永久血液
「理崎、ちょっと居残ってくれ。ERCの藤堂って男が、お前と話がしたいんだとよ」
授業が全て終わり、さて帰ろうかと現乃さん達と会話をしていた時、今朝は姿を見せなかった一井先生がヨレヨレのスーツ姿で現れて、僕を見つけるや否やそんな事を言った。
「一人で来て欲しいんだと。この前の事件の話らしいぞ」
ざっくばらんに話せば、この前の事件とは、未探索の孤島に乗り込んだものの、飛行機が撃墜された挙句に保持者が大量に殺され、内宮さんが死にかけ、現乃さんと出会った時の話だ。
藤堂さんは、僕らが生還した後に学校内の応接間の様な部屋で個人面談した時の相手だろう。確か、事故対策チーム……だとか名乗っていた。
不味いな。結構嘘を吐きながら喋っていたから、それがばれたのかも。嘘は吐くものではなく、吐き続け突き通す物である。真実ではない以上、何処かに綻びが出来てしまう。
「構いませんけど……」
「それなら今すぐ一緒に来てくれ。ちょっと長くなるみたいだからな」
仮に藤堂さんが嘘を見破って問いただしてきた場合、僕はしらを切ることが最終手段だ。こういう時に『理想世界』は無力だ。
『理想世界』は大抵のことは出来るが、何でもは出来ない。他人に直接干渉することが『理想世界』でできないことの一つだ。
何故かは僕もわかっていない。
あの島で蟷螂や鎧熊と相対した時に、海と内宮さんを眠らせたが、あれは直接干渉ではなくて、そういう気体を二人の周囲に創ったのだ。間接的な干渉だ。
そしてそれを持ってしても、他人を洗脳したり他人の記憶を改竄したりは出来ない。
『理想世界』はイメージを現実にする力であって、嘘を真実に変える力ではない。
Sランクの怪物を倒せても、嘘一つ塗り替えることが出来ない能力なのだ。
嘘がばれたら逮捕されたりするのかな、僕。
いや、『分からない』の一点張りで何とかなるだろう、多分。
真実を話した所で信じてもらえるかどうかは別の話だし。
心を読む能力者や記憶を読む能力者が来ていれば、信じてもらうことは出来るだろうが、代わりに僕の能力がバレる。最悪の場合、危険人物扱いで隔離される可能性が有る。それだけ、僕の保持能力は他人から見ると大きく凶悪に見られる。
それを防ぐなら、理想世界で心を読ませなければ良いんだけど、次は何かを隠していることが露見する。
面倒だ。仮に、『シャンデリア』の全てと敵対して勝てるのならこんなに悩む必要も無いのだろうけど、残念ながら僕はそんなに強くないし、例え誰よりも強くても――強くあり続けることは不可能だ。
保持者とは、そういうものなのだ。
「現乃さん、先に帰ってて良いよ。時間かかるし」
「いえ、教室で待ってるわ。良いでしょう、先生?」
「悪いが今日は完全下校だ。理崎はまあ仕方が無いにしても、一般学生は学校内に居たらダメだ」
「それなら校門の所で待つとするわ。何時間でも」
待ってくれるのは嬉しいが、流石にそれは申し訳なく思う。どのくらい時間が掛かるか分からないし、無駄な時間を過ごさせてしまうのは偲びない。
まあ、現乃さんがナンパされる確率が高すぎて心配なのもある。主に相手が。
現乃さんの周りに死屍累々の山が積み上げられている光景が容易に目に浮かぶ。
「どのくらい時間が掛かるか分からないから大丈夫だよ。僕的には、夜ご飯の支度をしておいてくれると嬉しいな」
「……早めに帰ってきてね。ご飯が冷めない内に」
いや、本心を言おう。現乃さんも心配だ。
現乃さんはそれなりに強いが、最強では無い。世の中の悪い奴が現乃さんよりも弱いと決まっている訳でも無い。
もしかしたら、万が一の確率を引き当てて現乃さんが襲われてしまうかもと考えると身震いしてしまう。
そんな僕の思いが通じたのだろう。
渋々ではあるが、現乃さんは引き下がってくれた。一念天に通ず――もとい、一念現乃に通ず、だ。
「つまらないことを考えていないで、早く用事を済ませて来て」
あ、つまらなかったですか。
ていうか、何で考えていることを読まれたんだ?共有してたっけ。
「声が出てたわよ」
マジでか。
うわ恥ずかしい。
うまいこと言ったったぜ、とか思ってたのが馬鹿みたいだ。
「ごめんなさい今すぐ行って来ます」
先生の後ろについて教室を出る。
まあ、帰り道の途中までは海と内宮さんが一緒にいるから安心だ。
やはり、どれだけ戦闘能力があっても女性一人と言うのは与し易いと考えられてしまうものだ。その点、男が隣に居ると声を掛けるにしても躊躇いが生まれる。僕が現乃さんの隣にいても殆ど効果が無いのだけど。
よく考えて見ると、今、海は正に両手に花状態と言うわけか?
