ヒーロー
強化は身体能力が上がるだけで不死身になるわけでは無いが、魔力を湯水のように消費することでかなり死ににくく頑丈になれる。
ただ、死ににくいとは言っても恐怖を感じないわけじゃない。
今みたいに。
「ちょおおおおおおおおおお死ぬッ!死ぬってこれ!」
「うっせえぞ!死なねー様に全力で強化しろ!!」
加速度的に速くなっていく落下速度。
一秒ごとに大きくなっていく地面。
風の音なのに耳のすぐ隣を鉄道が走っている音がする。
手足をバタつかせて足掻く僕は実に無様だと思う。
人間には終端速度というものがあって、自由落下の場合一定以上の速度が出ないらしいが、全く実感出来ない。
お、落ち着け僕。
どうってことないさ。
保持者によくある死に方が『パニックに陥って保持能力を発動できずに死亡』だ。
平常心平常心。
目を閉じて、深呼吸して心を落ち着けて目を開ける。
さっきより地面が近い!
「やっぱ無理だああああああああああああ!」
「いいからやれ!」
ううう。
強化すれば死にはしないだろうけど怖いものは怖いんだよ。強化が甘いと骨折以上のことになりそうだし。
いやまあ、あのまま墜落中のVTOL機の中に居たって外の様子が見えないだけでやることは変わらないんだけどさ。やっぱり、体感速度というか体感風速というか段違いなんだよ。
両手両足を広げて何とか体勢を保ちながら、着地点を探す。
岩場は除外。視界の大部分を占める森は下がどうなってるか見通せないし、着地の体勢が崩れるかもしれないから好ましくない。ていうか、木の先っぽが刺さりそうで怖い。
あとは……砂浜か。あそこが良いな。
重心を移動させ、吹き付ける風をうまく利用して砂浜の方向へ落ちる。
ふぅー。
腹を括ろう。
「3! 2! 1!」
海のカウントダウンに合わせて体中の魔力を高める。
「「強化おおおおおおおおおおおおおお!」」
直後、二つの砂柱が出来上がる。
テーマパークの噴水のように着地の衝撃で高く巻き上げられた砂が視界を遮る。
「うぇぇ、ぺっぺっ! 砂だらけだ畜生」
海の姿は見えないが声の調子からすると無事だろう。
砂がクッションの役割を果たしてくれたようで、僕も怪我はない。
もし岩場などに着地していたら痣くらいは出来ていたかも知れないが。
それにしても身体強化万歳だ。口の中が砂利砂利しているのは頂けないが、強化出来なかった場合、見るも無残な肉塊と化していただろう事を想像すれば許容範囲内だ。
まさかパラシュート無しのスカイダイビングをすることになると想定外だったが、怪我をしたわけでもないと思うと何を怖がっていたのだろうと恥ずかしくなってしまう。
乗る前は怖くて仕方なかったジェットコースターが、乗り終わった直後はハイテンションになって楽しい事だったように思ってしまう状態というか、バンジージャンプする前は散々飛び込めなかった癖に、いざ飛び込むと何のことは無い実に気楽なものであると気づく瞬間というか、喉元を過ぎた恐怖が安全を知ったことでスリルに変わったのだ。しかしだからといって、同じことはもう二度とやりたくない。
砂埃が晴れると僕から三メートルほど遠くに制服についた砂をはたき落としている海が居た。
僕も制服についたきめ細やかな白い砂を落とす。
「いやー、超楽しかったね」
「涙目じゃねえか」
「……これはさっき砂が目に入っただけだから」
「声が震えてんのもそのせいか?」
「…………武者震いだよ」
「ただの身震いに見えるけどな」
別に、怖くなんてなかったし。
ちょっと股間の辺りの感覚が消えてるけど。
ていうか、なんで海は平然としてられるんだ。
「って、こんなこと言ってる場合じゃねえよ。一葉を助けないと」
「落ちた方向は――あっちみたいだね」
森向こうの空に黒煙が上がっていた。
恐らく、いや、確実に墜落したVTOL機だろう。
内宮さんとその他十二名、強化を使っていたはずだから死んでいるってことは無いはずだ。
「想也、急ぐぞ!」
「待って、落ち着いてよ!」
今にも走り出さんとする海を押し留める。
逸る気持ちも分かる。
