外伝2:俺と先輩の放課後
ある日の放課後。
つまり、先輩のぼっち卒業半年記念で始業式だった昨日の次の日だ。
昨日は部屋の掃除に時間を取られた。
米粒よりも小さい魔石の削りカスをゴミ箱へ叩き込んだところで、集中力が切れてなし崩し的に部活はお開きとなった。
プレゼントをプレゼントする――贈られた物を贈り返すという、言葉だけ見れば非常識な行動を俺は仕出かしてしまったわけだが、十の物を十一にして返したと考えれば多少は正当化出来るだろう。
常識と照らし合わせたら確実にアウトだが、喜んでいたと思うのでプラスマイナスゼロだ。
しかし、先輩は突如とは言えお祝い品を持参してきたのに、俺はタダで先輩の淹れた紅茶を飲み、先輩の祝品を使ってプラスマイナスゼロ気取り。むしろマイナスではなかろうか。
その遅れを取り戻すべく、そのままでは持ち運びにくい魔石を、ネックレスなり指輪なりのアクセサリーにして再度プレゼントしようと思ったのだが、いかんせん俺は知識が無い。
正直に先輩に陳述したところ、ならば明日にでも一緒にいくとしようかね、との返答があった。
そんな訳で俺は授業終了のチャイムが鳴り響くと同時にダッシュで応接間もとい部室へと向かうのであった。
シックなドアを開ければ、当然の様に先輩はそこにいた。
いつもと違うのは、お茶を片手に座っていない事と、その手をカバンで塞いでいることだ。
「やあやあ、後輩君。待っていたよ」
「お待たせしたっス」
「じゃあ、行こうか」
そういって先輩は部屋を出て行った。
……戸締り忘れてる。
昨日までは部屋を施錠するという習慣自体が無かったため、仕方ないことではあるが、今は『軽い、小さい、高い』の三拍子揃った盗まれやすさナンバーワンの魔石が一纏めにしておいてある。盗難は悪い事だが、その一線を踏み越えさせてしまうには十分すぎる程の魅力を、あの石達は持っている。
「先輩、鍵は?」
「おお、忘れていたよ。危ない危ない」
先輩は手を振って応えた。
すると、俺の後ろでドアがひとりでに閉じられ、カシャッと言う音と共に施錠された。
「先輩、鍵は?」
「内側から掛けたのさ。ほら、早く来たまえ。時間は誰に対しても平等に足りないんだ。限りある人生を有意義かつ効率的に使う為には、迅速な行動が不可欠なのさ。ほらほら、納得は歩きながらでも出来ると思うんだがね」
「有限な時間を如何に有意義に浪費するかが俺の人生のテーマなんスよ。焦ってるだけになるのは勘弁なんス」
「光陰矢の如しだよ。焦ってる時間さえ勿体無いだろうに」
俺は先輩に手を引かれて学校を後にした。
何をそんなに急いでいるんだと思ったが、喋る時間が勿体無かったので何も言わずについて行くことにした。
◇
「さて、ここだよ」
電車を乗り継ぎ、駅を降りて歩くこと数十分。高いマンションが少なくなり、精々が十数階建ての建築物が竹林の様に地面に根を張っていた。
保持者が利用する所謂、武具店なども数軒見かけたが先輩はその悉くを素通りした。
様々な店が立ち並ぶ商店街――殆どがチェーン店だったが――は活気に溢れ、呼び込みの店員が道に満ちていたが、俺と先輩は呼び掛けに応じることなく、とある路地に入り込んだ。
「うわ、怪しさがヤバいっス。立地条件の時点でカタギの店とは思えないんスけど」
第八商業区の裏路地の、曲がりくねった迷路の様な道を右に左に突き進み、恐らく一人では帰ることが出来なくなるくらいに歩いたところに俺と先輩は居た。
周りは他のビルに囲まれており、上を見上げれば四角く切り取られた夕焼け空が覗ける。
完成したピースパズルの中から一ピースだけ抜き取ったような、意図的に作られたのではと思ってしまうビルの隙間に、スッポリと収まる形状で、それは建っていた。
「私も初めてここへ来た時は驚いたものさ。流石の後輩君でも瞠目結舌の様だ」
「いや、どっちかっつーと戦々恐々っス」
目の前に有るのは一軒家程の大きさの店だ。コンクリートで出来た立方体をそのまま大きくした様なこの店は、一切の装飾がなされておらず窓すら無い。遠目から見れば唯の壁に見えてしまうだろう。
それでも俺がこの不気味な建築物を店だと判断したのは、『レイオット武具店 open』とだけ書かれたプレートが出入り口のドアに引っかかっていたからだ。