許せんな。許せんなぁ!
しかし海であれば安心だ。これが例えば他の男であれば、僕は心の片隅を細かく千切るような不安感に苛まれていただろう。
現乃さんはクラスメイトに対して心を開いてはいない様で、基本的に僕としか話さない。
例外が海と内宮さんである。それ以外は会話にならない、と言うか会話をしようとしないのだから、僕は現乃さんがクラスで孤立しないか心配だ。僕が言えることじゃ無いかも知れないけど。
両手に花状態の海を羨ましく思わないと言えば嘘になってしまうが、もし僕がそんな状況に陥ることが出来たとしても、現乃さん以外の女性と会話が続くとは思えない。恐らく終始無言になってしまうのではなかろうか。針のムシロを歩きながら帰るのはゴメンだ。
もし内宮さんと一対一で楽しく世間話するとしたらどんな風に話を広げていけば良いかな。僕は一緒にいるだけでも十分楽しいけれど、だからと言って終始無言なのは嫌だが、相手も居心地が悪くなってしまうだろう。
会話で必要なのは連想力だと言われている。
例えば、『水』という単語に対して『冷たい』しか思い浮かばない人と、『冷たい』『お湯』『雨』……エトセトラエトセトラと、一打てば三響くような人とでは、決定的な差がある。一つの事柄に対して二つ以上連想できれば、後は樹形図の様な広がりを見せながら話題を続けることができるだろう。
早い話、「そう言えば――」とか「何々と言えば――」が、円滑に会話を続けるための潤滑油となるのだ。
ここで注意しなければならないのだが、連想力はあくまで会話を広げ、続けるために必要な力の一つに過ぎず、面白い話になるかどうかは全くの別問題だと言うことだ。
会話は言葉のキャッチボールと比喩されることが多々有るが、面白くもない話を無駄に有る連想力で続けることはキャッチボールどころか唯の壁当てに等しい。相槌が返ってくるだけでは会話とは呼べないのだ。まあ、相槌が返ってくるだけでも十分恵まれている訳だが。ボールを跳ね返らせる壁が無いと、球を投げすらしなくなるのだ。
そこを踏まえて考えると、なるべく面白い話が続く様に広げることが重要な訳だ。
いや、全て面白おかしく聞き手の興味と笑いを誘う様に口が回れば文句も会話のネタにも困ることは無いのだが、残念ながら僕はストックを消費しながらでないと壁当てに自動移行してしまう。
つまり、最初の一球が勝敗を分ける。面白い話ストックの絶対数が壊滅的に少ないので、延命措置と何ら変わらないのだが帰り道と言う短い時間くらいは持たせられるだろう。
相手の、つまり内宮さんの返答すら予測した第一投が必要になるんだけど……あれ、思いつかない。
海のこと、好きなのか、とか?
