島一族《アイランドシリーズ》
現乃さんは、内宮さんに連れられて女子更衣室へと消えた。
僕ら男衆は教室で着替えだ。
何故だか、着替えの最中、ずっと赤髪が僕を見ていた気がする。
いや、理由は分かるし見ていた気がするんじゃなくて、実際に食い入るように見られている。男に見つめられる趣味はない。
現乃さんに見つめられると恥ずかしくて目を合わせられないが、赤髪に見つめられるととても不思議な気持ちになる。
内臓が硬くなっていくこの感覚はなんだろう。ああ、イラつきか。ムカムカするね。
そんなに見つめられると顎に右ストレート入れたくなっちゃうな。面倒臭い。
「想也、お前も変な奴に目をつけられたな」
「え、あいつのこと知ってるの?」
僕が挙動不審なのに気付いた海が、オレンジ色のリストバンドを弄びながら話しかけて来た。いまはそこまででもないが、赤髪の目が僕が良く知る目の色をしていた気がする。
燃えるような赤色、という意味ではない。
お前を認めないという『否定』の目の色だ。
嫌な目だが、いまはそこまで怖くない。
なぜなら、僕はもう一人じゃないから。
彼女が理解者としていてくれる限り、僕の心は安らぎを享受出来るだろう。
だから、今更その『目』をする奴が一人や二人増えた所で何ともない。
だと思っていたのに、それが挙動に出てしまったのは失態だ。そのうち、慣れていくだろう。
「あいつ、朱島明人だぞ?知らないのか?」
「ゴメン、誰それ」
「結構有名な話だと思ってたんだけどな……。まあいい。流石に朱島って苗字には聞き覚えがあるだろ?」
「ない」
「マジか……オーケーわかった。ビビらせるような事は言いたく無いんだが、ちゃんと聞いとけよ。まず、この『シャンデリア』には有力な『貴族』とも言えるような奴らがいるのは知ってるな?」
「まあ、それくらいなら」
〈災害〉の後、地球奪還と人類復興に尽力した人々がいた。
ある人は、保持者として怪物を下し、人類の支配域拡大に大きく貢献した。
またある人は、『シャンデリア』と名付けられてすらいない時から、経済を安定させ、活性化させ、人々の希望を保ち続けた。
そうした人々の末裔が、今も『シャンデリア』で政府の高官になったりして、とても強い力を持っている。
そうした人々は共通した苗字を持つことで有名だ。
有名な所では、島一族とか言われている。
「で?その朱島とか言うあのクソイケメンがその島一族だっていうの?同性、と言うか同じ文字を含む人なら結構いるらしいじゃん。本当に島一族だっていう証拠は?」
「やけに突っかかるなお前。なんだ?現乃が取られるかも知れないって思ってんのか?」
「そんなわけないから。そもそも僕の物じゃないし。彼女は理解者なだけだよ」
「……?まあいい。じゃあ例えば、毎朝高級そうな長い車から、颯爽と出て来てたら信じるか?」
「今時そんなやついないでしょー。――マジで?」
「想也は何時も遅刻ギリギリだから知らないのも無理は無いけどな。だが――」
冗談かと思ったが、本当らしい。
そんなステレオタイプな良いとこの長男みたいなやついるんだ。
「うっわ、マジで?お坊ちゃんも良い所じゃん!」
笑いが堪えられない。
危ない危ない、思わず吹き出す所だった。
何あいつ超面白い。
「チッ!!」
僕が笑っていると、盛大な舌打ちとともに、赤髪くんもといお坊ちゃんは机を蹴飛ばして教室を出て行ってしまった。それに続くように2人の男が着いて行った。
机を蹴るとか感じ悪いなあ。
海が嘆息しながら呟いた。
「――プライドが高く、実力は頭一つ抜けてる……んだがさっそく神経を逆撫でするようなことを……」
「わざとだから問題ないよ」
「何処が問題無いのか教えてくれ」
「あいつの現乃さんを見る目が気に食わなかったんだよ。顔を見て、体を見て、まるでブランド品を見るように眺めてた。それが何故かイライラした。ただ、それだけだよ」
僕はただそれだけ言って、教室を出る。
「ほら、行こうよ海。着替え終わったんなら早く行かないと遅刻するよ?」
「あ、ああ、今いく」
僕がイライラしたのは、否定の目を向けられたからだ。拒絶の目をしていたからだ。
なのに、何故、現乃さんを見る目の方が不愉快に感じたのだろうか。
◇
五分後、クラスメイトは全員第七グラウンドに集合した。その中には僕を睨む赤髪の坊ちゃんの姿もある。
少し緊張気味の現乃さんが、内宮さんの近くにいた。ついに今日、現乃さんの練習の成果が試される。この日のために、練習を繰り返して来たのだ。きっと、クラスメイト達は度肝を抜かれるだろう。
内心ほくそ笑んでいると、内宮さんと現乃さんが歩み寄って来た。
二人とも可愛い。目の保養になる。
まあ、可愛いだけ、とも言える。
中等生の時は、可愛い女の子だろうと僕を怪物だと言ってた。
……また、嫌なことを思い出した。
内宮さんは分からないが、少なくとも現乃さんはそんなことは言わない。
実に嬉しいことだ。
「おいお前らチームになれー!」
突如として、僕たちのすぐ近くから一井先生の声がした。現乃さんは大層驚いたようだ。
また、いつも通り瞬間移動して来たのだろう。
今までの流れで言うと、この後はチーム対先生の授業になるははずだった。
今まで通り、いつも通りなら。
突然、赤髪――朱島明人が声を張り上げた。
