有意義な時間?
ゲーム開始から四時間後。
僕らは無事ゲームをクリアした。3時間経った時点でいつでも終了出来たのだが、いっそ最後までやってやらあ!と恐怖でおかしくなったテンションの僕が言い放ったのだ。
「いやー怖かったね」
僕らはリビングで、ゲームの内容について話していた。
「一つだけ言わせて欲しいんだけどさ」
「おう、なんだ」
「何で脱出する場所が地下通路なの?病院って地下通路作らなきゃいけない決まりでもあるの?」
「……なんでなんだろうな」
「……な、なんでなんだろうね」
「ていうか、僕らが逃げてたのって結局何でなのさ」
「色々と説明が入って無かったか?」
「ほ、ほら理崎君、あれだよ、優しそうなお婆ちゃんが説明してくれてたよ」
「ダメよ内宮。理崎君はその時耳を塞いで私の後ろに隠れてたもの」
「あれ味方だったのか。何で皆止まってたのかずっと分からなかったよ」
「本当にホラゲ苦手なんだな。なんでそんなに苦手なんだ?」
「……昔、初めてVRホラーゲームやった時に、説明書読まずにやったら五時間暗闇の中に監禁されて寝られなくなった」
「トラウマってわけか」
「あれが現実だったら病院を瓦礫の山に変えるのに。更地確定だよ」
「幽霊側も可哀想だな、それ」
現在、窓の外は人工陽が地平線に沈み始め、空が紅く染まって雲の陰影が微細なグラデーションを刻み始めている。
一時間と経たないうちに夜の帳が下ろされるだろう。
「さ、最後に追いかけて来たヤツは怖かったね……」
「俺は一葉の悲鳴の方が驚いたけどな」
「うっ……だって怖かったんだもん」
「そうだよ、内宮さんは悪くないよ!海は血も涙もない鬼だ!」
「うるせえ!どっちかというとお前の方がうるさかったじゃねえか!」
「何を!?怖かったんだよ悪いか!」
「理崎君はビビリなのよ、責めないであげて」
「ぐああああっ」
「う、現乃ちゃん、理崎君がダメージ受けてる!」
「大丈夫よ理崎君。私はそんな理崎君でも受け入れるわ」
「みなぎってきた」
「復活早いなお前」
「まあ、冗談はともあれ、最後のヤツは何者なの?僕バッチリ見ちゃったよ絶対今日の夢に出演して来るよ」
「あれは、お婆ちゃんよ理崎君」
「頭が二つになってて、胴体が異常にぐねぐねしてて、腕と足がムカデみたいに動いてエクソシストみたいに這い寄って――というか這い走ってくる怪物はお婆ちゃんとは言わないよ現乃さん」
「正確には『元』お婆ちゃん、ね」
「原型残って無いじゃん」
「未練が残るとああなっちゃうみたい。死ぬ時は潔く死ぬべきね」
「ていうか、お婆ちゃんは説明してくれてたらしいし良い人サイドなんじゃないの?」
「その通りだぞ、だがまさか――」
海が菓子の袋を開けながら、事件の核心を話し始めた。
「お婆ちゃんの方が悪霊で、俺らをずっと追いかけて来たヤツが良い霊だったとはな」
「海先生、よくわかんないでーす」
「簡単に言えば、お婆ちゃんは良い霊の振りをして俺たちを貶めようとしていて、俺らを追いかけていた霊は、そのお婆ちゃんの孫で、俺らを助けようとしてたってわけだ」
「なるほどね、良い霊のくせに僕をビビらせる様なことしやがって」
「いや、お前自分で蹴飛ばしたカートに自分でビビって現乃に抱き付いてたじゃねえか」
「力強くてうっとりしちゃう」
「僕を正論で殴るのはやめろ。あと現乃さんは誤解を招く様な発言を慎む様に」
「あら、一緒の布団で朝を迎えた関係なのに冷たいわ」
「ブッ!」
「想也お前……」
「り、理崎君ハレンチ……」
「待って!誤解だよ!」
「あんなに力強く抱いてくれたのに……」
「想也、まだ俺らは高1だぞ」
「違うよ!現乃さんが、僕が寝ている間に勝手に布団の中に潜り込んできてるんだって!」
わざと誤解を招く物言いをされると僕が悪者になるので勘弁してほしい。
内宮さんなんて顔真っ赤だ。
「とととところで、これからご飯にするけど海達はどうする?食べてく?」
「あー、もう六時過ぎか……俺はご馳走になろうかな。一葉はどうする?一葉が帰るなら俺も帰ろうと思うんだが」
「わ、私も食べるよ」
「了解。四人分ね」
そう言って、現乃さんはキッチンへと引っ込んで行った。食材は既に冷蔵庫の中に詰め込んである。
現乃さんのご飯美味しいんだよね。
レシピ本を買ってみたら、何の問題も無く同じ料理が出てきたし。量はお察し。
