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君と僕の理想世界  作者: 天崎
第一章
50/79

二章プロローグ

二度ある事は三度ある、と言う諺がある。

また、三度目の正直と言う諺もある。

この二つはどう考えても矛盾していると思うのだけど、どうやらケースバイケースで使い分けるのが良いらしい。具体的には自分に都合の良い様に使う。

確かに、二回同じ事が立て続けに起きたら、もう一度くらいは似た様な事が起きてもなんらおかしくはないし、むしろそう予想するのが普通だろう。悪い事が起きれば身構えるのは当然だ。

しかし、ここで一旦深呼吸して、さすがに違う事が起きるだろう、とポジティブに考えるのもまた、日々を生きていく上で精神安定状態を確保するには重要だ。


僕は思う訳だ。

三回目の予想をするのは簡単だろう、と。

この世で一番難しいのは一回目の予想を立てることなんじゃないかって。だって、一回目なら予想すらしないだろうから。



僕の名前は理崎想也(りざきそうや)。十六歳。

つい先日まで、何処にでもいる普通の保持者(ホルダー)だった。今はちょっとした事情があって、不老不死になってる。まだ死んだことないから不死かどうかは分からないけど。十六歳だから不老かどうかも実は分かってない。……普通の保持者(ホルダー)だ。身長はこの前の健康診断で測った時で、165.5センチメートル。今はもっと伸びてるはず。顔の作りは触れないでおこう。


「実咲さーん。手伝おうかー?」

「問題無いわ。そこでゆっくり見てて頂戴」


僕の声に応える女性の名は現乃実咲(うつつのみさき)。本物の不老不死だ。仕事の途中で出会い、事情があって、取り敢えず僕の家に住んでいる。佳人と言う評価がピッタリな美少女で、黒髪黒目の僕とは違い、銀髪ロングに翡翠色の瞳をしている。身長は僕より二センチ高い。くそう。

何もかもが釣り合っていない僕と実咲さんだが、服装だけは似通っており、黒を基調とした、出来る限り行動を阻害しない様に余計な物が付いてないシンプルなデザインの、見ようによっては軍服とも取れる様な服装に身を包んでいる。


僕は今、木の上に居る。

もっと情報を付け加えるなら、人類の地球奪還拠点『ミッドガルド』から北西に三時間ほど進んだところにある深い森の中だ。朝方、『ミッドガルド』を出発し、ついさっきここへ辿り着いた。


五月も半ばに差し掛かり、段々と上がる気温をこの身に感じながら、森の中を進むこと五分。

昨日の雨の影響で沼の様に泥濘んだ地面や、幾重にも重なった蔓の網を避けて歩きやすい道を踏破していたら、ここで足止めを食らった訳だ。


延々と続く曇り空の下でさえ伸び伸びと育った背の高い広葉樹の枝に僕は腰掛けていた。未だに湿り気の残っている部分に座ってしまい、スボンのお尻のところがじんわりと濡れてしまった事に若干の不快感を感じつつも、眼下で繰り広げられる命のやり取りを見届ける。


――肉の断ち切られる音と、ヒュンヒュンと空気を刈る音が連続する。


怪物(モンスター)

人類の敵。人を喰らい、人を引き千切り、人を磨り潰し、人を圧殺する。数でも、身体能力でも人間を凌駕する、化け物の総称。

それが怪物(モンスター)であり、そして怪物(モンスター)に対抗することのできる人間は保持者(ホルダー)のみだ。


今この瞬間にも、実咲さんと怪物(モンスター)の戦闘が繰り広げられている。

身の丈を超える漆黒の大鎌――リトリビュートを油断無く構える実咲さんに対峙するのは、蜘蛛型の怪物(モンスター)、『ブラッドスパイダー』と猪型の怪物(モンスター)、『エッジボア』だ。


『ブラッドスパイダー』の見た目はアシダカグモだ。体色、体毛が返り血を浴びたかのようにドス黒い血色に染まっており、体高は大体一メートル程度。糸などは吐き出さないものの、本物のアシダカグモらしく機敏な動きが特徴だ。攻撃を当てさえすれば既存の銃などでも殺す事は可能なほど防御力が無いので、C-ランクに収まっている。


『エッジボア』も同様にC-ランクだ。見た目と大きさは殆ど猪と同じだが、牙が剣のように研ぎ澄まされており、より殺傷能力が上がっている。タフさは怪物(モンスター)らしくなっており、たとえ胴を串刺しにされようが御構い無しに突っ込んでくる。主な攻撃方法が体当たりからの突き刺ししかないので、倒すだけならかなり楽だ。


怪物(モンスター)の数は十一匹。

対する実咲さんは、背中の後ろで柄の持ち手を隠すようにしてリトリビュートを構えた。正面からだと、右肩から柄と石突が、左脚から鎌の刃が見える構え方だ。今、僕が創れる中では最強の武器を手にした実咲さんが、ゆっくりと息を吐き出した直後、真後ろに居たエッジボアが突進する。


