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君と僕の理想世界  作者: 天崎
第一章
29/79

銀色の編入生

月曜日。

いつも通りの学校が始まる。

誰もがそう思いながら週初めを迎えるのだ。

学校が始まってしまったと思うか、やっと始まってくれたと思うのかは人それぞれだ。

一日一日をしっかりと踏み越えて進んでいるのに、変わらないと感じるのは本当は進歩がないからなのか。それは、少なくとも現在の僕には分からない。遠い未来にふと思い出して、

しかし僕は、この日ばかりはいつもと違う一日が始まるのだと知っていた。

『今日』は『昨日』と『明日』の境だ、と言っていたのは誰だったか。

学校生活という分野において『いつも通り』の日常が少しだけ変わる、その境目になるのが今日だ。

昨日までの『いつも通り』と明日からの『いつも通り』は似ているようで、全く別の事を指すようになる。


教室の後ろに、新しく机と椅子が置かれているのは、変化のキッカケだ。


「おいお前ら席ついてんだろーなぁ!?席着いてない奴は膝の骨叩き折って無理矢理座らせるからなオラ!」

「「「はーい」」」


教室のドアを開け放ち、開口一番物騒なことを言い放ったのは、190cm程の身長で、ボッサボサの黒髪と伸びに伸ばした無精髭が特徴的な、アスリートのような筋肉をした瞬間移動(テレポート)する我らが六組の担任。

一井響也その人だ。見た目は胡散臭いが、実力は高い。

結構過激な発言をしているが、その顔はニヤけ切っているのでいつも通りの事としてクラスメイトたちはスルーした。


「さて、話すことはいつも通り無い……と言いたいところだが、今日は編入生を紹介する。入って来て良いぞー」


一井先生の合図と共に、教室がにわかに色めき立つ。

美少女、もっと言うなら今の時代における美少女が、新しくクラスに加わるとなれば、そりゃあ嬉しいだろう。

編入生は美しく、可憐で、歩を進めるごとにその美貌に目を奪われそうになった。


そしてその佳人は銀の長髪を揺らし教団に上がると、翡翠色の瞳でクラス全体を一瞥し、凛とした声で言った。


「現乃実咲よ。これからよろしく」


それだけ述べて、押し黙ってしまった。

いや、現乃さんもうちょっと言うことあるんじゃないかな!?


「そんなわけで今日からこのクラスに編入する現乃だ。適当に仲良くしろよ。じゃあ現乃、適当なところに座れ」


現乃さんはクラスメイトの目線を一身に受けながら、教室の後ろに置かれた机と椅子をガタガタと動かして、さも当然と言った風に僕の真横につけた。

現乃さんへ向けられているはずの目が僕にも向いている気がして実に居心地が悪い。

僕の周りの席が全て埋まっていたら流石に横には来なかったと思うんだけど、僕は半ば定位置と化したど真ん中最後列に陣取っていた為、前以外はオールフリー状態だ。

知り合いは僕しかいないんだから、当たり前のことかも知れない。


「聞きたいことは色々有るだろうが、休み時間になるまではクソつまんない授業でも受けてろよ」


教師がそんなこと言って良いのかよ。






時は進んで昼休み。

現乃さんは、質問責めにあっていた。

とても迷惑そうな顔をしているが、まだまだ表情の変化には乏しい。よく見ていないと分からないほどだろう。


「現乃さんって、何処から来たのー?」

「今までは行政区に居たわ。ここに来たのは親の都合よ」

「確かに、今ぐらいの時期なら学校変えてもそんなに問題ないかもね!」

「ねぇ現乃さん!得意な魔法系(マジック)ってあるー!?私は火属性なんだけどね!」

保持者(ホルダー)だって分かったのは最近で、今は強化(ブースト)しか出来ないの。だから、魔法系(マジック)は何が出来るかまだ分からないわ」


こんな具合だ。

もちろん、嘘、僕と現乃さんで考えた作り話だ。

今日までの約一週間、結構忙しかった。

現乃さんの戸籍登録、編入手続き、その他諸々を突貫で推し進めるなか、彼女の魔力操作訓練も同時並行で行ったからだ。

せめて『強化(ブースト)』だけでも、と土日を丸々潰して練習した。

その甲斐もあって、強化(ブースト)は問題無く発動出来るようになった。

現乃さんが練習する横で、現乃さん専用の武器を創ってみたりして、魔力と日曜日を殆ど持って行かれたけど、とても喜んでくれたようで嬉しかった。女の子に武器を渡して喜んでもらうというのも腑に落ちない感じはするけど。

