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君と僕の理想世界  作者: 天崎
第一章
38/79

  外伝:俺と先輩の放課後

同じ世界同じ時間軸のお話です。



始業式が終わった日の午後の事だ。

初々しい新入生が、傍目にも分かるほどに浮かれた気分で廊下を歩いていた。俺は、何処と無くぎこちなさの残る動きで階段を降りる新入生諸君に交じって、とある部屋へと向かう。


周りの奴らには俺はどう見えているのだろうか。覇気の無い顔、とは友人の談だが、だからこそ浮ついた新入生共とは一線を画す雰囲気を醸し出せているはずだ。上級生の余裕とでも言い換えようか。


はて、しかし去年の今は他の生徒に話しかけられていたと言う事実から見て、まさか俺自身も一年前は同じ顔をしていたのか。いや、流石に彼らほど期待に胸を膨らませてはいなかったと思う。

道筋の決まった進路には不安を抱かなくて済むから、総合的に見ればプラスの感情であったとは思うが。


続々と出口へ向かう彼らの群れからするりと抜け出し、とある部屋まで歩を進める。

その部屋はシックなドアで廊下と仕切られていて、人にこの場所を説明する時でも「他と違うドアの所」と説明するだけで辿りつけてしまえる程度には他と雰囲気の違う、悪く言えば調和の取れていない敷居だった。

俺はその材質からして高級感漂うドアをノックすることなく、到着と同時に開いた。


部屋の中は向かい合わせのソファとその間にあるガラスのテーブル、例えコップを落としても音が立たないほどにしっとりとしたカーペットが敷いてある。

応接間はこうあるべき、というステレオタイプの願望を詰め込んだような応接間である。

置いて在るもの全てが高価に見える部屋の中に、一人の女性が居る。


眉目の整った、という言葉の似合う女だ。セミロングの黒髪に群青色の瞳、全く同じ顔のすべてのパーツを渡されたとしても作れない、絶妙な黄金率とでもいうべきパーツ配置を成された顔立ちと、見るもの全てを虜にするであろう圧倒的なプロモーションだ。美術品を思わせる美しさと、触れれば壊れてしまいそうな儚さを併せ持つ、俺と同じ成分で構成されているとは思えない人間が居る。俺の語彙力が足りないから言い表せないが、美人をツーランクアップさせると、目の前の女が出て来るのだろう。


高級感溢れるこの応接間をして、この女性には釣り合わない。

ソファに座り足を組むこの女性は、部屋についてきたオプションの人間スケール1分の1女神彫刻像……という訳では無く、制服を着ていることから、女神では無くただの人間であることが分かる。

ただの上級生、つまり先輩だ。

女神を見たことは無いが、多分女神は制服も黒タイツも穿かないだろう。


「待っていたよ。君、砂糖は一つだろう?」

「そのカップの中に注がれてる赤茶色の液体が暖めた麦茶で無ければ、一つ入れて欲しいっス」


開口一番、聞き取りやすい声で問われた。

適当な所に鞄を置きながら答えると、先輩はテーブルの上に置いてある角砂糖入れから一つ摘んで湯気の立つカップに落とした。カチャカチャと混ぜて、目の前に置かれる。

先輩の対面に座り、差し出された紅茶に口を付ける。仄かな香りと砂糖の甘みが鼻に抜けた。


「勿論、唯の紅茶だよ。美味しいかい?」

「悪いっスけど、仮に茶葉が変わったりしてても分からないっスよ。俺、まだ高2なんスから」

「いつもと変わらないよ。そもそも私だってそんなに詳しいわけじゃない。ただ美味しいかどうか聞いているだけさ」

「まあ、先輩が淹れるモンは大体美味いっスね。少なくとも俺が淹れるよりは断然美味いっス。いつも通りに美味しいって感じっスかね」

「ふふっ、そうかい?しかし、後輩君の淹れる紅茶も十分に美味だと思うんだがね。どうかな、今度は君がやってみるというのは」

「嫌っスね。どうせ飲むなら先輩のが飲みたいっス」

「おや、それなら明日も私が淹れるとしよう」


そう言って先輩は自分のティーカップを傾けた。

いちいち動作が様になる人だ。


「となれば、そろそろ専用のティーポットでも買ってこようか。後輩君はどう思う?」

「良いんじゃないっスか?ティーパックにも限界はあると思うっス。俺としてはただのティーパックにお湯を入れただけでここまで美味しいモンが出来てることに驚きっスけどね。俺と先輩で何故か味が変わってる事にも驚愕っス」

