銀と翡翠
やっとヒロイン出せました!
実にプロローグぶりのメインヒロインです。
ヒロインを出すと言ってからはや何話目だろうか。
えー。
あの熊、海の炎剣食らっても全く動じて無いじゃん。
鎧の無い首元を斬ったみたいだけど、それでダメージ無いんだから海じゃあいつは倒せないってことになる。
海が今より強力な攻撃を鎧の無い所にもう一度クリティカルヒットさせることが出来ればそれも良いけど、奇襲まがいの事はさっきの一回で失敗に終わったから真正面から戦うしかない。真正面から戦うと言う事さえ、熊の怪物以外にも狼やら蛇やら虎やらの怪物が犇めいているんだから、ほぼ不可能だろう。
内宮さんが強力な魔法系で吹き飛ばすって手もあるけど、内宮さんは魔力がほとんど残ってないみたいだし無理そうだ。
あとは僕が倒すって手だけど、これも却下。僕の保持能力はあまり見られたくない。
逃げられる戦いは逃げるに限る。
切り株の上に着地した僕は、即座に提案する。
「海、逃げるよ」
「オーケーだ。やっぱりあいつは無理そうだ。見ろ、手足が震えてやがる」
「武者震いじゃない?」
「……ああ、超楽しいね」
軽口を叩き合って、恐怖を紛らわす。
海の炎剣で少しは怯んだのか、怪物たちはじりじりと距離を測るだけで近寄ってこようとはしない。
今のうちに逃げる準備を済ませよう。
「内宮さんは大丈夫?」
「うぇぇ……八雲君八雲君……怖かった……怖かったよぅ」
「この通りだ」
海は内宮さんに抱き着かれて泣き着かれている。
こんな状況だけど、羨ましいと思っている自分が居る。
イチャつきやがって。あぁん!? 僕への当てつけか?
「チッ、海は内宮さんを抱きかかえてで良いから飛んでよ。切り株の上から飛べば大丈夫だと思うから」
「……? わかった。一葉もそれでいいよな?」
こくん、と頷く内宮さんを背負って海が切り株の上に飛び上がってきた。
消耗した状態の内宮さんを動かすのは中々に良心の呵責があるというか、海に抱き着いている内宮さんの顔は実に安心しきっていて、それを離してしまうのは罪悪感がある。
取り敢えず、僕の筋力と内宮さんの筋力を海に割り振る。
強化を掛け、筋力を増加させることによって割り振れる筋力も増加させておく。
「よし、じゃあ行こうか」
熊の怪物が近づき始めていたので早めに移動しよう。
「よっ……っと」
空中に飛び上がり、着地と同時に先ほど通ってきた灰の道の方向へ向かう。
全力で地を蹴る。そこかしこに染み込んでいる血の匂いが鼻腔を直撃する。実に気分の悪くなる鉄の匂いだ。背中に咆哮を浴びせかけられたので、灰の道に入ると同時に後ろを振り返ってみる。
いやー。
やっぱりそんな簡単には行かないよね。
周りに居た怪物たちが全て僕らを追いかけてきていた。
足の速い狼と虎はそのまま追いかけてきて、足の遅めな猿は狼の背に乗って追いかけてきた。
「ちょ……やばいって! どうするんだ想也……っとおお!? あぶねえ!」
「え……? ちょっと八雲く……きゃっ!?」
猿の怪物が投げつけてきた石が僕らの頭の横を掠める。
かろうじて避けた海が後ろに背負った、つまりおんぶの状態の内宮さんを走りながら器用に胸の前で抱えなおした。
つまり、お姫様だっこである。
海としては、背負ったままでは石が当たってしまうと判断しての事だろうと思うし、それ以上の意味は無いだろうが内宮さんは顔を真っ赤にしてそれどころじゃないようだ。
「やややややや八雲君!? 何してるのかな!?」
「抱えてるだけだ! そんなことより、首に手を回してしっかり捕まえといてくれ! 走りにくい!」
「ふぇっ!? ままままんまじゃない!?」
「何がだ! いいから体を近づけてくれ! 重心が崩れるから!」
「え、えっと、あのえっと、よ、よろしく」
そういって海の胸板に体と真っ赤な顔を押しつける内宮さん。
「くそがあああああああああああああああああああ!」
飛んできた石をキャッチして、最大限の強化を腕に施してから投げ返す。
流石に殺すまでは行かなかったが、狼の上の猿を撃ち落とすくらいは出来た。
