反省会
人は死ねばそこで終わる。
魂が抜け落ちてしまえば、残っているのは腐敗を待つだけのタンパク質の塊だ。
人は生き返らない。蘇らない。
それがルール。
僕の能力でさえ実現することの出来ない、世界の決め事だ。
しかし今、それが覆っている。
息を吹き返し、目に光を宿し、体温が戻る。
まるで、昼寝から目覚めて夕飯の献立を聞くような、さも当然の事だと言わんばかりの自然さで、現乃さんは起き上がった。
「やだ、私血生臭い……」
理解が追いつかない。常識をひっくり返されて、すぐに適応出来るほど僕の状況対応能力は高くない。非常識的で非現実的ではあるが、事実としてそこに起きた。
いや、もしかしたら幻覚かもしれない。
「それで、今の本当よね?」
「い、今のとは?」
「私の事を世界で一番愛してるって言ってくれたじゃない。聞き間違いかしら」
「いや、そこまでは言ってないけど――じゃなくて!なんで!?しっ、死んでたよね!?」
「死んでたわ。死ぬのは久しぶりだったわ」
「え?え?……え?」
僕がおかしいのか?
僕の常識が間違ってたのか?
堂々と受け答える現乃さんは、首を傾げていた。何か見当違いな事を言ってしまったかしら、と。
「あれ、でも理崎君知ってるわよね?」
「し、知ってるって何が?死んでも死なないってことが?」
「私が不老不死だってこと」
それは知っていた。
二百年もの歳月を孤島に閉じ込められて生き続けていたと言うことも。
現乃さん自身から聞いていたことだ。
そして、やっと気付く。
僕と彼女の間を隔てる決定的な認識の差が有ることが、今更になって判明した。
「現乃さん?不老不死って、厳密にはどう言うことを指すのかな。僕は、『老いによって死ぬことは無い』と理解していたつもりなんだけど」
「…………字のまんまでしょ?『老いないし死なない』。不老にして、不死が私よ」
「そっかー。……そうかぁ〜」
僕はずっと、不老不死と不死身を別の物として考えていた。不老不死は結局の所、『老いないだけ』に過ぎず、外傷や病気などでは通常の人間と同じ様に死ぬ。不死身は『死なない』だけ。首から上を飛ばされようが、致死量の毒を盛られようが、死なない。しかし、通常の人間と同じ様に寿命に縛られている。
そういうものであると思い込んでいた。
僕の思っていることが、彼女の思っていることと同じであるとは限らない。
彼女の言う不老不死とは、僕の思っている不老不死に不死身を足した物だった。
不死性と不死身性を兼ね備えた存在。
そんな存在が銃弾に貫かれた程度でどうこうなるわけが無い。
少し考えてみれば分かる事だった。
二百年もあの島に閉じ込められていて――怪物が跋扈し、保持者でさえ虫けら同然に殺すほどの戦闘力を持つ怪物が蠢いている島で、果たして二百年の間、一度も死ぬことなく生き続ける事が出来るだろうか。
ただの不老である、不老でしか無い少女が怪物に襲われて抵抗出来るだろうか。
きっと、現乃さんは幾度と無く殺され、その度に生き返ってを繰り返していたのだろう。
……二百年の地獄と称したその意味が、本当の意味で理解出来た。
「ごめんなさい。心配させてしまって」
「……はぁぁぁぁぁ〜〜〜〜っ!!!あぁーもうマジでやめてよ!二度とこんなことしないでくれる!?」
ついさっきまでネガティブにネガティブを重ねてさらに煮詰めたような負の考えしか出てこなかった。人を殺すと言う選択肢が当然のように手段としてそこに有って、それに対して何の痛痒も抱かなくなってしまう程度には思考の指向がマイナスに向かっていた。
現乃さんが起きてからはそんな真っ黒な考えは漂白剤に浸されたように消えていったけれど、血管を巡るドロドロとした負の感情は残ったままだ。
張り詰めていた緊張の糸が解けて、疲れがドッと押し寄せて来た。
残った魔力を消費して強化を使い続け、なんとか意識を保つ。
寿命――生命力を削った直後だ。強化を解けば、その瞬間に指一本動かせなくなってしまうだろう。
「それは無理よ。たとえ私が不老不死で無かったとしても、こうするから」
即答された。
いや、それもそうか。
どうにかして僕を庇うなんて馬鹿げたことをさせないように説得しようと思ったのだけど、無駄だと分かった。
仮に僕が現乃さんの状況に立たされていたとしたら、僕は彼女と同じことをするはずだから。
せめて謝るべきかと思い、謝罪しようとしたが口をついて出たのは全く別の言葉だった。
「一人にしないでくれよ。もう、目の前で大切な人が居なくなるのは嫌なんだよ」
「……約束するわ。私は貴方を一人になんてしない。いつもいつまでも隣に居る。貴方を分かってあげられるのは私だけ――」
いつの間にか、現乃さんに抱きしめられていた。
酷い血の匂いがする。だが、現乃さんの香りでもある。
鼻息さえかかりそうなほど密着した状態で、耳元で呟かれる言の葉を噛み締めるように聞いていた。
「――だから、泣かないで」
「……泣いてないよ」
「それなら良いわ。貴方は笑顔で居る時の方が素敵なのだから、笑っていて頂戴。そうしたら、私は貴方の横で笑っていられるから」