「それは私にも分からないね。同じ分量、同じ時間、同じ具材、同じ道具を用いて調理した物でも味の異なる料理が出来てしまう現象の原因をあえて挙げるとすれば、『個性』を推したいね」

「俺の個性より先輩の個性の方が美味しくなるって事になるっスね」

「言いたいことは微妙に違うんだが、大体そんな感じだよ。そもそも『個性』は比べる物じゃ無いってことを含めておいてくれ」

「それなら個性以外で味を変えるために、何種類かお茶の種類が有ると良いっス。何種類のお茶っ葉が有るかは知らないスけど」

「そこらへんは適当に見繕うとするよ。ふむ。来週にはブレンドティーが試せるといいね」

「楽しみに待ってるっスよ」

「あまり期待はしないでくれ。と言うか、後輩君にも作って貰うんだからな」

「ケーキかなんか買って来るんで勘弁して欲しいっス」


カップをテーブルに置く音がカーペットに吸い込まれる。

誤って飲み物を溢してしまったらと思うと手が震える。

ふう、と一息ついて先輩はまた話し始めた。


「この部屋を借りてから早くも一週間が経った訳だけど、未だに緊張してしまうね。どうやら私にはもっと庶民的な部屋の方が落ち着くみたいだ」

「先輩にはとてもお似合いのお部屋だと思うんスけどね」

「褒め言葉と受け取っておくよ」

「まあ、褒め言葉っスから受け取っといてください」

「む……。全く、君はいつも私を手放しで褒める。悪く無い気分だがね」

「手放しってわけじゃあ無いっスよ?思ったことを口にしてるだけっス」

「じゃあ正直者って事だね」

「そうなるっスね。少なくとも嘘はついてないつもりっスから」

「嘘である心配はしていないがね。むしろ、後輩君がその手管で女の子を無意識の内に惚れさせていないか、と言う点を心配しているくらいさ」


手管て。

なんだか悪いことをして騙しているみたいだ。いや、勿論そんなことはしていないが。


「変な心配はいらないっスよ。そんな相手いないんスから」

「しかしだね後輩君。ここで最も留意すべきことは、惚れられているということに気付かない所なのさ。好意を寄せられていることを感受出来ず、自身が乙女の心を奪っていると言う考えを一欠片も持ち合わせていない状態だよ。正に今の君だと私は思うね」

「ちょっと先輩、それじゃあまるで俺が鈍感みたいじゃないっスか?」

「おや、後輩君は自分が鈍感じゃないと思ってるのかい」

「鋭いとも思ってないっスよ。普通だと思ってるっス」

「好意に鋭敏でも、悟れるとは限らないさ。まあそもそも、思いを伝えもせずに相手に分かってもらおうと言うのが間違いなのさ。だから別に君が悪いと言う結論に達する事は無いよ」

「そんなもんスかね。と言うかさっきの口調だとまるで俺を好いてる物好きな人がいるみたいに聞こえるっスよ。まさか本当に居るんスか?」

「私とて全知では無いただの人間だが、勘違いでなければ最低でも一人は心当たりがある」

「おお、マジっスか。男を見る目が無いんスね、きっと」

「こらこら、自分を卑下するのは良くないと思うんだがね。君を好いている人に失礼になるだろう?」

「はぁ、そうっスね。因みにその人を教えて貰ったりは……」

「出来ないね」

「ですよねー」

「ま、後は時間の問題だと思うんだがね。その人は中々勇気が出ないらしくてね、もどかしい限りだよ」


本当にそんな奴いるのか。

先輩に言われるまで気にも留めていなかったが、これからは少し注意深く周りを観察するか。


「……時に、後輩君」

「なんスか」

「仮定の話、もしもの話では有るが、仮に君が誰かに告白されたらどうする?」

「これはまた突拍子もない話っスね」

「さっきの雑談の延長線さ。気楽に答えてくれ」

「あー、どうなんでしょ。俺にもわかんないっス」

「その相手は、それはそれは見目麗しい女性で実に魅力的なのさ。そんな女性に『一目惚れ』されたら君はどう思うのかな?――いやなに、ただ興味が沸いただけさ。後輩君から浮ついた話を聞いた覚えがなくてね。少し気になったのさ」