彼女は後ろを確認することなく、その場で跳躍。身体を回転させ、リトリビュートを地面に向けて振り下ろした。エッジボアがリトリビュートに頭から突っ込む形になる。

すぱん、と。さしたる抵抗も無く、突進速度を維持したまま頭から尻までリトリビュートの刃が通り、エッジボアが真っ二つに切り開かれた。

いかにタフな怪物(モンスター)と言えど、身体を両断されて死なない訳がない。断末魔の叫びを上げることすらできずに絶命する。


目の前で同胞が即死したのを見て、迂闊に動けなくなった怪物(モンスター)が、実咲さんまでの距離を先までより遠目にとって様子を伺い始めた。

僕らからすれば、そのまま逃げ帰ってくれても構わないのだが、怪物(モンスター)は本能に打ち勝てずにいつかは必ず襲って来る。高ランクの怪物(モンスター)ともなると、高い知能を持って活動する事ができ本能を理性で縛れるらしいが、エッジボアとブラッドスパイダーにそんな知能は無い。


我慢ができなくなった怪物(モンスター)から順に襲い掛かってくるだろうけど、実咲さんも下手には突っ込めない。軽い膠着状態だ。

ここからは時間が掛かるだけだな。

手伝ってしまおう。


強化(ブースト)


強化(ブースト)を発動し、身体能力を上昇させる。枝の上に立ち、怪物(モンスター)に飛び込もうとした時、強化(ブースト)された聴覚に何かを捉えた。

銃声の様な音と、木が薙ぎ倒される音がかなり速い速度で近付いている。

何だろうか。

この速度を踏まえると、普通に考えるなら怪物(モンスター)相手に撤退戦をしている保持者(ホルダー)か、怪物(モンスター)に追われる保持者(ホルダー)かのどちらかのパターンだと思うけど。


どちらにせよ、問題はこのままだと僕らに正面衝突する可能性が有るって事だ。

実咲さんが周りの怪物(モンスター)を殲滅するにはもう少し時間が掛かるだろうし、様子見だけしてきた方が良いかな?

止められそうなら止める事も選択肢の一つだ。


時間が残されていないので、共通(リンク)経由の念話で実咲さんに話し掛ける。


〔実咲さん。結構大きめの怪物(モンスター)が近づいてきてるのは分かってるよね?〕

〔あと二十秒もしないでぶつかるわね〕

〔ちょっと僕が見て来るからさ、それまで一人で大丈夫?〕

〔勿論よ。怪物(モンスター)は二匹居るみたいだから気を付けて頂戴〕

〔了解。何かあったら直ぐに僕を呼んでね。ちょっとでも危ないと思ったら直ぐにだよ。じゃあ行ってくるね〕


実咲さんの誘拐騒ぎ以降、僕は常に気を張っている。本当なら目を離す事自体が心配だが、それをやってしまうと本当の意味で何も出来なくなってしまう。何処かで落とし所を見つけなければいけない。だから、実咲さんには何かがあったら直ぐに伝えてもらう事を強くお願いしている。

この世にどれだけ強い保持者(ホルダー)がいるかは分からないけど、僕の能力をフルで使えば何とか逃げる位なら出来るはずだ。


枝を蹴り、木から木へと飛び移る様に移動する。

もし撤退戦をしている様なら如何にかして進行方向を変えておきたい。途中で他人の獲物に手を出すのはマナー違反だけど、背に腹は代えられない。

逃げてる場合でもやる事は同じだ。


「さて、状況はどうなってるかな? 」


音の大きさと速度を考えるに、恐らくは大型の怪物(モンスター)だと思う。最低でもアーマーベア以上だろう。近辺でAランク越えの怪物(モンスター)が出没していると言う情報は無かったはずだから、最大でもB-ランク程度だと思われる。

そうだとしたら勝てないから逃げるけどね。

理想世界(イデア)を使えるなら余裕だと思うけど、見ず知らずの人の前で使う気はない。最近は、同じチームの二人になら多少は見せても良いかな、と思い始めたけど。


んー。実咲さんのリトリビュートみたいに、僕も専用の武器創っておこうかな。そしたら、いざという時に武器の性能のお陰であると言い逃れ出来そうだし。


そんな事を考えているうちに状況の中心に辿り着いた。バレないように遠目から観察する。


どうやら怪物(モンスター)はB+ランクのシールドエッジボアのようだ。

名前からも分かる通り、『シールドエッジボア』は『エッジボア』の進化系とも言える怪物(モンスター)だ。エッジボアを二倍三倍にした大きさを持ち、全てのスペックにおいてエッジボアの上位互換となる。知能だけはほとんど変わらないらしいけど。タフさと防御力が尋常ではなく、その点だけならAランクにも匹敵すると言われている。そして、シールドエッジボアには厄介な特徴がある。


「あー、あれは無理そうだなー」


追われている保持者(ホルダー)が走りながらも保持能力(ホルダースキル)を発動させる。

見た感じ、氷槍(アイスランス)っぽいね。超能力系(サイキック)かも知れないから本当のところがどうかは分からないけど。


んー、さっきの銃声は何だったのかな。

もしかして二人で逃げててこの人が囮になったのかな。


僕の推測をよそに、三本の氷の槍がシールドエッジボアに殺到する。突進の速度と氷槍(アイスランス)の飛翔速度により、相対速度による威力上昇が見込める攻撃だったが、シールドエッジボアに直撃する寸前に氷槍(アイスランス)が自壊した。