ともすれば、建っている、ではなく置いてある、でも通用しそうなこの建築物――建築物ではなく巨大物体の方がしっくり来るが――はただそこに有るだけなのに、不安感を掻き立てられる。それ程に周囲と乖離した――周りはビルの配管と壁だけだが、それにすら溶け込めないこの店を一言で表現するなら「なんかヤバい」だ。
「しかし、おかしいね」
「確かにおかしいっスね。凄え嫌な感じがするっスよ、この店」
「そう、それだよ。先日、此処に立ち寄った時には――なんて言えば良いだろうかね」
「不安定感?」
「おお、言い得て妙だよ、後輩君。そう、こんな不安定な感じはしなかったのだがね。何かあったのやも知れないよ」
何かあるって何が有るんだよ。
いや、逆に、何も無いのにこのヤバい感じがしていたらそっちの方が危ない店だと思うが。
「少なくともロクな事じゃなさそうっスね」
「まあ、開店はしている様だしね。わざわざ少し遠出までして来たと言うのに、何もせずに帰るのは阿呆らしい。虎穴に入らずんば何とやらだ。行くよ、後輩君」
「君子危うきに何たら、の方を適用してほしいっス」
「却下。私はこの魔石を早く指輪にしたいのだよ」
「欲望に忠実なだけじゃないっスか」
「悪いことかね?」
「悪くないっスよ」
「ならば行こう」
「ウィッス」
結局押し切られてしまい、レイオット武具店なる奇妙な店を、俺は成り行き、先輩は危険確認と言うハリボテの様な建前を投げ捨てて欲望に忠実に訪れることになってしまった。
朱塗りのドアを開けると、油と鉄の入り混じった匂いが鼻腔をくすぐった。なるほど、武具店っぽい臭いだ。
外観から発せられていた、心臓を下から押される様な圧迫感は鳴りを潜め、ヤバい雰囲気など毛ほどもしなかった。
店内にはこれと言っておかしな部分は見受けられず、刀や弓矢、ハンマーに銃に槍に鞭と多種多様な武器が壁に陳列されており、腰の高さ程のテーブルの上には怪しげな液体が並々と注がれたフラスコが置かれていた。
奥にはカウンターを挟んで、壁と大きな鉄製のドアがあり、店の入り口を取り替えた方が良いのではと思ってしまう。
武器やフラスコの一つ一つには値段の書かれたシールが貼られており、チェーン店の価格と比較してみると五割り増しで少し手を出しづらい価格設定だったが、近くにあった刀を鞘から抜いてみるとその品質に驚いてしまった。
スラリと伸びた刀身は、目利きの出来ない俺にもわかる程に高品質だった。
値段は割り増しかも知れないが、グレードの高さを思えば採算が取れないだろう格安さだ。
手に取った刀を元あった場所に戻し、再度辺りを見回すが、特に変わったところは見受けられなかった。
少し興味を惹かれたのは、武器に混じって日用雑貨が置かれていたことか。
扇風機なんて、武具店には必要無いだろ。しかもこの扇風機、プロペラを回転させて風を発生させるタイプの製品じゃないか。羽根なんて無くても風をいくらでも作れる現代でこんなプロトな物をお目にかかれるとは思わなかった。
俺がどうでも良いことに感心している中、先輩は所狭しと陳列されている商品に見向きもせず、カウンターに備え付けられていた小型のベルをチリンチリン鳴らしながらドアに向かって呼びかけていた。
「店主ー。頼みたい事があるんだがー。店主ー?」
「見事に無人っスね。留守なんじゃないっスか?」
「それなら鍵が掛けられていないのはおかしいと思うんだがね。不用心にも程がある」
「先輩も忘れてたっスよね」
「私はキッチリ閉めて来たとも。……閉めたはずさ」
「何を不安に駆られてるんスか。にしても、こんだけ喧しくしてるのに誰も出て来ないってことはやっぱり居ないんじゃないっスかね」
「ふむ……。ん……?」
先輩は顎に手を当てて何やら思案顔だ。
考え込むそぶりを見せたと思ったら、スープの中に小さな虫が入っていることに気付いたかのように眉をひそめた。
何かを感じたようだ。
「まさかとは思うがね……」
小さくつぶやいた先輩は、キョロキョロと壁を流し見た。
そして、様々な武器が展示されている壁に近づき、確かめるように凝視した。
何やってんだ?