だが、焦りすぎだ。
強化も掛けなおさないで行こうとするなんて、視野の狭まった状態では何を仕出かすか分かったもんじゃない。
「内宮さんは強化が使えてたはずだし、仮に怪我をしたとしても周りに十二人もの保持者が居るんだ。例えB-レベルの怪物が居たとしてもそこまでの問題にはならないよ」
確か、第二班の中にはB-ランクが二人と、B+ランクが一人居たはずだ。
内宮さんは後衛系だし、危険は少ない。あくまでも前衛に比べたら、だけど。
「お前、わかってないのか?」
分かってないって何がだ。
何か見落としてることでもあったっけ。
「いいか。俺たちが地面に落ちて来るまでに何秒かかったと思う?」
「うーん。十秒くらい?」
「大体その位だ。俺たちが何で十秒間も落ちてこれたと思ってるんだ?」
なるほど。
VTOL機の様な大質量の物体が十秒近くも落ちると言う事は――落ち続けていたと言う事は、落下できるだけの高さがあったと言う事だ。
航行高度はおよそ800メートルから1000メートル。
着陸の為に若干ではあるが高度が下がっていたとしてもこれ位は十分にあったはずだ。
そして、僕たちが墜落した原因。
……そういう事か。
「僕たちが飛んでたのは島の遥か上空。一キロはある高さを飛んでいる飛行機を撃ち落とした奴がいるって事だね」
「少なくとも、俺が知ってるB-ランクにそんな怪物はいない。B+ランク位だろ」
「急ぐ理由はわかったけど、落ち着いてよ?助けられるものも助けられなくなるよ?」
「チッ、分かってるよ。進路の妨害をして来る奴だけ排除して進むから後ろついて来いよ! 強化!」
そう言って、立ち上る煙の方に走って行く海。飛び込んで行った森から火の手が上がる。
早速、邪魔な奴を灰に変えたらしい。
僕も海の後を追おう。
「強化」
僕はため息一つ、灰だらけの炎の跡を追って行った。別に、移動するなら木の上でも走れば良いのになあ。
海の姿を遠目に見つけ、真後ろに駆け寄る。
木の上を走って行こうかと思ったけど、海の後ろは障害物が無くなるから走りやすい。
やっぱり海にはこのまま燃やし進んでもらおう。
たまに、前や横から一メートル半くらいの狼の怪物が襲い掛かってくるのだけど、海に捕捉され次第燃やし斬られた。
僕のやることと言えば、時たま見当違いの方向へ進もうとする海に声を掛けて最短距離を維持することだけだ。
「はぁ、はぁ、あとどの位だ!?」
二十分ほど全力疾走を続けると、流石の海も息が切れている。常に保持能力を発動しながら、敵を倒しながら来ているのだ、当然だと思う。僕は後ろを走っていただけだから、そこまで疲れていない。
ただ走るのと、飛んで来るボールを避けながら走るのはどちらが疲れるか、と言う事だ。
「もうすぐだよ! 音がしてる!」
姿は見えないが、樹々の先から人の怒号の様な声と、何かの爆発音がしている。結構近くまで来たと言う事だろう。
強化中は聴力も強化されるのだが、思いのほか葉の擦れあう音が大きくて今の今まで戦闘音がかき消されていた。
実は走っている最中、一度だけ高い響音が鳴り響いた。
大きな音を出すと、怪物が寄ってくる可能性が高まるだけだと思うのだが、こちらとしては助かった。
響音のお蔭で内宮さんが居るであろう方向がハッキリしたからだ。なんせ、途中で立ち上る煙が消えて、自分の方向感覚だけを頼りにしていたのだ。取り敢えず、と言う事で煙があったであろう方向へ走っていたが、僕達のように落下地点から移動していないとも限らなかった。最初に煙の立ち上っていた方向と、音のした方向が同じだったため落下地点からは移動していないだろう、との結論に至った。
とは言え、墜落地点には怪物が集まってるはずだから、そこからさらに周りから怪物を集めてしまう可能性を高めるのは悪手だ。
考えなしに鳴らしたのか、または副次的な音なのか、それともリスクを分かったうえでそれでも鳴らす必要があったのか。
何にせよ、内宮さんが戦闘の渦中に居るのは確定的だ。
十二人の保持者が傍に居るはずだとは言え、安心はできない。
「抜けるぞ!」