正確には、槍の先端から次々とひしゃげて氷の剛性を超え、フローリングの床に落としたグラスの様にパキャンと音を立てて壊れたのだ。


保持者(ホルダー)も少しは予想がついていたのか、特に驚く事は無く走り続けていた。


そう。

シールドエッジボアは、僕たち保持者(ホルダー)の使う盾の様に、魔力を固めて盾とする能力を持っているのだ。魔力を操る能力を持つ怪物(モンスター)は高ランクであればあるほど存在する。いや、だからこそ高ランクに指定されているのだろう。

持ち前の厚い毛皮による衝撃吸収性能に加えて魔力による防御、そして異常なまでのタフさがシールドエッジボアの強みだ。


だが、それは倒そうとした時に発揮される強みであって、目的を変えればさしたる問題ではない。


流石にここで止めておかないと実咲さんのところへ行かれてしまうので横槍を入れるとしよう。


全力で強化(ブースト)を行い、身体能力を引き上げる。僕の力じゃ、真正面からぶつかっても止めきれないだろうし、シールドエッジボアをやり過ごす最も適した方法を行う。簡単な事だけどね。

理想世界(イデア)を発動し、大きめの布を創り出す。

名付けて、目隠し雲隠れ作戦。


僕は木の幹を思いっきり蹴り飛ばし、メキッと悲鳴をあげるカタパルトから加速した。真正面から止められないなら側面からだ。

シールドエッジボアの突進の横っ腹に貫く勢いで蹴りを入れる。保持者(ホルダー)を追う事に集中していたシールドエッジボアは盾を展開出来ずにマトモに食らった。体重差もあって蹴り飛ばす様な事はできなかったが、態勢を崩す事には成功し、木々を蹴散らす様に倒れ込んだ。

すかさずに顔の辺りに布を掛ける。

よっしゃ、目隠し終わり。

次は雲隠れだ。


突然の事に驚き足を止めてこちらを見ている保持者(ホルダー)の手を取り、すぐにその場から離脱する。木の裏に隠れてシールドエッジボアの様子を伺う。器用に目隠しを振り払ったシールドエッジボアはイラついた様に喉を鳴らし、辺りを見回したあと、来た道を引き返していった。

シールドエッジボアは知能が低いから突然獲物が居なくなると混乱して捜査を行わなくなる習性がある。ただでさえ察知能力が低いし、気配を消して隠れれば見つかる事はまず無い。


さて、直近の危機は去った。

まずは謝罪かな。もしかしたら何か罠にかけるためにワザと追われてたって可能性もあるし、余計なちょっかいをかけたのは紛れも無い事実だ。


「すいません。横取りしてしまいました」

「いえ、そんな事は……。助かりましたわ」


よく見れば、追われていた保持者(ホルダー)は金髪に縦ロールのボリューミーな髪をした女性だった。アメジストの様な紫色の瞳が特徴的だ。見た目がキラキラしていて、シールドエッジボアもさぞかし追いかけやすかっただろう。

実咲さんと地球で仕事する様になってから少しばかり怪物(モンスター)に襲われやすくなった気がするんだけど、まさか実咲さんの銀髪が原因じゃないだろうか。まあ、戦闘を避けて進もうとしてないっていうのもあると思うけど。


服は僕と似たような黒っぽい戦闘服めいた丈夫そうな制服だ。僕の学校とはどうやら型式が違う様だ。

他の学校の生徒かな?


「僕の仲間の所に突っ込みそうなので横槍を入れましたけど、もしかして囮になってました?」

「いえ、一人ですわ。奥の方で遭遇して、仕方がないので『ミッドガルド』まで逃げようかと考えてましたの。魔力量も心許無いので、逃げ切れるかは微妙な所でしたわ」


なんだ。囮になってた訳じゃないのか。

何処かで撒こうと思って機をうかがってた感じかな。

下手したら他の怪物(モンスター)の群れに突っ込むかも知れなかったから、撒ける時にはすぐ撒いた方が良いんだけどね。


「さて、もう大丈夫そうですね。立てますか?」

「ええ。……でも少し休ませてくださいませ」


実咲さんの所に戻ろうと思ったんだけど、ここでほっぽり出して行っちゃうのもなぁ。

んー、休憩が終わるまではここに居ておくべきか。


金髪さんの隣に座り、大きな木の幹に背中を預けて周囲の気配を探る。

周りに怪物(モンスター)は居ないみたいだ。


「一安心、かな」


が、しかし。

僕の警戒網を抜けてきたヤツがいた。


「……ねえ、想也君。その女なに?」

「うおおお!? 実咲さん!? いつからそこに!?」

「何ですの!?」

「五秒くらい前から居たわよ? 驚かせてごめんなさい」


実咲さんである。

リトリビュートを抱えて、僕のすぐ側に屈んでいた。


近付いてきたことに全く気付けなかったんだけど。

気配消すの上手すぎでしょ、実咲さん。そう言えば、特技は気配を探る事と消す事とか言ってたっけ。強化(ブースト)無しで怪物(モンスター)の跋扈する島を生きるのには必須技能で、いつの間にか得意になっていたらしい。


