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君と僕の理想世界  作者: 天崎
第一章
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とある無限の一日

「現乃さんは、笑っていた方が良いと思うなぁ」


朝。彼は玄関を開けた格好で、こちらを振り向きつつ話の脈絡も無く突如として思い出したように呟いた。

そしてそのまま固まった。

彼の目は右へ左へと忙しなく動き、口は母音を発音した形で止まっている。

何とも滑稽な顔をしていると思う。

だけども、私は人の事を言えないと思う。

自分でもわかるほどに顔が火照っている。


「えと……」


頭の中が掻き雑ぜられるような歓喜を感じつつ、何とか彼の言葉を飲み込んでいく。

永い永い一瞬で、何度も何度も彼の言葉を咀嚼して、迷うことなく実行に移す。

彼は私に笑った方が良いと言った。それならそうせざるを得ない。

私は持てる限りの演技力と、把握できる限りの表情筋を以ってして最大の笑顔を作った。


「んぐっ!い、いいいい行ってきます!」


彼は、走って出て行ってしまった。

笑顔のまま玄関に取り残される私。

……もしかして、笑えてなかった?

詰まった様な顔をして飛び出していったところを見ると、結構ひどい顔だったみたい。

でも、笑顔を作るなんてもうずいぶんと長い事無かったから笑い方なんて忘れてしまった。

どの位笑ってないかな。記憶を探ってみる、が中々思い出せない。

覚えてないけど多分100年くらいでしょ。





熱を冷やす清々しい空気と際限なく広がる澄んだ空、そして、目の中に優しく入ってくる陽の光。

それら全てが人工物だと知ったのは一昨日の事だ。

空気は、水を電気分解した後に特別な混合器によって配合され、何処までも続いているように見える空は、文字通り「そう見える」様にディスプレイに映し出された天井で、一日の始まりを告げる陽の輝きも、街灯に負けるまいと照らす月の明かりも、完璧に調節された唯の光らしい。

人類は、地球の上に「地球上」を造り上げたようだ。


私は、未だに自分が宇宙に居るとは信じられない。

この目で見て、その場に居るのだから信じるも何も現実として受け止めなければいけないのだけれども。

実際に宇宙エレベーターに乗って、駅のホームを出たときはあまりに非現実的な現実を突き付けられた気分だった。その衝撃は、ついつい口から「何これ……」と本音が漏れてしまうほどだった。

空気とかはどうなっているのだろうか、と茶髪の女の子と折れた大きな剣を背負った男に挟まれていた八雲に色々と質問した。八雲は私を見て、驚いた顔をしつつも応答してくれた。その時は、地球から宇宙ステーションに上がるまでに一切の口を利かなかった私に話しかけられたことに驚いているのだと思っていたけれど、段々とそうではないことが分かった。

