表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君と僕の理想世界  作者: 天崎
第2章
51/79

日常的な風景

6月。

四月の穏やかな日差しが順調に力強くなり、きたる7月、8月のために、熱気を蓄える季節だ。

厳重に封をされていたはずの器から、時たま熱が漏れ出し、道行く人々が夏の予兆を感じている頃。


僕らは正座させられていた。


床の淡い冷たさをズボン越しの向こう脛で味わいつつ、足首とふくらはぎの抗議の痛みを黙殺する。

正座は古来より反省をする体勢であり、相手に話を聞く気がありますよ、誠意を持って受け答えしますよ、と言う意思表示にもなる。

しかし、相手に正座を強要された場合はこの限りではなく、その場合の正座は怒られる準備の段階であることを示す。


目の前で僕らを見下ろすのは、長い金髪をボリューミーにロールさせた一人のクラスメイト。

アメジストの様な瞳の色をした、容姿端麗な女性だ。

つい3週間ほど前に1年6組に転校してきた彼女、名をミリル・ローウェルと云う。

豊満なバストが制服をはち切れんばかりに押し上げている様を見ていると、布の中で風船を膨らませている光景を幻視してしまう。

悔しいけれど僕より背が高く、女性にしては結構な高身長の為、華奢ではあるものの出るとこは出て締まるところは締まる抜群のプロモーションを誇っており、保持者(ホルダー)でなくてもグラビアアイドルにでもなればすぐにでもトップに躍り出ることが出来るだろう人物だ。

そんな彼女を僕らは正座の状態で見上げていた。


「分かっていまして!? 学校は勉学に打ち込む場でしてよ! こ、ここここんな物を持ち合うなど言語道断ですわ!」


彼女はそう言って真っ赤な顔でとある雑誌を掲げる。

所謂、エロ本だ。表紙には艶かしいポーズをバッチリと決めたその道の『プロ』が肌色成分多めで写っていた。プロの容姿は金髪巨乳と呼ばれるカテゴリーに属されると思われ、目の前で仁王立ちを決めるローウェルさんに多少のキャラ被りが認められる。

ローウェルさんが怒っている理由にそれが含まれているかどうかは怖くて聞けない。


「持ち合ってないよ」

「持ち込んできたのは俺の右隣にいる野郎だ」

「んん、まさか拙者に全て押し付けるつもりではござらんな? 想也殿も海殿も興味津々だったでござる」


責任逃れをさせまいと僕と海の足を引っ張るこのクラスメイト。名を秋川護人(あきかわもりと)と云う。短めの黒髪に、赤銅色の瞳。僕や海より太っているが、僕よりも背丈が高いので太っている印象はそこまで受けない。

保持者(ホルダー)は下手をすればそこらのアスリート以上に運動する人種だ。何せ命が掛かっている。

それでも太るのだから、単に動かないタイプか、体質かのどちらかだろう。


そしてイケメンではない。

ここ重要。

海がイケメンなせいでいつも僕が比較対象にされて死にたかったんだ。死ねないけど。

実咲さんは僕の方がカッコいいって言ってくれるけど、なんか身内票っぽくてカウントしたくない。嬉しいけども。


護人は海とはまた別の意味で気さくな性格をしており、接しやすいタイプだ。

いつも半笑いで喋っていて、話していると何だかこちらまで釣られて笑ってしまう。


そんな護人は、偶然にもローウェルさんと同日付けでこのクラスに転校してきた転校生だ。

ローウェルさんと護人は、なんやかんやで僕や海と同じチームに入る事になったのだった。


「全員揃って破廉恥ですわ!」


気炎を吐いてエロ本を机に叩き付けるローウェルさんに気付かれないように、小声でどう切り抜けるかを話し合う。

悪いのは此方なので、言い返すことは出来ないが、それ以外の方法を模索する。


「んん、厄介なのに見つかってしまいましたな」

「ああ、取り敢えず平謝りしとけ」

「この場面を実咲さんに見られたら多分死ぬ」

「想也殿は色々と覚悟を決める必要がありそうですな。と言うか、現乃殿がいないのは珍しいですぞ。いつも想也殿にベッタリでござる」

「今、内宮さんと一緒に武器の申請に行ってる」


三、四時間目が早めに終わった為、僕らは思い思いの時間を過ごしていた。

実咲さんと内宮さんは教室にはいない。

内宮さんが変換器(コンバーター)を新調したので学校へその旨の申請を行いに事務室へと向かった。

リトリビュートの時は僕が先に申請しておいたが、今回、実咲さんには武器申請のやり方を覚えて貰うために内宮さんについて行って、そのついでにパンか何かを買って来てくれ、と頼んでおいたのだ。