「店主。何をやっているのか、お伺いしてもよろしいかな」
先輩は突如、壁に向かって前かがみで話し始めた。
先輩がおかしなことを言い始めたりやり始めたりするのは今に始まったことではないが、何もない壁に向かって話しかけるほどイっちゃった人では無かったはずだ。
何か理由があるのだろう、そう思い、疑問は口に出さずカウンターから見守る事にする。
三十秒ほどたってから動きがあった。
「おや、返事が無いとは悲しいな。仕方がない。店主がそのつもりなら此方にも考えがある。後輩君」
「何スか」
「そこに置いてあるフラスコの中から一番怪しいと思うものを持ってきてくれ」
「はあ。じゃあこの紫色の液体が入ってる髑髏マーク付きのヤツでいいっスよね」
「紫色の液体が入っている髑髏マーク付きのフラスコとはこれまた良いチョイスだね」
「取り敢えず聞いておくっスけど、何に使うんスか?」
「無言を貫く店員にかけて反応を見るのさ。所で後輩君はカウントダウンをするとき、いくつから始めるか教えてくれないかね」
「三っス」
「成程、採用だ。さーん、にー、い――」
「わかった!わかったのじゃ!妾の店へようこそなのじゃ絲の嬢ちゃん!居留守を使ったのは悪かったからそいつをかけるのは勘弁してくれんかの!シャレにならんのじゃ!」
俺と先輩しか居ないはずの店内に、舌っ足らずな悲鳴が響いた。
それと同時に、先輩の見つめる壁に変化があった。水面に石を落とした時の様に空間が揺らぎ、治まった頃には女の子がそこにいた。
歳は十代前半――いや、もしかしたら十歳に届かないかもしれない。少女と言うよりは幼女だ。
前屈みになった先輩と目線の高さが一緒だから、身長は百三•四十センチ前後か。
藍色の髪は邪魔にならない様、お団子頭に纏められており、余計な装飾の無い簪で止められている。白衣にも作業着にも見える服装は一歩間違えば『ごっこ遊び』をしている子供のように見える。というか子供だった。
「なぜ隠れていたのかね?」
「い、いや、特に理由は無いんじゃがの」
「……はぁ。店主。私はこれでも貴女の身を案じていたのだがね? 店を訪れてみれば、並々ならぬ雰囲気に包まれてどうしたことかと突撃してきた次第だと言うのに、店主は呑気にかくれんぼかい?」
完全に私欲の為だった気がするが、口は挟まない。
なぜなら、俺は展示してある武器を眺めるのに忙しいからだ。
と言うか、何で子供がこんな所にいるんだ?
「だって、珍しかったんじゃから仕方ないじゃろ」
「ほう?」
「絲の嬢ちゃんに友達なんていないと思っとったのに、男を連れて来るんじゃもん」
「……ほう。続けて」
「初めての事じゃったから、取り敢えず根性を見るために威圧結界を張って反応を見てただけなのじゃ」
どうやらあの不安定感を醸し出す雰囲気は意図的に作られた物だったようだ。
納得だ。
先輩は納得していないようだが。
「……店主、正座だ」
「はい、なのじゃ」
女子高生に幼女が正座させられている。
字面だけ見てもおかしいが、目の前の光景を見てもやっぱりおかしいよなコレ。
「店主、貴女は初対面の人に向かって不快な思いを強制させるような結界を展開することを、どう考えているのかね」
「わ、悪い事、なのじゃ」
「そうだ。良くない事さ。じゃあ、店主は今さっき何をしたのかね」
「えっと、その、悪い事をしたのじゃ」
「ふむ。悪い事だ。しかしながら、時と場合、理由によってはそれはやむを得ない、必要悪として行われる可能性もある。ならば聞こう。店主はなぜ、そんな『悪い事』をしようと思ったのかね」
「えーと、その、絲の嬢ちゃんが――」
「私が?私が、何だね?」
「男を連れてきたから――」
「ほう!男を連れてきた!私と後輩君は何かしたのかな? 店主が悪い事に手を染めてしまうほどの事をいつの間にか、私か後輩君が仕出かしてしまったのかな?それならば誠心誠意謝らせてほしいのだがね」
「そ、その必要は無いのじゃ」
「謝らなくていいと?つまり私たちは何かをしたわけではないと?」
「そ、その通りなのじゃ」
「では、店主は私が『男を連れてきただけ』で悪い事をしたわけだ」
「……はい」
「店主は理由も無く悪い事をしたわけだね?」
「……ぐすっ、そう、です」
「許されざる行為だとは思わないかね。理由なく――いや、理由があったとしても酷い仕打ちを与えるのは、とてもとても悪い事だとは思わないかね?」