「嬉し泣きもダメかな?」
「泣くほど嬉しいなら、泣くほど笑えば良いの」
「……そうだね。その通りだ」
僕の答えに満足したのか、現乃さんは安心したように微笑んだ。
◇
「ねえ、理崎君。約束しましょう」
「……えーと、何を?あ、そいつは端っこに寄せといて」
「何で上半身と下半身に別れてるの?」
「僕がやったから」
部屋の掃除の最中、脈絡無く現乃さんが提案事を持ちかけてきた。流石に、血だらけ血みどろの部屋にしておくのはそれだけで事件に発展しうるので、綺麗にしておこうと思ったのだ。男の両断死体は、『理想世界』で焼却処分するつもりだ。今は魔力が無いから明日以降になりそうだけど。
「で、約束って何?」
「さっき、理崎君が泣きじゃくりながら『一人にしないでくれよ』って私に縋り付いてた時の事なんだけど」
「そんなこと無かったよ。夢でも見てたんじゃないかな」
「私に愛を囁いたときの事だけど」
「それは本当に無かったよね!?」
「?」
首を傾げられた。
何その反応。まあいいや。
「とにかく、私と貴方で遵守すべきルールを決めるべきだと思うのよ。……いえ、取り繕うのはやめるわ。早い話、理崎君のお願いを聞くから、私の些細なお願いも聞き入れて欲しいと言うだけ。どう?」
「いやまあ、僕にできる限りのことはするけど、具体的な案を聞かせてもらえないことには何とも言えないよ」
大体のことなら叶えられるとは思うけどな。
流石に『シャンデリア』が欲しいとか言われたら最低でも半年は貰わないと無理だが。
「じゃあ、先に理崎君のお願いを聞かせて。もう一度」
「言わなきゃダメ?」
「言わなきゃダメ」
「……うぐ。『僕を一人にしないで欲しい』。これだけ」
束縛するわけじゃない。
常に僕の近くにいろ、とまで傲慢なことは言わない。
僕を恐れて、距離を置かないで居てくれればそれだけで十分だ。
「この約束だけで良いの?」
「これ以上に望むものなんて無いよ。欲張り過ぎだからね」
「そ。じゃあ、交換条件で私のお願いを言うわね」
現乃さんはそこで一度区切ってから、大きく息を吸って、溜め込んだ空気をピッタリ使い切るようにもったいつけて言った。
「実咲。私のことは次からそう呼んで。私も想也君って呼ぶから」
「……それだけ?」
「それだけ。簡単でしょ、想也君。それとも、私なんかを名前で呼ぶのは嫌?」
「そんなこと無いよ! ただちょっと恥ずかしいと言うか……いや!喜んでその提案を受けさせて頂くよ。というか、僕からお願いしたいくらいだよ」
「ふふっ、それじゃ、早速、ね?」
何を躊躇うことがあると言うのか。たかだか呼び方を変えるだけのことである。僕のお願いとはとても釣り合っているとは思えないほどに軽くて可愛らしいお願いなど、二つ返事で了承し、実行出来なくて何が男か。
やけに神妙な表情で僕の言葉を待つ現乃さん。おっと、こういうところから直していかないとな。
勿体ぶるようなものでも無い。ささっと叶えてしまおう。
「え、えーと、実咲、さん」
ぱあっと明るくなる現乃さん――もとい、実咲さんの前で僕は顔を覆った。
なにこれ予想以上に恥ずかしい。
「『さん』はいらないのだけれど……まあ、これはこれで良いわね」
完全に呼び捨ては無理だった。
許してくれたみたいなので一安心だ。
「でも、本当にこれだけで良いの?もっと色々、言ってくれて良いんだよ?」
「今はこれで十分なの。想也君と一緒よ」
「僕はこれからもこれで十分なんだけどね。現乃さんの――」
「実咲」
「……実咲さんのお願いなら、交換条件だなんて方法じゃなくたっていつでも聞くつもりだし叶えるつもりだから、思い付いたら言ってくれると嬉しいな」
「それは私もよ。まあ、私に出来ることなんて殆ど無いのだけど」
そう言いながら、実咲さんは男の下半身だけの死体を放り投げた。表面だけが乾いた血床の上をタンパク質で出来た人形が乱雑に転がっていく。壁の近くに落ちていた上半身の側で止まったことを確認すると、それきり興味を失った様に見向きもしなくなった。
「それでも、私に出来る事ならなんだってするから。どんなことでも喜んで」
「あはは、そこまで言ってくれるなんて感無量だね」
「本当よ?貴方に楯突くヤツも貴方にすり寄ってくる雑草も全部殺すわ」
「例えがメッチャ物騒!……じゃあ、例えば僕が働きたくないって言ったらどうする?ずっと家に居たいって言ったら」
「私が養えばいいだけでしょう?」
「簡単に言うね。……ヒモになるのは男のプライドが許さないな」
「何時でも頼ってくれていいのよ」
「寄りかかるだけなのは頼るとは言わないからね。まあ、流石に今のは冗談だけど、なるべく我慢せず言う事にするから」
さて、『理想世界』で処理するまで死体をそのままにしないといけないわけだけど、魔力が足りない。非常時でも非常事態でもないのに寿命を削ってまで能力を使いたくないんだよな。
死体の落ちている部屋で夜ご飯を食べようとは思えないから、今日は外食かな。
そうと決まれば、さっそく出掛けよう。こんなところに一秒でも長く居たくない。と言うかもう引き払うか、この部屋。
