表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君と僕の理想世界  作者: 天崎
第2章
55/79

入れ替わり2

学ぶとは生きる事である、と、何処かの誰かがホザいていたのを聞いたことがある。ネットだか、テレビだかの情報発信源のあやふやな言葉だ。

著名な偉人が発信した言葉は、名言として後世に残り、影響を及ぼし続ける。しかし、それらしい言葉がそれらしく並べられているだけで、当たり前の事を言い直すだけなのに、後世の人々が持ち上げ囃し立てている可能性を考慮せず、偉人が言った言葉だからと盲信し、座右の銘にしちゃったりしている人々は少なからず存在する。


為すべきことを成し遂げた人間の言葉だからこそ、言葉に重みが出るのだろうが、それは当の本人にのみ適用されるのであり、第三者が掲げた所で、それは重みのないスッカラカンのそれっぽい言葉の羅列に成り下がるのではないだろうか。


だからこそ、発信源不明のまま語り継がれる言葉こそ、真に人の心を揺さ振る力を持った言葉だと言えるのではないかと、僕は思う。



僕ら学生は、朝は九時前、そこから休憩を挟みつつ、夕方4時過ぎまで知識を吸収する。

暑い日も寒い日も風が強い日も、徹夜した日も。

――誰かと精神が入れ替わってしまった日でさえ、勉学に励むのだ。


加えて、学校帰りに仕事をしに行ったり、土日を返上して地球に降りてお仕事するのだから、実は学生って思いの外、かなり忙しい身分だと言えるのではないだろうか。

いやもちろん、責任の重みは社会人の比ではないだろうけど、保持者(ホルダー)としての仕事中なら学生も社会人も関係ない。


授業中の姿勢は、その人を如実に表すと思う。

八雲海の場合。

興味の無い科目に対してのやる気が殆ど感じられず、授業中は心を捨てた黒板写しマシーンと化しているのが常だ。午前中は背筋が伸びているものの、時間の流れに乗って意識まで何処かに行ってしまう。

秋川護人も以下同文。

僕も以下同文。

女性陣は真面目に授業を受けている。



お昼前になると、寝落ち三連星として教室の中で燦然と輝く僕らだが、今日に限ってはそうも行かない。


実咲さんの身体で僕が寝てしまうと迷惑がかかるからだ。毎日、学校終わりにノートを見せてもらっているのだから迷惑は掛けっぱなしだろうと指摘されればその通りだと開き直ることしか出来ないのだけど。


そんな訳で、眠気と戦う覚悟を決めておいたが、意外な事に睡魔との格闘戦が繰り広げられることはなかった。日曜日をまるまる寝て過ごしてしまったお陰か、全く眠くないのだ。

肩透かしを食らった気分で、何とか授業についていく。


「――となることから、両辺を同数で割ります。あとは、さっき定義した式を使って値を出すんですよ。三角関数はこれから先、嫌という程使うので、考え方まで完璧に理解する位の勢いで勉強して下さい。それでは、47ページの問題をやってください」


入学から何ヶ月か経過したが、授業は中等生の頃と難易度が変わった様には思えない。新しく覚える事は多いし、やる事は増えたけど想像していたよりもずっと楽だ。中等生の頃に思い描いていた高等生の授業は、もっとどうしようもないくらいに進行スピードが早くて、難解な問題ばかりだと思っていたけど、結構地続きだ。