実咲さんらが教室を出て行った後、護人が「あ、こんな物を手に入れたのですが、興味ありますな?」などとエロ本をカバンから取り出し、それに僕と海が面白いように引き寄せられた所をローウェルさんに一本釣りされて今に至る訳だ。


「寧ろもうダッシュで逃げるか?」

「拙者、既に足が痺れ始めてるのですが」

「海、こいつは置いていこう」

「丁度いい囮が出来たな」

「拙者一人で目の前の金髪縦クロワッサンを宥めるのは不可能でござる。一蓮托生、死ぬときは一緒が良いですぞ」

「俺は嫌だ」

「僕も嫌だ」

「だ、れ、が、金髪クロワッサンですってぇー!」

「んん、聞かれてたでござゴファ!!?」

「「護人ォー!?」」


ローウェルさんが何かを放り投げたと思ったら、護人の頭が真後ろに弾かれて床に後頭部から落ちた。

てんてんてんっ、と護人の近くにゴムの塊が転がっていた。直径2センチほどのスーパーボールのようだった。


ローウェルさんが保持能力(ホルダースキル)を使ったみたいだ。


ローウェルさんの攻撃をモロに受けた護人は、制服が汚れるのも気に留めず額と後頭部を押さえてゴロゴロと転げ回っていた。

うわ、超痛そう。


「自業自得ですわ」

「攻撃しなければこんなことにはならなかったんじゃないかな」

保持能力(ホルダースキル)が滑りそうですわ」

「今のは護人が悪かったと思うぜ」

「僕もそう思う」

「うぐぐ、でも本音は?」

「「クロワッサンだと思う」」

「…………」

「頭がッ!割れるううううう!」

「ぐああああああ!痛えええええええ!」


痛い!予想以上に痛い!


「全く……。貴方達は仲が良いんだか悪いんだか分かりませんわね…………。って、そうじゃありませんわ! どうしてこのような物を持ってきたのか、いえ、誰が持ってきたのか言いなさいな!」


ちっ、今のやりとりで有耶無耶になるかと思ったが覚えていた。

しかしどうしたものか。

仁王立ちで胸を持ち上げるように腕を組むローウェルさんは不退転の決意をしていると言うか、逃がしてくれる様子は皆無だ。僕らのやりとりを遠巻きに見る他のクラスメイトは、ニヤニヤと面白い見世物を見物する構えを取っているようで、助けてくれる様子は無い。

まあ、下手したらローウェルさんの保持能力(ホルダースキル)を頭にぶち込まれるかも知れないから、そのリスクを負ってまでバカ3人を擁護しようとは思わないだろう。


「もう! こんなものは没収ですわ!」

「ちょ!」

「あ、護人!」

「危ねえ!」


ローウェルさんが堪え切れなくなり護人のお宝を奪い去ろうとして――律儀に持って帰ろうとしないでゴミ箱へダンクシュートしても良い筈なのだが――カバンに仕舞おうとした。

それを見た護人が、そんなことをされては堪らないとばかりにローウェルさんに詰め寄る。「なにするんですの!」と声を荒げるローウェルさんからお宝を取り返そうとする護人だったが、不意にその足がもつれた。どうやら先ほどの頭部へのダメージが抜け切っておらず、ふらついた様だった。勢いをそのままにローウェルさんに突っ込んでいく護人の速度を見て危ないと判断した僕と海が、反射的にローウェルさんを庇おうとする。


そして事故が起きた。


「え、ちょ、きゃあっ!」

「うわ、あぶっ」

「どわあ!」

「おいおいおい止まれって、ぐわっ」


僕と海が同時に庇おうとした所為で互いが互いの邪魔をし合ってしまい、尚且つ護人に後ろから突っ込んでしまうという本末転倒な結果をもたらしてしまった。


「いてててて」

「貴方達は何がしたいんですの!? 早くどいてくださる!? て言うかどこ触ってるんですのー!!!」

「また頭打つとか不運。ん?何でござるかこれは柔らかゴブァ!?」

「想也……おま、頭が俺の鳩尾に……」


ローウェルさんを助ける為に動いたのに、僕ら三人でローウェルさんを下敷きにしてしまった。

護人は不幸にもローウェルさんの豊満な胸に顔と手を埋めてしまったため、こめかみに保持能力(ホルダースキル)を食らって悶絶していた。

むしろ幸運じゃね?その痛みは必要な対価だろう。


あまりに咄嗟のことで強化(ブースト)の事まで考えが至らなかった。とは言え、無意識的に多少なりの強化(ブースト)は行えていたと思うので捻挫や打撲も無いだろう。


そして、幸いにもローウェルさんには怪我は無いみたいだ。ボリューミーな金髪がクッションにでもなったのかな?