「反省会かなぁ……」
「何の事?」
「今日の出来事の反省をしようかなって思って。二度と同じような失敗をしない様にね。悪いけど実咲さんにも加わってもらうよ」
「了解したわ」
「じゃあ、出掛けようか。そこら辺のファミレスで夜ご飯にしよう」
血の染み込んだ制服から着替えて家を出る。
暗色に支配された空が上を押さえ付けていた。
首筋を撫でる暖かな夜風が、洗い流したはずの血液を彷彿とさせてたまらなく気分が悪かった。
◇
「それじゃ、このページに乗ってるやつ全部下さい」
「か、かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
「oh……。足りるかな……」
「そう思って、抑えておいたわ」
「肉料理を制覇する勢いなんですけど!?」
「麺料理は制覇しないつもりよ」
「そう言うことじゃ……いや、なんでもないや」
僕と実咲さんは、とあるファミリーレストランの一角で膝をつき合わせていた。
ディナータイムと言うこともあって、店内は混雑しており、ただでさえ忙しいキッチンは実咲さんの注文によって目の回るような事態に陥っている最中だろう。
「にしても、中々良い所に座れたね」
「そうね」
僕らが居るのは、窓から最も離れた他の客に囲まれた場所だ。殺し合いの直後に外食なんてしている暇は確かに無いのだけど、わざわざ客が多い店に入ったのは訳がある。
これは僕の予想に基づく行動の結果だ。
一つ目は、狙撃の警戒。
先の襲撃を受けた時、実咲さんは遠距離からの狙撃によって殺された。
実咲さんが庇ってくれたおかげで僕はノーダメージだったが、あの男との戦闘中に狙撃されていたら、間違いなく隙を晒し僕は殺されていた。
実咲さんも強化はしていたと思うが、速度に重きを置いたせいで銃弾を防ぐほどの硬度を得られなかったのだろう。
実は保持者を殺すなら、奇襲か毒が最も有効とされている。
強化をさせる暇も無く致命傷を与えれば、ただの人間と同じで、瞬殺できる。
その点で言うと、狙撃は保持者に対してかなり有効だ。頭に当てれば確実に殺せる上に、攻撃するまでなら、存在に気付かれることはまず無い。
保持者側が常に硬化系の強化をしていれば話は別だが、そんなことは魔力と集中力が足りないから不可能だし、全力で強化しているならまだしも、取り敢えず銃弾を弾ける位の強度でいいや、とか思っていると対戦車ライフルレベルのシロモノを持ち出されていたらなす術無くやられる。
僕の魔力が完全に回復するまでまだまだ時間がかかる。
今は理想世界の発動すら出来ない。そんな状態で実咲さんを守れるとは思えない。僕の家は壁が吹き飛んでいるお蔭で、狙撃してくださいと言わんばかりに無防備だ。戦闘中に創った壁も消えてしまって、家にいる方が危ない。
それなら、いっその事外に出てしまおうと言うのが一つ目の理由。
窓から離れたこの場所なら狙撃する場所なんて殆ど無いだろうし、周りの人達が邪魔で一発命中は難しいはずだ。一度でも外せばその時点で狙撃による攻撃は殆ど無効化したも同然だ。
二つ目の理由は、襲撃を躊躇わせる狙い。
襲撃者は実咲さんが一人になった隙を狙っていた。わざわざ捕まえていたから、目的は殺しでは無く誘拐。物理的に、暴力的な感じだったから略取か。殺しだけなら帰宅途中に狙撃すれば良いだけの話だが――まあ、実咲さんは不死なのだが――誘拐となると必ずどこかで接触しなくてはならない。その際、実咲さんはもちろん抵抗するだろうし、そんな現場が人目に付かないはずがない。極端な話、学校に乗り込んでそのまま攫っても良かったのだ。メリットとデメリットが余りにも釣り合わない話だが。
普通に考えて襲撃者は人目を嫌うのではないか、これが僕の予想だ。
まあ、最初にこの店を選んだのは実咲さんなんだけども、実咲さんは保持者になってまだ一ヶ月程度だから、多分そこまで考えてないだろう。
「まずは……ごめん。僕が弱かったから、実咲さんをあんな目に遭わせた」
「想也君が謝る事じゃないわ。私だって殆ど何もできずに捕まっただけだったもの。むしろ危険な目に遭ったのは想也君の方じゃない」
「でも、実咲さんは僕を庇ったせいで殺された。それはどんな理由が有ろうとも僕の所為なんだ」
僕がもっと強ければ。
魔力が足りなかったとか、そんなものはただの言い訳だ。最初から命を削って全開で理想世界を使えば良かったし、それが出来なくとも体術だけで圧倒できるほどに強ければ良かった。
ただそれだけのことが僕には出来なかったのだ。
実咲さんが生きているのはたまたま『不老不死』だったからであって、殺された事に変わりなく、そして守れなかったことにも変わりない。
僕が生きているのは、実咲さんが代わりに死んだからなのだ。
「殺されたのは初めてでは無いし……私が死んで想也君が悲しんでくれるなら、殺された甲斐があったわね」
「僕が言うのもおかしい話だけど、自分の体なんだから、もっと大事にしてよ」
「想也君の次に大事にするわ」
