入学式
今からおよそ200年前。
地球と呼ばれていた惑星は未曾有の大災害に遭ったらしい。
人類史上最大の地震が地を割り全ての国を震わせ、人類史上最大の津波が全ての国を飲み込んだ。
<人類史上最大の危機>と呼ばれた災害は実に全人類の99%を行方不明者へと変えた。
だが、限られた1%は生き残った。
――――<ノアの箱舟>に乗って。
「くっくっく、まあいいだろ。覚えてるみたいだしなぁ」
と、目の前の教師はニヤニヤと口角を上げながら口を開く。
百九十センチメートルはあろうかという体躯を持ち、ボッサボサの黒髪と伸び伸ばした無精髭の所為で一般的な教師には見えないが。
第一印象としては胡散臭いオッサンだ。
そのヨレヨレシャツくらいクリーニングにでもかけておけよと言いたい。
しかしココでそんなことを指摘すれば何時まで経っても僕は席に座ることが出来ないので黙っておく。
「まあアレだ。座っていいぞ」
「はい。すいませんでした」
僕は謝罪の言葉を口にしながら席に着く。
僕が何をさせられていたのかというと、遅刻したために立たされたまま「お伽話の内容を覚えている範囲で言え」という先生のご命令を遂行していた。
お伽話というのは、この時代に生きている人なら誰でも知っているショートストーリーで、
人類に降りかかった悲劇を決して忘れないようにする為に、約二百年前に起きた<人類史上最大の災害>をやんわりとした表現に変えて作られたお話だ。
このお伽話は小さい頃に聞かされまくっているので高等生にもなった今になっても忘れてなどないけど、高等生にもなって学友の前で独りで諳んじるものではない。
しかも高等生の入学式後の朝なんてもってのほかだ。
遅刻したせいで入学式には出ていない。ガッツリぶっちぎってしまった。
ああ、周りの人の目が痛い。僕の体に突き刺さってる。
きっと皆『あいつ入学式に出席してなかったぞ。』『うわ。ありえねー』『キモーイ。キャハハハハ』とか思ってるに違いない。
入学早々やらかしたみたいだ。入学一日目で蹴躓いていたら今後三年間が思いやられる。
ま、まあ友達を作るときのきっかけに使えると思えば悪くない。そういうことにしておこう。
皆の「可哀想な人を見る目線」が少なくなってきた所で、心底だるそうに教師が口を開く。
「じゃあ、改めて自己紹介な。俺は一井響也だ。イチイじゃなくてヒトツイだからな」
一井先生は黒板に自分の名前を書き終えてから、
「ちなみに体育教師だ。後、このクラスの担任」
と続けた。体育教師ね。
確かに体つきは服越しでもしなやかな筋肉が身に付いている事が分かる。
この学校で体育教師をやっているんだから少なくとも一流以上の腕を持っているってことなんだろうけど……とてもそうには見えないな。
人は見かけによらないとはよく言ったものだ。
授業さえキチンとやってくれれば文句はないんだけど。
教壇に立つ男について色々思考を張り巡らせていると、僕の席の三つ後の女子が声を上げた。
「センセー!何歳ですかー!」
「二十八だ」
「嘘ッ!?」
「本当だ」
嘘だろ。どう見ても三十歳中盤に差し掛かってるように見えるぞ。
あと、目の前で嘘だと叫ぶのは失礼じゃないか?
「なんでお前らが疑ってるのかは知らんが、他に質問のあるやついないか?」
沈黙。
全員、特に聞くことは無いらしい。
この流れで行くと、次は生徒達の自己紹介かな?
教師については名前と教科と、本当かどうか分からない歳がわかったが
周りの、おそらく今後五年間を共に過ごすであろう同年代の人間については、名前すら知らないからな。
自己紹介のシミュレーションでもしておくか。
他人からの第一印象となる場面でどもったりしたくない。
第一印象というのはとても大切だ。
それを決定づける最初の十秒で相手にとっての自分が大方決まってしまうのだから。
まあ、第一印象は「お伽話遅刻君」で決定だろうけどな……。
もう早く自己紹介を済ませて帰りたい。
僕の、あるいは僕達の帰りたいオーラを感じ取ったのか、一井先生が話を進める。
「さて、これからお前らには自己紹介をしてもらう――いや。それだけで今日帰らせるのはつまんねえなぁ」
そう言うと、一井先生は顎に手を当てて考えこんでしまった。
なんだろう? 自己紹介して解散の流れじゃないのか?
入学式当日に出来る事なんてほとんど無いと思うんだけど。
「あ~」
そう思っていると一井先生はニヤニヤと妙案だと言わんばかりの表情で、僕と同じ事を考えて困惑しているであろう生徒たちに向かって言い放った。
「自己紹介だけじゃつまらんから、自己紹介と同時に体育でもやるか。もちろんただ体を動かすだけじゃねえぞ?超能力と魔法有りでやろうぜ?」
「「「「え?」」」」
読んで頂き有り難うございます