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君と僕の理想世界  作者: 天崎
第一章
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踏ん切り

応接間から出た瞬間にチャイムが鳴った。

昼休み前に一回聞いて、今一度耳にした頭に残るこのメロディの意味するところはつまり遅刻確定と言う事である。グラウンドに移動するだけで五分近くかかるというのに着替えてすらいないのだから足掻いても無駄である。

ともあれ、遅刻するからと言ってサボって良いという訳ではない。

取り敢えずダッシュで教室まで戻ると、教室の中には誰も残っていなかった。


空虚な教室の中で、いそいそと体操着に着替えて貴重品をロッカー閉まってから窓を開ける。授業の最中であろうグラウンドの方で水飛沫や火の粉が舞い踊っているのを見てから、窓枠に足を掛けて身を乗り出す。

まあ、グラウンド内に直接行かなければ怒られないだろう。

先ずは下半身を強化。

窓枠を蹴って地面に飛び降り、地面を蹴ってグラウンド方面へ駆け出す。

ほんの三十秒とかからずにグラウンドに到着することができた。


授業中のグラウンドでは先週と変わらず先生と生徒のワンサイドゲームが繰り広げられていた。勿論、虐殺する側が先生である。

今は黒髪ロングの女の子と接近戦を繰り広げている。

黒髪ロングさんの獲物は自身より長さ頭一つ分ほど長い2メートル近い槍だ。

柄の先端に付いた刃引きのされていない刃が、槍を回転させるたびに光を反射させて撒き散らす。


刃引きはされていないが、危険は無い。武器の攻撃力をほぼゼロにする魔法系(マジック)が掛けられているからだ。

つまり刃物は切れず刺せず鈍器は叩けない。

いや、少し語弊があるかな。切れるし刺せるし叩けるけども唯の衝撃に変わる、と言った感じか。

発動の準備までが途轍もなく面倒だという話をよく聞くが、学校の校則で『武器、またはそれに準ずるものを持ち込む場合は学校に速やかに届け出、事故防止処理を行う事』と決まっている。なんか武器に刻印を刻む必要があるらしいけど、僕は特定の武器を持たないから良く知らない。

と言うか、この決まりは海の『炎剣』みたいに能力で作られた非実体剣みたいなのだと意味が無いんだけど。そういう場合は防御側が対策をしなくてはいけないが、体育着にデフォルトで備わっている機能があるらしいので面倒では無い。

そういう訳で当たっても怪我は少ない。まあ、当たれば、の話だけれども。


 黒髪ロングさんが舞い、体から離れずに回る槍が先生を間合いに捉えた瞬間に突き出され、先生を近づけない様にうまく立ち回っていた。

主に足を狙うことで機動力を潰し、注意が下に向かい始めれば散発的に頭や胴を狙う事で足だけに集中させないようにする。

しかし、先生もやられっぱなしではない。

ステップを交えてリズムを崩すように前に出たり下がったりする事で黒髪ロングさんは攻めの手を途切れさせてしまう。状況は武器を持たない先生が不利ではあるが、危なげなく余裕を持って躱す先生に黒髪ロングさんは焦りを見せ始めた。

うーむ。リーチが何倍も長いんだから、焦らずにチクチク攻撃しておけばいいのに。

黒髪ロングさんの真剣な表情とは対照的に、先生の顔から笑みが消えることは無い。

果敢に攻めてはいるものの、これと言った有効打を決めることが出来ていない。あと一歩、と言う所で防戦一方だった先生が突然前に出て来るため踏み込みきれないようだ。

いやでも、先生みたいな強さを持つ人が前に出てきたらそりゃ警戒するよなぁ。

黒髪ロングさんは攻撃に全神経を集中させると攻め込めるけど防御がてんでダメになるみたいだ。




そのまま勝負の行方を眺めていると、チラリとこちらを向いた先生と目があった。


「あ、どうも」


反射的に会釈してしまった。

先生ってば余所見する余裕まであるのかよ。

距離が離れてるわけでもなく、迫りくる槍を避けながら余所見とかヤバいな。


あれ、攻撃が止んだぞ。

黒髪ロングさんの方をよく見ると、プルプルと震えている。

口元とか引き攣ってる気が……怒ってね?

もしかして、余所見されたのが気に障ったのかな。

そう思っていると、黒髪ロングさんが先ほどとは比べ物にならない速度で攻撃を繰り出した。

先生はまだ僕の方を見たままだし、このまま行けば直撃コースだ。

刃は保護されているとはいえ、衝撃は伝わる。

先生が鋭い突きを受け、激しく吹き飛ばされる――なんてことにはならず。

槍が当たる直前で躱し、視線を戻しながら突き出された槍を掴んだ。

黒髪ロングさんはまさか槍を掴まれるとは思っていなかったようで、驚きで体が一瞬ばかり硬直してしまった。

先生がその隙を見逃すはずもなく、掴んだ槍を捻じる様にしながら黒髪ロングさんを投げ飛ばす。

投げ飛ばされた黒髪ロングさんが地面を転がりながら体勢を立て直す。

しかし、追撃してきた先生と格闘戦になる。どうやら、投げられた時に槍を奪われたようだ。

地力の違いと言うのか、拳を突き出しあうたびにあれよあれよと黒髪ロングさんが追い込まれていき、焦って大振りになった右ストレートを絡め取られて地面に組み伏せられてしまった。

