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君と僕の理想世界  作者: 天崎
第一章
43/79

手遅れ

魔力。

生命エネルギーから発生すると言われるそれは、欠乏すれば魔法系(マジック)を行使することが出来なくなり、枯渇すれば気絶する。

体の中に常に有るはずのものが無くなるのだが、気絶程度で済むのだから軽いものなのかも知れない。症状的には貧血に近いが、出血多量で死ぬ……と言ったように、魔力が無くなりすぎると言う事は無い。文字通り魔力が底をつけばそこで打ち止めだ。


僕は魔力がほぼ底をついており、なけなしの魔力で行使する強化(ブースト)が切れてしまえば、とても立ってはいられない。

意識を失ってぶっ倒れてしまうだろう。


「『理想世界(イデア)』アアアアッ!」


そんな状態で更に魔力を使おうとしても、普通なら魔法系(マジック)は不発に終わる。無から有は作り出せないのだ。

そう。

普通なら。


「『防御壁』!」


叫ぶと同時に、男によって開けられた大穴を塞ぐ様にしてガラスに似た透明な板を出現させる。

直後、金属と金属が激しくぶつかり合う、耳障りな跫音が二度三度と鳴り響く。

僕の創った壁に、何処かにいる狙撃手からの音速を超える弾丸が阻まれる音だ。

狙撃銃の貫通力程度ではヒビ一つどころか凹ませることすら出来ないだろう。最低でも対物ライフル位はないと、この防御壁を突破することは叶わない。


「ッ!」

「逃がすかッ!『理想世界(イデア)』!」


狙撃支援を回避された事に気付いた男は、即座にこの場から離脱しようとした。

だが、逃がすわけが無い。絶対に殺す。


狙撃を防いだ壁と同質の物を男の周りに創造する。その数は六枚。

男を正立方体の中に閉じ込めた。手足をギリギリ伸ばせる程度の大きさだから、満足にフランベルジュを振るうことは出来ないだろう。破壊は不可能だ。


これで都合4回目の『理想世界(イデア)』だ。

不発に終わるはずの能力が、そうはならずに十全に力を発揮している。

それは何故か。


――魔力は、生命エネルギーから発生する。

逆に言えば、生命エネルギー、つまり寿命を削ることで魔力を捻り出す事が出来るということだ。


魔力が足りないなら、命を使って絞り出せば良い。

無から有が作り出せないなら、他の有から創ればいい。


「このままにしておいてもそのうち窒息死する訳だけど……そんなに待ってられないや。この手で、直接――」


殺す。嬲っても良いが、万が一逃げられたら面倒だ。

万が一もないか。億が一だ。

実際に現乃さんの命を貫いたのはこいつじゃ無いけど、こいつを仇とみなして討とう。

ある意味では、目の前の男の所為とも言えるんだ。なんだっていいからこの憎しみをぶつけたい。


「『理想世界(イデア)』。――『リトリビュート』」


僕の手の中に、身の丈ほどもある真っ黒な大鎌が顕現する。現乃さんはいつもこんな物を振り回していたのか。自分で創っておいてなんだけど、なんとも使い辛い武器だ。

とはいえ、目の前の案山子を刈り落とす程度なら、造作も無い。


一閃。

リトリビュートを逆袈裟に振り抜いた。

男は立方体の中で防御していた様だったが、それごと両断して腰より上を刈り飛ばす。

ビチャビチャと血液と飛び散らかしながら壁にシミをつける泣き分かれた上半身は、天井に赤い花を咲かせながら打ち捨てられた人形の様に転がった。

残った下半身は力なく膝から崩れ落ち、血の領域を広げていた。


呆気ない。

目の前のこいつを殺せば――両親と現乃さんの仇を取れば少しは気持ちが晴れるかと思ったが、雨の降りそうな曇天のまま。

残るのは、心を全て抉り取る様な喪失感と、殺してやったという、目を凝らしても見えないほどに僅かな達成感だけ。真っ赤な部屋の中で、人だったもの二つに囲まれて僕は立ち尽くした。


「現乃さん……」


なにも考えていなかったが、無意識のうちに血の海に沈む現乃さんを抱きかかえていた。

重い。

その身体には、巡るだけの血液が残っていないはずなのに、重い。


喉の奥にこびりつく、噎せ返るような鉄の香りを――現乃さんの香りを逃がさない様に鼻いっぱいに吸い込んで、僕はポツリと零した。


「ゴメン。ごめん。……ごめん」


見開かれたままの彼女の瞳は、光を宿していない。覗き込んでも、濁った翡翠色が見えるだけ。

僕の姿が写る。彼女の目に僕は映っていないはずなのに。


「僕の所為だよね。僕が悪かったんだ」


血色が悪い――いや、血色が無かった。

真っ青な――というか、真っ白になっていた。

今の彼女の姿を見て、生きていると思う人間なんて居ないだろう。


凄惨な部屋に夕陽が射し込む。

いつの間にか人工陽が色味を変化させ、あらゆる影が競う様に伸びていた。


「……僕が君を助けたのは、優しいからじゃないんだよ。誰でも良かったんだ。ここで君に優しくしたら、君が僕に感謝してくれるんじゃないかって、そんな見返りを求めたものだったんだ」