「……えぐっ、えぐっ」
「返事」
「ごべんなざいいいいいい!!」
「私は謝れなんて言ってないのだがね。悪い事だとは思わないか、と聞いたんだ」
「悪いですうううううううう!妾が悪かったですっ!」
「思い出した、店主は根性を見る為とか言っていたね。ここで質問だ。根性を見る為ならば何をやってもいいのかね?」
「うわあああああああああん!違うんじゃあ!ほんの出来心だったんじゃ!」
「違う?違うって、何が違うんだね」
「違わないけど違うんじゃ!許して!ごめんなさい許してえええええ!」
「許して?はて、私は何を許せばいいのか分からない。誰が何をして、誰が誰に謝り、誰が誰の事を許せばいいのか、その口から言って貰わないと――」
「見てられるかあああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
流石に無視を決め込むのも限界に達した。
ボロッボロに泣き崩れた幼女に理論武装ガチガチ、なおかつ少しずつ論点をズラしながら追い込んでいく様はまさしく悪魔の所業であった。
整った眉目をピクリとも動かさず、淡々と追いつめる先輩の姿には戦慄する。
「先輩酷くないっスか?」
「何がだね」
「確かに褒められた行為では無いと思うっスけど、流石に10歳児相手にやりすぎっスよ」
「58」
「は?」
「店主は58歳だ。いや、58歳児か」
「む、レディーの歳をばらすとは何を考えておるのじゃ」
「もうレディーなんて歳じゃないだろうに」
「このピチピチのお肌を見てそんなことが言えるかの?」
「貴女の常日頃の行いを見て、58歳だと思う人はいないだろうね」
「……そうかのぅ。照れるの!」
「皮肉なんだがね」
「精神年齢は肉体年齢に引っ張られるからの。生きてる時間が長くても歳は重ならないのじゃ」
「ちょ、ちょっと待って欲しいっス」
「「なんだね(じゃ)」」
「えーと、きちんと紹介してほしいっス。先輩、こちらの幼女は?」
「店主。自己紹介だ」
先輩に促された幼女は、その場で踊るように一回転してから舌っ足らずな口調で言った。
「妾の名前はレイオット・ルクス・ディティール。このレイオット武具店の店長をしておる。見ての通り、妾は魔工学技術者じゃ。武器防具魔石の加工から魔法薬の調合までなんでもござれじゃ。どうぞよろしく頼む」
決めポーズのつもりなのか、両手を腰に当てて胸を張っているが見た目の所為でちっとも威厳が無いし、むしろ微笑ましい。
「はあ、よろしくっス」
「妾の事はレイちゃんとでも呼んで欲しいのじゃ」
「私もそう呼んだ方が良いのかな?」
「絲の嬢ちゃんはレイオット様と呼ぶのじゃ――嘘なのじゃ。だからそのフラスコを振りかぶるのは堪忍なのじゃ。そもそも昔に同じ事を絲の嬢ちゃんにも言ったのじゃ」
「おや、そうだったかね」
「店主呼ばわりも板についてきた気がするのう」
「レイちゃん」
「おおう、本当に呼ばれるとは思わなんだ。恥ずいの!して、何か?」
「さっきから気になってたんスけど、先輩がぶっかけようとしたフラスコの中身って何なんスか?」
「この前作った魔法薬じゃよ。速効性と毒性を高めた試作品での。猛毒耐性でも持っていなければB+までの怪物が5秒で死に絶えるのじゃ。Aランク以上は確認して無いがの」
「凄いじゃないっスか」
「試作品だと言ったじゃろう。ある意味では失敗作でな?即効性と毒性を高めたら副次的に気化性まで付与されてしまっての。特別な処理が施された容器以外の固体に触れると瞬時に液体から気体に変化して、猛毒ガスが風に乗って広範囲にまき散らされるのじゃ」
「確かに失敗に片足突っ込んでるっスね」
B+の怪物が即死するような危険な毒が、使った自分にも襲い掛かってくるのはちょっとした恐怖だ。使い方を間違えなければかなり強力だと思うが、裏を返せばほんの少し間違えただけで天国まで直通で行けてしまう訳だ。
「だから、拙いのじゃ。もしここで一滴でも零したりしたら、三人仲良くあの世行きじゃ」
「つーか、なんでそんなもん作ったんスか。商品として置いておくのも止めといたほうが良いんじゃないっスか?」
「造れそうだったから作ってみただけじゃ。この前見たアニメで毒使いがおっての?かっこよかったからやってみようと思って真似たんじゃ。死にかけたがの!」
