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君と僕の理想世界  作者: 天崎
第一章
28/79

少し不思議な水晶玉

「ただいまー」

「おかえりなさい」


面倒な学校も終わって、やっと帰って来ることが出来た。

今日の体育は生徒同士での組手だった。

先生は遠くから全員を眺め、アドバイスする時だけ瞬間移動(テレポート)で近くに寄っていた。

戦闘訓練なので保持能力(ホルダースキル)はアリだ。

僕の知り合いは海と内宮さんしかいない為、声を掛けるのはこの2人にしかできない。

それ以外のクラスメイトに、僕からやろうとは言い出せなかった。

そして僕が使える保持能力(ホルダースキル)は使い勝手が悪すぎて使えない。

たかが組手に『理想世界(イデア)』なんて使えるわけがない。


よって、僕が使ったのは『強化(ブースト)』だけ。格闘戦なら先生に合格を貰うだけはあって、海相手でも余裕で押すことは出来た。一回目は『強化(ブースト)』だけだった為、簡単に勝負がついたのだが二回目以降は保持能力(ホルダースキル)を全て解禁した。

僕は強化(ブースト)だけだが、海は自身の保持能力(ホルダースキル)を存分に使ってきた。

流石に、強化(ブースト)だけで海の『炎剣(フレイムブレイド)』をどうにかする事は出来ず、躱すことしか出来なかった。


因みに、内宮さんとも戦った。

流石に近距離からだと僕が有利すぎるので、100メートル以上離れた場所から開始した。

流石に最初の一回目は迫り来る何十本もの『氷槍(アイスランス)』を見切って距離をつめ、勝利したのだが、二回目以降は点ではなく面の攻撃に切り替えてきたので為す術も無く負けてしまった。