「で、そこの女はなあに?」

「追われてた人だよ。ちょっと横槍入れたの」

「貴方様の仰ってらしたお仲間ってこのお方ですの?」

「そうですよ」



そうか、実咲さんは戦闘中だったし、具体的にどんな人が追われてるかまでは分かってなかったのか。


「実咲さん、怪我は無い?」

「心配してくれてありがとう、想也君。想也君の事を追いかけようと思って多少本気を出したからすぐに終わったわよ」

「そっか」


実咲さんと相対していた怪物(モンスター)はランクも低いし、実咲さんが強気に攻めたから結構早く決着が着いたらしい。

もしくは、意外とシールドエッジボアから隠れて息を潜めていた時間が長かったのかもしれない。


「……それで、いつまでそうやってくっ付いてるつもりなのかしら?」


実咲さんに言われて気付いた。木の後ろに身を寄せている関係上、嫌が応にも密着する事になっている。怪物(モンスター)の目から逃れるときにそんな事考えてられなかったからこれは事故だ。


「いやそんなつもりはなかったんですすいません!」

「いえ、お気になさらず……」


ジトーっとした目で実咲さんに見られて居心地があまり良くない。実咲さんの追撃を避ける様に立ち上がり、咳払いを一つ。


「想也君、帰りましょ?」

「もう? 早くない?」

「そんな事ないわ。お腹すいたの」

「そっか。じゃあ帰ろうか」


実咲さんがそう言うなら早めに帰るとしよう。今はお金が沢山必要という訳でも――有るんだけど、差し迫っている訳でもないし、さっき戦っていたエッジボアとブラッドスパイダーの死骸もカードに回収しているはずだ。帰りにも怪物(モンスター)とは遭遇するだろうし、一日の稼ぎとしては十分な金額になると思う。


「あ、あの! 少しよろしくて?」

「何かしら。私達はもう帰るから、ここでお別れよ。それじゃあさようなら」

「いえ、その……『ミッドガルド』まで帰るのなら、(わたくし)も同行させて頂けませんこと?」


実咲さんが僕に目配せしてくる。

この人、魔力量も残り少ないとか言ってたし、助けておいて今更頼みを断るっていうのもな。

別に断る理由も無い。僕が理想世界(イデア)を使わなくすれば、同行して貰っても問題無いだろうし。

実咲さんに頷き返す。


「……良いわよ」

「助かりますわ! (わたくし)、ミリル•ローウェルと申しますの。高等一年生ですわ」

「理崎想也です。高一です」

「現乃実咲。想也君と一緒よ。それじゃ、帰りましょう」


そう言って実咲さんは歩き始めた。

当たり前だが、帰り道だろうと怪物(モンスター)から襲撃される。怪物(モンスター)を避けて行くことで戦闘を回避出来るが、回り道をする事になるので時間がかかる。ある程度の相手であれば、戦った方が早い。しかし、運悪く怪物(モンスター)が多かったり、後から増えたりすると、危険だし時間も浪費する事になる。

急がば回れってね。


実咲さんに先導してもらえば、まず怪物(モンスター)からの奇襲は受けない。

実咲さんと仕事するようになってから、仕事の苦労が半分くらいになった気がする。


僕とローウェルさんは強化(ブースト)を行わず魔力の回復に努め、実咲さんだけが強化(ブースト)を行っている。

複数人でパーティを組む場合は、今みたいに順番に強化(ブースト)をして索敵と警戒を行う。ついこの間までずっとソロだったから知らなかったけど、海に教えてもらった。僕と実咲さんの二人だけの時は、彼女の強化(ブースト)の練習の側面もあって、索敵と警戒は任せている。まあ、僕もそれなりの頻度で強化(ブースト)を繰り返しているので任せっきりと言う訳ではないけどね。




十分ほど進んだ所で実咲さんが立ち止まった。


広葉樹の群生地帯を抜け、針葉樹林に入りかけた所だった。広葉樹林付近は比較的地面がなだらかだったが、針葉樹林に差し掛かると途端に橋を支える極太の鋼鉄ワイヤーの様な力強い根っこが地面の境をミシン目の様にそこら中を縫っていた。幾重にも重なった蔓の如き根が土や岩を網の様に引っ掛け、木々を支える土台をより確かなものにしている。


地震の断層のように地面そのものが三メートルほどズレていたり、先日の雨の影響か、崖の様に崩落している所もある。良く見てみれば、ごっそりと雨に流されている箇所は根網の薄い所である。大自然の中で木々がどれだけ地盤を固めるのに貢献しているかがその一端なりとも分かる。


まあ、そんな大木達が文字通り根こそぎ薙ぎ倒されていたりする場所も偶に見かける。予想するに怪物(モンスター)の仕業であると思うが、なんとも恐ろしいパワーだ。人間がやるなら、『切り株』になるのだから。


