理想の真骨頂
「その女、って言うのは、現乃さんの事を言ってるのか?」
「それ以外に誰がいるんだよ」
唇が震えているのが分かる。いや、唇だけじゃ無い。全身が震えていた。手先は砕けんばかりに握り締められ、足の筋肉は敵を殺せと言わんばかりに前へ出ようとする。この体を突き動かすエネルギーとなっているのは、純粋な怒りだった。
こいつは、目の前のこいつは、僕に何をしようとしている?
「また、僕から奪うのか……?」
思わず、言の葉を零してしまう。
しかし、それに僕は気付けなかった。『理想世界』で、目の前の赤髪を殺しそうになるのを堪えるのに必死だったからだ。
願えば、叶う。
だが、僕は願ってはいけない。
自分が人間である為に――人間で有り続ける為に、僕は人を殺すことを願ってはいけないのだ。
「おい、黒髪!聞いてんのか!?」
「……聞いてるよ。みんなから離れようか」
そういって、僕と朱島はグラウンドの真ん中へ移動する。
お互い、逆方向へと歩いて行って、彼我の距離が約20メートルほどになったところで止まった。
向かい合う僕らは既に行動可能だ。
戦いの火蓋は、切って落とされたのにどちらも動かなかった。
ただ、睨み合うだけ。
その沈黙を破ったのは、朱島だった。
その場から動かず、挑発してきた。
「あいつ、美人だよなァ!俺に相応しいのはああいう女なんだよ!なんでテメェを選んだのかは知らねえが、俺の力を見ればあいつも俺を選ぶだろうよ!」
そうか。
やけに突っかかってくると思えば、これが目的だったのか。
現乃さんを手に入れる為に、僕に決闘を挑んだ。必ず勝てると踏んでいたから、挑んだ。
賭けると言って、奪いに来たのだ。
「だから、早く俺に負けてあの女を寄越せ、黒髪ィ!」
僕は、ずっと一人だった。
上っ面の関係でさえ作れない、怪物だと避けられ蔑まれて、そんな僕にやっとできた理想の理解者が現乃さんだ。
その唯一の理解者を、奪うのか。
畜生。また我慢するしかないのか。
……いや、何故我慢する必要がある。
僕には現乃さんが居る。
彼女は僕を受け入れてくれた。それで十分じゃないか。これ以上何を望むって言うんだ。
夢なら叶った。それなら何を怖がる必要がある。どうせそのうちバレるんだ。それが遅いか早いかの違いだけ。
バレたとしても、理解者はいる。
それなら、隠す必要なんてないじゃないか。
「そうだよ、何も問題なんてない。勝てば良いんだよ、勝てば」
「アァ!?俺の方が強いってぇのがまだわかんねえのか!」
「確かに、強いことは重要だと思うよ。強かったら何しても良いんだから」
消えたはずの苛つきが、怒りを燃料にして再燃する。
強さには責任があるとか、そんなことを抜かすつもりはない。
僕はこれから、自分の力を振るって弱い物いじめをする。ただ、それだけだ。
「僕の理想は、お前をぶっ飛ばすことだ」
「でかい口叩いてんじゃねえぞッ!」
「良いから、かかってこいってぱ。お前の方が強いんだろう?何をビビってるんだよ」
「殺してやる!魔力を持って炎と成せ、炎を持って槍と成せ!――『炎槍』!」
「残念外れ」
真っ赤な炎が中空で槍を形作り、一切の予備動作なく高速で発射される。
いかに速いとは言っても、流石に亜音速に到達しうる銃弾ほどではない。
つまり、強化していれば目で見てから躱せる。
甘い甘い。『炎槍』は避けた後の着弾地点で爆発が起きることにさえ気をつければ回避することは容易い。
それを、一本ずつ撃たれた所で何の脅威にもならない。僕を魔法系のみで倒したいなら、内宮さんみたいに前方180度を全てカバーして百本同時発射とかやってくれないと。まあ、今はそれでも足りないけど。
「クソが!避けてんじゃねえ!」
「そう思うならさっさと近づいてくれば良いじゃん」
「ぐっ……『炎槍』!」
「あれぇ〜、近付いてこないのか〜?ああっ、分かったぞ!至近距離だと勝てないもんねえ!!!!」
十本同時に飛んできた炎槍を躱しつつ、さらに煽る。
こと戦闘において挑発は立派な戦法だ。
相手のペースを崩し、動きを読みやすくする。朱島はまんまと引っかかって当たりもしない魔法系を連発している。
魔力は無限にあるわけじゃない。
使い続ければいつかはなくなってしまう。
だから、僕はそれを待つだけで良い。
流石に、内宮さんの様な特性は持ってないだろう。持っていたら、その上で叩き潰すつもりではあるが。
「舐めやがって……!本気でやってやる!」
「最初からやっといたら良いのに」
反復横跳びで、迫り来る炎の槍を回避しつつ、挑発を続ける。頭に血が上って、単調な攻撃だけを繰り返す奴なんて怖くない。普通なら、もっと速くて魔力消費の少ない炎弾を混ぜたりして、回避タイミングを崩したりすることなど考えつくだろうに、そこまで考えが至らなくなっている。
「『炎槍』」
本気を出す、などと言っていた割には馬鹿の一つ覚えの様に同じ魔法系を使うらしい。
その程度よけれるっつーの。
火の粉を残しながら飛翔する炎槍は先ほどまでの物とは変わって、速度が一回り速くなっていた。
だが、まだ遅い。
体を傾け、余裕を持って回避する。
僕が移動した後の空間を突き進む槍を横目に、視線を戻した瞬間。
「だから、一本じゃ意味ないって――ッ!!」
ボオォン!