少なくともそれは胸を張って言えることでは無いだろう。
「じゃ、そこにある扇風機とかも特別製だったりするんスか?」
俺が指差した先には、扇風機、コンロ、ソファなど、武具店には凡そ必要では無いものばっかりだ。
流石にこの猛毒程ではないにしろ、何か理由があっておいて有るのかも知れない。毒の方には理由は無いみたいだが。
「それか?それは扇風機にマッサージ機の機能をつけたやつじゃ。魔力を込めながらボタンを押すと色んな所から触手が出て来るのじゃ」
「うっわ」
「全身くまなくほぐしてくれるのじゃ。魔力を込めすぎると暴走するがの!」
「見たまえ後輩君。大体はロクでも無い物を作っているのだよ店主は」
「む、ろくでもないとはなんじゃ。縛り付けてこの『うねうねくん2号』を嗾けるぞ」
「……ほう」
「い、いや、冗談じゃよ」
「1号がどうなったかを良く思い出すことだね」
分かりやすい力関係だ。
頑張れば姉と妹に見えないことも無い。見た目だけなら。
◇
レイオット•ルクス•ディティール。
藍髪碧眼の美幼女は自身を魔工学技術者だと言った。
聞けばここにある商品は全て彼女の作品だそうで、その腕は確かな様だが、商品の説明を求めると嬉々として語り出す所は歳相応――見た目相応だった。
趣味は新しい効能を持った魔法薬を生成することらしい。
キチンとした回復薬なども高性能な品を作れるが、つまらないからやらないとも言っていた。
基本的にはオーダーメイド専門で、店に置かれているのは暇な時に作った趣味丸出しの品々だ。
「して、結局のところ、嬢ちゃん達は何しに来たんじゃ?」
「コレを加工して欲しい」
「ほう……。これはまた珍しい物を持ってきたのう」
先輩が懐から取り出したのは小指程の大きさの丸い魔石。昨日、俺が手を加えた物だ。店主ことレイちゃんは手袋をしてから魔石を手に取り、穴が空くほどジックリと検分していた。
「なにか封入されておるな。となると、下手に付与出来ないの。リクエストがあるなら今のうちに言っとくれ」
「指輪にして欲しい。出来るかね?」
「妾を誰じゃと思ってる。出来るに決まってるであろう。ふむ、それなら台座の方に処理を施して、魔石本体には保護魔法を……いや、それも台座側で刻印しておいた方が良いかの……一分待っておれ」
レイちゃんは何やらブツブツと呟いたあと、カウンターの奥へ引っ込んだ。
「面白い人っスね、レイちゃん」
「変わり者だよ店主は。腕は確かなのだが、いかんせん中身が殆どセクハラオヤジと化しているからね。今日はそうでも無いみたいだが」
「ていうか、本当に58歳なんスか?」
「少なくとも私が小等生の時から容姿に変化が無いよ……っと、帰ってきた」
宣言通り、ピッタリ一分で戻って来たレイちゃんは、小さな腕一杯にガチャガチャと四角い金属のインゴットを大量に抱えていた。
「MSS系、MSKH系、MSNCM系、その他諸々じゃ。オススメは所謂ミスリル系じゃが個人の好みが分かれる所じゃからな。台座にする金属によっては、魔石から発動する効果が少しだけ変わったり、発動タイミングがズレたりするから、裏の方で確認して来た方が良かろう。決まったら呼んどくれ」
「では行ってくるよ。この量なら五分もあれば決めることが出来るだろうから、それまで適当に時間を潰しておいてくれ」
「いってら、っス」
先輩はレイちゃんから手渡されたインゴットを両手に持って店を出て行った。
そして取り残される俺とレイちゃん。
特に話すことがあるわけでもないので、必然的に無言になる。
そんな中、沈黙を破ったのは小さな店主だった。
「さて、嬢ちゃんには悪いがちょっとだけ見させてもらうかの――『看破心眼』」
「……?」
「ほうほう。お主、使い勝手の良い保持能力を持っとるの」
「……っ!」
「保有魔力はそこそこに有るようじゃし、魔法系をもう少し学んでおいたほうが何かと役に立つであろう」
「……ご忠告どーも。『覗き見』は趣味が悪いから止めた方が良いっスよ」
「気分を悪くしたなら謝るのじゃ。これは妾の癖みたいなものでな。どうしても『見て』おかないと気が済まないのじゃ」
「ま、良いっスよ」
人の情報を抜き取る様な真似をするのはマナー違反だが、わざわざ俺に分かる様にやったと言うことは、レイちゃん自身本当の意味で盗み見るのが嫌だったのだろう。