「確かなことは言えないっスけど、それなら多分お断りするかもっス」

「ほう?それはまた何故だい?」


先輩は眉をピクリと動かして、興味深そうに問うた。足を組み直す仕草に目を奪われながら、俺は答える。


「俺はその人のことを好きじゃないから、っスかね。告白された時点で、俺はその人の何を見て答えれば良いんスか?分かるのは見た目と声くらいだと思うっス。それで、ハイ付き合いましょう、俺と貴方は好きあってますっつーのはおかしいかな、と」

「付き合ってからその人をよく知っていけば良い、と言う考え方も有ると思うんだがね」

「それもありだとは思うんスけどね。ただ、顔だけで決めるんなら整形すれば良いじゃん、ってなるっス」

「イマイチ要領を得ない回答だが、纏めると、君は内面を重視する人間だと言う事で間違ってないのかな」

「そういうことっス」


先輩はふむふむと感心した様子で頷き、紅茶で舌を湿らせた。

俺は全て飲み切ってしまったので、唾でも飲み込んでおくか。


「後輩君の恋愛観は実に参考になる。紅茶のお代わりはいるかい?」

「戴くっス」


そう言って、先輩はティーパックを手渡してきた。

ティーカップに三角錐の布を入れて静かにお湯を注ぐと、乱雑に回る水流に赤茶色が染み出してくる。


「話が変わるけど、後輩君はもう二年生になるんだったね」

「先輩は三年生になったっスね」

「君は進路を最後まで決めていなかったね。コースはどこにしたんだい?まあ予想は着くけども」

「お察しの通り、能力者育成コースっスよ。俺は魔工学なんてさっぱりっスから工学コースは除外、かと言って一般教養コースも行く必要が無い。せっかく保持者(ホルダー)なんてものになってるんスから、そっち方面で行くのも悪くないかなって思ったんス」

「君のその自己評価の低さはいつも呆れるばかりだよ。まるでそれしか道が無いような言い様だが、後輩君ほどの保持者(ホルダー)であれば、迷わず自分の力を高めるべきであると私は思うね。男の子なら強くなるのは本望だろう?女の子の私も強くなるのは本望だが」

「それはそれでどうなんスか。強いとか弱いとか、そう言う意味合いじゃ先輩に適う気がしないっスよ、なんせ『孤高の絲魔女』っスからね、先輩は」

「その二つ名、私がいつもクラス内で孤立しているのが発端で名付けられたんだがね。君も知ってるだろう?」

「他ならぬ先輩から聞いたことっスからね。でも良いじゃないっスか、強い事は悪い事じゃないっスよ。現に通り名がただの『ぼっち美人』とかにならずに済んでるんスから」

「確かにそうかもしれないけどね。孤高の部分が消えてくれると何も言う事ないんだがね。孤高と言うか孤独の絲魔女だからね、私は」

「面白い事言うっスね」

「笑い事じゃないさ」

「まあ、美人過ぎるってのもそれはそれで問題みたいっスね」

「嬉しくもあり悲しくもある問題だがね。しかし『ぼっち美人』から美人が消えることがあっても、ぼっちのみが消えるとは思えないのが悩ましい部分だね。やはりこれは性格に難があるとみて間違いないのではないかとこの前気付いてしまったよ」

「俺は先輩の性格は接しやすくて楽っスよ。むしろ何が悪いのか分からないっスわ」

「後輩君はナチュラルに私の好感度を稼いでいくね。そのコンスタントさは中々にクるものがある。――やはりこの、上から目線口調が気に入らない、と言うのが理由のトップを占めると自己分析してみたんだがどうかね。ああいや、この話はもう止めにしよう。何が悲しくて私が嫌われている理由を後輩君に問わねばならないのやら」