流石に下世話だね。と言うか聞かなくても一目瞭然だよね、うん。
どれだけ現乃さんが話しやすい人なのかを再確認出来た所で、つい先日も案内された応接間に到着した。
部屋の奥で誰かが動く気配がする。
ノックをしようとドアの前に立つ。
ノックは3回か4回がマナーだったかなと迷っていると、一井先生に肩を掴まれた。
顔を近づけ、ヒソヒソと声がもれない様にトーンを落としながら、ドアの前から横に移動する。
「理崎、先に聞いておくが、お前犯罪とか犯して無いよな?」
「そんなこと有るわけ無いじゃないですか。なんでそんなことを……?」
「いや、何もしてないってんならそれで良い。――なに、ちょっとした勘だ」
「勘ですか」
「そうだ、ただの勘だ。何の変哲もないただの第六感だ。だがもし、仮に何かあったらドアをぶち抜け」
先生はいつものようなヘラヘラとした笑いでは無く、極めて真面目な顔をして真剣な声色で僕に告げた。
「ええ……?意味が分からないんですが」
「ドアじゃなくても良いぞ。壁でも良い」
「どんな状況ですかそれ」
「だから言ってんだろ?仮にだよ。仮に、『そういう状況』に陥ったら躊躇うなってこった。ま、責任は取らないけどな。合図にしちゃ、十分だぜ」
一井先生はそう言い残して消えた。
瞬間移動を使ったのだろう。
それにしても不可解な話だ。意味不明ではあったが理解不能ではない微妙なラインの、引っかかる言い方をされた。ドアを破壊することを確信しているのに、あえて仮定として会話を押し進めた様に感じる。
確信は持っていても確証を得ていないと言うか、確実性の中に不確定性が紛れ込んでいる状態と表そうか、第六感、あるいは勘が他人を動かしうる理由として確立出来ないが故に確約は結べないと言い表そうか、ある種の量子力学的な不確定性原理の概念を内包するような文言であった。
『シュレディンガーの猫』、または『シュレーディンガーの猫』と呼ばれる思考実験に今の状況は重なる。
ドアの奥で何が起きるかは定かではないが、先生の言葉を鵜呑みにするならば恐らくドアか壁かを破壊する物騒な事態を率先して引き起こす事になる訳だが、あくまでそれは先生の予想に過ぎない。そんなことにはならず、何の問題も無く平和かつ普通にドアを開けるかも知れない。
どちらにせよ思考実験は所詮、思考実験。
机上の空論は、想像の域を抜け出ることはない。
この場合だって、観測者たるこの僕が実験室、もとい応接間に進めば少なくとも二つの可能性についてあれこれ考えを巡らせる必要は無くなるわけだ。
物騒になるか、物静かに物事が進むかの二択になるのだから。
そうは言っても。
だとは言っても、僕にはどうしても二者択一には思えなかった。
確率でいえばフィフティフィフティ、コインの裏表と同じだがだと言うのに、今の僕には裏しかでないビジョンが浮かぶ。
裏目に出る気がする。
勘や第六感と似たようなものだが、こういう時には昔からよく言うではないか。
嫌な予感がする、と。
兎にも角にも、いくら嫌な予感がするとは言え、呼び出しを受けているのにそれを理由にここから逃げ出すなど言語道断だ。
先の思考実験の例を引き出せば、今のところはまだ嫌な予感が当たると確定していないのだから、このドアに手をかけて部屋に入るしかない。
ふぅー。
よし。
「こんにちは、お話があるらしいので来ました。一体何の用なんですか、藤堂さん」
「これはこれは、御足労頂き申し訳ありませんね、理崎さん。いやはや、忙しい中お時間をとらせてしまいますがご容赦して頂きたい」
部屋の中は殆ど変わりない。
十畳ほどの広さ、ガラスのテーブルを挟んで、向かい合わせになった茶色のソファ。前と同じ様にソファに深く座る藤堂さん。
その格好は以前と変わりなく高そうなスーツで固められていた。
しかし、同じくスーツ姿の痩せぎすの男と短パン半袖の筋肉達磨の様な大男が藤堂さんの後ろに直立不動で居る事だけは違っていた。
僕が応接間に入った瞬間に、一瞬だけ目が合ってしまったので、無視するのは人当たりが悪いかなと、質問してみる。
「……その方達は?」
「同僚と言った所でしょうか。それについても追い追い紹介しますので、先ずはお座りになって下さい」
同僚。仕事仲間と言うことか。
痩せぎすと表現した男だが、そいつのすぐ隣に立つ男が筋骨隆々の大男なので相対的にそう見えるだけであって、キチンと観察してみると一井先生と同程度では無くとも、それなりに筋肉質な手をしていた。
大男の方は、相対的に見なくても十分すぎるほどに盛り上がった筋肉をしていた。筋肉筋肉とそればかり言っていては、名前も知らない目の前の大男が筋肉だけの人間の様に聞こえてしまうが、実際のところ第一印象がそれで埋め尽くされてしまうほどにはガッシリと言うか、ズッシリとした佇まいの筋肉さんだ。
先ほどから筋肉ばかり見ている様で、このままでは筋肉フェチだと勘違いされそうなので