隠されていれば、きっと俺は気付くことが出来なかっただろうから、レイちゃんの最低限の礼儀に免じてそれ以上何かを言うことはしなかった。
本気で申し訳無さそうな顔をする幼女に怒鳴る気持ちが湧かなかった、からでもあるが。
そもそも能力を見られて困る事なんて殆ど無いし、有るのはちょっとした生理的嫌悪感だけだ。
「流石に記憶とかは覗いとらんから案ずることなかれ、なのじゃ」
「やろうと思えば出来るんスね。便利な保持能力を持ってるのはレイちゃんも一緒みたいっス」
「他人の物はよく見えるもんじゃよ。妾のは十得ナイフほど使える訳じゃ無いからの」
「十得ナイフ自体、あんまり使わない気がするっス」
「三得くらいかの?」
「それなら俺のは唯のナイフになるっス」
レイちゃんの保持能力の発動条件は分からないが、話の流れから推測するに、最低でも記憶の読み取りと物体から情報を読むことの二つが出来るようだ。物体の情報を読み取る能力は解析と呼ばれることがあるが、レイちゃんの能力は解析の上位互換にあたるだろう。
「お主は何か買っていかないのか?」
「俺は先輩の付き添いで来ただけっスからその予定は無いっスね」
「あ、もちろん武器の事じゃよ?」
「周り見たら分かるっス。いや、手広すぎて逆に何の店なのか分からなくなってる感は有るっスけど。ここって厳密には何屋なんスか?」
「武具店じゃ。妾はどっちかと言うと魔道具寄りの技術者じゃが、一通りは出来るからの」
「魔工学っていろいろ分野が有った気がするんスけど、そんなノリで出来るモンじゃないっすよね?」
「技術と理論はまたちょっと違うぞ?お主が言ってるのは多分理論畑の話じゃ。技術畑は経験で結構何とかなるもんじゃ」
「そんな物スか?」
「そんな物じゃ。少なくとも妾は、じゃがの」
見た目幼女に経験がどうのこうの言われると違和感が有るが、そう言うものなんだろうと納得する。
俺は魔工学なんて知らないから、凄いんだなー、くらいにしか思わないが。
白衣と作業着の中間の様な、比較的ぴっちりとした服を着ているのも作業のし易さと安全性を考えての事なのだろうか、などと考えつつ会話を続ける。
「何か良いのがあれば買ってみたいんスけど、何にすればいいのかよく分からないってのが実情だったりするんス。実際、超能力系だけで事足りる時が多くて」
「武器だけが保持者の装備ではないから、そこんところ勘違いしないようにの?
どんな保持者でも強化は使うんじゃ、変換器の様な補助装備を充実させておくのは重要じゃよ。今は必要なくてもいつか絶対にぶち当たる壁がある筈じゃからな」
「壁?」
「自分よりはるかに強い敵じゃよ。いつも同じ量の魔力消費だけで戦えるわけではあるまいて、中にはワンアクション毎に強化を最大限まで使うときだって出て来る。お主は魔力の節約を考えずに全力全開で強化したらどれだけの間戦える?」
「本気の本気なら多分、40秒も持たないっス」
「しかし、変換器を持っていれば、ギリギリ41秒になるやも知れん。そしてその一秒が生死を分けるのじゃ」
「でもそこらで売ってるのは変換効率が低くて気休め程度っスから、買う気になれないんスよ。ちょっといいやつを買おうとすると値段がアホみたいに高くなるし」
「じゃからほれ、妾の店でお一ついかがかの?リーズナブルじゃよ?」
「今は遠慮しとくっスよ。もうちょいお金を貯めたらまた来るんで、その時にまた勧めて欲しいっス」
「ところで、じゃ」
「はあ」
「お主も若き青春を謳歌する男、こんな物に興味はないかの?」
そう言って、レイちゃんがカウンターの裏から取り出したのは、無色透明に限りなく近い液体の入った小瓶。ただの水にも見えるが、目を凝らして見ると、ほんの少しだけ赤みがかっている。
幼女が手を揺らすたびに、チャプチャプと小瓶の中を跳ね回る怪しげな液体を見ながら、取り敢えず質問する。
「なんスか、これ」
「くはは、よくぞ聞いてくれた!説明するから心して聞いておくのじゃ!」
「どうぞ」
なんかテンション高いな。
「こいつの効果は、感覚の増幅、特定感覚の変換、体力増加、疲労軽減、気絶防止、特定感情の増幅、特定神経信号の低減じゃ!即効性を備え、処方すれば十秒で効果を発揮する上に副作用は無しじゃ!」
「なんか凄そうっスね。取り敢えず作った経緯を教えてほしいっス」
「良かろう!あれは妾が気まぐれにアダルティないわゆる18禁な本を読んでいるときであった」