死なないから大丈夫、なんて楽観的な考え方は禁物だ。回数制限のある不死かも知れないし、命のストックが先の死亡で尽きた可能性は否定出来ない。
「次は無いかも知れない、とか考えてるなら多分大丈夫よ? 何故と問われたら具体的に説明することは出来ないけれど、何と無く分かるの」
「自分が不老不死だってことが?」
「説明する時はそう言ったけど、厳密には違う感覚なのよね。なんて言うか……減らないのよ、命が。この感覚をそのまま伝えられたら楽なのだけど、ってそうだ」
実咲さんが手を差し出してきた。
あ、そう言うことね。
僕は彼女の手に触れて保持能力を発動させる。
「共有」
言葉で伝えられないなら、言葉以外を使えばいい。僕の共有はイメージをそのまま伝えることができる。
発動して少しすると、実咲さんから不定形な輪郭の様なモノが伝わってくる。映像と文章と色と形が綯い交ぜになったイメージそのものが、僕の頭に流れ込んでくる。
うん。確かにこれは説明できないわ。
それでもボキャブラリーの引き出しをひっくり返すとすれば、無限、と表現できる。
確かにそこにあるのに、使っても無くならない。
例えるなら、海から水をコップで掬う感覚だろうか。いや、スポイトかな?
どちらにせよスケールが違いすぎる。
そういえば、藤堂は実咲さんを永久血液と呼んでいたけど、永久なんてもんじゃないな。無限は永久の上を行くのだから。
「ね、大丈夫でしょう?」
「確かに納得しちゃったけど……でも、痛くないって訳じゃないんでしょ。死の痛みなんてこれ以上実咲さんに感じて欲しくないよ」
「その気持ちはとても嬉しいけれど、同じような事が有ったらきっと私は勝手に体が動くと思うの。だから、約束はできないわ」
完全に押し問答なわけだが、解決策はある。
僕がもっと強くなればいいだけなのだ。
強さは何よりも大事だ。甘っちょろい事を言うだけなら誰だってできる。
強さよりも大事なものがあるとか、そんなものはただの理想論に過ぎない。強さを基盤に大事なものが成り立ち、それを守ることが出来るのだから。
「……わかったよ」
男のプライドに懸けて心に決めた。理解者を――実咲さんを守れるだけの力を磨く。最低限、それくらいの事はやり遂げてみせる。
「あ、ご飯が来たわ。それはそっちにお願いします」
僕が決意を新たにしている傍らで、実咲さんは運ばれてくるご飯に意識を持って行かれていた。
「食べながらで良いから、今日の流れを説明してくれない?」
「想也君と別れた後からで良いわよね?」
「うん」
いただきます、と手を合わせてアツアツのハンバーグを口に運びつつ、実咲さんは襲撃者に襲われた経緯を話し始めた。
口に物が入っている時は喋らないので少し時間がかかったが、流れは大体掴めた。
僕と別れた後、帰路の途中まで海と内宮さんと一緒に歩いていた実咲さんは、違和感に気付いていたらしい。誰かによる監視を感知したが、他の二名が全く気付いていない様だったのでそれとなく別れを告げて別の道を行った。何故わかったのかと聞くと、不自然な視線を感じた、と返された。強化を使っていない状態でそんなことに気付けるって凄いな。僕は多分無理だぞ。
そのまま家に帰る訳にも行かず、適当な所をぶらついて時間を潰していると視線が消えたので家に帰ったと言う事らしい。
「それで?」
「リビングで寛いでたら、あの男が乗り込んできて取っ組み合いになったわ。リトリビュートは使える広さじゃないから、本当の意味で取っ組み合いよ。頑張ったんだけど抑え込まれちゃって、変なお札みたいなものを貼られたら強化も出来なくなってしまって。縛られていよいよなす術無くなった所に想也君が王子様みたいに助けに来てくれたのよ」
実咲さんは何でもない風に言っているが、凄い怖かったはずだ。いよいよもって藤堂と無駄話していた自分が情けない。
それにしてもかなりギリギリだったんだな。もう少し僕の到着が遅れていたら実咲さんは運ばれてしまっていたかも知れない。そう思うと、背筋が凍りつく。
いや、マジで。縛られた実咲さんを見てちょっとエロいとか考えてる場合じゃ無かった。
「想也君はどうだったの?」
「えーと、簡単に言うと時間稼ぎされてた。んで、無理やり押し通ろうとしたら一井先生が助けてくれて、滅茶苦茶急いで家に戻ったら実咲さんが簀巻きになってたって訳」
「それなら先生に連絡を入れる必要があるわね。……このお肉美味しいわ、想也君も食べたら?」
「そうだね、後のことは食べ終わってからでいいか」
手元でジュウジュウと音を立てるステーキにナイフを当て、食べる。お、確かに美味い。肉を切るたびに、男を両断した時の記憶が脳内再生されて気分が悪くなってしまうが、目の前で料理を幸せそうに頬張る実咲さんを見ていると、そんな気持ちは薄れて行った。やっぱりご飯は楽しく食べた方が美味しいよね。
共有は切っとくか。ふとした瞬間に間違えて伝わったらなんか気恥ずかしい。
次々と運ばれてくる料理に対して、全くペースダウンすること無くご飯粒一つすら残さずに食べる実咲さんの胃袋はどうなっているのだろうか。