ここは元々の起伏に富んだ地形に加えて、断層や崩落などによる高低差が激しい場所だ。戦闘となれば、三次元的な思考が求められる。こういう所は猪型とか像型、熊型みたいな怪物(モンスター)とやりあう時は戦い易い。逆に、蜘蛛型、猫型、蜥蜴型とかと闘う時は注意が必要だ。あと地味に狼型もこういう所が得意だから気を付けないといけない。


実咲さんは辺りを見回しながら、右手を顔の横辺りまで軽く挙げた。『止まれ』のサインだ。

怪物(モンスター)を察知したのだろう。


「似たような気配……多分、さっきローウェルが追われてた怪物(モンスター)ね。真っ直ぐこっちに向かってきてるわ。私達が通ってきた道を来てる」


シールドエッジボアか。勘弁して欲しい。


「うわー、面倒だね。どうする?」

「どうやら状況もさっきと同じみたいね。一人追われてるわ」

「それは……助けたいですわ。もしかしたら、(わたくし)が連れて来てしまった怪物(モンスター)が他の保持者(ホルダー)を襲っているのかも知れませんもの。でも、今は理崎様と現乃様に同行している身ですわ。御二人の判断に従いますの」


そうなんだよねー。

見ず知らずの怪物(モンスター)ならこのまま放置して逃げるんだけど、原因が間接的とはいえ僕等にあるから、見捨てる形になってなんとも寝覚めの悪い話になる。別に気にしないけど、実咲さんの手前、やっぱりそういう訳にも行かないかなって思ってしまう訳ですよ。


「仕方ない、助けよう。幸いにも、地の利は僕等にあるからね」


勿論、実咲さんの身の安全が最優先――怪物(モンスター)退治をしている時点で安全もクソもないが、無駄なリスクを背負いたくないという意味だ。


しかし、シールドエッジボアであるなら話は別。

確かに危険ではあるものの、ランクの割には強くない。倒すのに時間と労力がかかるだけで、直接的な戦闘能力の面では今の僕らでも十分に太刀打ち出来るはずだ。それに、防御力と体力が高くて攻撃力が低いなんて、実咲さんからしたら絶好の怪物(モンスター)だ。


「ローウェルさん、魔力は残ってますか?」

「まだ余裕はありませんけれど、回復しましたわ。十分に戦えますわ」

「じゃあ、先行して谷みたいな所を見つけておいて下さい。僕と実咲さんで誘い込むんで、上面から保持能力(ホルダースキル)を撃ち込んで下さい。実咲さん、ローウェルさんの気配は追えるよね?」

「勿論よ。任せて頂戴」

「じゃ、行くよ」


全員が強化(ブースト)を行い、ローウェルさんは金髪を靡かせながら大岩の裏側へ、僕と実咲さんはシールドエッジボアが居るであろう方向へと走り出した。


耳を澄ませてみると、シールドエッジボアらしき唸り声が聞こえてくる。他の怪物(モンスター)はシールドエッジボアを怖れたのか、実咲さんの感知範囲内には居なくなっていた。好都合だ。

二十秒も走れば、あっという間にシールドエッジボアの姿を発見する事が出来た。バキバキと木々を薙ぎ倒しながら突進する巨大猪は、ダンプカーの様に圧倒的な速度と質量でもって道無き道を踏破する。まともに突進を食らったら、まさしく交通事故の惨劇となるだろう。強化(ブースト)していても、グチャッと潰れて道路に落っこちた柘榴みたいになりそうだ。


「じゃあ、実咲さん。取り敢えずリトリビュートで斜めから攻撃して。無理はしないで、一撃離脱でね。その間に、僕は追われてる人に状況を説明してくるから」

「分かったわ」


実咲さんが強化(ブースト)を速度型に振り直して、目にも留まらぬスピードで駆け出して行った。

彼女は真っ正面からぶつからない様に、シールドエッジボアの進行方向の斜め前を陣取り、気配を消した。

奇襲を仕掛けるつもりだろう。


僕も急がないと。

木に激突しない様に、歩幅を調節しながら速度を上げていく。僕は攻撃する必要がないから楽で良い。


実咲さんの位置よりは前に来れただろう。

速度をシールドエッジボアに合わせて、青年に走り寄っていく。


「こんちは!」


必死の形相で逃走しているのは黒髪の男だった。

歳は僕らと一緒くらいかな?