「導入部分がおかしいっス」
「お主も読んだこと有るじゃろ、そういう本は」
「否定はしないっス」
男の子だからな。
「とにかく、読み進めていくと――簡単に説明するが――男が女に不思議な液体を飲ませると、何故か体が火照り――ソフトな表現じゃよ?――こう、いい感じに乱れるシーンがあったのじゃ」
「あー、良くあるっスよね」
「しかし、妾は思う訳じゃ。思ってしまう訳じゃ。こんなの有り得ないじゃろ、と。そんな魔法みたいな薬がある訳ないじゃろ、と」
「あれ、嫌な予感がしてきたっス」
「という訳で作ってみたのじゃ」
多分、今日一番のドヤ顔で胸を張るレイちゃん。
「どういう訳なんスかね。つーか、それじゃあ、そいつの効果っていうのは……」
「さっきは難しく言ってみたが、早い話が性的な興奮状態に陥り、そよ風に撫でられるだけで腰砕けになるほどの超敏感かつ、痛みさえ快楽に変わり、意識が飛んで気絶する事も無く、『なんで……っ!?力が入らない!?』を現実のものとしたスーパー魔法薬じゃ!」
「えげつないもん作ったんスね」
「因みにこんなものを作れるのは妾位しかいないから完全にワンオフ品、悪用禁止の一品じゃ」
「あまりそういうものは作らない方が良いと思うんスけど」
「本音は?」
「マジリスペクトっスわ」
男とは、馬鹿な生き物なのだ。
だからこそレイちゃんの最初の問に答えよう。――めちゃくちゃ興味あります。
「くはは、そうであろう、そうであろう!しかし、本題は此処からじゃ――」
「本題?」
ぐふふ、といやらしい笑みを浮かべ、芝居がかった動作で両手を広げるレイちゃん。
完全に悪役の顔をしている。幼女が顔に浮かべていい表情では無い。
「――これ、絲の嬢ちゃんに飲ませてみたくはないかの」
それはあれか?
いつもクールでビューティーなミス・クールビューティーこと先輩がイケナイ感じになってしまうと言う事だろうか。普段とのギャップでそれはそれは大変なことになってしまわれるのではなかろうか。
正直に言ってめちゃくちゃ試してみたい。これは、やましい気持ちではなく、ただ単純に純粋に一人の男として興味があるだけだ。
だからこそ、俺はこう答える――
「――止めとくっス」
「ほう。それは何故じゃ?」
「だって、それはなんていうか卑怯な手段な気がするし、なにより――」
「なにより?」
「先輩がレイちゃんの真後ろでこの話をすべて聞いているから、飲ませることが不可能なんじゃないかって思うっス」
「………………なぁーにを言っておるんじゃ、絲の嬢ちゃんは外に居るはずじゃ」
「いや、ここに居るんだがね、店主」
「……」
「……」
「……」
「……いいい、一体いつからじゃ」
「スーパー魔法薬のくだりからだが」
「さ、さらばじゃっ!」
「逃がす訳ないだろう」
脱兎のごとく床を蹴ってその場を離脱しようとするレイちゃんは、4歩ほど進んだところで先輩に捕えられてしまった。先輩は絲を操る事によってレイちゃんの足に絲を絡めて縺れさせ、その場から一歩も動かずに小さな店主を転ばせた。しかも、そのまま足を縛る事によって立ち上がる事すら許さない徹底振りだ。
腕だけで必死に逃げようとするレイちゃんが蜘蛛の糸に捕まった蝶を彷彿とさせて涙を誘う。
「ご、後生じゃ!許してくれえ!」
レイちゃんは許しを請う事しか出来ず、ズルズルと引っ張られて元の位置に戻ってきた。
「店主、私はミスリルにするよ」
「そうか!誠心誠意真心を込めて作らせていただきます!だから離して!」
「お金はいつもの所に振り込んでおくよ」
「お買い上げ有り難うございます!離して!」
「さて、どうしたものだろうね」
「ヤバいのじゃガチ切れしてるのじゃ!あっ、空の兄ちゃん、いや、お兄ちゃん!お願いじゃ助けてくれ!」
「へぇ、いつの間にか親しくなった様で何よりだ。なぁ、後輩君?おっと間違えた――お・兄・ち・ゃ・ん?」
「い、いやそんなことないっスよ。レイオットさんとは今後も深くビジネスライクな関係で付き合わせていただく所存っス」
「お兄ちゃああああああああん!?」
俺は……無力だ。
レイちゃんが喚いたところで先輩の手が止まることは無く、いつの間にか空中に張り付けられた彼女を見て俺は心の中で謝る事しか出来ない。
先輩はレイちゃんが握りしめて居た、スーパー魔法薬入りの小瓶を奪い取っていた。
「これを私に投薬しようとしていた訳だね?」