午前中の授業が終わり、昼休みが始まった。

困ったことに、体に何ら変化がない。


レーちゃんのところを訪ねないといけないな。


……訪ねないといけないのだが。

ちょっと、問題が。


〔み、実咲さん、トイレに行きたくなってきた……!〕

〔我慢出来ない?〕

〔僕の身体じゃないからよく分からない……!〕

〔拙いわ。これはとてもまずい状況よ〕


これは良くない。


〔いざとなったら殺すわ〕

〔えっ〕

〔死んで生き返ると空腹感とかそういうものは全てリセットされるの。本当に我慢出来なくなったら言って頂戴〕

〔いやいやいや! 待って! 全部見なかったことにするから殺すのだけは勘弁してほしいんだけど!〕

〔見なかったことにできるの? トイレに行って、スカートを下ろして、パンツも下ろして、その、拭いたりして、全部忘れられる?〕

〔ごめん無理!〕

〔『私が』、想也君に見られるのなら良いのだけれど、『想也君が私の身体を私として』見るのは何だかちょっと納得出来ないわ。だから殺すわ〕


お昼ご飯を食べながら、念話で実咲さんと協議を重ねる。


〔待って。僕らは心と身体が入れ替わってる訳じゃん。この場合、不老不死なのはどっち(・・・)?〕

〔私の体を持つ想也君が不老不死になっているのか。それとも想也君の体を持ってる私が不老不死をそのまま引き継いでいるのか、と言うことよね?〕

共通(リンク)で生命力が同等になってるせいで判断が付かないんだ。実咲さんが不老不死なのは実証済みだけど、僕は分からない。なにせ不老不死の人と共通(リンク)で繋がるのは初めてなんだ。普通に、当たり前に、死ぬ可能性があるんだ〕

〔殺すのは無し。見られるのは死ぬ程恥ずかしいけど、想也君が居なくなるよりは万倍マシよ!〕

〔じゃあ無しの方向で〕

〔想也君に死なれたら私はどうすれば良いのよ〕

〔あれ?〕

〔後を追うことも出来ない〕

〔実咲さん?〕

〔殺して永遠に一緒になれるならどんなに楽な事かしら。想也君が不老不死かどうか、何か確かめる手段を講じる必要があるわ〕

〔実咲さーん。念話繋ぎっぱなしだよー〕

〔あ〕


死んで永遠に一緒になるより、生きて永遠に一緒になる方が良いと思うけどな。


〔とにかく、レーちゃんの所に行こう〕

〔そうね。事態は逼迫してるわ〕


昼食を終え席から立ち上がる。


「あ、あれ。今日はあんまり食べてないね、実咲ちゃん」

「えっと……ダイエットしてるの。うち……一葉はもっと食べた方が良いと思うわ」

「ダイエット……? そのスタイルで? たいそうな喧嘩を売られてる気がしますわ……」


ちょうどその時、一井先生が教室に来た。僕らのことを見つけると一直線にこちらに来た。


「あー、理崎と現乃を借りたいんだが大丈夫か?」

「良いっすよ」

「んん、何かやらかしたんですかな」

「やらかしたっつーか、やらかされたな」

「じゃあ、連れてくぞー」



教室を出て向かう先は第二理科室だ。朝方にレーちゃんの部屋となっていたはずだ。


「ダメ元で聞いておくが、戻ったか?」

「「治ってないです」」

「だと思ったよ。おいディテール! 出てこい!」


先生が扉を叩いてレーちゃんを呼び出す。

少し待つと、気怠そうにレーちゃんがのっそりと現れた。


「なんじゃ。まだ治っとらんかったのか」

「おい、何で他人事なんだよ。完全に原因はお前じゃねーか」

「そうカッカするでない。妾の可愛い顔でも見て怒りを鎮めてはどうじゃ」

「面白い冗談だ。はよ解毒薬作れや」

「……わ、分かっておる。一時間で作っておくからまた来るが良い」


え、マジで?

ヤバイよ?

主に僕の僕の膀胱的な意味で。いや、実咲さん的な意味でか?


「ちょ、ちょっと待って下さい。一時間もかかるんすか?」

「もう一つ案はあることにはあるがのぅ」

「それはどんな?」

「もう一度同じ薬を使って入れ替わるのじゃ。下手したら、心が何処かに行くがの」

「何処かって何処だよ!?」

「それはまあ、天国的な?」

「……ぐぬぬ。どうしようどうしようどうしよう」

「何をそんなに急いでいるのじゃ。生き急ぐにも死に急ぐにも若いじゃろうに。もっとゆっくり生きてもバチは当たらん。と言うか、朝とキャラ変わりすぎてないかの? あ、入れ替わっとるんだった。かっかっか!」