海相手なら、勝つことは出来ずとも負けない程度には粘れるのだ。

ただそれが内宮さん相手だと負けない戦い方をしても、圧倒的な物量に押されてしまう。


僕らの戦いを見たクラスメイトが声を掛けてきたから、かなりの人数と組手を行うことになった。

結果は殆ど同じ。

強化(ブースト)のみなら圧倒的に勝利出来るのだが、それ以外にすると、能力の相性によっては全く勝てなくなる。

負けはしないけどね。

内宮さんと同じ完全後衛系の人ともやったが、そちらは全て白星だ。

単純に逃げ回って魔力切れを狙うか、大技の隙に距離を詰めればいい。

内宮さんに勝てないのは、彼女が全くと言っていいほど大技を撃って来ないことと、魔力切れを起こさないからだ。

彼女の特性(アビリティ)、『魔力変換』は保有魔力を外部魔力と混ぜる工程での効率を上げる効果がある。

普通は何割増、とかその程度のはずなのだが、なんと彼女の魔力変換効率は5倍らしい。

『魔力変換』の特性(アビリティ)を持っていたのは聞いていたが、まさか効率が倍率になっているとは思わなかった。


そのデタラメな特性(アビリティ)を活かすことで魔力切れを気にすることが無いらしい。

内宮さんは大技ではなく、小技中技程度の魔法系(マジック)を大量に発動させて攻めてくる。僕としては、大技一発より小技百発が一斉に飛んで来る方が苦しい。

あんな勢いで大技を連発されたらヤバかったので、小技程度にとどめてくれた内宮さんに感謝である。負けたのは悔しかったけど。


僕が戦っている間、周りが僕を見る目が少し変わっていたのが気になった。

なぜか同情されているみたいだ。


強化(ブースト)しか使えないから下に見られてるのかな。

うむ。

全然気にしないけどね。そうやって見られてるなら、別に問題など無い。


一つ引っかかることがあるとすれば、ヤケに何度も挑んでくる人がいたことぐらいかな。

槍を持った黒髪ロングの女の子だ。

何回も負けているのにめげずに組手を申し込んできたし、強化(ブースト)しか使って来なかったし、とても可愛かったから覚えている。


保持者(ホルダー)に限らず、昔に比べて全体的に人々は美しくなっている。

……女性にその傾向がよく見られるが。

殆どの女性は美人だ。

その中の少数に麗人が混ざりこんでいる。

黒髪ロングさんは間違いなく麗人だ。

まあ、現乃さんはその上の佳人レベルなんだけども。主観だけどね。

よく考えてみれば黒髪ロングさんの名前を知らない。今度機会があったら聞いてみよう。


「現乃さん、ちょっと出掛けるから用意してー」

「え?わかったわ」


現乃さんは、今は制服をきているが、 昨日は僕の服を着ていた。

流石に僕の服と制服をローテーションで来て貰うわけにもいかない。

かといって、僕は女物の服はよく分からないし、身嗜みを整える為の道具も買う必要がある。

それなら一緒にショッピングすれば良いじゃん、と思い至ったのだ。

察しのいい諸兄らならお気付きかと思うが、これは十代なら誰もが夢見る重大なイベントである。

そう、デートだ。

但し、現乃さんに気付かれてはいけない。

あくまで、デート風なだけだ。


とはいえ、このはやる気持ちを抑えることは中々に難儀する。可愛い女の子と共に出掛けるのはとても楽しみだ。いや、断言しよう。絶対楽しい。

男の性だから仕方が無いのだ。





「「ただいまー」」


家を出てからおよそ二時間で戻ってきた。

女性の買い物なのでもっと長くなるかと思ったが、現乃さんは長い買い物があまり好ましく無いらしい。僕も長い買い物は飽きるので助かった。

いやあ、実に楽しかった。

買い食いがとても多かった気がするが。

流石に夜ご飯が食べられなくなりそうなので僕は遠慮したが、現乃さんはかなりつまんでいた。現乃さんなら全然お腹に溜まっていないとは思う。


現乃さんが僕を連れて女性用の下着売り場に入店しようとしたので、夜ご飯の食材を買うと言って逃げた。先にお金を渡しておいて良かった。

なんやかんやあって、僕の手には洋服と食材の袋が大量に下げられている。

服って重いんだね。

強化(ブースト)して全部持ったが、かなり疲れた。一緒に買い物をする為の必要経費だと思えばなんてことはないけども。


手洗いうがいを済ませて、早速夕飯の支度に取り掛かる。

カレーは現乃さんが昼ごはんに全て食べてしまったようで、鍋は綺麗に洗われていた。

今日は適当に冷蔵庫の中身を減らして、それから買ってきた食材を保存すれば良いかな。




美味しい食卓を囲みながら、現乃さんと予定を話す。授業中に考えをまとめておいたから、言葉がスラスラと出てくる。二日位前はいくら頭を回しても雲を掴むように思案が立ち消えになっていたと言うのに、今日は建物の崩壊映像の逆再生のように考えが固まった。


「じゃあまずは、君の部屋を開けよう」

「いいの?別にこのままでもいいのだけど」

「洋服とかも多くなったしね。僕の部屋のすぐ隣に部屋は有るんだよ、部屋自体は」

「確かにあるわね。掃除しようとしたら何故か開けられなかったのよね」


それはそうである。わざわざ『理想世界(イデア)』まで使って厳重にロックしている。

理由は簡単、危険物が押し込められているからだ。

まあ、その危険物は僕が創ったんですけどね。

自身の能力の把握の為に色々創っていたのだが、時が経つに連れ量が多くなってしまい、とりあえず部屋に押し込んで置いたのだが、よく考えたら使い方によっては甚大な被害を及ぼす可能性のある概念武装が多かったので封印した。

僕の能力は自由度が高いので、試行錯誤を繰り返す内にあれよあれよとこの有様だ。出来ないことも分かったので、決して無駄ではなかったと思うがもう少し考えて創るんだった。