そんなわけ無いか。

さて、早く退かないと。流石に男三人に圧し掛かられてたら重いだろうし――


「想也くーん。想也君ってどれが好きか分からないから取り合えず全部買ってきたのだけ、ど……」

「み、実咲ちゃんってば買いすぎだよ。八雲君もそう思わな、い……?」

「「あっ」」


こんがらがった体を解いて立ち上がろうとした瞬間、教室のドアがズバーン!と開かれ、両手一杯にパンを抱えた実咲さんが登場した。そして僕らの状況を一目見て、抱え込んでいた多種多様なパン達をバラバラと落とし、硬直していた。石化した実咲さんの後ろから内宮さんも大量のパンを抱えて登場し、実咲さんと同様にパンを落として止まった。


不味い。

案の定、大量にお昼ご飯を買っていたがそれは予想済みなので構わない。まさか内宮さんにまで持たせているとは思っていなかったが、それは瑣末な誤差と言えるだろう。

問題は、この状況を確実に誤解しているであろう、と言うことだ。僕らのやり取りを何も知らない状態で、今この瞬間に僕らの状況を見たら、金髪美少女を三人の男が無理やり押し倒しているように見えてしまう。と言うかそれ以外に見えないし、あながち間違いでもないのだが、押し倒すの意味合いが全く異なる。


「……想也君?」

「み、実咲さん?こここ、これは違うんだよ」

「大丈夫、分かっているわ。想也君は何も悪くないわ。何かの間違いよね?」

「そうそう、事故。事故だったんだよ」

「そういうことにすれば問題ないって誑かされたのよね? そうよね? だって想也君がそんなことする訳無いものね? ミリルに唆されたのでしょう? ミリルが悪いんでしょう? 分かってるわ、心配しないで? 今すぐこの金髪女狐を始末してくるからね?」

「うん、分かってないね多分」


リトリビュートを取り出して瞳孔の開いた虚ろな表情で近づいてくる実咲さんをどうにか引き止めて状況を説明する。5分ほどの説明で実咲さんはすべてを理解してくれた。「そう言えって言われてるんでしょう?」の一言で何度か話が振り出しに戻ったりしたが、すんなりとリトリビュートを消した。


「まあ、冗談なのだけれどね」

「心臓に悪いですわ! 分かってはいても貴女の殺気は怖いんですのよ!」

「ごめんなさいね。でも、ミリルなら大丈夫かなって思ってるわ」


今は冗談でこんなやり取りをしているが、ローウェルさんが転校して来た時はいろいろあって、実咲さんが明後日の方へ暴走してローウェルさんを抹殺しようとしたりしてヤバかったのだ。うん、ヤバかった。


ローウェルさんが転校してくる日の朝に通学途中の街角でぶつかりかけて、転校してくる事が分かって三人で歩いていたら走ってきた護人とローウェルさんが次の交差点でぶつかって僕の所に突っ込んで来てさっきみたいな組んず解れつ状態になった。その後別れて学校でまた会った時に、ローウェルさんの熱い抱擁(事故)が5度ほど立て続けに起きて(3回は護人が原因)、実咲さんがキレてしまった。

何故かはよく分からない。いやまあ多少はわからない事も無いんだけど……あそこまで怒るのかな? って感じだ。


その時のローウェルさんはメチャクチャ震えてたし、

トラウマになってないと良いんだけど……。結構メンタル強そうだし大丈夫か。実咲さんが勘違いしてただけでローウェルさんには何の非も無かったし、今度お詫びを兼ねて仕事について行こう。

今なら、僕と実咲さんが全力で戦闘すればA-やA+の怪物(モンスター)くらいなら余裕で殺せるだろうし。まあ、僕らは無限の魔力で最終手段として消耗戦だって出来るしね。