どうやら私が知らなかった事は全て、人類ならば知っていて当然の事柄だったようなのだ。

質疑応答を繰り返すことで知識欲を満たすことはできたが、代わりに、一緒に乗り込んでいた藤なんちゃらとかいうスーツの男には記憶喪失だと思われてしまった。

特に誤解を解いたりはしなかった。面倒だったし。



私は、記憶喪失じゃない。

記憶を喪失しているわけでは無い。

そもそも、知らないのだ。

宇宙ステーションと地球のごく一部にしか人類が生息していない事とか、人類が魔法や超能力に目覚めている事なんて。

なぜなら、私は独りだったから。

無人島に一人だけだった。私以外の生き物は、殆ど怪物だった。

蟷螂に膾切りにされ、熊に潰され、狼に生きたまま喰われたりもした。

そんな地獄の様な島で、何回も夏を経験し、何十回も冬を経験し、めぐる季節を何百周とした。

大体200年くらいかな。

私はそれだけの間、独りきりで生きてきた。

何千回と死んだのに、何千回も死ねなかった。

餓死も凍死も数えるのも馬鹿らしくなるくらい味わって、幾度となく狂いそうになった。でも狂う事すらできなかった。

繰る日も繰る日も死んだように毎日を生きていた。


でも、その日だけは違った。

空から、とても大きな飛行機が落ちてきたのだ。

二機の内、一つは海に落ちて喰われてしまったけど、もう一機は島に落ちてきた。

煙を引き延ばしながら落ちていく飛行機を目で追いながら、その時の私は何故か興奮と好奇心が綯い交ぜになった感情に支配されていた。


墜落現場を見に行こうと森の中の道なき道を歩いていくと、灰まみれの道に突き当たった。

そして、その道の中には数多の怪物達にたった一人で対峙する、男が居た。

瞬間、私は私ではない何かに突き動かされるが如く駆け出した。

何故そんなことをしたのかは自分でも未だに分からないけど、理屈ではなく、感情で動いた。

彼は私を助けてくれる。そう思った。


気が付いたら私はその男を突き飛ばし、馬乗りになっていた。

一分にも満たないような短い会話だったけど、私は私の何百年と言う不幸が清算されていく感覚を感じていた。最初は、幻覚を見ているのだと、希望を持ってしまわない様に自分に言い聞かせた。今更、私を救ってくれる存在が居るわけがないと。でも、触れた。私の掌に彼の体温が伝わってきて、染み込んでいった。

しかも、彼は私を助けてくれると言った。私を救うと言ってくれた。

彼は私の理想だった。私の今までの人生すべてが、彼と会うために有ったのだとすら思えた。

生きていて良かったと心からそう思えた。






そして、私は今ここに居る。

あの生き地獄ではなく、私の為に戦ってくれた、理崎君の家に居る。

此処は、天国だ。

いや、理崎君の隣が天国だ。

本当は今も理崎君の所に居たいのだけれど、そうもいかない。

理崎君は学校に行ってしまって、私は家にお留守番。

これはこれで専業主婦みたいで悪い気はしないけど、やっぱり隣に居たい。

そう思うのは自然なことだろう。


やる事も無いし、現状の再確認をする。

たった一日やそこらで私の中の常識が変わってしまったから、少しばかり混乱しているのだ。

頭の中の曖昧模糊な靄を払う事で、今後の判断を間違えたり鈍らせたりしないようにする必要がある。


まず、私がいるこの場所。

宇宙ステーション、通称『シャンデリア』。

個人的には宇宙ステーションじゃなくてコロニーだと思うんだけど、なぜかみんなしてステーションと言っている。

名前の由来は宇宙ステーション下部、つまり地球側に向いている面に大小様々な棒が付いている様がシャンデリアのように見えることから名付けられたらしい。

棒には特殊な加工が施されて単磁極(モノポール)の性質を持ち、地磁気を利用して『シャンデリア』の高度や速度の調整を行っている。

歪な歯車に似た形状のシャンデリアの総面積は約20万平方キロメートル。かつて、地球上に存在した『日本』の国土のおよそ半分。

しかも『シャンデリア』は今もなお拡大し続けている。毎年、地盤を繋ぎ合せて少しずつ地面を伸ばしている。ある程度の面積になったら、その区画を解放して一般で利用するらしい。

『シャンデリア』以外にも残り二つの宇宙ステーションがあるみたいだけど、此処とは何か違うのかしら。


あとは……『保持者(ホルダー)』。

超常的な現象を起こせる人間の総称。八雲が手から炎を出しているのをあの島で見たけど、何か道具を使ってやっているわけじゃなかったのね。あの茶髪の女の子も折れた大剣を持ってた男も、理崎君も保持者(ホルダー)らしい。そういえば私が理崎君に会う前、と言うか飛びつく前に理崎君が何かしようとしていたようにも思える。あれってもしかして保持能力(ホルダースキル)とか言う超能力みたいなのを使おうとしてたのかしら。

うーん。

邪魔したことになっちゃったのかな?今度それとなく謝っておこう。

どうやら、保持能力というのにも種類があるらしく、人によって得手不得手があるみたい。どうやっても使えない能力もあるっぽいけど。八雲は手から炎を出していたけど、理崎君はどういう能力なのかしらね。理崎君が意識を失う前にやった事が保持能力だとすると……蟷螂も熊も狼も、目に付くもの全てが綺麗に半分になっていたから一刀両断する能力とか?でも私の記憶を消す、みたいなニュアンスの言葉を喋っていたから記憶を消す能力って可能性も有るわね。でもそれだとあのモンスター達を倒したのは何なのかしら。二つ能力持ってるのはあり得るのかな。それとも共通の能力なのかも。

うー、なんでも消せる能力、とか?