イラっときた。

幼女相手に本気でイラっときた。大人気ない。


「あぁ、トイレに行きたいのじゃな」

「な、何でそれを」

「そんなにもじもじしてたら分かるぞ。良いではないか、何事も経験じゃ。どれ、妾が手伝ってやっても良いぞ」

「いや、勘弁して」


あと一時間も我慢出来る気がしない。


「ま、頑張れば20分で出来るがの」

「頼みます! お願いします!」

「なんで最初からそう言わねーんだよ」

「反応が見たくての。……そうじゃな、一階のホールで待っておれ。出来上がったらすぐに持っていく」

「頼みますよマジで!」

「うむ。あと、お嬢ちゃん」

「何かしら」

「少し耳を貸せ。内緒話じゃ」


ぼそぼそと何かを耳打ちされた実咲さんが、何かに納得したような顔をしていた。ちょっと嫌な予感がするんだけど。


しかし、後20分か……。ギリギリ我慢出来るか否かという感じだ。いざとなったら、本当にいざとなったら実咲さんには悪いけどトイレに駆け込む。人前で漏らすのだけは避けねばならない。側から見たら、僕じゃなくて実咲さんだし。


「ではの」


レーちゃんはそう言って部屋に引っ込んだ。


既に脚がおぼつかなくなってきてるんだけど。




そして、一階ホールで待ち始めて15分。

僕は何故か実咲さんには迫られていた。

壁まで追い詰められ、行く手を壁に当てた腕で阻まれる。何これ壁ドンって奴か?


昼休みの時間でありつつ、さらに出入り口に近い一階ホールということもあり人通りが多い空間でそんなことをすれば嫌でも人目につく。


「チッ……イチャツキヤガッテ」

「釣り合ってねー。何であんなやつが……」


問題は、僕らの事情を知らない人から見ると僕が実咲さんに迫っているようにしか見えないのだ。実は逆なのだが、他人には知る由もない。


尿意を我慢し続けている僕は、朦朧とした意識の中で好意的にそれに対応する。だってここで下手なことすると学校内での僕の地位がゴミクズになるから。既に手遅れな感じがするけど。

実咲さんはそれが分かっていて迫ってきてるし。

あれかな。もしかして実咲さん、僕が今かなり危ないって事を忘れてないかな。僕がやらかすと君も死ぬんだよ今。


「僕は実咲を愛しているよ」


ちょっと待ってとんでもないのをブッ込んできた。また変な噂が流れるから!

仕方ないこの場を離れよう。もうそろそろ20分経つしレーちゃんも解毒薬を作り終わっただろう。


と思って内股で移動しようとしたら追撃の壁ドン。さらに、僕の足の間に足を擦り入れてきた。この体勢はまずいって。漏れるって!


「ちょ!? えっ……わ、私もよ……ひぅっ……う、嬉しいわ……」


実咲さんの攻撃は止まらない。誤魔化そうとすると僕のお腹に他の人から見えないように手を添えて押そうとするのだ。なんて恐ろしい事をするんだ。これもう自爆攻撃と言っても差し支えないのでは無いだろうか。そして、お腹に手を添えたまま顔を寄せて来る。え、マジで、マジで?


「おーい、解毒薬出来たのじゃ」


あっぶね。

キス直前位まで顔が近くなっていた時、流れを断ち切るようにレーちゃんが登場した。


「飲むのじゃ」


手渡された錠剤を即座に口に入れて飲み込む。


「ほれ、早う行け」

「……ない」

「すまんの、よく聞こえんかった」

「もう、一歩も、うごけない」


波を我慢するので精一杯だ。今、歩く事に意識を集中したら、即決壊する。


「わた、僕が運ぶよ」

「え、ちょ」


言うが早いか、実咲さんに抱き抱えられる。

第三者からしたら、ぼくが実咲さんをお姫様抱っこした様に見えると思う。


そして、近場のトイレまで猛ダッシュ。


「ゆ、揺らさないで」


何とか女子トイレまで到着し、トイレに駆け込む。

マジでするのか。いやでももう我慢出来ないし……!

ええいもうなる様になれ!