「おお!? どうしたんだ想也。逃げるだけでいいんじゃないか? ……っと、一葉、きついきつい」
「こ、これは仕方ないんだよ八雲君。そ、そう仕方ないの! 仕方ないから!」
「いや、だからってそこまでぎっちり密着しなくても……。ちょっと待ってくれ! 今更だがいろいろ当たってるから! 押し付けられてる!」
「しねえええええええええええええ!!」
「ちょっ、あぶっ! おい想也! さっきから俺にちょくちょく掠ってるんだが!」
「チッ、外したか……。どうしたんだい?僕は攻撃されたから迎撃しただけだよ? 僕の後ろを走っている以上、誤射の危険性はあるんだ。これは仕方ないんだよ八雲君」
「仕方なくねえよ!」
僕の頑張りで、後ろの猿は全て撃ち落とした。
お蔭で石はもう飛んで来ないから迎撃の必要もない。
実に残念だ。
狼と虎はいまだに追いかけてきているから足を止めるわけにはいかないけど。
それにしても、結果的とはいえ、海の作った灰の道はとても役に立っている。
今は平坦な障害物の無い道となっているから、怪物から少しづつではあるが距離を離すことが出来ている。もし、森のままだったら全速力を出せず、狼たちに追いつかれていただろう。
「とにかく走って! もうちょい距離を離せられれば、各個撃破できるようになるから!」
流石に、百や二百の怪物と同時に戦うのは得策じゃない。
少しづつ数を減らしていくのが安全だ。そのために僕らは走って逃げているのだから。
走るスピードが違うと言う事は、同じ距離を走ったとき、到達するまでにタイムラグが出来ると言う事だ。そして、熊、蛇、猿、猪、狼、虎はそれぞれ走るスピードが異なる。僕らを追いかければ追いかけるほど、個々の距離は離れていく。そこを狙おう、という訳だ。
まあ、そうは言っても簡単に出来るわけじゃないし、倒すのに手間取ってしまえば結局は全て同時に相手をすることになる。
さらに言えば、怪物たちが僕たちの事を諦めてくれることも期待している。……んだけど、どれだけ逃げても諦める気配が無いんだよね。距離が縮まっているならまだしも、離され始めているのに諦めてくれないのだ。どれだけ距離が離れていても匂いで追えるから諦める必要が無いのだろうけど。
僕としては諦めてもらいたいなぁ。
あと十五分も走っていれば、僕たちが墜落した砂浜へ着いてしまう。そうすれば、囲まれて終わりだ。
……あー。なんか嫌なものが見えた気がする。
「海。ちょっと先に行ってて」
「はあ!? 何言ってやがる!」
「良いから良いから。無理はしないよ。ほら、追いかけてきてるのは狼と虎だけだからさ、ちょっと攪乱して直ぐ戻るよ」
「…………わかった。マジで無理はするなよ。一葉さえ復活すればどうとでもなるんだからな」
少しだけ逡巡した様子を見せたものの、虎と狼だけなら、と肯定してくれる海。
海も分かっているはずだ。このままでは遅かれ早かれ追いつかれて喰われてしまう事に。
内宮さんも消耗していて、最低限の強化を施せるくらいの魔力しか回復していないだろうし。
「あ……」
「どうした一葉」
「外部魔力が無いって伝えるの忘れちゃった……」
何か聞こえた気がするけど気の所為だろう。
聴力の強化するのを忘れてたから良く聞こえなかった。強化しておこう。
その場に立ち止まって深呼吸を一つ。
「……っと」
不意に地面を蹴って体を後ろに逸らすと、熊の怪物が僕の体が一瞬前にあった空間を通り過ぎて行った。
危ない危ない。かっこつけて先に行けとか言ったのに瞬殺される所だった。強化してなかったら確実に死んでた。さっき視界の端にちらりと映り込んだのが、今、横から飛び出してきた熊の怪物だ。木々の間をするすると、まるで木など無いかのような速度で追い上げてきたのだ。
あのまま海たちと逃げていたらあっと言う間に追いつかれていた。僕が狙われるなら躱せるけど、内宮さんを庇いながら走る海が避けることが出来るかは微妙な所だ。故に僕が囮まがいの事をしているのだ。
続々と追いつき、僕を囲み始めた怪物達。
すぐに襲ってこないのは何故だろうか。
あの、木を割り箸みたいにぺきぺき折り割っている熊の所為か?