この疑問は今更なのだが、テーブルの上に重ね上げられたお皿を見ていると、やはりそういう保持能力なのではなかろうかと考えてしまう。キッチンとテーブルを何度も往復する店員の顔が驚愕から呆れに変わっていく様と、周りの客の唖然とした顔が何とも不思議な空間を形成している。
こっちみんな。
驚いてんのは僕も一緒だよ。
「あ、食べ終わった?」
「ええ、ご馳走様」
「じゃあ、先生に電話しようか――って、それだと外に行かないとダメじゃん」
電話のために店から出るなんて、本末転倒も良い所だ。
仮に狙撃手が僕らを狙っていた場合、相手からしたら絶好のチャンスとなる。
狙撃を躊躇わざるを得なくなる他人が居なくなるのだから。
「トイレで電話したらどうかしら?」
「うーん、あんまり離れたくはないんだけど……まさか他の人を外まで連れて行く訳にも行かないし、仕方ないか。すぐ戻ってくるから、気を付けててね。強化を軽くしといても良いかも」
「分かったわ」
まあ、気休め程度にはなるだろう。
いくら強化していたとしても、どうしようも無い時もある。燃費とか後続の敵の事とかを考えずに本気の全力で強化すれば狙撃される前に気付く事だって出来るかも知れないが、まずそんなことは無理だし、軽く強化した程度でそこまで超人的なことが出来るのであれば地球上の人類支配域はもっと広がっている。
あれ、それなら実咲さんはどうやって僕を庇ったんだ?
完全速度型の強化だったとしても0.1秒はかかる距離だったはずだ。狙撃手がどれぐらい離れていたかは知らないが、近距離なら僕を突き飛ばす時間はとれなかったはず。撃たれる前から移動を始めていれば可能だとは思うが、そんなことが実咲さんにできるのかな。
……さらっと『出来るわよ』とかいわれそうだな。
じゃあ偶然か。いや、ここは奇跡と言っておこう。
そもそも、いま考えても仕方の無いことだ。聞けば答えてくれるだろう。
「あ、先生の番号なんて知らないや。学校にかければ良いか」
五分後、先生との話が終わって席に戻って来た時、テーブルの上にデザートの山が置かれていたのを見て気が抜けそうになった。まだ食うんかい。
◇
連絡から20分ほどで先生が店内に現れた。今回は瞬間移動ではなく、キチンと店の入り口をくぐって歩いてきた。
「かっかっか、なんだ余裕そうじゃねーか、理崎」
「余裕は無かったですよ。先生こそ大丈夫だったんですか?」
綱渡り状態だった。何処かで一歩でも間違えていれば、笑ってなどいられない。
僕の隣に座りつつ、先生は答える。
「全く問題ねえよ。手加減してやったしな。今頃は保持者用の独房にぶち込まれてるだろうよ」
「結構長引いたんですか?」
「んなわけあるか。瞬殺だ、瞬殺。戦闘よりも校長と警察への説明で時間を取られた。身柄は既に引き渡しちまったが、特に問題無いよな?」
先生が負ける姿は想像出来なかったが、まあ当然の様に勝利を収めてるな。
僕もこの人には楽に勝てるとは思えないし。相討ち覚悟ならいけそう……かなあ?
「問題、と言うよりは疑問なら有りますけど。どうしてERCが――あ、実咲さんを狙う動機は想像出来ますけど『ERCが動いた理由』と言う意味です――動機が分からないですね」
「先に言っておくが、動いてたのはERCじゃねえぞ。今日見た藤堂は別人だ。保持能力で藤堂に成り代わってた誰かだから、何処かで本物と出会って殴りかかったりするなよ」
「しないですよ」
先生がニセモノと言っていたのはそう言うことか。姿を変える能力か認識を変える能力かはたまた別の何かか。
正体は分からないが藤堂――藤堂さんを騙っていた訳か。完全に騙されてた。
「他の二人もですか?」
「そうだ。そいつらもERCの役人じゃなかった。顔が少し変わってたが、ただの雇われだったみたいだ」
「ERCじゃ無いとすれば一体なんですか?」
「さァな。ああ、そうだ。お前の家を見て来たぞ」
「あ、マジっすか。ありがとうございます。なんか奢りますよ」
先生がすぐに現れなかったのには僕の頼み事も関係している。
実は先生にはその身軽さを活かして僕の家を確認しに行って貰っていた。
マンションの中でドタバタ騒ぎを起こし、挙句に壁をブチ抜かれている。確実に事件になっているだろうし、通報されていない方がおかしい。
ただ、戦闘終了から一時間程度でその場を離れたのでどうなったかが分からなかったのだ。死体も置きっ放しだし、下手をしなくても逮捕されるかも知れない。
「いや……こんだけ皿が積み上げられてんのに更に何かを奢らせるほど俺は鬼じゃねえよ。そんなことより、お前の部屋は壁が無いんだよな」
「そうです」
「死体はあるんだよな」
「そうです。僕がやりました」
最後の方は小声で囁き合う。万が一にも他人に聞かれたら面倒だ。
「先生。想也君は私の為にやっただけなんです。想也君自身も攻撃されたので正当防衛が成り立ってます」
「心配すんな。理崎の行い自体は責めてねえし、俺は問題だとは思わねえ。本当に問題なのは、死体が無いってことだ。いや、消えた、か」
死体が消えた?