半分自暴自棄だったが、スカートに手を掛けて力を入れたところで、視界が切り替わる。いつの間にかトイレの前の通路にいたのだ。あれだけ感じていた尿意も嘘の様に消え、世界が何だか色鮮やかに見えた。


「うおっしゃ戻ったアァアアア!」

「良かったのう。感動じゃ」


レーちゃんが着いて来てた。ハンカチで目元を拭う仕草をしているが、その裏で口元が緩んでいたのを僕は見逃さなかった。その場で軽くジャンプしたり、肩を回して自分の身体を再確認する。そうだよ、僕の体はこういう感じだよ。柔らかかったりしないのだ、僕は。


少しすると、実咲さんがトイレから出て来た。


「あと一秒遅かったら自殺してたわ」


笑えない。


「来るのが遅くないかしら、貴女。お陰でやり過ぎてしまったわ」

「いや、ちょっと諸用があっての」

「実咲さん? 危なかったんだからね? 怒るよ?」


僕が我慢出来たのはひとえに僕の強靭な精神力のお陰だと言ってもいい。最後の方は、結構ガチで強化(ブースト)してたし。


「ごめんなさい。悪ふざけが過ぎたわ」


実咲さんは深々と頭を下げ、それから上目遣いで続けた。


「どうか許して頂戴。想也君が許してくれるのなら、何でもやるから。ね。お願いします」


そしてまた頭を下げた。


「うわ、女子にここまでさせるのか。引いたのじゃ」


レーちゃんの言葉は無視だ。


「いや別にそんなに怒ってる訳じゃないし……。言葉の綾だし……。僕が実咲さんに怒る訳ないっていうか、そんなに謝られるとむしろこっちが悪い事した気になるし……。誤解を一緒に解いてくれればそれで十分だよ」


実咲さんが真摯に謝るのであれば、こちらもそれ相応の寛大な心を持つべきである。この程度で怒るほど小さい男じゃないのだ、僕は。


「男ならそこは身体を要求するもんじゃろ。こんな佳人にそんなこと言われたら、妾なら即お願いするぞ」


無視。


「私はそれが良いのだけど、想也君はダメみたい」

「無欲なもんじゃ。若いうちからそんな事ではロクな大人にならんぞ」

「そういう所も好きなの」


あーあー聞こえなーい。


「お、治ったか」

「あ、先生! お陰様で無事何事も無く戻りました!」

「そうか、それは良かったな。ところで、そこで逃げようとしてるクソババアを連れて行っても良いか?」

「どうぞどうぞ! 幾らでも連れてって下さい!」

「ババアとはなんじゃ!! こんな可愛い幼女に投げ掛ける言葉ではなかろう! さらばじゃ!」

瞬間移動(テレポート)相手に逃げ切れると思ってんのか」


脱兎の如く走り出したレーちゃんを文字通り一瞬で捕獲した先生がひどく疲れた様に溜息をついた。


「はーなーすーのーじゃー!」

「ああ、怠い。ディテール、追加の解毒薬を作るまで部屋から出さんからな」

「ふーん、なのじゃ」

「来た日から面倒事を増やしやがって」

「妾は悪くないもーん」

「良い度胸だテメェ。現乃と理崎は一旦教室戻れ。行って見りゃわかる」


先生にレーちゃんを引き渡し、引き摺られて行ったのを確認してから教室へと戻る。


先生に言われた時点で少し予想が付いてしまったが、気持ちが折れない様に元気にドアを開ける。


「ごめんねみんな! 今戻ったよ!」

「何か変わったことはないかしら」


教室は地獄だった。

わーきゃーわーきゃー喚き立て、教室内に残っているクラスメイトは全員が全員、他の誰かと入れ替わってしまったかの様な有様だった。


我がチームメイトも同様だ。


「みんなどうしたの?」

「「「幼女に薬を飲まされたらおかしな事になった」」」


本当に、笑えない話だ。

読んで頂きありがとうございます。


ちょっとデータが吹っ飛びまして、次のお話を投稿するのは少し遅れると思います。





後半、地の文を減らして流れが早くなるか試して見ましたが、何だか早くなり過ぎた気がします。

会話と地の文の比率はどのくらいが良いのでしょうかね


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