ローウェルさんとも、僕とも制服の種類が違うみたいだ。ちょっとばかり太っているのが印象的だ。


「何者でござる!?」


ござるて。

なんというか、キャラが濃いなこの人。


「ちょっとお助けしようかと思っているんですが、良いですか?」

「是非よろしく頼みますぞおおおお! 拙者もう走れぬでござるうううう!」


脚が縺れそうになりながら走る青年は、息も絶え絶えに叫んだ。

説明はした。次は実咲さんの番だ。


「刈り取れ――『リトリビュート』」


何処からともなく疾走と激突のデュエットに小さな声が混じる。視界の端で大きな黒鎌が空気を引き裂き、銀の上で踊る様に回る。

まるで鎌の方が主導権を握っているかのように、猛烈なシールドエッジボアに吸い寄せられていった。

走行するトラックに真正面から全力で突っ込んでいくも同じ、相対速度だけで見ても相当のものとなる。実咲さんはリトリビュートの柄を確りと握り締め、運動エネルギーの全てを以って切っ先を怪物(モンスター)へ突き立てた。


ガキョン!と耳障りな音沙が木の葉の隙間を震わせて行く。

インパクトのタイミングは完璧だ。


が、命を刈り取る刃が怪物(モンスター)に届くことはなかった。

空中で何かに衝突したかのように、リトリビュートが食い止められたのだ。何か――魔力の壁だ。シールドエッジボアはその特有の能力として、魔力を盾として展開することが出来る。

まさかリトリビュートと拮抗するとは思わなかった。


「くっ……!」

「無理しなくて良いよ! 早く離れて!」


鍔迫り合いに持ち込まれると、元々の馬力が尋常では無い怪物(モンスター)が有利だ。

実咲さんは魔力の壁を蹴り、僕の隣へと跳躍した。


「なに、あんな事出来るの?」

「あ、そう言えば実咲さんは見てなかったんだよね」


リトリビュートは僕が創った特別製の鎌だ。元々の斬れ味、強度に加えて、魔力を込めた分に比例して性能が上がる仕組みとなっている。

シールドエッジボアの説明をきちんとしておけば、この一回目の攻撃で有効なダメージを与えられたかも知れないな。


「何か策でもあるでござるか!?」


青年が問うてくる。もちろんあるとも。


「実咲さん、ローウェルさんの所はわかるよね?」

「私達から見て、右斜め先十秒位よ」

「僕達について来てください! 十秒後に待ち伏せポイントに着くのでそこで決めます」

「承知したでござる!」


起伏が大きくなり、ゴロゴロとした岩や崩れた地面が多くなってきた。周りの木々も広葉樹から針葉樹へと変わり、シールドエッジボアとの距離も少しずつ離れて来た。とは言っても、立ち止まったら五秒後には轢かれてしまう程度の距離だけど。


「居たわよ」

「ホントだ。中々良い場所があるもんだね」


ローウェルさんがこちらを見つけて手を振っていた。彼女がいるのは小高い丘のような所で、その場所の半分ほどが崩れて木の根が露出している。おかげで、直線的な高低差は六メートル近くあり、シールドエッジボアの上面を取る事は容易いだろう。僕らが通るであろう所は岩場となっており、さらにローウェルかいる所のような高い地面に左右が囲まれた立地だ。

誘い込めさえすれば、シールドエッジボアはその巨体で思うように体を動かせず、逆に僕らは立体的かつ多面的な攻撃を仕掛ける事が出来る。


ここまで絵に描いたような完璧な立地が見つかるとは思わなかった。


僕ら三人は一気に加速し、二方を挟まれた谷の中央部分に向かう。幾重にも細緻に編み込まれた木の根が緩んだ地盤をガッチリと捕えて離さない。これならシールドエッジボアの直撃にも耐えうるだろう。


「ここで迎え撃ちます。戦えますか?」

「無論でござる。この礼は後でさせて頂きますぞ」

「あと三秒くらいで此処に到達しますわ!」


僕ら保持者(ホルダー)は樹々の間をすり抜けて走れるが、大きい怪物(モンスター)は薙ぎ倒して走るしかない。どれだけ近づいているかが音で分かるから、それに合わせて戦闘の準備を行う。


実咲さんが一番前、僕と青年がその後ろに控える。まずは、シールドエッジボアの動きを止める。


リトリビュートの冷たく澄んだ切っ先が、身に纏わり付く湿り気を帯びた空気さえ刈り取っていく。

力と魔力を身体の全てに行き渡らせると、手先足先からは冷たい感覚が返ってくる。怪物(モンスター)のがなり声が嫌が応にも緊張を高める。

逃走の最中に出来た空隙に熱の篭った吐息を吐き出し、攻撃に転じまいとするこの瞬間こそが人間が狩られる側から狩る側へと入れ替わる時だ。


何があるかは分からない。

ほんの一秒の失敗で、この中にいる誰かが怪物(モンスター)の餌になる事だってある。

保持者(ホルダー)は、一度たりとも負ける事を許されない。負けは、死に直結する。

なればこそ、必死に抗うのが僕らの権利であり、義務だ。


「来たわ」


シールドエッジボアがその姿を現した。

実咲さんが地を蹴り一息で距離を縮め、ジャンプした状態でリトリビュートを袈裟懸けに振り抜いた。漆黒の軌跡を描き、黒刃が唸る。


わざわざ空中に浮いたのは、地に足を付けてもシールドエッジボアの衝突に踏ん張り切れないと判断したからだろう。


先の奇襲時にはシールドエッジボアの魔力壁に阻まれた実咲さんの攻撃だが、今回も同様にリトリビュートの鋒が魔力壁に突き立てられる。鈍く高い音を響かせまたしても弾かれるかと思いきや、チリチリとした摩擦音と共にリトリビュートが魔力壁を突き破り、その穴を押し広げていく。太く堅牢な牙を刈り飛ばし、シールドエッジボアの剛毛さえも貫通して肉を断ち切らんと突き刺さる。


