当たりの日
<人類史上最大の災害>が地上の人類を飲み込んでいる頃、運良く宇宙ステーションに居た少数の人類は地獄絵図と化す地球を、遥か遠くの真上から眺めているだけだった。
地球との繋がりを完全に絶たれた宇宙の人々の多くは、浅ましくも愚かしくも馬鹿馬鹿しい事に、地球の表面の悉くが激変し、見る影も無い故郷を現認してなお、自身の安全が保たれていることに安堵した。
その安全が、五年と立たずに立ち消える脆く軽いものだとも知らずに。
<災害>後からの一週間は、二度と会えないであろう眼下の身内の死に悲しみ、二週間経った頃には、政府に対して<災害>についての問い合わせが相続き、三週間経過すると、自己中心的な愚衆達も気づき始めた。
――ここは何時まで安全なのか?
事実、宇宙空間で人々が暮らしてこれたのは地球とのライフラインが確立されていたからだ。
水、空気、鉄、食料……etc。
人的資源から物的資源まで、ありとあらゆる資源が地球と繋がっていた。
人は一時的に泊まることは出来ても、定住することは出来なかった。
水は、常に地球からの供給を受けていた。
それは、電気であり、食料であり、人でもあった。
宇宙で生きるにはあまりにも足りない物的資源と、余っていく人的資源。
人間は宇宙では生きていけないのだ。
宇宙ステーションが五年と持たず巨大な棺桶に変わってしまう事に、金属に幽閉されて宙を飛ぶ人類は気付いた。
しかし、当時の人類は宇宙ステーション内の限りある資源を使い地球との繋がりを元に戻そうと試みた。
宇宙ステーションから選ばれた人間を様変わりした地球に送り込み、その着地点周辺の資源を手に入れた。
三年。たった三年で人類は地球とのライフラインを四割方復旧させた。
そして、更なる復旧と資源の獲得のため、送り込んだ人類が新しい地域に進出しようと山を超えた所で――
――怪物と遭った。
其処は異常だった。
全てが海に飲まれ、地震で崩れていた地面は、荒野と言うに相応しい光景だった。
ソレが人類の知っている<災害>後の地球だった。
なのに。たった三年しか経っていないのに。
森があった。獣が居た。鳥が飛んでいた。<災害>前よりも豊かな資源が溢れていた。
そして――怪物が君臨していた。
それでも、人類は開拓しなければいけなかった。
資源の枯渇した場所に留まる必要はない。
資源を得なければ宇宙の人類が緩やかに死ぬ。
だからこそ、怪物が居る危険地帯に足を踏み入れざるを得ない。
資源の為、人類の為、家族の為、はたまた金の為。
人間は怪物と渡り合う様になった。
<人類史上最大の災害>から三年。
人類は自分たちよりも遥かに強い生き物と戦うようになった。
◇
朝。
目覚まし時計に記録された音楽が、大音量を喚き散らして僕を目覚めさせる。
最近まで好きな曲を目覚ましに設定していたが、曲自体が嫌いになり始めたのでデフォルトの設定に戻そうかと思っている。
固まった筋肉を解しつつ、大きく伸びをしながら体を起こす。
「うーん……。六時半か……」
デジタル表示の時計を見ながら、遮光装置を解除し、窓を開けて太陽の光を浴びる。
柔らかな風が優しく頬を撫でる。
「暖かくなってきたな~」
僕はこの暖かいとも温いとも言える絶妙な気温が大好きだ。
体温にぴったりと合う気温が肌と混じりあう感じは至福と言えよう。
昔の時代には『花粉症』と呼ばれる病気が春に流行っていたらしいけど、今はそんな病気はないし。
暖かい日差しと温い風だけを感じていられる。
「今日はアタリの日だ」
今、僕が住んでいるのは日本政府が作り上げた宇宙居住区だ。
現在、人類の殆どは宇宙で生活している。
一生を宇宙空間で全うする人も少なくない。
しかし、最初から宇宙での生活が人々に浸透していたわけではない。
例の<災害>前は地球で生活している人が殆どだった。
寧ろ、宇宙にいる人のほうが少数派だった。
<災害>時に地球にいる人類は、一人残らず地球の地面やら海やらにことごとく飲み込まれていったのだから、少数派も何も無いが。
しかし、天候操作技術の進歩、技術革新による重力場発生範囲の拡大、それに伴う宇宙居住区の設立によって宇宙空間で生きていく人が増えて行った。
因みに今浴びている日差しも、髪をなぶる風も全て天候操作技術の賜であり、全て人工的に作られている。
この気温も人工陽も人工風もランダム性があり、四月という気候の中からある程度外れない辺りでランダム生成されている。
ずっと同じ気持ちの良い気候で固定すれば良いじゃないかという意見ももちろんあったらしいのだが、学者さんが言うには、ランダム性のある変化が無いと変化の少ない宇宙空間内で、外部からの刺激を減らすことになるとか何とか。
まあ、そんな訳でアタリの日もあればハズレの日もあるのだ。
風にあたっている場合じゃなかった。
まずは学校に行く準備をしなくては。
遅刻したらアタリの日でも気持ちが沈むからな。
睡魔には打ち勝ったので、朝食を摂る。
朝食とは言っても菓子パンとか、簡単なモノだけど。
一人暮らしをしてるから、朝食を誰かが作ってくれることはない。
朝食を摂ったら、洗面所で歯を磨き、顔を洗う。
洗面台に備え付けられた鏡に写ったのは、黒髪黒目の普通の男。身長も百七十センチより少し低いくらいでまあそれなりだ。
冴えない訳じゃないが冴えてる訳でもない。
イケメンに生まれ変わりたい……!!
と、いつも思っている。
さて、また遅刻するのは嫌だし早めに家を出よう。
新しい生活が僕を待ってるぜ!
「いってきまーす!」
今日はチーム組まないといけない。
僕と組んでくれる人はいるだろうか。
それだけが不安だ。
読んで頂き有り難うございます