食べてく?などと言った割に作るのは僕では無いのだが、野郎の料理より美人の料理の方が嬉しいだろう。付加価値ってやつですよ。
封印されていた部屋に入って、椅子を二つ手に取る。つい先日、この部屋は封印部屋から物置部屋へとランクアップを果たした。『理想世界』によって創り出されたアイテムを一つずつ消していくのは簡単なのだが、部屋一杯の量ともなると面倒臭いことこの上なかった。部屋のドア側に近いと概念封入された道具が多く、奥に進むに連れて概念封入されていないただの道具が多くなる。
これらは全て名前の無い道具だ。あえて名付けるなら名無し道具、かな。
現乃さんの魔力を測った『水晶玉』も名無し道具って事になる。未完成品のことだ。
僕の創った物は名前を付けることで初めて完成品になる。ただの武器とかなら、名前をつけなくても一ヶ月は保つんだけど、概念封入すると、素材側の存在が、概念に耐えきれなくなる。使い捨てのものになる訳だ。『水晶玉』しかり、朱島の時に創った『打刀』しかりだ。
何が言いたいかと言えば、奥の方通常の道具よりも、手前の概念道具の方がガタが来ていたということだ。
現乃さんの布団もそのうち壊れるだろうから新調しないと。
物置部屋と言うには些か物品の少ない部屋から椅子を取り出して、海と内宮さんに渡す。
テーブルを挟んで座り、他愛の無い世間話に興じていると肉の焼ける音と香りがリビングに届いた。
それからほどなくして、現乃さんが大量のカレーを鍋ごと持ってきた。白米を盛った皿を一人一人に配って、彼女は僕の隣の椅子に腰を下ろした。
鍋向こうの海達は顔が引きつっていた。
僕はいつものことだから、今更驚くことは無いけどね。
「いただきます」
「お、美味いなこれ」
「カレーのルー入れるだけよ」
「同じことして美味しくない奴もいるからな。俺のことだが」
そう言いながらバクバクとカレーライスをかき込む海。
「おかわり良いか?」
「僕も」
食べ盛りの高等生である僕ら男達はカレーライス一杯程度で満足する胃袋など持ち合わせていない。おかわり前提の食事だ。
「私も」
「どんだけ食うんだお前!」
「理崎君はそんなこと言わなかったわよ」
「おぉ……?俺がおかしいのか?」
現乃さんは、僕らが一杯おかわりする間に三杯を胃袋へと流し込んでいた。
海がそのスピードと量にツッコミを入れていたが、何の効果も発揮していない。
現乃さんは鍋前提の食事である。
そうこうしているうちに、現乃さんは鍋の中身を丸ごと平らげた。海は信じられない物を見るような顔をしていたが、こんなことで驚いて貰っても困る。
因みに内宮さんは一杯食べた所で苦しそうにしていた。こっちが普通だと思いたい。
「ごちそうさまー」
「お粗末様」
「現乃がそんなに食うとは知らなかったぜ」
「昔は僕も驚いたよ」
「今は?」
「現乃さんが食べる姿を眺めるのは楽しいよ」
「お前が食い終わった後にも食ってるって事か……」
食休み程度に、ちょっとした雑談を交しつつテレビを付ける。
『――明日の天気は、一区から十五区までが晴れ、十六区は雨となっております。風は微風、湿度は10%未満です――何とあの魔道具シェアナンバーワンのMP社の最新モデルとなっており――ここミッドガルドで最近、超新食感クレープが話題となっております――』
画面に様々な映像と音声が映し出される。
天気予報、ニュース、バラエティ、とリモコンの操作に合わせて番組が切り替わっていく。その中には保持者向けの番組もある。
『――つい先日、新しい魔法系が開発されました。既存の魔法陣を組み合わせた物で、原理自体は難しい物ではありませんがその“特殊”とも言うべき法則が発見され、既存の魔法系の根底に関わるとして、学会では波紋が広がっています。また、今回の開発者は学生と言うことで、インタビュー!!イェーイ!』
ああ。
この番組、やってることは真面目なのにいつもどっかしらではっちゃけるんだよなあ。
イェーイ!じゃないっつーの。
「さて、俺らはもうそろそろ帰るぜ」
「お、お邪魔しました」
テレビを眺めていると、海と内宮さんが席を立った。
外は真っ暗、街灯の光が規則正しく並んでいた。
友人が家に遊びに来るのは初めてで、とても嬉しくて、もう帰るのか、と言う気持ちは有るが今生の別れと言うわけでもなし、明日になれば会えるしいつでも家に呼べるのだと思えば引き止めようとはおもわない。