「で、想也君とその他2名は何で襲いかかったの? 事故なのは分かったけど、理由は?」

「あー、そのだな現乃」

「ちょっと言いにくいでござるな」

「えーと、なんて説明したらいいかな」


まさかエロ本を取られて奪り返そうしてました、なんて言える訳もない。

言葉を濁す男衆の側で、制服の埃をはたき落としながらローウェルさんが身なりを整えていた。

揉みくちゃにしてしまって申し訳ない。

実際に軽く揉まれたローウェルさんは耳を赤くしながら、状況を説明し始めた。


「破廉恥な本を持ち込んでいたから叱ろうとしていたところですわ。誰が持って来たのか分かりかねたので、問い詰めていたんですの」

「へぇ。ちょっとその本、見せて貰っても良いかしら」

「え、ええ。これですわ」


ローウェルさんはカバンから先程の逆再生の様にエロ本を取り出し、実咲さんに手渡した。

受け取った実咲さんは、表情を一切変えずに表紙を眺めた後、ページをパラパラと流し見て机の上に置いた。ローウェルさんの様に騒ぐでもなく、また、その中身について特に咎めるでもなく、自然と正座してしまった僕をチラッと見て、ふぅ、と溜息をついていた。


「これ、ミリルに似てるわね」

「そういうこと言わないでくれません!?」

「安心して。ミリルの方が綺麗だから」

「問題はそこではありませんのよ!」

「まぁ、とにかく、少なくともこれは想也君のじゃないから、想也君は開放してあげて?」

「そうは言われましても……。何でそんな事が分かるんですの?」

「何でって言われても、家に金髪系のイケナイ本は置いてなかったからよ。想也君が通学途中の間に拾ったり買ったりしてない限りね」

「ちょっと待ってなんで知ってるの」

「家にあるのは私が知ってる限り銀髪のが五冊に黒髪のが一冊。銀髪系の内、三冊がメイド物で残りの二冊がそれぞれ姉物と妹物で、黒髪のは幼馴染みのヤツだったわ」

「ストップ!」

「そんな訳で金髪は想也君のタイプじゃないからその本は想也君のじゃ無いわ」

「僕の性癖がクラス中に知れ渡ってる! 実咲さん、いつガサ入れしたの!?」

「三日前ね。簡単に見つかったわよ。これからはベッドの下に隠すのは止めたほうが良いわよ」


なんてこったい。

これではまるで僕が銀髪好きのメイドフェチみたいに見られてしまうじゃないか。

めちゃくちゃ恥ずかしい。クラスメイトに性癖が知れ渡ったこともそうだが、実咲さんに知られていたことが何よりも心に刺さってる。


「想也殿も業が深いですな」

「あいつはあんな顔して結構な変態だ」

「破廉恥な男ですわ!」


三者三様の反応の他に、クラスメイトがヒソヒソと小さい声で何かを囁きあっているのが聞こえる。

強化(ブースト)すれば聞こえるだろうが、僕の精神の平安の為にも聞こえないフリをする。

何とかして話を逸らそう。僕の渾名が『ご主人様』になってしまう前に。実咲さんに呼んでもらうのであればむしろご褒美年がら年中バッチ来いオラ状態なのだが、仮に海や護人に野太い声でご主人様とか言われたらと思うと虫唾が走る。


「いやいや、海ほどじゃないよ。この前買ってた『イケナイ眼鏡っ娘百選』みたいなのが変態趣向ではないなら僕のメイド好きも変態とは呼べないよ?」

「はッ……!? おまッ、何で知ってっ」

「海殿もそこそこのカルマを抱えてますな」

「うわ、マジで持ってたのか」

「てめっ、カマかけやがったな!」


この前本屋で見かけた海の好きそうな本のタイトルを適当に引き合いに出してみたが、まさか本当に購読していたとは。


「や、八雲君はそんな本持ってないよ! ねっ!?」

「あ、ああ。当たり前だろ一葉」

「ダウトですなあ。と言うか、我々のお年頃でそう言ったものに興味が無い男など漢に非ずですぞ。そうでござろう、皆の方」


護人の呼びかけに、僕らのやり取りを聞いていたクラスメイト男子諸君が頷いた。

だが、周りの女子やローウェルさんの視線に気付いて、さっ、と顔を伏せていた。

良い意味で馬鹿ばっかりだ。

あの島一族(アイランドシリーズ)だなんだと大声で喧伝していた朱島明人ですら小さく頷いていたところを見ると、本当に男というのは救いようがない。


あ、朱島とはこの一ヶ月で和解した。

いろいろと喧嘩を吹っかけて来た彼では有るが、ちょっとプライドが高いだけで話してみれば意外と良い奴だった。

それまでに七回くらい決闘もどきをする羽目になったけど。勿論、七回とも全て僕が勝った。

因みに、実咲さんに「貴方、嫌い。近付かないで」と言われたのがキッカケで決闘もどきはピタリと止んだ。まあ、実咲さんの言葉はかなり要約してあるけど、大体そんな感じだ。