あの熊が群れを統率しているのだろうか。
ならあの熊を倒せばいいだけだ。
「……ん?」
熊の怪物をよく見ると両手から滴っていた血が消えていて、海が焦がしたはずの毛も見えないし、鎧の形も切り株近くで見た熊と少しだけ形状が異なっている。
「……別個体? おっとと!」
熊の怪物の低い咆哮に合わせて僕を取り囲んでいた怪物たちが襲い掛かってきた。
強化に使う魔力を二倍にして機動力を上げ、全ていなす。
時々、木が丸々一本僕目掛けて飛んでくるが躱し切る。熊の野郎、自分だけ安全地帯から遠距離攻撃かよ。
僕の近くに居る狼や虎の事を考えずに飛ばしてくる所為で、躱すたびに十数匹一緒に潰れて死んでいる。
敵が減るのは嬉しいけど、目に見えて減ってる気がしないのは何故だ。
「さて、海も内宮さんも十分離れたかな」
目に見える範囲に内宮さんも海も見えない。
これで、僕の保持能力がバレる心配はない。
もし僕の能力がどこかへ漏れるようなことがあれば、それはそれは問題だ。
しかし、漏洩の心配がないのなら使うことを躊躇うことは無い。
「秘密にする相手もいないし……」
避けることを止めた僕に怪物たちが遠吠え一つ、ゆっくりと近づいてくる。
ははは。何を勝ち誇ってるのかな。僕は別に諦めたわけでも負けたわけでもないのに。
飛びかかってくる怪物たちを冷静に眺める。
おー。避ける隙間無いし、隙間を作って避けても飛んできてる木に当たるってわけだ。
熊の怪物も笑ってるように見えるなぁ。
全くもう、勝ちを確信しやがって。
まったく――
「――僕の世界に君たちは必要ないよ。――」
保持能力を発動し、目の前の雑魚を排除しようとして――
「――見つけたぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「イゲッファァァァ!?」
何だ!?
めちゃくちゃ痛い!お腹の辺りに激痛が!
痛みの方向から考えると横から何かが激突したようだ。
さらに僕へ当たった何かと共に、怪物たちの近くから吹き飛ばされたせいで灰の道から外れてしまう。
反射的に能力の発動をキャンセルしてしまったが、そんなことはどうでもいい。
畜生! かっこよく決めてたのに!
「あいたたたたた、な、なにが起きあだぁ!?」
「人よね!? あなた人よね!?」
「いふぁいいふぁい! ひっひゃららいれよ、ひひょらから!」
「そうなのね! ずっと待ってたのよ! ずっとずっとずっとずっと!!」
やかましいな。
僕に馬乗りになって頬を引っ張るヤツを睨みつける。
きめ細かでサラサラとした銀髪。いや、白髪かな? まあいい。
均等の取れた端正な顔立ち、そして、引き込まれて閉じ込められそうな神秘的な瞳は翡翠色に彩られている。瑞々しい唇が言葉を発するたびに艶めかしく上下する。
「私の事を助けに来てくれたの!?」
「う、うん。そうだよ。君の事を助けに来たんだ」
ずっと眺めて居たくなる。そんな感情が心を支配するくらいに、美しく、それでいて儚い雰囲気を持った女の子だった。呑まれそうな雰囲気を持つ女性だった。
女の子の声からは喜びが伝わってくる。しかし、今にも破顔する声のトーンなのに、触れれば壊れそうな無表情は変わらない。声の調子と顔の調子が違いすぎて、困惑してしまう。
しかし、向こうはそんな僕の胸中などお構いなしにまくし立ててくる。
「嘘じゃないわよね!? 夢じゃないわよね!? 幻じゃないわよね!?」
「嘘じゃないし夢じゃないし幻でも空想でもないよ!君の事は絶対に助けるから! ああああそっ、そうだ! 君を助けるために僕はここまで来たんだ! 絶対に助けるし絶対に救うから! だから僕の上から退いて! マジで!」
顔が近い!