海はともかく、内宮さんが夜が更けていく時間に外を歩くのは心配だ。
夜道は危険なのだ。実際、犯罪に巻き込まれる事など、二階から落ちて来た植木鉢が脳天に直撃するくらい低い確率だと思うが、だからと言って警戒しないで良い理由にはならない。あとで悔やむことになるよりは、多少口うるさいくらいには予防しておくべきである。
まあ、海が送って行くとは思うけど。
「うん、またあしたね」
玄関先まで海達を見送る。
現乃さんは何も言わずに手を振っていた。
海達の背中が見えなくなった所で、家に引っ込む。何気に暇になってしまったな。
現乃さんはこれから強化の発動練習だから、邪魔するのも悪い。
やることないなー。
現乃さんと楽しくおしゃべりしたいけど、ここはグッと我慢だ。
適当に風呂入って、ネットして寝るかな。
「現乃さんはこれから強化練習するでしょ?」
「そのつもりだけれど」
「僕は先に風呂に入るよ」
「わかったわ。さっき沸かしておいたからすぐに入れるわ」
「おお、流石」
うおっしゃ。浴室に移動すると、ピンと張られた湯槽から湯気が立っていた。
ドア閉めてー。
服脱いでー。
もう一枚ドア開けてー。
すっぽんぽーん。
いかんな、テンションがおかしくなってる。まあ、いいか。
シャワーで髪を濡らして、シャンプーを手に取る。わしゃわしゃと髪の汚れを落とす音だけが浴室を満たしていく。
目を瞑れば、目の前は真っ暗だ。
髪を洗う間は、やけに頭が回転して色んなことが浮かんでは消える。
リトリビュートにどんな新機能をつけようかな、とか。
概念封入の実験しないとな、とか。
今日のホラーゲーム怖かったな、とか。
そこに考えが行き着いたのが失敗だったのだろう。思考は、ぐるぐると回っていたはずなのに、いつの間にか固定されて動かなくなった。
――背中に気配を感じる。
うわ、マジか。
ははっ。まさかね。
僕の脳裏には元お婆ちゃんが後ろから首元を狙う映像が映し出されていた。
風が、脇腹を撫でた。
密室空間であるはずの浴室に、有ってはいけないはずの空気の流れが存在する。
そして、全身に視線を感じた。
舐めるように全身を狙うその視線を受けて、僕は寒気を覚えた。
気のせいだよねハハハ。
だってほら、科学的じゃないよ。魔法系が科学として存在するのに何を言っているんだ僕は。じゃあアレだ。常識的じゃない。怪物が僕の家の浴室に入り込むなんてどう考えても有るわけない。
僕は冷静に現状を把握するべきだ。
ちょっと注意深く感覚を研ぎ澄ませると、何時もより音の反響が少ない様に思えた。
あ、これ浴室のドアが開いてるな。
どうやら、ドアが完璧に閉まり切っておらず少しだけ隙間が出来てしまった様だ。その些細な差異が、僕に違和感をもたらしたと言うわけだ。
シャンプー中なので目が見えない。
手探りでドアを閉めた。
自作自演とでも言うべき恐怖に打ち勝った僕は、清々しい気持ちで頭を流す。シャワーの水流で恐怖すら流れ落ちるようだ。
――そして感じる、微風と視線。
あれ?ちゃんと閉まり切って無かったのかな。もう一度手探りでドアを閉めた。おかしいな。立て付け悪いのかな。
さっさと泡を洗い落とす。
しかし、また問題が。
「どうしよう目が開けらんない」
眼前に元お婆ちゃんが広がっていたらどうしよう、などと考えてしまった僕がシャドーボクシングをしながら目を開けるのは二分後の事だった。
「ふぅ、良い湯だった……かなぁ?」
「おかえりなさい。次は私が入るわね」
「どうぞー。ところで、シャワーしてると気配を感じるのって何でなんだろうね」
「そう?」
「なんかずっと見られてた気がするんだよね。ドアも勝手に開いてたし」
「さ、さあ?な、何でかしらね」
現乃さんは膝の上に乗せていたリトリビュートを仕舞って、そそくさと風呂場に消えていった。多少顔が紅いようだったし、練習に集中し過ぎて汗をかいたのだろう。
「さて、適当にネットして寝るかな。携帯どこやったっけ」
こうして、僕の一日は終わっていく。
今日は、元お婆ちゃんが僕を見ている気がして、一睡も出来なかった。
読んでいただきありがとうございます。
話が全く進みませんね
十話中に進められると良いなあ。最低でもキッカケくらいは……!