まさか実咲さんと同じ様に不死だった訳じゃ無いだろうな。
「何処かに隠したわけじゃないだろ?」
「部屋の隅に転がして置いてあります」
「死体が勝手に消えたり移動するはずがない。となると誰かが持ち去ったって訳だ。ご丁寧に微量の酸を撒き散らしてな」
「――なるほど、証拠隠滅って訳ですか」
先生の話では、死体そのものも存在せず、また、部屋全体が上から炎で炙られた様に黒焦げになっていたらしい。しかも酸によって血液のDNAが破壊され、科学的に男の素性を辿ることが不可能となってしまった。犯人捜査に必要な手掛かりのほぼ全てが失われた。
過去を見る保持者が居ればいいんだけど、多分結構な大事件じゃないと来てくれない。
「ありゃ、酸を撒いた後に火で焼いたみたいだな。俺が到着して五分以上経ってから消防が到着したが、遠くから聞いた分じゃ魔道具の暴発って事で事件を処理する流れになってたぜ」
「やっぱりおかしいわよね?」
大きなパフェを切り崩していた実咲さんが会話に参加して来た。
「そうだね。マンションの一角が爆発したって言うのに一時間近く消防も警察も来てないのは不可解だね。すぐに来られてても困るけど」
「じゃあ、ワザと遅れたって事なのかしら」
「――もしくは遅らせられた、だ」
実咲さんの言葉を先生が引き継ぐ。
「まさか偶然って訳じゃあねえだろうしな」
「ですよね」
今分かっている情報を整理しよう。
実行犯は最低でも五人以上。偽藤堂と取り巻き二人、僕が殺した男と実咲さんを殺した狙撃手だ。
目的は十中八九実咲さん。
より正確に言うなら、実咲さんの『不老不死』――不死性と不老性だろう。
捕まった後で何をされるのかはあまり想像したく無いが、紅茶を啜りながら楽しく談笑する事だけはあり得ないはずだ。
僕の保持能力もバレれば同じ目に遭いそうだけど。
実咲さんが不老不死であるという情報がどこから漏れたのかは分からないが、最悪を想定すれば警察、消防、マスコミに影響力を持つ相手が敵だ。人一人の所在を突き止めるくらいは難なくやってのけるだろう。
よく考えてみると、『騒ぎ』自体が無かったように思える。正確には、騒ぎの周りに出来る『野次馬』が居なかった。
人払いでもされていたのかな?
となると、特定の地区の封鎖までやったわけか。
これらの情報を揃えた所で、次はどうやって、と言うステージに進む訳だが、ここからが大変だ。
実行犯達は殆ど全員が保持者だった。
まあ、保持者を誘拐するのに強化も出来ないようなただの人間が務められる筈も無いんだけど。
実は消防の到着を遅らせたりだとか、人払いをするだとかはそれを達成しうるだけの保持能力を持っていれば多少は容易に行えるのだ。
よって、犯人を絞り込むとなると余りに範囲が広過ぎる。
例えば学校を一瞬で全壊させたりしていれば、そんな事を出来る保持者は限られるのだが、今回はそうもいかない。
手間はかかるだろうが、やろうと思えば保持者でなくても行える事しかやっていない。
八方塞がり。
少なくとも此方から敵を見定めることは出来なさそうだ。
「今は気を付けろとしか言えねえな。相手は組織的に動いてる。しかもかなりデカい。警察や消防の出動を遅らせる圧力をかけることが出来るってだけで並の事じゃねえ」
「後手に回るしかありませんね」
「……ごめんね、想也君。私の所為で迷惑をかけてるわ」
実咲さんは眉を顰めて申し訳なさそうに呟いた。
「謝らないでね」
迷惑と言えば、確かに迷惑なんだろう。
僕は巻き込まれただけ、と考える事は出来る。
でも、それが嫌だとは思わない。
運良く巻き込まれることが出来たのだ、むしろ好ましいとすら言える。
実咲さんとの繋がりが、消えてしまうよりはずっと良い。
「隣に居てほしいと言ったのは僕だよ。だから、僕は勝手に居場所を守ってるだけ」
「私は、貴方の負担にしかなってないわ。これからもきっと、私が貴方にしてあげられることは、貴方が私にしてくれることよりずっと少ないと思うの」
「はっはっは、別に問題ないよ。僕は何も無い人間だからね。背中に何か背負ってると丁度良いんだよ」
「でも――」
「問題ないってば。ていうかほら笑って笑って。実咲さんは笑ってた方が絶対良いって」
「……そうかしら」
「どうせ生きてるんだから、笑わなきゃ損でしょ?」
「そう、ね」
「君には笑顔がよく似合う。僕は君の笑顔を守るために戦うんだ、命を懸けるには十分な理由だぜ?」
「……理崎、お前よくそんなクッサイ台詞言えるな」
「柄じゃないのは分かってますよ。あれ、うわ、めっちゃ恥ずかしい。逃げたい」