絶対に助けるから、の所で顔がめちゃくちゃ近くなった。
美少女と表現するしかない美貌を持つ女の子が体を密着させて、それこそ唇と唇が触れ合いそうなくらいまでくっ付いているのだ。動揺しないなんて、僕みたいな健全な男の子には無理だ。
お蔭で、口からある事ない事ほっぽり出してしまった。
「……コホン。ちょっと興奮しちゃったわ」
そう言って、僕の上から離れる女の子。
あ。離れるとそれはそれで口惜しい。
クソッ!3秒前の僕を殴り飛ばしたい! 離れろ、なんて言う必要なかったじゃないか!
僕のお腹と胸に残る暖かさが少しづつ空気中に溶けていくのを寂しく感じながら体を起こす。
お腹の痛みは女の子の体温と一緒に何処かへ消えてしまったようだ。
「……ん?」
脳裏にチリつくような何かが引っ掛かる。
何だろう。
立ち上がって、女の子の全身を舐めまわすように凝視する。
髪は腰のあたりまであるロングで、全体的に無造作に伸びている。
格好は普通の制服姿。僕の制服とは別物みたいだ。太もも辺りまで見えるミニスカートになっていて、目が自然とそちらに行ってしまうのを自制するのに苦労する。
背丈は僕と同じくらい。いや、僕より数ミリ高いか?
……ちょっと、プライド的なものにひっかき傷がついた。
僕の視線を受けた女の子は腕で体を隠すようにして、顔を背けた。
……僕の心的なものが抉り取られた。
理屈なんて抜きで、男というのは異性に拒絶されたような反応をされると、結構傷つく。
その例には、僕も漏れない。
いや、そんなことじゃなくてもっと根本的な何かが……。
「……どうしたの?」
「あ、いや、なんでもないよ。早めに移動しようか。怪物達もこっちに来てるしッ」
怪物達の包囲をかなり強引に抜け出たとはいえ、完全に逃げ切ったわけでは無い。
現に女の子の後ろには熊の怪物が悠然と立ちそびえて、腕を振り上げていた。
強化を途切れさせずにいて良かった。
女の子の体を抱き抱えて熊の怪物の攻撃を躱し、灰の道に戻る。
「わっ……貴方凄いのね……」
「い、いや、このぐらい普通だよ」
狼たちが即座に追撃してきたので背中に背負い直し、魔力の配分を変えて下半身を優先的に強化する。
「行くよ」
地面を強く蹴って先に海と逃げていたときの二倍近いスピードで移動する。
あの時は海の援護をしなくちゃいけなかったし、魔力を全身に行き渡らせていたから速度が落ちていた。
しかし、今は迎撃する必要は無いし、先より魔力を多く使って、なおかつ速度重視の配分だから随分と速く移動できる。
「舌を噛まないようにね!」
「ん」
口を閉じたままで帰ってきた返事の後、首に回された腕がきつくなった。
高クオリティな象徴が僕の背中に押し付けられる。
一歩踏み出すたびに素晴らしい感触が感じられる。
ふっ。海のヤツ。この程度でみっともなく馬鹿の様に慌てふためいていただなんてな。
「もっとだ! もっと速く走れるはずだ! もっと速く足を踏み出せるはずだ、僕!」
「結構余裕そうね、貴方」
耳元で小さく囁かれた。息が耳元と首元を擽る。
「うおおおおおおお!」
「……なんか速度上がったわね」
密かに下半身に回していた魔力を少しだけ背中に回した。
速度が落ちなかったからばれなかったようだ。
――僕は、風になった。
読んで頂きありがとうございます。
アドバイス等有りましたらよろしくお願いします。




