりだ。
そんな訳で、時は7月、曜日は金曜。今日は僕らの学校の体育祭だ。ジリジリと照りつける様な人工陽の下で、全校学生が一列に整列している。やる気に満ち溢れる顔をしている奴、かったるそうな覇気の無い顔をしている奴、各々色んな顔色を浮かべているが、全員に共通しているのはおそらく、早く座らせてくれ、と言う願いだろう。
能力技術高等専門学校たるこの学校は、色々な法令なども加味した上で設計されている学校なので、保安距離の様な取り決めがなされている。
校舎の周りをぐるりとグラウンドが二重に囲んでおり、それぞれのグラウンドは10メートル位の柵で囲われていて、校舎の近くに第一グラウンドから第三グラウンド、それらを挟んだ奥に第四グラウンドから第八グラウンドがある。僕らがいつも授業で使っているのは第七グラウンドなんだけど、体育祭中に限ってはグラウンドを仕切る柵が取り払われ、一つの巨大なグラウンドになる。
柵とは言っても、魔道工学技術者製作の特別製だ。ちょっとやそっとの衝撃じゃあ傷一つ付かない。一定以上の保持能力が直接当たった時には、防御壁が出現する仕組みだ。
僕が並んでいるのは、第一グラウンドの一年六組の最後列の方だ。このまま立っていたら、熱射病で倒れてしまうかも知れない。いや、そんなヤワな鍛え方はして無いけども。
「暑いわね。想也君、汗大丈夫? ほら、このハンカチ使って頂戴」
「うん、ありがとう実咲さん。今朝準備した筈なのに、何時の間にかハンカチが無くなっててね。助かるよ」
じんわりと滲み始めた汗に気付いたのか、実咲さんがハンカチを貸してくれた。長い銀髪には熱がこもりそうなものだが、端正な顔立ちに汗は不要とばかりに涼しげな振る舞いだ。翡翠色の目が銀髪に照らされて、爛々と輝いている。
「汗が出てきたらすぐ言って。そのハンカチは後で濡らしておくから返してくれる?」
「いや悪いよ。僕が行くよ」
「いえ、大丈夫だから。大丈夫大丈夫。そういう事は全て私の役目よ」
「じゃあ、お願いするね」
そんなやりとりの間にも、開会式はつつがなく進んでいく。学年、クラス毎に二列で並んでいるのだが、並ぶ順番は決められていないので、チーム毎に固まっていた。僕らのチームは最後列あたりに陣取っている。
「暑すぎワロエナイ。副校長の話は長くないといけない決まりでもあるんですかな」
「大人の事情がありましてよ。それにしては校長がいらっしゃらない事に疑問を感じますわね。体調でもお崩しになられてしまったのかしら」
「きっとこの黒っぽい体操着が悪いでござるな。光を吸収して熱に変わって拙者が死ぬ」
「確かに暑さもありますけれど、まず美しいとは言えませんわ。改造してしまおうかしら。見た所、上級生の方々の殆どが改造済みの様ですし」
僕と実咲さんの後ろで不平不満を連ねているのが護人とローウェルさん。じっとりとした暑さに辟易しているようだ。髪の長くない護人はともかく、金髪ロング縦ロールと言う、熱を蓄える事に関してはアフロとどっこいどっこい位の髪型をしているローウェルさんは辛そうだ。持っている扇子で何とか耐えているようだが。
さらにその後ろで静かに副校長の話を聞いているのが内宮さん。その横でつまらない顔をして欠伸をしているイケメン野郎が海だ。
僕らとは違って、汗一つ浮かべずに飄々としている。
「んん、内宮殿も八雲殿も暑さに強いみたいですな。何かコツでもあるんですかな?」
「べ、別に……。ただ、魔法系で涼しくしてるだけだよ」
「俺は超能力系を使ってるから暑くないだけだ」
ズルいな。いや、別に悪い事じゃないけど。
「私は今ほど攻撃系以外の氷系の魔法系を覚えておけばよかったと思った事はありませんわ」
「ローウェル殿に同意」
「そのくらい我慢したら良いじゃない。冷たい飲み物を美味しく飲む為だと思えば、ね」
確かに実咲さんの言う通りだ。だが、そう言われると……。
「「「「アイス食べたい……」」」」
もう『理想世界』でアイス出しちゃうか?
いやダメだ。もんの凄い不味いものが出来上がる。
あ、いやでも氷とか水出すだけなら大丈夫かな。
……いやいやいや。そんな人前で使って良い能力じゃないんだってば。本格的に暑さにやられ始めたかも。
まあ、強化すれば良いだけなんだけど。みんながそれをしないのには理由があって、この体育祭は保持能力の使用が禁止されていないからだ。むしろ奨励されているといっても良い。そんな時に、競技とは何の関係もない所で魔力を浪費するなどムダ以外の何者でもない。
……とは言っても。僕らだってただの学生なんだ。
そこらへん、考えてくれよ副校長……。
読んでいただきありがとうございます。
体育祭編とは言ったけど、実は体育祭自体はおまけです