一瞬の静寂。

先生が技を解いて立ち上がる。

黒髪ロングさんは自身に起きた事を理解し始めると、実に悔しそうな表情を浮かべながら立ち上がった。

ニヤニヤしたままの先生は黒髪ロングさんに何かを伝えると、肩を回しながら此方に歩いてきた。


「遅刻だ、理崎」

「えっ、ちょっ勘弁してくださいよ」

「冗談だ」


ふう。遅刻にはならなかったし、もうちょい遅く来ても良かったかな。


「さて、次は誰がやるんだ?」

「じゃあ、俺が行きます」


クラスメイトが手を挙げると、二人でグラウンドの中心まで歩いていった。

え?なんで一人?


「帰って来たか、想也。ありゃあ、先生が考え付いた新メニューだ。入学式の時みてぇに一対一をたまーにやることにしたらしい。何でも『前衛型だろうが後衛型だろうが、能力無しの俺と最低でも3分戦えるようにする』んだと」

「説明ありがとう、海」

「いや、めちゃくちゃ疑問そうな顔してたからな」


そんなに説明してほしそうな顔してたかな、僕は。

それにしても、先生の目標は人によっては結構きつくないだろうか。

例えば、僕や海が先生と戦うならともかく、魔法系(マジック)しか持たない内宮さんが近距離戦できるとは思えないんだけど。

しかし、いつでも後衛近くに前衛が居るとは限らないのだ。つい三日前にも僕と海は内宮さんと離れ離れになってしまったし。あの時は他に人が居たから良かったけど、もし僕らだけで調査に赴いていたら内宮さんは此処にはいない。

一人で戦える力を付けるっていうのは、実は後衛にこそ必要なのかも知れないな。


「因みに一葉と俺はもうやられた。あの瞬間移動(テレポート)能力を使わないって解っていても一対一じゃ勝てなかった」

「いやー、やっぱヤバいね」

「まあ、そんなことはどうだっていいんだ」

「どうだっていいの?」

「ああ、もっと重要なことがあるからな」


此方をジッと見る海の目は、嘘など許さないという意思が込められている。


「――お前、何した?」

「何したって言われても何の事かな?」

「とぼけんなよ。あの島の事だ。あそこまで絶望的な状況が寝て起きたら何とかなってました、なんてどう考えてもおかしいだろ。俺は、助かったからと言って思考停止するわけには行かないんだ」

「いや、知らないよ、何も。」

「俺はな、あの時死を覚悟した。でもな、お前からはそれが感じられなかった。お前は焦っていたけど、それは本当に焦っていたのかが分からないんだ。まるで何時でもどうにか出来るから、それまでは遊んでいるようにも見えた」


今の話は全て、海の主観の話だ。実は僕は本当に何も知らないかもしれない。全て海の見間違いかも知れないのだ。

ただ、まずいのは過程がどうあれ、『どうなのか?』という答えを僕に聞いていることだ。

僕は問われている以上、答えなくてはいけない。答えないという答えは有るが、それは疑問と疑惑を残すだけだ。

それに――どう答えたってアイツラの様に僕の事を怪物だと言うだろうから。

化け物ですら生温く、人ですら無い何かを見るように、拒絶を叩きつけるだろうから。


「だから、なあ、教えてくれよ想也。別に責めてるわけじゃないんだ」

「…………言いたくない」

「言いたくない、か。言えないんじゃないんだな」

「……悪いとは思ってる。けど、こればっかりは踏ん切りがつかないんだ」

「……そうか。ならいい」


結局、僕は逃げた。

また、逃げた。

どうやって答えれば正解で、どうやって応じれば誤らず、どうやって説明すれば唯の一人の人間として見て貰えるのか。

僕はそればかり考えていた。

それは僕が初めて間違ってしまった時から心の奥底で燻り続ける、自分自身への問い。

何年と探し続けても見付かる気配などまるで無い。あるいは、最初から答えなど無いのかも知れない。

ぐるぐると回る思考が段々と絡まり始めて、何時しか回る事さえ出来なくなる。

喉の奥が押されたように熱くなっていく。



「――おい、おい、おい理崎」

「っ。はい、なんですか?」

「お前で最後だぞ」

「え?あ、はい」


また、ネガティブな方向に考えが飛んでいた。

いやあ、もう随分と前に開き直ったんだから大丈夫だと思っていたんだけどなぁ。


「それじゃあ、やるか」

「はい」


先生との戦闘はあまり覚えていない。

頭を空っぽにしようとしていたから、覚えているのは先生からの合格判定だけ。

何も考えずに唯々場当たり的に手を出し足を出し、と繰り返していただけだ。

その代りに、頭の中は割とリフレッシュできたと思う。


「じゃあ、各自解散だ。適当に帰れ」


しかし、頭の片隅に引っ掛かる感覚だけは消えることは無かった。

その感覚を消す事に全力を注いでいたからなのかは分からないが、グラウンドから校舎に戻るまで、僕に向けられていた視線に気づくことは出来なかった。

読んで頂きありがとうございます

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