「ふふふっ、そうね、想也君らしくないわね、今のは」
「ごめんやっぱ今の忘れてくれない?」
「命を懸けて戦ってくれるのだものね。私の笑顔を守ってもらってるのに、笑ってなかったら守れなくなっちゃうものね」
「ちょっと待って、これ海とかに言ったら絶対駄目なやつだからね、マジで」
「『僕は君の笑顔を守るために戦うんだ』。これ、今度朝のホームルームで話の種にしていいか?」
「それ公開処刑じゃないっすか!駄目に決まってますよ!」
「くくく、冗談だ」
顔から火が出るとは正にこの事。
十分な理由だぜ?じゃねーよ、僕。恥ずかしさで肋骨が心臓に突き刺さりそうだ。
まあ、何はともあれ、最終的に実咲さんが笑ってくれたので良しとしよう。
黒歴史は創ってしまったけど。
「と、とにかく今後、どうするかを決めよう」
「どうしようもねえ、っつーのが現状だがな。まあ、何かあったら俺を頼れ。大抵は何とかしてやるさ。だが、頼り過ぎるなよ。俺とお前らはどこまで行っても所詮は教師と生徒だ。いつも俺が近くにいてやることは出来ねえし、味方ではあっても仲間じゃねえ。この意味、分かるな?」
「分かります」
これは僕らの問題だ。
先生が僕らの味方なのは、理崎想也と現乃実咲が『生徒』で、一井響也が『先生』という立場であるからに過ぎない。
人として見過ごせないだとか、大人の責務だとか、付け加えることは出来ても突き詰めれば、先生は僕らを庇う理由がそれしか無いし、それでしか無い。
極論、それすらも理由には成り得ないのだ。
僕は実咲さんの笑顔を守るため――恥ずかしい事を言ったが嘘では無い――僕にとっての唯一の『理解者』を守るために戦った。その為に人を殺した。
だが、先生は手を貸してくれただけ。本当の意味で巻き込まれたのだ。
自発的に動く僕とは立ち位置がまるで違う。同じ方向を見ているだけなのだ。
その身を犠牲にする覚悟なんて持たれていたら、逆に怖い位だ。
そして、深入りすれば先生だけではなく、先生の大切な人が巻き込まれるかも知れない。
その可能性を否定出来ない以上、僕らだけ――いや、僕だけでなんとかする必要がある。
「心配いらないよ、実咲さん。あれだけの大事をそう何度も連続して無かったことには出来ないはずだしね」
「そうであって欲しい所だな。つっても、今回の件で俺が敵対することがあるっつー前例が出来た。即座に行動には移せないだろ。ま、相手が諦めてなけりゃの話だがな」
戦闘能力という点において、先生はそんじょそこらの保持者とは一線を画する。
あの偽藤堂も、先生との戦闘は避けようとしていたみたいだし。
数的有利を得ていながら、それでも戦闘を躊躇うほどの力量差があったということだ。
「先生は『暫定六位』とか言われてましたね」
「まあな」
「よく分からないけど先生って凄い人なのね」
実咲さんは三つ目のパフェを平らげ、四つ目にスプーンを突き刺しながら興味なさげに感心していた。
関心はなさそうだが。
へーそうなんだー、ぐらいのノリである。
「夢を壊す様で悪いが、実はこのランキング、戦闘能力以外も結構重要視されるから、ランクが高いからといって強いとは限らねえぞ。そりゃ、最低限の強さってモンはあるけどな」
「戦闘能力以外……ですか?」
「こう言っちゃなんだが、社会的地位が高いほどランクが高くなる。現に俺は教職に就いてからランクが上がったしな。だから、『暫定一位』が『暫定二位』より強いとは限らねえのさ」
つーか殺り合ったこともないのにどっちが上かなんて分からねえしな、と続け、
「ERCの暫定ランキングは政府から介入されるからな。そこら辺は大人の事情ってヤツだ」
ERCは大々的に公表しているランキングが二種類ある。
一つが先生が『暫定六位』と呼ばれているランキング――通称、暫定ランキング。
もう一つはより単純なランク付け、と言うか呼び方――通称、最強決定戦。
暫定ランキングは順位変動が激しく、三ヶ月も経つとランクが上下することから、順位の上から暫定の二文字が消えることは無い。
ランクの割り当ては、先生が言っていた通り、戦闘能力や社会的地位、その人の人格まで加味されて決定される。
最強決定戦はもっと単純明快だ。二年に一度、ERCが主導して大規模なトーナメント戦や総当たり戦を行い、最後の一人だけが『最強』の名を冠する。
死んでも文句無し、その旨の誓約書を書かされた上で行われる何でも有りの大会だ。
そこで3回以上優勝すると名実共に最強として認められ、『歴代』に数えられる。
