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君と僕の理想世界  作者: 天崎
第一章
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大事な話2――不老不死

部屋の明かりが、グラスの水に反射して机に淡く写り込んでいる。

そのグラスを持ち、手の中で弄ぶようにして氷を鳴らす現乃さん。

カロコロと鳴らすことにも手持ち無沙汰を感じたのか、深呼吸一つして粛々と答えた。


「そうよ。でも勘違いしないで頂戴。きっと、あの藤堂とかいう男から聞いたのだとは予想できるけど、騙していたわけじゃないの。切り出す時が分からなかっただけなのよ」

「……。」

「だってほら、理崎君ってば私と距離を置くようにしてたから中々言い出せなかったし」

「いやあ、うん。それは悪いと思ってる」


ひとつ屋根の下で美少女と寝食を共にして照れずに適切な距離感を維持できる訳が無い。

これが僕じゃなかったら、野獣になって襲いかかった後、警察署の中で保持者(ホルダー)用の特別房に隔離されて十数年出て来れなくなるところだ。


保持者(ホルダー)が罪を犯した場合、一般人の二倍から三倍重い刑に処されるので、決して直ぐには出て来れない。


とはいえ、保持者(ホルダー)が脱獄を考えない訳が無い。なんせ、タダの檻などぶち破れるだけの身体能力に強化(ブースト)でき、能力によっては鉄柵だって叩き切ったり溶かしたり出来るのだ。

今の所、魔力を封じる装置などは開発されているが超能力系(サイキック)を封じるモノは理論上にしか存在しない。


犯罪者が超能力系(サイキック)を得意としていれば、能力の種類によっては脱獄自体はそう難しいことではない。

文字通り、檻から出るだけなら簡単である。

ただし、保持者(ホルダー)が犯罪者にしかいない筈も無く、勿論警察側にも保持者(ホルダー)は居る。

確か、警察にはERCが様々な要素を加味してランク付けしたランキング一位である『暫定一位』が居たはずだから脱獄は不可能だろう。


仮に『今代最強』が収監され、脱獄を試みようとすれば『暫定一位』一人では無理だろうが、その場合は上位ランカー陣総出でことに当たるだろう。



「別にそこまで問題じゃないからね。ただ記憶喪失なのかどうか聞きたかっただけだから。この話はこれで終わり」

「この話、ってことはまだあるの?」

「あと二つくらいね」

「分かったわ」


そう言ってから、喉に水を流し込む。

現乃さんは記憶喪失ではない。

この答えは、僕が今までに感じていた違和感を拭ってくれた。

彼女は、あまりにも不自然に物を知らなかった。それに気付いたのは今日、僕が家に帰ってきてからだ。

より正確に言うなら、一緒に夕飯を作っている時だ。


今の時代、冷蔵庫というものは馬鹿正直に食材を冷凍したりしない。

そんなことをするのは二百年以上も前のことだ。

百年ほど前までは、冷凍室に入れた食材に特殊な液体を吹きかけるか漬けるかして、解凍した時に味を損なわない装置が作動する仕組みだった。たしか、タンパク質の一種だったかな?


しかし、現在は魔力を利用した魔道冷蔵庫が販売されている。一週間に一回、魔力を込める必要があるために保持者(ホルダー)にしか使えないという難点もあるが、今では冷蔵庫に魔力を込めるだけのサービス業などもある。これは、ERCの仕事依頼にも常時張り出されているような低ランクの仕事だ。

ランクはEだ。最低ランクのFでないのは、これが保持者(ホルダー)にしか出来ない仕事だからだろう。


で、僕の家に置いてあるのは魔道冷蔵庫。

魔力を使って効率良く食材を冷凍し、超瞬間冷凍と高速解凍によってほとんど冷蔵庫に入れた時と変わらないまま保存できる現代の技術の集大成だ。

現乃さんは、その冷蔵庫を見て、『最近の』冷蔵庫は凄いのね、と言った。

前後のやり取りもおかしいと思ったが、先の一文はどう考えてもおかしい。


この魔道冷蔵庫が販売されたのが三ヶ月前とかなら物珍しい目線も口調も納得出来るが、この文化機器は世に出回って十年は経とうとしている。最初期に比べて消費魔力も低減され、性能は少しずつ、魔力チャージも三日に一回から一週間に一回に伸びたが、基本的な仕組みは変わらない。


現乃さんは最近の冷蔵庫を知らない。

最近の、ということは昔の冷蔵庫は知っていた。冷蔵庫自体は知っていて、その性能差に驚いていたのだ。

なんだか、記憶のないところがチグハグ、いや、ある種のラインを境に覚えていないことが多かった。

ただそれは、覚えていないというよりは知らない、の方が適切に思えた。


だからこそ頭に何かが引っかかった感覚にとらわれていたのだが、やっとスッキリした。

聞きたいことが増えたけど。


記憶を失っていたのが、どの時点からなのかが分からなかった。僕の能力が変な風に効果を発揮してしまったせいで記憶が飛んだのかと思っていたが、そうでないなら、彼女は全てを記憶しているはずだ。