一人で呟く。

ここに現乃さんは居るのに、独りぼっちの独り言だ。

言っても聞いてくれない。

問うても答えてくれない。

抱き締めても、抱き返してくれない。


「いつからか、そんなことは思いすらしなくなったけど、一番最初は決して善意だけじゃ無かった。だからっ……!」


笑っていた。

僕では無く、現乃さんが。

目は焦点を結ばず、顔は血塗れでも、口だけは笑っていた。

まるで、やり切った、貴方が無事で良かった、とでも言いたげな表情だった。


「――そんなちっぽけな男の為に、君が死ぬなんて止めてくれよ!何で!?僕なんかの為に!」


どれだけ叫んだところで、何かが変わるはずも無く、そして、叫ばなかったところで何も変わらない。

叫んだって応えてはくれないのだから。


風が部屋の中を駆け抜けて行く。

生々しい匂いを攫って何処かへ消えて行く。

僕は現乃さんを強く抱き締める。

制服の下に籠もった体温が冷めてしまわぬ様に。


「返事をしてよ……!嫌だ、なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ……。僕が何をしたっていうんだよ……!」


そう言って、更に強く抱き締める。

べちゃ、と湿った音がした。


「なんでだよ……!」


それに答えてくれる人は、誰も居なかった。



現乃さんの死体の横に座り込んで、一体何時間経っただろうか。遠くの方に赤い夕陽が表示されているところを見れば、ほんの数分のことで有ることが分かるが、僕には永い空白に感じられた。

なにも考えられず、ただ隣に座り尽くした。

僕は、とにかく頭に思い浮かんだことを全て喋った。

そうしないと、今にも泣き出してしまいそうなのだ。現乃さんを直視しても涙が零れそうなので、ボーッと外を見ながらポツポツと話し続ける。


「僕はさ、今まで結構大人しく生きてたと思うんだ。こんな保持能力(ホルダースキル)を持ってて、悪い事に使ったことは無いんだよ。人に悪さをしたことも無い。まあ、人に悪い事をしようと思えるほど、他人に深く関わって無かったからなのかもだけど。ああ、でも良いことも悪い事と同じ位してなかったかな。何時も自分の能力を隠すことしか頭になくて、助けようとすらしないことだってあった。良い事をしないってことが悪い事になるなら、きっと僕は悪人に区分されるんだろうね。

それなら、罰が当たっても当然だよね。悪が罰されるのは自然な事だよ。

でもさ、善かれと思ってやってることが悪になってしまうとしたら、もうどうしようも無いよね。仕様も無いし、仕方無い。善のやり様が無い。

そうは言っても僕もさ、完全に善意のみで行動してるわけじゃ無いよ。現乃さんを助ける時も、有難うと言われたくてやった様なものだし、両親が死んだ時は護る事より殺すことが先に来たし、結局はその場その場の行き当たりばったりで動いてた。善かれと思うことすら無い時も有ったよ。

別に自分が世界で一番不幸だとか思ったことは無いけど、それでも十分辛いよね、やっぱり。自分より大変な人がいると知ってても、今の苦痛が和らぐ訳じゃないからね。本当に、キツい。思った以上に――」


僕を怖がらず、認めて、理解してくれた唯一無二の存在。一緒に居た時間は一月も無かったけど、現乃さんは僕にとってとても大きな存在になっていた。もしかしたら、在りし日の両親と同じかそれ以上に、寄り掛かることのできた人だ。

この感情は、ずっと僕が持っていなかったものだった。


自分でも単純だと思う。

人に優しく接して貰っただけでその人に気持ちが傾いて行ってしまうんだから。


「――好きな人が死ぬって言うのは、泣け叫びそうなほどに心が擦り潰されそうになる」


……どうせ聞いてない。聞こえるわけがないな。


「いま思えば、現乃さんを助けたのは一目惚れしたからなのかもね。こんなこと、今更言っても意味ないんだけど」


ああ。

これからどうしようか。

確実にこのマンションには居られないだろうから、引っ越すしかない。

いや、それよりも先に現乃さんを殺したヤツを殺しに行こう。復讐しないと、気が済まない。藤堂は任務だとか言ってたな、そう言えば。と言うことは、指示を出した奴がいるってことか?

つまり、ERCが全ての元凶か。

どこまでやれるか分からないけど、満足するまでやってやる。

どうせ人を殺しちゃったんだ、今更殺すことに躊躇いなんてない。

手始めにERCの本社を襲撃しよう。

今日は流石に動けないけど、明日から概念武装を大量に創ってストックしておけば、早ければ一週間後にはそれなりに戦えるはずだし、一ヶ月ほど準備期間があれば本社を丸ごと消し飛ばす位のことは出来るだろう。

しかし、幾ら強い能力を持っていても、その内動けなくなって捕まる。個人対組織の戦いは、始まる前からジリ貧だ。

でも、そうだとしても構わない。

もう失う物なんて何も無いのだから。


僕は乾き始めた血の池に指紋をつけながら、赤色に浮かぶ現乃さんへとにじり寄る。

冷たくなって死後硬直が始まろうとしているその手を掴んで、僕は言う。


「有難う、現乃さん。君が好きだった」


たった数言のお別れの挨拶。

これが精一杯だった。

そして、手を離そうとして、出来なかった。


「…………?」


離れない。

いや、手を離してくれない。


「――今の、本当?」


聞き慣れた、声がした。

お読み頂きありがとうございます

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