僕は武器作りに忙しくてご飯が作れなかったので、現乃さんにお願いしたのだが、メチャクチャ美味しかった。現乃さんが作ったから、という付加価値が大きいのは否定出来ないが、それを差し引いても僕よりは上手い。


そんな彼女に群がるクラスメイトの中で、二人ほど僕の方に近づいて来る奴が居た。

八雲海と内宮一葉だ。

どちらも、今朝現乃さんが教室に入って来た時はとても驚いていた。海と内宮さんは現乃さんを見たことがあるのだ。あの島の生き残りが学校に編入して来たとなれば、目を見張るのも無理はない。この二人に限っては、他のクラスメイトとは驚きのベクトルが別方向だ。

生き残り区分で、クリスとか言うおっさんが編入して来たら二つの意味で驚愕だが。


「おい、想也」

「何かな」

「あいつ、あの島に居た奴だよな」

「そうだね。保持者(ホルダー)だって分かって、初めての仕事があの島だったらしいよ」

「そりゃ、運が悪かったなぁ」

「全くだよね」


海が話しかけた来たので、予め決めておいた設定を話しておく。


「まあそれはそれとして、現乃は記憶喪失じゃなかったのか?」


あ、そういえば、僕以外の人は現乃さんが記憶喪失じゃないって知らないんだ。勿論、『不老不死』って事も。


「あー、えっとそれはね……実はあれ、全部設定なんだ」

「ほう?」

「ほら、記憶喪失だって言うと、周りが変に気をつかってギクシャクするかも知れないから、取り敢えずああやって言ってるんだよ」

「なるほどな」


そう言って、何処からともなく取り出した菓子パンを頬張り始めた海と、その横でこじんまりとした手作り弁当を広げる内宮さん。

それらを見て、それしか食べないの?と思ってしまった自分はおかしいのだろうか。

女だから男だから、そんなセリフを抜かすつもりは全くないが年頃の女の子が食べる量としては、やはり現乃さんは常軌を逸しているようだ。


さて僕もご飯を食べようかな、と弁当を机の上に乗せた所で現乃さんがクラスメイトから解放された。まだまだ聞きたいことはたくさんあるようだが、食事をとって仕切り直すつもりなのだろう。


「ふぅ……疲れた。何であんなに言いよってくるのかしら。別に面白いことなんて無いのに」

「あはは、お疲れ様、ご飯食べよう」

「そうね、楽しみだわ」


ドン、と置かれた現乃さんの弁当は、内宮さんの弁当のおよそ3倍の大きさだ。

やっぱおかしいよねこれ。

家ではこれのさらに3倍以上食べてなお、まだ足りないとかいうのだから。

僕の家のエンゲル係数は鰻登り、とどまる所を知らない。係数が50%を超えるとかなり困窮した暮らしだと判定されるらしいが、そう遠く無いうちに40%の大台に乗るのでは、と僕は睨んでいる。