つまり、


「現乃さん、僕と会う前のこと覚えているよね?」


何故、あの島に居たのか。

その答えを知っているはずだ。

僕の予想では、先に撃墜されて海の藻屑となったVTOL機からどうにかして脱出に成功したパターンだ。

機体は海面に着水して5秒と経たない内に怪物(モンスター)に丸呑みにされていたから、その前に運よく逃れられたのではないだろうか。

保持者(ホルダー)と言えど、ただの人間。強化(ブースト)していなければ、簡単に死ぬ。

僕達第二陣は、強化(ブースト)を掛けることが間に合ったために死ぬことは無かった。

運悪く先に撃墜されたのが僕たちなら、今頃三途の川を泳いで渡っているところだ。

強化(ブースト)が間に合ったため空中で投げ出された僕と海はほぼ無傷だったし、内宮さん達も恐らく軽い怪我程度で済んだだろう。

内宮さん達、つまり墜落現場チームは結果的には殆どが帰らぬ人となったが、あくまでもそれは怪物(モンスター)との戦闘によって殺されて食われたのが原因であって、墜落自体が死因にはなっていない。

しかし、突如として機体を破壊された第一陣が強化(ブースト)を使えていたとは考えにくい。

生身であったとすれば、空中で飛翔物と激突した時と海面に墜落した時の計二回の衝撃で死亡、良くて大怪我か気絶はしていただろう。どちらにせよ、すぐに復帰できなければ怪物(モンスター)の腹の中で消化されるのを待つだけだ。


保持者(ホルダー)にも、その強さには優劣がある。

仮に第一陣の搭乗者達が全員、B+やAランクを越す実力者であったなら恐らく最低でも半数は生き残っていただろう。

空中で衝撃を受けた瞬間に、即死さえしていなければパニックに陥る前に強化(ブースト)をしていたはずだ。

高ランクの人達は、能力もそうだが状況判断能力に優れているのだ。それが、経験則によるものなのか生まれつきのセンスなのかは分からないが。

ただ、今回の犠牲者は恐らくBランクより下が殆どだったのだろう。

クリスとか言うおっさんと海が一番ランクが高かったはずだ。


もし丸呑みにされた後に機体と怪物(モンスター)の腹を突き破って出て来れたのだとすれば、他に生存者が居ないのは不自然だ。

脱出した後に他の怪物(モンスター)に襲われた、という可能性が無いわけでは無いが。

人間は陸上生物だ。ただでさえ陸上の怪物(モンスター)相手に渡り合うのが精一杯なのに、水棲生物に勝ち目は薄い。

そう言ったことも含めて、Aランクレベルならなんとかなるだろうが。


実は、現乃さんはSランクの超実力者で、余裕綽々で危機を乗り越えてきたとか?

……ないな。

そもそも、そんな高ランクの人がCランクごときの合同依頼を受けるとは思えない。

別に受けてはいけない規約は無いが、割りに合わなさすぎる。

結果的にSランクレベルの蟷螂などと遭遇してしまったが、依頼を受注した時点ではそんな事は分かるはずも無いのだから。


「僕と、あの島であの時、君が僕にぶつかって来る前のこと。覚えているよね?」


なぜか返事が返ってこなかったので、念押しするようにもう一度問うた。

現乃さんは、何か嫌なことを思い出すように眉を顰めた。吐き出された吐息は、憂い、悲しみ、その他諸々の感情を含み、水に溶けた何色もの絵の具を一つのバケツに集めた、黒に近いグチャグチャの色をしていた。

抑えようとしていたない混ぜの色が、不意に端正な顔立ちを覆った。

見るからに顔色が悪かった。


「……理崎君と会う前の事なら、嫌と言うほど覚えてるわ。本当に嫌なくらい」

「ああうん、嫌なら、話してくれなくても良いんだけど……」

「いえ、貴方が私を信用して相談してくれたのに、私だけが秘密を持つなんて、そんな事は出来ないわ」

「そ、そう」


別に、信じたから相談したわけじゃ無いけど。事実を伝えて、さっさと自分が楽になりたかっただけなんだけど。

というか、現乃さんは何で僕を信用してるんだ?

僕が勝手にそう思っているだけだけど、僕のやることを好意的に受け止めすぎてないか?

見知らぬ女性が一つ屋根の下にいて、それなりに緊張しているが、相手からしたらもっと警戒したとしてもしたりないぐらいだろうに。

まあ、今考えても仕方ないことか。


彼女はグラスを空にして、包むように持ったそれの前で両手の指先を絡めるように回した。

瞼を閉ざして、長く空気を吸い、そして長く吐き出す。

ゆっくりと開かれた彼女の瞳には迷いの色は映り込んでいなかった。

綺麗な翡翠の色が、僕を見ていた。

彼女は意を決したように、滔々と淀みなく語り始めた。

頭の中の文を読み上げるが如く。


「私は貴方と出逢うまで、ずっとあの島に居たわ。覚えている限りではね。生まれて、育って、事故が起きて、気が付いたらあの島にいた。島の周りは怪物(モンスター)だらけで外には出られなかった。島の中だって怪物(モンスター)ばかり。私は、地獄の中に閉じ込められていたのよ。気が遠くなるくらいにね」


迷いを断ち切るように、彼女――現乃実咲は言い切った。


「――私が不老不死、って言ったら貴方は信じてくれる?理崎君」


銀色の呟きは、窓の外を掠める微風にさえかき消されそうなほど小さく、突風でも微動だにしないだろうほど重かった。

読んでいただきありがとうございます

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