「くっ……」


リトリビュートの刀身のほぼ全体が深く差し込まれ、刃と筋肉質な肉の間からドス黒い血が溢れ出る。

大きなダメージを与えたものの、致命傷には至らず突進の速度を緩めることが出来ない。

さらに、突き刺さったリトリビュートが抜けなくなってしまった。


実咲さんはリトリビュートを引き抜くことを諦め、シールドエッジボアの頭を蹴って跳躍した。

シールドエッジボアは、自らに攻撃を加えた実咲さんをターゲットにしたようで、大きく向きを変えて彼女に突っ込む。


「動きが止まったら保持能力(ホルダースキル)を撃ち込んで下さい!」


幾ら大きくて威力のある突進だとしても、小回りが利いて三次元的な動きの出来る保持者(ホルダー)を捉える事は容易では無い。

実咲さんは天然の壁を背にしたまま衝突寸前まで引きつけ、地盤の壁から飛び出した木の根を足掛かりに垂直に駆け上がった。


直後、2トントラックの交通事故の様な衝突音を辺り一面に撒き散らして、シールドエッジボアが壁に突っ込んだ。


その衝撃により、刺さっていたリトリビュートが抜け落ちて、傷口から噴水の様に血が流れ出て剛毛を染め上げ伝い落ちていく。

実咲さんがリトリビュートを回収しつつ声を張り上げた。


「今よ、攻撃して!」


実咲さんの号令に触発されて、青年とローウェルさんが動き出す。


「魔力を以って炎と成し、炎を以って槍と成せ――炎槍(フレイムランス)!」

「赤色黄色、色々彩れ――『色彩詠唱(カラーコード)』」


真上から、無防備な上面を狙って炎の槍が殺到し、右側面を炎と雷の槍が豪速で貫通せしめんとする。

ローウェルさんが放った炎槍(フレイムランス)が、寸分違わず直撃したのに対し、青年の放った保持能力(ホルダースキル)は半分以上が的を外れていた。

そんなに距離があるわけでも無いのに何故外すんだ……。


「『理想世界(イデア)』――『槍』」


理想世界(イデア)で槍を創る。打刀にしようと思ったけど、折れそうだし、槍にした。

勿論、概念封入はしない。武器を創るぐらいなら、他の人に見せても大丈夫だろう。チームメイトである海と内宮さんにも見せた事あるし、クラスメイトにも見せた事はある。それに、武器を創る能力と一口に言っても色々あるし、このくらいの能力を持っている人は僕以外にも結構いたはずだから怪しまれないだろう。


僕の能力――理想世界(イデア)

想像(イメージ)できる事なら、何でも現実に反映出来る能力。制約も、限界もある。なんでも出来るように見えて、その実何も出来ない能力。これは他人においそれと見せていい能力じゃない。現乃実咲と言う人物に迷惑をかけないためにも、一層の注意が必要だ。


二人の攻撃が済んだのを見てから、僕も強化(ブースト)を全開にして、シールドエッジボアの左側面に

二メートルほどの槍をぶっ刺す。

近付くと、シールドエッジボアの体毛と肉が焦げ付いた嫌な臭いがした。


怒りの咆哮ではなく、痛みに悶える叫びが木霊する。流石にダメージが蓄積している様だ。


シールドエッジボアはその能力故に強敵とされる怪物(モンスター)だが、冷静に観察すれば付け入る隙が幾つかある。


まず、小回りが人間程効かないこと。

そして、特徴でもある魔力の盾が、自分の前面部分にしか展開出来ないこと。

また、図体が大きいので複数人で同時に攻撃するのが容易な事。


今みたいに、ある程度高低差のある場所に誘い込み機動力を活かして前面以外から攻撃を加えればダメージが通る。あとは僕らの攻撃力がシールドエッジボアの体力を削り切れるかどうかだ。


実咲さんがリトリビュートを構え、シールドエッジボアの脳天を目掛けて振り下ろした。

深く、命そのものに届く一撃を受け、シールドエッジボアの息も絶え絶えになる。

致命傷を与えられても即死には至らない怪物(モンスター)のタフネスには驚嘆するが、実咲さんは油断せずトドメを刺しにかかる。


「これで終わりよ」


実咲さんが不老不死故の無限の生命力を魔力へと変換し、潤沢な魔力を強化(ブースト)とリトリビュートに注ぎ込んで身体能力と武器性能を引き上げ、突き刺さったままの状態で力任せに振り切った。


シールドエッジボアが糸の切れた人形の様に、どうと倒れこむ。断末魔の声さえあげなかった。傷口が見えない程のドス黒い血液がごぽごぽと流れ出し、地盤に血だまりを広げていた。