どうやら朱島は実咲さんに一目惚れをしてしまっていたらしく、最初に僕に突っかかってきたのもそれが理由だったみたいだ。

僕より強いところを見せれば気を引けると思っていたから決闘もどきを繰り返していたわけだが、呆気なく失恋の運びとなってしまった。

実咲さんは佳人だから、仕方ないことだとは思うけども何故強ければ気を引けると思ったのかは未だに謎である。


「結局! 誰が持ってきたんですの!」

「護人だよ」

「護人だ」

「まあ、拙者なんですよねぇ」

「貴方って人はどうしていつもいつも阿呆な事ばっかりするんですの」

「楽しいからですな。今回はローウェル氏の反応が見たくてやりましたぞあだだだだだだ!!」

「……!」

「待ってローウェルさん!それ以上やると護人が潰れたトマトみたいになっちゃう!」


マシンガンのように射出されるゴムボールに打ちのめされて、護人はピクピクと痙攣していた。

合掌。



楽しい昼休みも終わりを迎え、僕達一年六組の学生は体育着に着替えてグラウンドに集まっていた。


入学当初は頭の天辺から足先まで全く同じ白を基調とした体育着だったが、学校生活も2ヶ月を過ぎようとしている最近では各々が服装に自分の趣味を加え始めて、原型がわずかに残る程度の改造を施して元の体育着とは見た目も機能も別物になっている人まで居る。


僕と実咲さんは殆ど手を加えていないけどね。


「今日こそ、一井教諭にギャフンと言わせてあげますわ!」

「先週も同じこと言って返り討ちでしたな」

「今回は問題無い筈ですわ!」

「先々週は『問題無くってよ!』って言いながら瞬間移動(テレポート)であっさりと終了してたよね」

「でも、私達も一度も勝ててないわよ想也君」

「女組は優しく詰まされるけどよ、俺ら男組は大体足を引っ掛けられて地面とキスしてんだぜ」

「これ以上なく負けたってことだもんね。超悔しい。痛いし」


最初は僕と海と内宮さんだけだったチームは、実咲さんが加入し、続いて護人とローウェルさんがチーム入りしたので6人編成になった。


チーム発足時はたった3人だったのに、今では二倍だ。チームとしてのバランスも取れているし、中々に連携も出来る良いチームだ。

今の所、実咲さんは前衛で確定していて、内宮さんが不動の後衛と化している訳だが、それ以外のメンバーは何処にでも入れる。

まあ、基本形は僕と実咲さんと海が前衛で、中衛がローウェルさんと護人、そして内宮さんが後衛となっている訳だが、僕は『理想世界(イデア)』のお陰でオールラウンダーだし、海は後衛以外は出来るし、ローウェルさんは前衛以外ならそつなくこなす。護人もオールラウンダーなんだけど、ちょっと特殊な立ち位置に収まっている。

各自どの距離にいても戦えるが、得意不得意はあるので陣形は大体固まっているけど。


これは僕らだけじゃなく、一年六組全体の傾向だ。

一井先生の教育方針が如実に表れ始めている。先生曰く、『何かに特化する前に、まずは平均値を取れ。一芸を極めるのはそれからで良い。得意不得意があるのは大いに結構。だが、不得意が弱点であってはならない』との事だ。だからこそ、先生は完全に後衛系な内宮さんの様な学生でも接近戦の練習をさせている。近々、先生が知り合いを呼んで前衛職が距離を離された時に後衛系と戦う方法を教えるらしい。