「おい、黒髪!俺と勝負しろ!」
しかし誰も名乗り出ない。
個人名を出していないから、誰に対して勝負しろと言っているのか判別がつかないのだ。
皆、多種多様な髪色瞳色ではあるが、黒髪に該当するのは僕を含めて3人いる。
僕を除いた残りの黒髪二人が、揃って僕を見ていた。え?僕?いやいや、島一族の方に指名されるなんて恐れ多いですよ。しかも彼はご立腹のようだ。
このまま無視を決め込みたいが、しかし、ここはコトを荒立てないよう僕が下手に出る他無いだろう。
「いかがいたしましたか、坊っちゃん」
胸に手を当て、45度の角度でピッシリと一礼する。この前、テレビでやっていた執事の作法的な物を覚えていたのが功を奏したようだ。証拠に、坊っちゃんはプルプルと震え、口は金魚のように開閉するばかり。恐らく、僕の坊っちゃんを思う熱い気持ちが伝わり、感動なされたのであろう。
赤髪の坊っちゃんは、灼眼をさらに血走らせて叫んだ。
「ぶっ殺すぞテメエ……!!」
「いけませんぞ、坊っちゃん。出来もしないコトをまるで小鳥のようにピーチクパーチク囀るなど、坊っちゃんの品格が疑われてしまいます」
肩を怒らせ、ズカズカと距離を詰めてくる赤髪に僕は引くことは無い。
ただ、真っ向から見据える。
赤髪は僕の目の前まで来た後、胸ぐらをつかんだ。
「舐めてんじゃねぇぞ……!弱ぇ癖によ!」
「坊っちゃん、お薬の時間でございます」
さっき掴んでおいた砂利を差し出したが、にべもなく払われてパラパラと地面に落ちてしまう。
「取り立てのお薬でしたのに……」
「お前、マジで覚悟しろよッ!」
「追加のお薬出しておきますねー」
その場で拾い直した土を固めてもう一度差し出す。
無視ですかそうですか。
「おい先公!こいつと決闘する!別に構わないよな!?」
「別に構わんぞー手早くなー」
軽いよ先生。
決闘なんていけないよ、とか言ってくれるもんじゃ無いのか?
「おい!黒髪勝負だこっち来い!」
「一体、誰に言ってるのか分からないや、ははは」
「よォし分かった!お前の名前を教えろ!」
「海、呼ばれてるよ」
「どう見てもお前のことだろうが。俺を巻き込むんじゃねえ」
段々ヒートアップしていく朱島に、僕はやれやれと肩をすくめて返す。
「理崎。理崎想也だよ、朱島明人君」
「よし理崎!俺と決闘だッ!」
「お断りします」
断られるとは思っていなかったのだろう、呆気に取られた顔をしている。
逆に何で僕が決闘を受けると思っていたんだろう。僕になんかメリットでもあるの?
「おちょくってんのかテメェ!」
「ちょっと何言ってんのかわかんないすね。何で僕が決闘だなんて物を受けると思ってるんすか?」
「ハッ……分かったぞ。テメェ、俺に勝てないからって逃げるつもりだろ。それでも男かよ」
茹で蛸のような真っ赤な顔だが、憤怒の表情から一転、僕を嘲るように言い捨てた。
だからなに?
「挑発が雑魚のセリフみたいだよ?それに、俺に勝てないから逃げるつもりだろなんて、面白い冗談を言うね、君。自分より弱いだろう相手だからって決闘を勝手に宣言した、臆病者のギャグセンスは高すぎてついていけないよ」
「何だと……!?」
「勝つも負けるも、そもそも勝負が成立してないのによくそこまで言えるよねぇ。挑発ならもっと上手くやった方がいいよ。僕みたいに」
「俺は島一族に名を連ねる朱島明人だぞ!」
「だから?」
「そもそも、俺はテメェが気に食わなかったんだよ!いつもいつもヘラヘラしやがって!先公と良い勝負出来てるからって調子に乗るんじゃねえ!」
だからなんだと言うのだ。
別に、強化しか使ってないじゃないか。
僕だって最初からこんなに戦えたわけじゃない。血反吐吐いて必死に身に付けた技術だ。
努力の結果なんだから、構わないでくれ。
それとも何か?羨ましいのか?
「嫉妬してる暇があったら、練習してこいよ」
「ふざけんな!俺はお前よりも強いんだよ!だから、お前は従ってりゃ良いんだ!」
うわぁ、話聞かないタイプの人だ。
僕もちょっと煽り過ぎたかな。
中々苛つきが消えてくれないから、ついやり過ぎちゃった。考えてみれば、ここまで煽る必要はなかったのだ。売り言葉に買い言葉じゃないけど、僕も下手な挑発に乗せられてしまったらしい。
「あーはいはい、君の方が強いよ。煽って悪かったね」
「ふざけんな勝負しろ!」
「うーん、分かったよ。勝負すれば良いんでしょ?」
適当に戦って負ければ、こいつも満足するだろう。とても痛いだろうけど、今だけ我慢すれば良い話だ。女の子の前で格好つけられないのは嫌だけど、背に腹は変えられない。変に争って確執を生むよりはよほどマシだ。
「それで?ルールはどうするの?」
「なんでも有り。死んでも文句無し、負けを認めて降参した時点で決着だ。流石に、死ぬようなら先公が助けてくれるだろうけどな。審判は、先公がやってくれんだろ」
「んー。いいよ、それで」
「そしてもう一つ。このままだとテメェはすぐに降参だって言いそうだからな。仕方ないが、一つ賭けよう。負けたくなくなるようにな」
「賭けるって、何を?」
朱島は、僕のすぐ後ろにいた現乃さんを指差した。
「そこの、女だ」
読んで頂きありがとうございます。
質問、アドバイス等あればよろしくお願いします
よく居る有り体な貴族のお坊ちゃんが出てきました