「はぁ、先輩がそう言うなら。ただ、俺の見解では全ての根底に『嫉妬』が押し込められてるからだと思うっスよ」

「そういうものなのだろうね。友好関係と言うのは複雑怪奇で奇奇怪怪な感情と意図がこんがらがっていて面倒だね」

「どうやら絲魔女は、糸は手繰れても意図は手馴れてないみたいっスね」

「したり顔の所申し訳ないが、上手い事言えてないよ」


先輩は苦笑いだ。

ティーパックを二度三度上下させてから、水滴が滴り落ちない様に注意を払ってゴミ箱へ運ぶ。

色濃く滲み出た紅茶に角砂糖を一つ投入して溶かした。

うえ。ちょっと味濃いな。


「それにしても今日は中々に暑い日だね」

「温かい紅茶を飲んでいるからじゃないっスか?我慢できないならその黒タイツ脱げば良いッス」

「おや、君はうら若き乙女に服を脱げと要求するのかね」

「タイツは服じゃないでしょ。ていうか暑くないんスか」

「これは夏用タイツだからね。君が想像している以上に保温効果は無いさ。生足以上、ズボン以下と言ったところだね。蒸れないし、ちょうどいいフィット感だ。技術の進歩を如実に表しているよ」

「へー、知らなかったっス」

「だがしかし、このソファの上でスカートであることを踏まえて、パンチラしながらこの黒タイツを脱いで生足を晒すのも私としては吝かではないよ」

「踏まえなくていいし吝かっスよ」

「でも後輩君はそういうのが好きなんだろう?」

「否定できないのが辛い所っスね」

「男性の趣味趣向には結構理解のある女だよ、私は」

「なんでフェチポイントを完璧に抑えてるんスか。つーかなんで知ってんスか――いや、やんなくていいっス。だから靴を脱ぐな足を上げるな!」


先輩は何故か満足げに頷き、本当に黒タイツを脱ごうとし始めたので阻止する。


「私の洗練された脚線美が見たくないと言うのかね」

「そーゆー問題じゃないんスよ。ていうか今日はやけにアグレッシブっスね、先輩。なんかあったんスか」

「何かあったわけでは無いが、今日は君が私の部に入部してから丁度半年くらい経ったからね。そんな訳で今日はお祝いのつもりさ」

「半年刻みで祝うんスか。普通一周年だと思うっス。そして入部したのに未だに何の部か知らないんスけど」

「そう言わないでくれたまえよ。あまり分からないかもしれないが、結構テンションがあがっているんだ」

「いや、部屋に入った時からなんか浮かれてんな、とは思ってたんスけどね」

「私の感情の機微に敏くなっているのも、共に積み上げた半年分の日々があってこそさ」

「ぼっち卒業半年経過記念ってことっスね」

「……」

「悪かったっス」

「む。別に気にしてないが」


先輩は妙に子供っぽいところがある。どうでも良いことに打たれ弱かったりする。拗ねられても面倒なので、さっさと謝っておく。


「でも、そんなにぼっちが嫌なら他の人に愛想良くすれば良いじゃないっスか。一瞬にしてクラスの中心人物として君臨出来るっス」

「しかしだね、おべっかと嘘ばかりの友好関係は友好的とは思えないんだよ」

「何を甘えたこと言ってんスか。嘘を付かない人なんていないんス。そう言うのを我慢すれば、友好的じゃないにしても、少なくとも対人関係においては有効的ではあるっス」

「君は厳しいね」

「甘えさせた方が良いんスか?」

「いいや。君はそのままで居てくれ」

「言われなくてもそうするっス」

「……ふう」


先輩がため息をついた。

お祝いムードが一転、先輩が自己嫌悪タイムに突入してしまった。

俺の所為かこれ。


「時折、君の生き様と言うか、君が羨ましくなるよ」

「奇遇っスね。俺も先輩が羨ましいッス」

「ふふふ、お相子だねー」

「俺の真似をするなら簡単に出来るっスよ?何も考えずに適当な事言ってりゃ俺の出来上がりっス」

「それは『後輩君の真似をした私』がそこにあるだけで、『後輩君』自身がそこにあるわけではないからね。例え私が君の様な性格を模倣できたとしても、君のように魅力的になることは無いだろうさ」