「そ、そうじゃが、別に危険は無いぞ!副作用も依存性も無いのじゃ!」
「しかし、そんなことを言われても私は信じられないのだがね」
「ほ、本当なのじゃ!」
「まあ、実際に使ってみれば分かるかね」
「へっ!?……んぐっ!?んんんーっ!?――げほっげほっ!」
先輩は小瓶の蓋を開け、躊躇う事無く中身をレイちゃんの口に流し込んだ。
噎せつつもがいているが、先輩の絲はピクリともしない。
「くうっ……!?ふぅーッ、ふぅーッ!」
「もう効いてるのかね、これは」
「だ、ダメぇ……っ!」
「何がだい?」
先輩は身を捩るレイちゃんに対し、モルモットを見るような目付きで淡々と問い掛けつつ、帰り支度を始めた。
「そうだ、これをつけて差し上げるよ、店主」
そう言って先輩が引きずって来たのは扇風機だ。
確か、うねうね君2号とかいう名前の触手が出てくるマッサージ機の側面も併せ持った機体だったな。
それに対し、先輩は驚く程大量の魔力を込めていた。
「嬢ちゃっ……!それはダメじゃて!暴走するっ!」
「はっはっは、何を言ってるんだい店主。私が分からないとでも思ってるのかね? 店主ほどの人が魔力の込めすぎ程度で暴走するような物を作るわけないだろう」
「暴走するんじゃないんスか?」
「いや、多分、一定以上魔力を込めるとモードが切り替わる仕様だろう」
先輩が言い終わるや否や、扇風機が変形し、至る所から大小様々な触手が大量に伸びた。
「「うわぁ……」」
なんと言うか、生理的嫌悪感を催す形と動きだ。気持ち悪いな、これ。
先輩もこれほどまでの物とは思わなかったのか引いている。
「あっ……!今は無理……っ!来ないでえ!」
レイちゃんが叫ぶ。
しかし、先輩の糸に捕らえられている為、逃げることは叶わない。
まあ、糸巻きになってなくても、レイちゃんから聞いた効能から察するに、どうせ逃げられないと思うが。
レイちゃんは空中で触手に群がられていた。
これはなんというか……おおふ。
「前の時の三倍近い量になってるね」
先輩は冷静に現象を観察していた。
「前の時?まさか……?」
「ま、待ちたまえ後輩君。君が思っているような事は無かったよ!確かに店主にけしかけられたことはあるが、糸で粉微塵にした!」
「想像通りっスわ」
若干、顔を赤らめながら弁解するところを見るに恥ずかしいことは恥ずかしいんだろう。
何を想像したのかな? 、と逆に問いただして見たかったが、俺はまだ命が惜しいので自粛した。
「さて、帰ろうかね」
「はあ。『これ』はどうするんすか」
「帰るだろう?後輩君?」
「超ホームシックっス」
手早く帰り支度を済ませ、先輩に急かされつつ店を出る。
あ、レイちゃんの言葉に出来ない感じは最初以外目に入れてないぞ。
例えばレイちゃんが先輩だったとしたらガン見してしまったと思うが、残念ながら俺にそっち側の属性は無い。可哀想だとは思うが。
と言うか、先輩から発せられる刺さる様な冷気が怖くて直視することが出来なかった、というのもあるし、それが大部分だ。
店のドアを閉めると、レイちゃんの懇願する声は聞こえなくなった。すまん。
「あ、そういや鍵はどうするんスか?流石にあのままの状態で誰か入って来たらマズくないっスかね」
「確かにそうだね」
先輩は手を振って応えた。
すると、俺の後ろでドアがカシャッと言う音と共に施錠された。
「そう言えばそんな事も出来たんスね」
「こんな事も出来るのさ」
俺と先輩は、路地裏を戻って大通りに出た後、別れた。
なんつーか、濃い一日だった。
一週間後、改めてレイオット武具店を訪れた時、完璧とも言える仕上がりの指輪が出来上がっていた。
良い腕をしている。
先輩に恨み言を呟きつつも、レイちゃんは反省していると言っていた。
だがしかし、俺は部屋の隅に置かれたマッサージチェアに刻まれた怪しげな魔法陣と、小さく書かれた『うねうね君3号』という言葉を見逃しはしなかった。
そして見て見ぬ振りをした。
君子危うきになんたら、というヤツだ。
読んで頂きありがとうございます。
次回から本編に戻ります。
書きためは7話分位しか出来てません。
裏設定と言うか、きっと本編では語られることの無い設定。
•某匿名掲示板に集う能力者達
にて、ホーミング機能付き魔法系の魔法陣を弄くっていたのはレイちゃんです。開発した方では無いです。