誰に言うでも無く弁明をしておくが、僕がここまで他人の筋肉を見ているのには理由がある。
保持者かどうかを見分けるためだ。
僕たち保持者は、保持能力によって人間の限界を超えた、正に超人的な運動能力を持っている。
しかし、強化に代表されるような一時的なものでしかない。
保持者が戦うのは、超人的な力を行使して始めて対等たり得る怪物だ。
強化が使えなくなって逃げることも出来ません、では話にならない。
一般人と保持者では、筋肉の付き方がまるで違うのだ。
いかに強化をしているとは言っても、体は魔力だけでは動かない。それを支える筋肉があってこそだ。
ただの筋トレでは身につかない、実用的な体つきをしていれば、少なくともその人は一般人である可能性が低くなると言うわけだ。
目の前の男達からは、堅気ではない威圧感を感じる。
特に大男の方。
ガタイの良さや身長の高さとは別に、まるでビルを見上げている様に感じるほどの大きさを錯覚してしまう。実物より一回りも二回りも巨大に見えるほどの圧迫感だ。
これだけのオーラと言うか、『強い』と感覚的に分かる様な空気を出せる人間が、まさかBランク程度の人間で有るはずがない。最低でもそれ以上には強いはずだ。
痩せぎす男にしたって、大男ほどではないにしろ、隣に並ぶくらいの実力は兼ね備えているだろう。
深く沈み込むソファに腰掛けつつ、僕は藤堂さんが話を切り出すのを待った。
下手にこちらから話題を作ると、ボロが出るかも知れないからだ。
立ったままの男二人、あるいは藤堂さんが『心を読む』能力を持っている可能性を考え、『理想世界』で隠す準備だけしておく。隠すとは言っても、想像することをあらかじめ決めておくだけだけど。
「時に、最近の学校生活はどうですか?」
「まあ、楽しく過ごしてます」
「良いですねえ。学校は勉学の場とは言いますが、それ以上に他人と触れ合う場でもありますからね。ワタクシも、社会に出て良いスタートダッシュを切るためには学校――と言うより、学校生活が必要不可欠だと社会に出てから気づいたものです」
「学校は社会の縮図だとも言いますしね」
「ええ、全くもってその通りです。この『学校』はどちらかと言えば特殊なので、社会を縮小スケールにした所で同じ構造にはならないでしょうが、それでも人間関係を学ぶ場としては必要条件を満たしてると言えるでしょう」
孤立気味なんだけど、僕。
まだまだ挽回出来ると信じているが、多少諦めている――訂正。多少では無く多分に諦めが入っている。
「はは、その通りですね」
取り敢えず同調しておく。
反論する理由もないし、実際その通りだと思ったからだ。僕を取り巻く環境がちょっとばかり異なっているだけのことである。
その後も他愛無い話が続いた。
好きな食べ物の話とか、好きな場所、休日の過ごし方やらだ。
十分十五分ほど経ってからだろうか。
我慢できなくなった。
「――最近はかなりハイペースで依頼をこなしているご様子。体は資本と言いますからあまり無理をしてはいけませんよ」
「あのー、藤堂さん?」
「おっと、説教臭くなってしまいましたね。これは失礼」
「いえ、それは別に良いんですけど。構わないんですけど。いつまで『雑談』するつもりなんですか?」
呼び出されて、何事かと向かってみれば僕の学校生活を聴くだけ。事情聴取にしたってもう少し意味のある質疑をするだろう。まあ、僕がその意味に気づいていないだけ、と言う可能性は捨てきれないけど。
「話の枕にしては十分だと思うんですが。他愛無い話――本筋と関係無い話を延々と続ける為に僕を呼んだ訳じゃ無いでしょう?」
どうでもいい話を、『延々と続ける』のが目的であるかの様だ。
本筋がなんであるかは分からないが、少なくとも呼び出したからにはそれ相応の理由、それに値するだけの価値が有るはずだ。
「いえ、その様なことは」
「これ以上何の益にもならないことを続けるなら僕は帰りますよ?」
「…………待ってください」
藤堂さんは後ろに控える男二人に小さく振り向きながら目配せすると、ソファに座り直しつつ、ため息を付いた。
膝に置いた手を組み、身を乗り出す様にして、僕からすれば初耳な固有名詞を、まるでそれが初めて使う諺の様にぎこちない調子で確認して来た。
「永久血液に心当たりはございますか?」
「エター……?」
「エターナル。永久血液です」
「心当たりと言われても……」
そもそもその語句を耳にしたのだって初めてだ。文脈から察するに動詞ではなく名詞だろうとは思うが、そうだとしてもなんの解決にも理解にも繋がらない。人名なのか地名なのか、はたまた競技名か、能力名の可能性もある。ブラッドと言うくらいだから、血液に関係することなのでは、くらいにしか連想出来ない。
「現在、ワタクシは――いえ、ERCは総力を挙げて永久血液を確保する為に動いております」
確保?