「やりましたの?」

「やりましたよ。取り敢えず、カードに収納するんで、早めに此処から離れましょう」

「そうでござるな」

「じゃあ、こっちよ、着いてきて頂戴」


ERCカードにシールドエッジボアの死骸を収納する。血だまりだけがその場に残る。

血の匂いや戦闘音で他の怪物(モンスター)が集まってくる前に、足早にこの場を離れることにした。


また実咲さんに先導して貰って、僕等は『ミッドガルド』へと帰還した。



「この度は助太刀に感謝致しまする」

(わたくし)も遅ればせながら御礼を」

「良いことをしたわね、想也君」

「あはは、困った時はお互い様ですよ」


『ミッドガルド』のERC支部に到着し、受付でカードを手渡して事務処理を待っている間、2人からお礼を言われた。


ERCカードに収納された怪物(モンスター)は、受付にカードを渡すと特別な部屋に持って行かれて、そこで取り出される。その後に死骸の状態などを加味して値段が付けられ、カードにお金が振り込まれる仕組みだ。手数料を払えば、怪物(モンスター)の死骸は自分の持ち物になる。

怪物(モンスター)は武器や防具、道具の素材になったりするので少なく無い頻度で手数料を払う事になる。

リトリビュートだって怪物(モンスター)の素材から創った訳だしね。


なんで自分が狩ってきた怪物(モンスター)をお金払って貰わなくちゃいけないんだ、とも思うだろうが便利なカードの使用料だと思えば安いものだ。


僕の場合は理想世界(イデア)で直接収納してしまうのであまり手数料を払った事は無いけどね。


「そういえば申し遅れたでござるな。拙者、秋川護人(あきかわもりと)と申しまする」

(わたくし)も改めて――ミリル・ローウェルと申します」

「理崎想也です」

「……現乃実咲よ」

(わたくし)に敬語など必要ありませんことよ」

「拙者も、同学年に敬語を使われると背中が痒くなるでござる」


聞けばこの二人、僕らと同い年らしい。正確には僕らではなく、僕と、だけど。


「さっき受付の人に頼んで、シールドエッジボアの金額を等分で振り込むようにして貰ったので――貰ったから、後で確認してね」

「良いのですかな?」

「みんなで協力したから、妥当じゃないかな」

「理崎様がそう仰るのであればご厚意に甘えさせて頂きましょう」


ピンポーン。

僕の持つ引き換えカードが鐘の音を鳴らしながら微かに振動した。怪物(モンスター)の取り出しが終わったみたいだ。続けざまに実咲さん達も呼ばれたようだ。

受付でERCカードを貰い、少し待つと実咲さん達が帰ってきた。


「じゃあ、僕らは帰るから、ここでお別れだね」

「お待ちになって。最後にお尋ねしてもよろしくて?」

「手短にしなさい。私は想也君と晩御飯の用意をするのに忙しいのよ」

「御二方、第三能力技術高等専門学校の学生で間違いありませんこと?」

「そうだよ。よく分かったね」

「制服で分かりますわ。……そうですか、それならまた会う事があるでしょうね。きちんとした御礼はその時にでも致しますわ」

「……?」

「では、ごきげん宜しゅう」


なんだか意味深長なことを言って、ローウェルさんは帰って行った。

お嬢様って感じの人だったなー。


「ふむ、ローウェル氏ではありませんが、拙者も近々再び相見える事があるでしょうぞ。では、拙者もこれにて御免」


秋川さんも一度頭を下げた後、足早にERCビルを出て行った。


『ミッドガルド』から軌道エレベーターに乗り込み、『シャンデリア』へと向かう。


地球同様に外はすっかり暗くなっており、遠くの方がほんのり赤みがかっていて、風は少し肌寒い。駅の外に出ると同時に実咲さんのお腹が可愛らしく、きゅうと鳴った。彼女の澄ました顔に朱が差し込んだ。


「早く帰りましょう」

「そうだね。それにしても、あの二人の直ぐに会えるって言うのはどういう意味なんだろうね」

「さあ、如何かしらね。案外、転校してきたりして」

「この微妙な時期に?もう六月前だよ?」

「ただの予想よ。そんなことより、夜ご飯はどうしようかしら。私としては、沢山お肉が食べたいのだけれど」

「じゃあ、帰りにスーパーに寄って行こうか。献立は歩きながら決めようよ」

「そうね。……どう? 手でも繋いで行く?」

「つ、繋がないよ! 」

「そう。それは残念」


あ。反射的に断ってしまった。僕のバカ。

今更自分から言い出せないし……。

くそう。大人しく帰るか。


「デザートはいる?」

「オレンジが良いわ」

「単品なの?」

「じゃあ、グレープフルーツも」

「果物単品で良いのかって意味だったんだけど……。まあ良いか」


僕と実咲さんの一日は、こうして終わっていく。


そして、今日出会った二人。

ミリル・ローウェルと、秋川護人。

二人の宣言通り、今からピッタリ一週間後の5月29日金曜日に、彼らは僕らのクラスへと転入してくることになる。


実咲さんの予想が見事的中した。

凄いな。

読んで頂き有難うございます


時間のあいた投稿となりましたが、ちまちまと書いております。リアルが忙しくて中々大量更新は出来ませんが、どうぞ気長に付き合って下さいませ。



お嬢様言葉って意外と難しいんですね

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