爆発音と共に土煙が辺りに立ち込める。
視界が遮られて、相手の様子が窺えない。朱島の笑い声、そして遠くで現乃さんの声がしていた。心配してくれているようだ。
当たる寸前に炎槍と体の間に腕を挟んで、ほぼ無意識で出来る限り強化を強めたから、爆発という見た目の派手さほどのダメージは無い。それでも、炎を受け止めた腕は火傷が酷く、痛みが引かない。体操服の性能にも助けられた。強化の質が悪ければ、爆発で腕が千切れ飛んでいてもおかしくはなかったし、ただの服だったら、今頃上半身は真っ赤に腫れ上がっていることだろう。
伊達に強化だけを練習しているわけじゃない。
僕から朱島が目視出来ないと言う事は、逆もまたしかりだ。今のうちに何が起きたのか考えよう。
適当に魔法系を撃ちこんでくるだろうから、手短にまとめる。
躱したはずの炎槍が、殆ど直角に曲がって僕を追ってきた。
まるで、僕が躱したのを見てから、追いかけるように方向が変わった。
僕が得られたのはこの情報。しかしこれだけあれば十分だ。
一度発動したはずの保持能力をその場で軌道変更させたと言う事は即ち、僕が食らった炎槍は魔法系では無く、超能力系だったと言う事に他ならない。食らう前の『炎槍』と、曲がった『炎槍』は意図的に似せられた全くの別物。僕は、朱島が魔法系しか使えない物だと思い込んでいた。
そのせいで反応が遅れてしまったのだ。
恐らく、朱島が同じ魔法系だけを使い続けていたのも、僕に間違った情報を刷り込むためだったのだろう。わざわざあいつが炎槍、と魔法名を言ってから攻撃を仕掛けてきたのも、僕に誤認させるため。
中々、考えているようだ。僕はまんまとヤツの術中に嵌ってしまった訳だ。
煙の向こうの朱島の高笑いを聞く限り、どうやら追撃はしてこなさそうだ。
勝ち誇ったセリフが聞こえて来る。
しかしまだ、僕は降参していない。と言う事は、勝負は終わっていない。
僕は出来うる限りの余裕を見せつけながら朱島に勝ちたい。その為には、強化だけでは足りない。だから、僕は理想を願うのだ。
やることは至極簡単だ。圧倒的な、怪物の如き暴力を振りかざして、目の前の気に食わない男を倒す。それだけのこと。
魔力を殆ど使ってしまう上に、完全詠唱でないと魔力が足りなくなってぶっ倒れてしまう為に中々創れない、僕の武器をこの手に願う。
詠唱を始め、最後の句を詠いながら、理想を魔力で形作る。
「――彼方と此方の世界を写せ。――『理想世界』」
反撃開始だ。
僕の右手に一振りの刀が顕現する。
打刀と呼ばれる、取り回しし易い大きさの刀だ。魔力のみで創造されたそれは、この世で一本しかないオーダーメイド品ではあるが、今は何の変哲もない打刀だ。
だが、この場限りの魔刀に変える。
「概念封入――『火属性吸収』『切断変換』『距離指定』『制限時間』」
頭の中で迷わない様に、幾つもの概念機能を設定する場合は、キーワードを声に出して確認することにしている。暗算する時でも、計算結果を紙に書き出した方が間違いが少なくなる様に、声に出すことによって、安心できるし、実際に効果が上がる。
煙が、晴れる。
打刀の柄を、指先を馴染ませる様に握り直す。重さは、通常の打刀レベルだ。片手で振るうには少し重たい程度。強化中の今なら、丸めたポスターの如く重さを感じなくなる。
朱島は一瞬驚いたが、僕の両腕の火傷を見て満足そうに笑った。
勝ちを確信した笑みだ。
「俺の『火操』を受けて倒れねえとはな。だが、お前はこれで終わりだッ!『炎槍』!」
魔法名と同時に、炎の槍が朱島の周りに左右五本ずつ現れる。
通常なら、槍の鋒を向けた方向に発射されるはずだ。
しかし、いつまでたっても僕に飛んで来る気配を見せない。不可解に思っていると突然槍の形が崩れ、炎が全て混じり合って、巨大な蛇の様になった。
「俺の『火操』は、支配下にある炎を自由自在に操る能力だ。当たれば、火傷程度じゃ済まねえぞ」
「火を操るだけの能力がどうしたって?」
「そんなことを言ってられんのも今だけだ!俺に歯向かった事を後悔させてやるよ。泣いて土下座したら許してやる!」
「さっきも言ったよね?出来もしないことを囀るのはやめた方が良いよ」
「やっぱりてめえは殺すッ!『赤蛇』ッ!」
叫ぶと同時、炎の蛇が襲いかかって来た。
この蛇を操っているのなら、避けても無意味だ。先の炎槍の様に、追撃して来るはずだから。