いつでも消せることには消せる。僕の能力で作られた物だから魔力を殆ど消費することなく無に返せる。疲れるんだけどね。

今まで不自由もしてなかったし明日で良いや、と後回しにしていたツケを払う時が来たようだ。


「明日には使えるようにしておくよ。あとは、現乃さんが保持者(ホルダー)かどうかだけど……まずはご飯食べちゃおう」

「そう、ね。食べられる時に食べないとね」


そう告げた後は、ただ食器の音だけが部屋に木霊した。







「さて、じゃあやろうか」

「よろしくお願い」

「別に難しい事はしないから大丈夫だよ?」

「……ええ」


僕も現乃さんも、風呂やら何やら全てすませて、後は寝るだけとなった。

布団を敷いて、その上で向かい合うように腰を下ろした。

彼女は、買ってきた寝間着を着込んでいた。

何の変哲もない青のパジャマだ。

湯上がりの水っぽい銀髪の奥に、銀髪にも負けない美しさを持ったうなじがチラリと見え隠れして実に扇情的で目に毒だ。

真剣な表情の現乃さんではあるが、むだに緊張しているようなので笑って解そうとしたが失敗した。

まるで保持者(ホルダー)かどうかで今後の一進一退が極まるかのようだ。

人生の分岐路に立たされているのには間違い無いが。

僕は苦笑して、さっさと始めることにする。


「抱け、幻想。描け、空想。夢想を心に、理想をこの身に。彼方と此方の世界を写せ――『理想世界(イ デ ア)』」


詠唱が終わり、能力の起動と共にこの世には存在しなかった物が創造される。

フォン、という音を空虚に響かせながら、僕の手のひらにリンゴほどの大きさの水晶玉が乗った。

そしてそれを現乃さんに差し出す。

彼女は、困惑しながらも受け取った。


「てれれてってて~。保持者(ホルダー)判定器~」

「そういうのはいいから」

「ごめん」


睨まれてしまったので素直に謝っておいた。

茶化す雰囲気ではないようだ。


「それで?この水晶玉はなんなのかしら?」

「それはね、名前のまんま、保持者(ホルダー)かどうかが分かる水晶玉だよ。正確には、魔力を扱えるかどうかを簡単に判別させる不思議な玉」

「なるほどね。魔力を持っていたら、これで分かるってことね?」

「大体そんな感じかな。一個訂正するけど魔力を持っていたら、じゃなくて魔力を扱えるか、だからね。魔力だけなら保持者(ホルダー)じゃなくてもあるから」

「へー。ところでこれはどうやって使うの?」


見た目はただの水晶玉だ。

何処かにスイッチが付いているわけでもない。

使い方が分からないのは当然だ。


「じゃあ、まずは僕と手を握ってくれる?」


特に他意は無い。

必要な事なのだ。

現乃さんは、即座に右手を差し出してくれた。

僕も右手を出して、握手する。

うっひょお、柔らかっ……じゃなかった。

説明しないとただ手を握り合ってるだけになってしまう。


「そしたら、目を瞑って、僕の右手に意識を集中させて。左手の水晶玉の事はいったん忘れて」

「……ん」

「今から、僕が魔力を循環させるから、何か感じ取れたら言って」

「…………。」

「結構ガッツリ感じるらしいけど、どうかな」

「……………………んっ。何これ。透明な輪郭に押されてる?白、色?」

「多分それかな」

「なんだか不思議な感覚ね。色が無いのに色がある気がするわ。透明な色をしている、って言えばいいのかしら」


この作業は、実際にERCや、政府主導の一斉検査などで行われている事だ。

保持者(ホルダー)かどうかを手っ取り早く判別する時には、今の僕達の様に体の一部を触れ合せて魔力を感じ取らせることで素質を見分ける手法が用いられることがある。

魔力を感じ取るところは第一段階だ。

現乃さんは無事、第一段階を突破した。

ただ、保持者(ホルダー)の定義は魔力を自発的に操る事だ。次の段階で躓いてしまえば、保持者(ホルダー)とは呼べない。


「じゃあ、現乃さん。今感じている『感覚』を真似てみて」

「真似るって言われても……」

「同じような感覚を体に満たすんだ。コツは人それぞれだから何とも言えないけど……僕のやり方を教えるね。息を吸ってー、吐いてー。ほらやってみて」

「すぅー、はぁー、すぅー、はぁー」

「そしたら、吸った息を君の感じた感覚に似せながら染み込ませるイメージで」