入手でも捕獲でも調達でも獲得でも収得でも取得でもなく――確保。
それが恣意的な表現なのか、それとも偶然的に口から出た言葉なのかは分からない。
「もう一度、確認の為にお聞きします。永久血液に心当たりは、意図的な関係性が御座いますか」
「永久血液……?い、いやちょっと待ってください。状況が飲み込めないんです。いくつか質問しても良いですか?」
「どうぞ」
質問の答えが返って来たからと言って、僕の理解が及ぶ範疇の応答でなければ意味が無いのだが、理解出来ようが出来まいが質疑応答をしない理由にはならない。
問題文自体が既に穴埋め問題では、わかるものも分からない。今はまだ、理解が追いついていないだけだ。
「まず、一つ目。そもそも永久血液自体が分からないんですが。藤堂さんの言い方だと、まるで動物かなにかを指しているように聞こえるんですが」
「ええ、そうです。人間ですから」
人間……?
確保と言うか逮捕みたいなものなのか。
妙な胸騒ぎがするのを押し殺しながら、平静を装って質問を続ける。
「二つ目。なぜ確保しようとしているんですか?」
「それは……申し訳ありませんがお答えすることは出来ません。ワタクシの位置からだと、命令だから、としか」
まだだ。
違う。焦るな。まだ確定してない。
そう思っているのに、確信めいた予想が頭から離れない。
藤堂さんの後ろに控える男達が小さく身じろぎしたのを視界の端に捉えながら続ける。
「じゃ、じゃあ、永久血液とか言う人間って誰なんですか?」
藤堂さんは何の事もな気に、気負う様子を見せることもなく言い放った。
「流石にお気づきですよね?――現乃実咲、ですよ」
……。
やっぱりか!
たかだか人間一人を捕まえる為にERCが総動員するわけがない。
逆に言えば、それだけのことをするメリットがあると言うことだ。
つまり、現乃さんが不老不死だとバレた。
藤堂さんは、『既に確保に動いている』と言っていた。
確保してあるなら、そんな表現はしない。確保済みだとして話を切り出すはずだ。
今はまだ、現乃さんは捕まっていない可能性が高い。現乃さんとて保持者。そう簡単に捕まっているとは考えたくないが、逃げ切れているとは到底思えない。奇襲を受ければそれまでだし、追っ手だって保持者だろう。
時間がない。
時間が足りない。
無駄話をしている暇など無かった。
なるべく察知されない様に、緩やかに魔力を高める。
強化だけで脱出出来るか?
いや、無理だ。僕は座っているからどうしても初動が遅れるし、部屋が狭すぎる。大男に少しでも距離を詰められたら身動きが取れなくなる。
僕の嫌な予感はドンピシャだし、先生の勘は的中したわけだ。
「お答えください。現乃実咲との関係をお話して頂ければそれで――ッ!?」
「『強化』ッ!『理想世界』!」
藤堂さんが言い切る前に、保持能力を発動させる。強化を掛けた瞬間に男二人が踏み込んで来たが、ギリギリ『理想世界』が間に合った。
危なっ。コンマ一秒遅れてたら抑え込まれてた。
僕を中心に強烈な衝撃波が発生し、テーブルごと三人を吹き飛ばした。ある程度の指向性を持たせて、ドアと壁の両方を破壊する。
大穴が出来て風通しの良くなった応接間から、グラウンド近くまで吹き飛ばした男達を見る。
三者三様に受け身を取り、こちらを睨んでいた。
武器を作る暇も概念封入する暇も無かったからただの魔法系の様に想像した『理想世界』だったし、壁をぶち抜くことに主眼を置いて発動したとはいえ、ほぼ無傷で体勢を立て直されてしまうとは思わなかった。
能力発動の瞬間に大男が仲間を庇う様にして身を盾にしたようだ。しかもその本人は平気な顔をしている。
僕はああいう、堅いタイプの人が苦手だ。
なんせ、僕は一撃の威力が低い。強化してるとは言っても、敵も強化してたらほとんど意味無いし『理想世界』でぶち抜くにしても、魔力消費が大きすぎる。
だから、逃げる。
ここで追撃を仕掛ける意味が無い。
「今のは敵対行動と見做します。――逃げられるとでも?」
問題は、どうやって逃走するか。
絶対に何処かで追いつかれてしまう。
やっぱりここで倒しておくべきか。
「くくくっ、追えると思うなよ」
と、突然隣から声が聞こえた。
そこには、スーツのポケットに手を突っ込んだ一井先生がいた。
破壊音を聞きつけて駆けつけて来た様だ。
まさしく瞬間移動で駆け付けた。
「『暫定六位』ッ!共犯になりますよ!」
藤堂さんが――いや、藤堂が吼える。
しかし、一井先生はどこ吹く風と、へらへらとしている。
「俺には何のことだか分からんな。生徒に対して男三人がかりで敵意を向けている現場に偶然遭遇したんだ。『先生』の立場じゃあ、見過ごせねえよなぁ?」
「後悔することになりますよ!」
「『偽物』の癖してなにを言ってんだ。そんなこと出来ないだろ」
「お前、気付いてたのかッ!?」
「ほら、ボロが出てるぞ」
偽物?