「さっきの紅茶の話じゃないっスけど、それが『個性』ってヤツなんスかね。だとしたら、俺と先輩を比べるのは間違ってるって事になるっスよ」

「互いに尊重し合うべきだね」

「尊敬しあってたから、大丈夫っスね」

「間違いは犯していないようだ、安心したよ」

「安心っスね」


話の流れを変えよう。このままではいつまでたっても微妙な空気感が払拭できない。


「――で、先輩は記念すべき俺と先輩の出会いの半年目をどう祝おうとしてたんスか?」

「おお、そうだったそうだった、すっかり失念していたよ」

「何気に楽しみっス」

「祝うと言っても、特に何かをするわけでは無いのだがね、今日以降の日々を充実させるためにこんなものを手に入れたよ」


そう言って先輩がソファの後ろから取り出したのは、丁寧にラッピングされた一抱えほどの箱であった。


「開けてみてくれ」


ラメの入ったリボンを解き、包装紙を破かない様に気を付けながら中身を取り出す。

中から出てきた、樫の木で作られた箱が高級感を漂わせていた。


「とんでもないのが入ってそうで逆に怖いんスけど」

「自分で言うのも可笑しな話だが、そこそこに満足してもらえるはずだ」

「………………うおぉ」


樫の箱を開けると、そこには大小様々の煌びやかな宝石の如き輝きを放つ石が詰め込まれていた。あまりの眩しさに目が眩んでしまいそうだ。


「まさかこれ全部『魔石』っスか」

「ご賢察だね。その通りだよ」

「そりゃこれだけ沢山の物体が入ってるのに、めちゃくちゃ軽いんスから誰でもわかるっスよ」

「高品質な物だけを選別したのさ。後輩君にはこれくらいのものが有って然るべきだと思ってね」

「買い被り過ぎっスよ。殆ど箱分の重さしか感じないって、どんだけ良い魔石なんスか。俺には過ぎた品物だと思うっス」

「そんなことは無いさ。いつも言っているが君は自己評価が低すぎる。むしろこの程度の品質では後輩君には釣り合わないだろう」

「それが買い被りなんスよ」


一学生が所持していて納得出来る品物では無い。少なくとも、この応接間をあと五部屋は新設できる位の値が付くだろう品々だ。

そしてそんな物をたかだか入部半年記念で後輩にプレゼントしようとする先輩の神経も信じられない。

ここに有る魔石を全て売れば、今後一切働かずに遊んで暮らせるだろう。

先輩の金銭感覚はおかしいのではなかろうか。普通は家宝にするレベルの魔石だ。人に譲渡するのは常識的に考えてあり得ない。


「流石に畏れ多くて受け取れないっス」


辞退した。

ビビっていた。


「君個人として受け取ってくれないならば、これは部の共有財産としよう。それならば良いだろう?」


即座に折衷案を出された。何も折り合いはついていないが、納得する。

それなら、俺が使うことも無いだろうし、先輩のメンツも潰さずに済むな。


「そうっスね。あ、でも一つだけ貰って良いっスか」

「一つと言わず、全てプレゼントするつもりなのだがね」

「じゃあコレ貰うっス」


木箱の中から、一番質の良い魔石を取り出す。

碧色に輝くそれは、宝石としてでも十分に通用する程の美しさを放っていた。

大きさは2センチ立方の歪な立方体で他の物よりも小ぶりだが、重要なのは質、つまり純度だ。

どれだけ大きい魔石でも、純度が低いのならただの石ころと同じだ。


「先輩、この魔石を好きな大きさで良いっスから、出来る限り完全な球体に出来るっスか?」

「球体でないと不都合があるのかい?」

「有るっス」

「魔石の加工は専門家に任せた方が良いと思うんだがね」

「球体にさえ出来れば問題ないんスけど。出来ないなら断って構わないっスよ」

「出来ないわけが無いだろう。どうやら先輩としての意地を見せる時が来た様だね」

「(チョロい)」

「なにか言ったかい」

「なにも言ってないっス」


先輩は手渡された魔石を指先で転がす様にしながら、表裏を何度も反転させ、形状を細かに記憶していった。

およそ一分程してから、先輩は、よし、と小さく呟き魔石をガラステーブルの上に置いた。


「後輩君はそこから動かずに見ていてくれたまえ。危ないからね」

「ウィッス」

「さて……準備しようかね」


先輩おもむろに立ち上がり、ガラステーブルの四辺と部屋の四隅を軽く触れてまわった。

そして、何かを確認した後ソファに戻り、ぬるくなった紅茶を啜って魔石に手を翳した。


「始めるよ」


直後、ガラステーブルの上に乗っていた魔石が浮かび上がり、高速回転を始めた。先輩が十指をまるでピアノを弾く様に手首より上の全関節を余すところなく活用し、乱雑にも見える指の動きをすると、


キュリキュリキュリキュリキュリッ!