この判定作業をしている熟練の保持者(ホルダー)は、経験から判別が可能だと聞く。

勿論、僕は初めての事だからそんなことは出来ない。

ここで、僕が創った特別性の水晶玉の出番になる。現乃さんが左手に握り込んでいる透明な玉には、『所持者が魔力を操った場合にその量に応じて発光する』機能を付けた。

つまり、水晶玉が光れば、現乃さんは保持者(ホルダー)だと確定できる。

保持者(ホルダー)でない一般人はどんなに頑張っても魔力は操れないから、例外は有り得ない。


現乃さんは、額に汗を浮かべながら小さく繰り返しつぶやいていた。


「透明な色……体中に……巡る……」


五分たっても一向に光を発する事のない水晶玉を見て、これはダメかと思いかけた瞬間。

部屋全体を照らすほどの眩い光が僕の目に突き刺さった。

水晶玉を注視していたのでダメージがデカい。


「ぐあああああああ!」

「えっ!?何!?」


現乃さんは目を閉じていたから、直撃は免れたようだ。それでも、瞼を突き抜けて来た光量に驚いたようだけど。

動揺したからか、水晶玉の光は瞬時に消えた。

それと同時に、現乃さんが目を開ける。

何かコツを掴んだようだ。


「り、理崎君……!これ、これ、出来た!」


無邪気にはしゃいぐ現乃さんを見て、僕も自然と顔が綻ぶ。

しかし内心では、驚愕していた。

操った魔力量に応じて光を放つ水晶玉を創ったのだが、ここまでの光量になるとは――魔力量を持っているとは思わなかった。


現乃さんは魔力を操ることは初めてのはずだ。つまり、自身の保有魔力のみでこの魔力量だと言うこと。同じようなことは内宮さんなら出来るとは思うが、それは外部魔力を保有魔力と混ぜて変換した時ぐらいだろう。

しかし、これで僕の疑問が一つ晴れた。

あの島で、眠らせようとした時と、記憶を消そうとした時の事だ。


僕の能力が完全にキャンセルされたのだが、それも頷ける。まあ、時間がなくて『理想世界(イデア)』を無詠唱で発動させたのも原因だと思うけど。

あの時の『理想世界(イデア)』は効果が相手の保有魔力に依存する設定にしていたからだ。

理想世界(イデア)』は、相手に直接効果を及ぼすタイプの効果を付けた場合、保有魔力量依存か、生命力依存のどちらかを設定しなくてはならない。

多少、自分より魔力量や生命力量が多いくらいなら押し切れるのだが、あまりに隔絶しているとキャンセル、もしくは跳ね返される。

これほどの魔力を持っているのなら、無意識にキャンセルされるのも仕方が無い。

むしろ、生命力依存にしなくて本当に良かった。

現乃さんは『不老不死』なのだ。

生命力溢れるとかそういうレベルじゃ無いと思う。キャンセルどころか反射確定だった。


何はともあれ、現乃さんは保持者(ホルダー)だ。


「おめでとう。現乃さんは保持者(ホルダー)みたいだね。今分かったのは、魔力を扱えるかどうかだけだから、その練習を繰り返して、自分の好きな魔法系(マジック)を覚えていくといいよ。もしかしたら、超能力系(サイキック)を持ってるかも知れないけど、あまり期待はしない方が良いかも。持ってたらラッキーぐらいの気持ちでいてね」

「理崎君と同じ学校に行けるだけで十分だもの……ゴミがくっつかないようにしないとね」


彼女は僕の頭に腕を伸ばし、髪をなぶった。

突然のことに驚いたが、糸くずをとってくれただけだった。何故かガッカリした。


「明日から忙しくなるからね、今日はもう寝ようか」

「そうね。ほら、理崎君。私の隣空いてるわ」

「いや、布団を開けられてもそこに入ったりしないから」

「空いているのは、理崎君の腕の中……そう言うことね?」

「別に上手くないから、それ」

「理崎君のベッドと腕の中、どっちなら空いてるって言うのよ」

「え?僕が責められてるの?」

「じゃあベッドね」

「あっ、いやちょっと待ってそっちは空いてないから」

「それなら腕の中ね。ほら」

「くっ、二者択一か……じゃないよ!よく考えたらどっちもおかしい!おやすみ!」

「あら、残念。おやすみなさい」


そして、翌週の月曜日。

現乃実咲は僕のクラスに編入して来ることになる。

読んでいただきありがとうございます。


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