僕らの仕事は怪物(モンスター)と戦うことだが、先生の教育方針は対人戦に寄っている。

曰く、『一番怖いのは人間だ』、らしい。

実体験を伴って思い当たる節があるだけに、否定出来ないのが悲しいところだ。

そんな訳で、僕等はもっぱら先生にボロ負けし続けているわけだ。


「今日はどうするよ」

(わたくし)にお任せください!」

「わ、私はいつも通り後ろにいるね」

「じゃあ、ローウェルは前衛な。一葉は後衛」

「あっ、やっぱり真ん中寄りでお願い出来ませんこと?」

「じゃあ中衛な。現乃は……前衛以外はまだ無理だろ。護人と想也はどうする?」

「僕も前に行こうかな」

「拙者は後ろ寄りで」

「なら俺は前衛だな。異論はないか? 無いなら今日はこのフォーメーションで行こう」


いつも通りの作戦会議を終えて、先生の到着を待つ事数十秒。少し遅刻気味で先生がグラウンドに現れた。

一切の予備動作、前兆すら存在しない移動方法の最高峰――『瞬間移動(テレポート)』。

一井先生はいつも通りのヨレヨレシャツとジーパン姿で其処に居た。昨日見た時より伸びている無精髭をじょりじょりと弄りながら、先生はクラスメイトに声を掛けた。


「おーし、揃ってんな。今日は一ヶ月後に控えた体育祭と二ヶ月後の学生大会の出場者を決めるぞー」


保持者(ホルダー)ばかりが集められた学校にも一年一度の行事は勿論存在する。

細々とした催事はあるが、特筆すべきは7月の体育祭と11月の文化祭の二大巨頭だ。

文化祭については、たぶん他の通常の学校とやる事はそこまで変わらないと思うが、僕らの体育祭はかなり特殊だ。体育祭はスケジュールの関係上、三日間に渡って開催される。


騎馬戦や百メートル走など、やることは変わらないと思いきや、行われる競技ほぼ全てで保持能力(ホルダースキル)の使用が許可されている。

おかげで体育祭とは名ばかりで、百メートル走で2秒台が叩き出され、零コンマ数秒をせめぎ合っていたり、騎馬戦なのに炎の槍や岩の弾丸などが飛び交う珍妙な人が人を運んでいるだけの戦争状態になったり、棒倒しは倒れるどころか、棒をどれだけ早く叩き折るかと言う競技に早変わりしていたりする。

その他に、クラス対抗の陣取り合戦や、チームトーナメント、個人トーナメントが開催される。


まぁ、結局は怪物(モンスター)と戦う為に作られた学校って事だ。

競技という形を取らせて、学生の向上心を刺激するのが目的だったりする。


「てな訳で、やる気のある奴いるかー。先ずは体育祭の方からな。ああ、勿論クラス対抗は全員出場だから、チーム戦の方でやりたい奴いるか?」


体育祭大会は個人戦、二対二戦、チーム戦の三つに分かれており、個人戦と二対二戦は学生側が申請すればいくらでも出場可能だが、チーム戦のみ先生方の推薦が必要になる。

誰でも彼でも参加オッケーだった頃も有るらしいが、何処かの学生が超巨大チームを組んで数の暴力で勝ち上がったことがあるらしく、そういったことを防止するためらしい。他にも、チーム戦は同じ学年でなくてはならない、とかそういう決まりも細々と存在するが、普通にしていればまず断られることはない。


「出るべきですわ」

「拙者は面倒ですな」

「俺はやってもいいと思う。自分がどれくらいやれるのか、興味がある」

「わ、私はあんまりやりたくないかな」

「想也君は出るの?」

「どうしようかな。景品とか出るならやってみてもいいかも」


正直、そこまでモチベーションが高くない。ローウェルさんと海は乗り気だが、護人と内宮さんは反り気らしい。


「因みに、チーム戦の景品は学食一年分だ。個人戦は最新型の魔道具で、二対二戦はどっかの遊園地のペアチケットかなんかだったな」


先生の補足を聞いたクラスメイト達の目の色が変わった。

それは勿論実咲さんも含まれているわけで、


「想也君、チーム戦に出ましょう。あと二対二戦も」

「うん、そう言うと思ってた。よし、それじゃあやってみようか」


やっぱり目的があるのと無いのでは、やる気が大きく違ってくるね。

周りのクラスメイト達も所々で参加を決めているようだ。

護人と内宮さんも半ば押し切られる形で参加することになった。押していたのは主にローウェルさんと実咲さんだった。僕らのチームは何故か女性の発言権が大きいので、一瞬にして参加が確定した。二人とも、なんやかんや言いながら楽しそうな顔をしている。


「じゃあ、参加は八雲の所と朱島の所で全員だな?」


先生は、出場者の名前をメモに取ってポケットへと押し込んだ。

朱島明人もチームで参加するらしい。


「オーケーだ。学生大会の方はまた今度考えるか。そんじゃ、授業を始めるぞ。今日から少しだけレベルを上げるから、キッチリ付いて来いよ」





結局、この日も先生に勝つことは出来なかった。




読んで頂きありがとうございます


色々矛盾が出ないようにするのが大変ですね

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