気付く?
何のことだ。
「理崎、早く行け。足止めくらいならしてやるからよ」
一井先生はポケットから手を出し、自然体のまま、当然の様に言った。
そして、三人に向き直る。
「さて、来いよお前ら」
「……三対一で勝てるとでも?」
「二対一、だろ?ブラフにすらなってないぞ」
「くっ……」
苦虫を噛み潰した様に渋面が滲み出ている藤堂を後に、僕はこの場から立ち去る。
強化して、全速力で駆け出す。
藤堂が叫ぶ。
「逃がすなッ!追えッ!!」
その号令と同時に、男二人が弾かれる様に地を蹴った。
しかしその行く手を一井先生が阻む。
「させねえって言ってんだろ」
瞬間移動によって後ろに回り込み、ほぼ同時に追跡者二人の足を払う。
体勢を崩した男たちは勢いを失い、大きく速度を落とす。これなら初速で勝っている僕が逃げ切れる。
舌打ちしながら藤堂の所にバックステップする男たちに追撃はせず、その場から動くことなく先生は構えた。どこから取り出したのか、刃渡り15センチメートルほどの両刃のナイフを逆手に持っている。
「先ほども言いましたが、これは明確な武力行為です。罪に問われることになりますよ」
「罪ねぇ……罪状は何だ?これは正当防衛だ。そんだけ殺気を放っていながら、何もする気が無いってえのは信じらんねえな。なぜ追おうとする」
「我々には時間が無いのです」
「そんなこと俺が知るか。俺は急いでねえ」
「永久血液への確保命令が出ているのですよ」
「それが何かは知らんが、それは理崎の事じゃないだろ?」
「彼は我々の任務を妨害しようとしていました」
「だとすれば『わざわざ』優先順位を変更してまで追撃する必要は無いはずだ。後顧の憂いを絶つにしても、全てが終わった後に国家権力として警察を出張らせればいいんだからな。ましてや相手はただの一学生に過ぎないんだぞ。答えろ。何故、何を、どうして、どうやって、どうするつもりなのか。それを全て俺に話せば、阻むのを止めてやる」
「これは最重要機密です。ワタクシにもほとんど作戦内容は知らされておりません!」
「じゃあ、ここを通すわけには行かないぜ。何がどうなっているのか全く把握できないなら、『取り敢えず』お前らを止めておく」
「っ……!このままでは押し問答です!」
「ならどうする。俺を殺していくか?それとも諦めずに話し合うか。選択権をやる。決定権は俺が握っているがな」
「もとから話し合おうともしていないのによく言う!」
「クックック、お前らが諦めればいい話だ」
「それでは……退いては頂けないようですね」
「追わないなら退いてやるって言ってるだけだ」
「交渉決裂の様ですね」
「全く残念だ」
「攻撃目標、『暫定六位』!任務遂行の為、排除しなさい!」
男たちの目の前にいくつもの魔法陣が展開される。
数的不利にも関わらず、先生は戦闘を支配していた。
魔法陣が展開されている――いわば、銃口を突き付けられている状況にもかかわらず、その余裕を崩さない。
「手加減はしてやるが、死なないと思うなよ」
魔法陣から現実化した攻撃魔法が先生に殺到するが、どれも掠り傷すら付けられない。
余裕を持って回避されていた。フェイントを織り交ぜ、攻撃魔法の射出方向を誘導し、躱す場所を意識的に作り出していた。
「こんだけ近けりゃ命まで手が届くぞ」
そして、一井先生の姿が消えた。
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