耳障りな音と共に、魔石が徐々に成形されていった。注視しなければ察知できないほどの微小な変化が積み重なり、回転が止まるころには見た目にはほぼ完全な真球が先輩の手のひらに乗っていた。


「どうだい、私だってこのくらいは出来るのさ」

「予想以上でビックリしたっス」

「ふっ、侮ってもらっては困るよ。だが正直、きつかったね。魔力抵抗が想像以上に大きくて、私の保有魔力がかなり持って行かれてしまった。今日は何もしたくない」

「おお、アザっス。そんじゃこれ、使わせてもらうっスよ」

「……淡泊な事だよ、後輩君は。別に構わないんだがね。――ところで、使う、とはどういう事かな?増幅器(ブースター)代わりにするなら削らない方が良かったのではないかな?」

「こう使うだけっスよ」


直径一センチになった魔石球を、先輩から受け取り、両手で包み込む。

五分ほど神経を集中させれば、処理はほぼ終了する。


「すまないが、私には君が何をやっているのか分からないよ。説明を要求したいのだがね」

「少し黙ってて欲しいっス」

「む、悪いね」


……。

あー疲れた。


「私には後輩君が魔石を持っているだけに見えていたのだが、何かやってたのかな?」

「特に変なことはしてないっス。この魔石に俺の超能力系(サイキック)をブッこんでただけっス」

「……聞き間違いかな。魔法系(マジック)ではなく、超能力系(サイキック)を魔石に封入したと言っている様に私は聞こえてしまったのだが」

「聞き間違ってないっスよ。聞き正しいっス」

「……後輩君は平然ととんでもない事をやってのけるね」

「ま、今回のこれに関しては俺の能力と相性が良かっただけなんスけどね。ちなみにその魔石、他のヤツみたいに使い捨てじゃないんで、大事に扱えばほぼ無制限に使えると思うっス」

「途轍もない性能じゃないかね」

「ある程度以上の純度を持つ魔石は、処理方法によっては消費された魔力を大気中から自動的に補充するようになるんスよ。その条件が、短時間で多量の魔力を注ぐことなんスけど、俺の超能力系(サイキック)を使いながらだと、結構簡単に達成できるんスよね。しかも何故か俺の超能力系(サイキック)が魔石に反映されるようになるっつーオマケ付きで。この前、仕事途中で手に入れたそこそこ高純度な魔石で試したんスよ。その時のは速攻でぶっ壊れたんスけど、流石にこの魔石のレベルの純度ともなると自壊するようなことも無いみたいっスね。つーことでこれ先輩に差し上げるっス」


魔石を手渡された先輩は目を瞬かせていた。


「良いのかね、こんなものを貰ってしまって」

「まあ、俺からの半年記念プレゼントっつーことで一つ。気に入らなかったっスか?」

「いいや、そんなことは無いさ。肌身離さず持っておくよ」

「なるべく有効活用してほしいっス」

「勿論だとも。今すぐにでも行きつけの店に行って、この魔石を填め込んだ道具を作ってもらいたいね」

「それもいいっスけど、まずはやる事やるっス」

「……ああ」

「魔石は明日にでも行けばいいッス」

「……私は今、もっと他にやりようがあっただろうと自分を責めずには居られないよ」


そうボヤいた先輩の視線の先には、部屋のいたるところに引っ掛かり、カーペットの繊維の奥に紛れ込む魔石の削りカスが散乱していた。

どうやって掃除しようか、これ。

ちょっとした外伝みたいなものなので続けるかどうかは未定です。

少しずつ本編の方と連動していくかもしれません。

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