この一週間、一回も仕事をしてなかったから貯金を切り崩す生活だ。

まだ余裕はあるが、切り崩す所か、消し飛ばす勢いで貯蓄が溶けて行くのを見ると、一抹の不安が心によぎる。


目の前の男女2人は言葉を失っているようだ。僕は最初、次の日の朝ごはんを失ったけど。


「現乃、そんなに食うのか……?」

「あ、あんまり食べると、次の授業でおなか痛くなっちゃうからそこそこの量にしておかないと大変だよ?」


信じられない、と言った風に呟く海と、現乃さんの身を案じて優しく教えようとする内宮さん。

それに対して現乃さんはと言うと、


「軽食だもの、これ。それより誰よ、貴方達」


恐ろしい言葉が聞こえた気がするが、それは一旦置いておこう。

どうやら、現乃さんは海と内宮さんを覚えて居ないようだ。

現乃さんの言葉を受けて、我に返ったように海は自己紹介を始めた。


「俺は八雲海。こいつは内宮一葉だ。現乃とは、人違いじゃなければ二週間位まえに、地上で会ってるはずなんだが」

「んー…………八雲?ああ、わざわざ蟷螂を連れてきた奴ね」

「ぐっ……その通りだ」


海は、自分が内宮さんを危険に晒し、守ることが出来なかったと結構悩んでいたのだが、それを現乃さんが言葉のナイフで抉り返した。


そのあと、いろいろ話しているうちに次の授業、つまり体育の時間が近づいて来た。

皆、既に食事はとり終えて武器のチェックに勤しんでいる。


その中で、現乃さんには近づいて来るクラスメイトが約4人。それぞれ、チームのリーダー格だ。


「現乃、俺らのチームに入らないか?」

「いえ、現乃さん、私達のチームに入りましょう!」

「現乃、俺のチームに来い」

「現乃さん、私のチームに来てくれ!」


この四人以外のチームは、既に人数が十分に多かったり、これ以上増やす事を考えていない人だ。

現在、チームは8組ある。

3人組が一つ。四人組が一つ。五人組が四つに、六人と七人組がそれぞれ一つ。

3人組は僕らだ。

今、現乃さんの勧誘に来たのは四人組と、五人組が三組。

ただ単に人員強化をしたいだけの奴らと、佳人な現乃さんをチームに引き入れたいだけの奴とそのどちらもの奴。

まあ、気持ちは分かるけどね。

僕は、現乃さんが入りたいチームへ行け、と最初から言ってある。

現乃さんは、あくまで僕の理解者なだけで、いつもそばに居てくれないと嫌だ、なんて事は思っていない。


さて、そんな現乃さんの返答はと言うと。


「お断りします」


にべもなく一刀――一答の元に切り捨てた。

清々しいほどの即答だ。

彼女は続けて、


「私、理崎君の所に入るつもりだから」


と、きっぱりと言い放った。

え?なんでそこで僕を睨むのさ。

別になんもしてないよ。


勧誘していた四人のうち、3人は諦めて引き下がったのだが、残る1人が食い下がった。

赤髪灼眼の男だ。名前は知らない。

体格は海に似ている。切れ目が特徴のイケメンだ。死ね。


「そうは言うがな、あいつは強化(ブースト)以外使えねえやつなんだよ。俺なら魔法系(マジック)を教えてやれるし、現乃にとってもメリットはあると思うんだが?」


いや、強化(ブースト)以外使えるから。

条件発動型だから今は使えないっていう設定だけど。

まあ、二週間近く強化(ブースト)しか使ってなかったら、それしか出来ないと思われても仕方ないのかな?


赤髪の問い掛けを黙って聞いていた現乃さんは、静かに答えた。


「別に魔法系(マジック)は使えなくても困らないわ。理崎君の近くに居られなくなるデメリットに勝るメリットを教えて頂戴」

「……そいつよりは冴えてる――中々良い顔してると思うぜ、俺も。それに何より、そこの黒髪より俺の方が強え」


横顔をチラリと確認すると、何言ってんのこいつ、という顔をしていた。微かだけど。


「貴方、面白いわね」

「……ん、そうか?そう言われるのはあんまり無いが……俺のチーム来るんだろ?」


同調を見せた現乃さんを見て、引き込めたと

思ったのか、赤髪は確定事項のように念押し

した。


「でもお断りよ。理崎君の方が全然かっこいいし――強いもの」


現乃さんは、そんな嬉しい事を言ってくれた。かっこいいだってさ、テンション上がっちゃうね。

でもね、現乃さん。モノには言い方ってものがあると思うんだ。

確かに嬉しいよ?でも、そうやって期待させておいてから裏切るように煽るのは良くないと思うんだ。

ほら、赤髪が僕を物凄い表情で睨んでいらっしゃる。ああもう、せっかく波風立てないように日々を過ごしていたのに、波乱の風が吹き荒れ始めたよ。




……絶対目ェ着けられたよね、これ。






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