……わからないわ。

八雲に聞いた時は眠っている理崎君を見ながら「こいつはとんでもない能力を持ってるかも知れない」としかいわれなかった。手から炎を出して操れる能力も十分とんでもないと思う。

そういえば、私は保持能力って使えるのかしら。

使う素質さえあれば後は勉強あるのみ、らしいけど。

なるべく理崎君の役に立てる能力が欲しいわ。

そしたら一緒にいれる。



現状は昔のSFがそのまま現実になったみたいね。

私が知っているのはこの位かな。改めて整理してみると思った以上に知っていることが少なかった。

八雲に聞けた時間なんてたかが知れてるし、他のことは自分で調べるしかないわね。

人類史上最大の災害とか、保持者の事とかを詳しく調べられるところって無いかしら。

……図書館とか?

私は記憶喪失って事になってるし、戸籍が残っているとは思えない。つまり病院だとか、学校だとか、所謂公共機関が使えない。図書館位なら大丈夫かしら。流石に個人情報の確認は図書館程度ならされないでしょ。逆に言えば学校、病院、役所なんかは恐らく無理ということになるけれど。まぁ、そのうち理崎君と同じ学校に通うつもりだから、何か対策はしておかないとね。



私の思い違いでなければ、理崎君は私と意図的に距離を置いている。

どうやら、理崎君も私が記憶喪失だと思っているらしくて遠慮している、というか踏み込んでこない。おかげで中々話す機会がない。雑談程度なら出来たのだけどもいざ本腰を入れて話そうとすると、さささーっといなくなるのだ。

いかに記憶喪失と言えど、怪物だらけの島に居た素性不明の女なんて怪し過ぎるから避けられるのは当たり前なのだけど、それだと今も家に置いておく理由が分からない。

勝手に家に上がり込んだ私が言えることじゃないけどね。

ここで問題になってくるのが、私が記憶喪失だと理崎君が思い込んでいることであって、この誤解を解くと当然ながら何故私があの島にいたのかを聞かれることになる。

別に教えてもいいのだけれど、何をされても死なず、どれだけ時間を経ても老いない、まさに不老にして不死の私はこの世界ではどう見えるのかしら。

化け物だと思われないのかしら。

理崎君に嫌われたりしないかしら。

それを思うと、下手に動けない。

保持能力なんてものがあるくらいだから、私と同じような人もいると思うけど……この時代の常識を知らないことには判断出来ないわね。

それならそうと早速行動に移すとしよう。

洗面所で身形を整え、玄関へ向かう。私は化粧の類をほとんどしない人なのだけど、化粧道具が一つもないというのは些か問題ね。今度買ってこなきゃ。


靴を履き、ドアを開け、一歩踏み出したところではたと気付く。


「あっ……」


鍵持ってない。

外に出たら締め出し食らってしまう。

幸いにも理崎君の家はマンションのような集合住宅の一角だから、一軒家よりは空き巣の危険性は低いとはいえ、家の鍵を閉めずに出掛けるということ自体に抵抗がある。

仕方ない。今日は家で大人しくしてよう。そうだ、家の中全部掃除しておこう。きっと理崎君も喜ぶ。そしたらそしたら頭とか撫でてもらえたりなんかしちゃったりして……。早く掃除しなきゃ!





この日、私は天蓋の照明が美しい夕焼け色を通り過ぎて星を映しだすまで理崎君の家の中をピカピカに掃除していた。暗くなって、理崎君が帰って来る直前に思い当たったが、私ってばそもそも図書館の場所も知らなかった。

うっかりしてたわ。


ちなみに、二人でご飯を食べている最中に朝の失敗を思い出したから、笑いかけてみたら理崎君ってぱ思いっきり咽せた。またも失敗してしまったらしい。

やっぱり笑うのが下手なのかな……。でも諦められないわ。

理崎君が笑えと言ったんだもの、絶対に成し遂げて見せるわ!




読んでいただきありがとうございます

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