だから、僕は迎撃する。
紅蓮の蛇が僕に触れる手前で、打刀を振るう。ただの刀を火そのものに向けて滑らせた所で、振るった刀もろともに全身を炎が呑み込んで熱に焼かれてしまうだろう。
ただの刀なら。
僕の打刀の刃が『赤蛇』に斬り込んだ瞬間、赤々と燃え盛っていた炎は鳴りを潜め、その場で立ち消えた。
僕にとっては当然の結果だが、勝利を確信していた朱島にとっては信じがたい出来事だった様だ。その驚愕の顔を待っていた。実に快感だ。
「……何が起きた。おいてめえ!何しやがった!」
「それ言うと思ってるの?」
「ふざけッ!?」
ガタガタと煩かったので、黙らせた。
傍から見れば左手の人差し指を上から下につぃっ、と動かしただけに見えただろう。
実際には、僕の人差し指と連動して朱島に物理的な圧力が加わっている。
朱島は、上から何かに抑えられている感覚を神経から受け取っているだろう。
地べたに這いつくばって砂まみれになりながら、何が起きているのか考えているんだな。
「何をしやがった……!ぐあっ!」
また懲りずに聞いて来たので、僕は答えずに人差し指を下から上に揺らす。
僕の視線の先では、朱島が宙に舞っていた。
僕が打刀に封入した概念を言葉にすると、『火、炎を吸収し、吸い取った量を消費することで消費した分だけの圧力を視界内の好きな場所に発生させる。この概念の持続時間は五分』だ。
どうやら、彼は僕を近付けなければ勝てると思っていた様だから、なるべく遠い距離で勝てる様にした。
殺すことだけは我慢したので、この程度にしたけど我慢出来なかったら、倒れる事を覚悟で『必中』『必貫』を返しの付いたえげつない形状の槍に封入するつもりだった。
そして五分後。
朱島は上下左右を右往左往の大忙しだ。
いや、僕も五分間丸々やるつもりは無かったのだが、思ったよりも炎の密度が高かったらしく、中々終わらなかったのだ。
自業自得だ。
髪も服も顔も靴も、全身余すところなく砂だらけ傷だらけだが、今だに心が折れていないらしい。僕を睨みつけて来た。
打刀は壊れてしまった。
一から物を創ると、消費魔力が大きくて大変だし、そこそこの物を創っても概念封入すると概念に耐えきれずに自壊してしまう。
多分、僕が全力で概念封入をしたら、余程の業物で無いと、概念発動した状態で一振りしただけで砕けると思う。
この打刀はよく持った方だ。
わざわざ制限時間をつけて負担を減らしたのだが、この分だと制限時間設定はいらなかったかな。
「降参するー?」
「誰が……するか」
「うーん。勝負が終わらないよ」
僕はもう結構スッキリとしたので、先ほどまでの鬱屈とした考えは消えてくれた。
さっさと現乃さんの所に戻りたい。
よく考えたら、朱島は現乃さんをチームに引き入れようとしていただけで、僕から現乃さん自体を奪おうとしていたわけでは無かった。
でも、俺に相応しいとか与越せとか、抜かしてたしな。
現乃さんは僕の物でも何でもないのに、やけにムキになってしまった。いつの間にか、彼女の存在が僕の中で大きくなっていたと言うことか。
それでも、『奪われる』と思うこと自体おかしかったのだ。僕は何様のつもりなんだろうね。
恥ずかしくて自己嫌悪に陥りそうだ。
でも、あいつの目は気に入らない。
僕は間違ってなかったはずだ。うん。間違ってない。
「早く降参してくれないかな」
「俺が負けるなんてあり得ないんだよ!」
どう収集をつけようか悩んでいると、先生が近くに来た。
「勝負アリ。お前の負けだ、朱島」
「ふざけんな!俺はまだ降参してねえ!」
「そんなにボロクソにやられといて何言ってんだ。殺さない様に手加減までされておいてよ。認めろ、お前の負けだ」
「ッ!クソッ!」
そういえば、先生が審判だった。
勝敗を告げられた朱島は、ボロボロの体を引きずってグラウンドを出て行った。
流石に、強化しているはずだから、骨折などはしていないと思う。酷い打ち身程度だろう。
そして残される僕。
よっしゃ、勝った。
先生が出て来て、素直に引き下がってくれて助かった。さらにごねる様なら、もっとやらなくてはならなかった。
忘れていたが、今は授業中だ。
早く戻るとしよう。
読んで頂きありがとうございます
能力の説明をセリフにして喋るのは負けフラグ
もっと相手の能力の隙をついたりして勝っても良かったのですが、さっくり倒してもらいました