そして、最強決定戦への参加権を剥奪される。
まあ、最強も結局は『暫定』なんだけどね。
今の『暫定最強』は二十九代目だったはずだ。
因みに『初代』だけは別枠で、ERCがこういった取り組みを始める前から呼ばれていた保持者だ。
「仮に犯罪者が暫定一位に据えられていたら色々マズいものね」
「そういうこった。ランキングがそのまま強さだと思ってる奴も少なくねえ。敵が一位で味方が二位の時と、その逆じゃ士気に差が出てくるからな。十位以上は利権と沽券が渦巻いてドロドロしてるぜ」
先生はそう言って手をひらひらと振った。
例え暫定だったとしても上位ランカーになることは並大抵のことでは無い。
ランキングに載ると言うこと自体がこれ以上無いほどの宣伝効果になり、尚且つERCが公式に認めている事を保障しているも同然なので箔が付く。
特に十位以内はメディアへの露出が多いこともあって、激戦区となっているようだ。
同じ商品を宣伝するにしても、暫定一位をCMなどで起用すると売り上げが伸びるわけだ。
金メダリストが使ってるものと同タイプですよ、と言われると購買意欲を底上げしてくれるのと同じことである。
結局は使う人次第なんだけど、宣伝とはそういうものなのだ。
「取り敢えず、今日はもう帰った方が良いだろ。警察が待ち構えてるだろうから、俺が送ってってやるよ」
「そうですね、ありがとうございます」
「あ、これで最後だから少し待ってて頂戴」
パクパクとジェラートを頬張る実咲さんを待ち、お会計の時に表示された数字に戦慄しつつも、店を出る。
また沢山お仕事しなきゃ……。
◇
三人で今後の対応について協議しつつ家へ戻ると、案の定警察が周辺を封鎖していた。
先生が近くに居た警察官の一人に話しかけた。
「『暫定六位』、一井響也だ。そこの学校で教師をしてる。生徒とばったり出会ってな、保持者とは言っても夜だし補導的な感じで送ってきたんだが、何かあったのか?」
「おお、あの学校の教員の方ですか。いやなに、事件ではなく事故でしてね。本官は現場には立ち入っていませんが、どうやら魔道具の爆発があったようでしてな」
「そら大変だ。ちなみにその部屋の住人は?」
「それが、偶然にも留守だったようで。人的被害はありません。ちなみにそちらの子供たちは?」
「ああ、送ってきた生徒だ。そして、多分その部屋の主でもある」
「本当かね、君」
「あ、はい。多分僕の家ですねあれは」
白々しい会話だが、すべて打ち合わせ通りに話を進める。
30分ほど時間をとられたが、後日改めて話を聞くということで開放された。事故ということになっているので逮捕などはされないが、部屋の弁償代はもちろん全額負担になった。
クソ、納得できない。完全に被害者じゃん僕。もちろん、証拠隠滅されているので泣き寝入りするしかない。
然るべき機関からお金を借りなければ足りない額を提示されて、文字通りちょっとだけ涙が出た。
この歳で借金か……。仕方が無いことだけど、なんかヤダな。
「じゃ、俺は帰るぞ。流石に今日はもう大丈夫だと思うが、警戒を怠るなよ」
家のドアの前まで送って頂いて、先生には申し訳ないな。
先生も暇じゃないだろう。と言うか僕の所為で忙しいはずなのに時間をとらせてしまってもう本当なんと言って良いのやら。
「はい。先生、今日はありがとうございました」
「迷惑をかけました」
「ま、精々頑張れ。余り深く考えずに、さっさと寝ろよ。こういうのは割り切り方が大事だからな」
そう言い残して、先生は消えた。
お世話になりっぱなしだな。
「さ、帰ろうか」
「そうね」
家へ上がると、出て来た時より凄惨な状態に変貌していた。
殆どの物が炭化しており、念の為靴のままで大穴の空いたリビングへ向かったが、靴の裏が真っ黒になるほどだった。
僕の部屋と実咲さんの部屋はそこまで被害はないだろう……と思っていたが、リビングほどでは無いにしろ大体の物が燃やされていた。これで私物の殆どを失ったことになる。
「まずは片付けからだね」
「そうね。早くやりましょ。綺麗にするのは想也君の部屋だけで良いわよね」
「実咲さんの部屋は?」
「え、一緒に寝ないの?」
何を当然のことをのたまってるんだ、と言う口調で問われた。
マジか。
えー、アレか、マジか!?
読んでいただきありがとうございます
強化を全力で行えば、微妙な空気の流れの変化を掴んだりとか出来ます。狙撃を回避したりとか。
ただ、この場合の全力は、全魔力を一秒以下で使い果たすようなやり方なので意味がありません