海が、掛け声とともに速度を上げて森を飛び出る。
僕は先走る海の後を慌てて追った。
すると突然、視界が開ける。
飛び出した海が足を止めていた。
後ろから狼が海に襲い掛かっているが、海は見向きもしない。
海に一直線に突っ込んでいる狼の腹を横から蹴り上げて、森の方へ吹き飛ばす。
海は呆然として周りの事が頭に届いていないようだ。
「なんだよ……。これ……」
言葉を失っていた。
僕たちの足元には、地面を削った跡がついていた。
引きずられたように続く痕を目で追っていくと、薄く煙を噴き出し火花が不規則に鳴る、右側面部が消え去さったVTOL機が、飛行機と同じか一回り小さいくらいの切り株にコックピット部分から突っ込んでいた。
そして、その切り株を中心として半径四十メートルに百匹をゆうに超える怪物が、VTOL機に殺到していた。
森で見かけたものより一回りは大きな狼。
ギィギィと高い声で鳴く人間の胸辺りまで体長のある猿。
鋼のように鋭利にとがった鱗を持つ蛇。
爪の一本一本が包丁の様に薄く研がれている黒赤の縞模様の虎。
自身の体長の半分ほどの牙を揺らす猪。
そして、その中でもとりわけ大きな一匹の漆黒の鎧熊。
その熊の怪物は、地面を揺らしながらVTOL機に少しずつ近づいていた。
五メートルは有ろうかという体躯を見て、確信する。
VTOL機を落としたのはこいつだ、と。
電車が高速で自分の傍を通り抜けていく時に似た圧迫感が僕らを押し込む。
圧倒的な情景に思わず息を飲む。
「あいつ……。B+ランクでも足りないだろ……」
青褪めた顔で呻く海。
海の右手にあった炎が消える。
力を失い、地面に崩れ落ち震える海。
「……一葉、は……もう……」
それほどに、目の前の熊の怪物から発せられる存在感は圧倒的だった。
それほどに、目の前の状況は、内宮さんの生存は絶望的だった。
「まだ死んだと決まったわけじゃない!」
でも、まだ。
まだ、その目で見るまでは確定していない。
僕にはわかる。
「まだ内宮さんが生きていたとしたらどうするんだ!今ここで諦めたら、ここで逃げ出したら、彼女を見殺しにするのと同じだぞ!」
伝わって来るのだ。
感じ取れるのだ。
内宮さんの声が。
海、助けて、と。
海には聞こえない声で呼んでいるのだ。
諦めるにはまだ早い。
「は……? 何を……?」
「内宮さんはまだ生きてる!」
「なん、で……分かるんだ……?」
海の疑問は尤もだ。
百匹以上の怪物に囲まれて人が生きていると、僕は言っているのだから。
まるで夢の様な話だ。
「僕の保持能力だ! 五秒以内に決めて! 行くのか行かないのか!」
「……ッ。一葉はまだ、生きてるんだな?」
「少なくとも、今はまだ生きてる」
「……なら、行く。必ず救い出す」
「……よく、言ってくれた。協力するよ」
もし、海が、この怪物達に怖気ついて立ち向かわないと言っていたら、僕はすぐにでもここから離脱しただろう。
だからといって、それで海を軽蔑したりすることは無い。
海からすれば、僕が保持能力で伝えた情報の真偽の確かめようがない。
生きている、と言われただけで実際に生きているか死んでいるかは分からないのだから。
でも、海は僕の言葉を信じてくれた。
それなら、精一杯の手助けをするべきだろう。
「思いっきり飛行機まで跳んで、内宮さんを助けよう。力を貸すことはできるから。共有」
僕の超能力系能力が一つ、共有。
発動条件は身体的接触がある事。
効果は能力の対象者同士での生命力等を除いた、あらゆる力――魔力、筋力、五感、その他諸々の身体能力を最大で50パーセント共有すること。力を分け与えると言い換えてもいい。
僕の筋力が100、海の筋力が100だとしたときに、共有発動中は海は150の力を出せるようになる。その代りに海が150出しているときは僕は50しか力が出せない。
その逆も然り。だが、あくまで出せなくなるだけで、無くなるわけじゃない。
魔力は使うと無くなるけど。
さっきまでの共有対象者は僕と内宮さん。
海が内宮さんをVTOL機の穴に投げ戻した時に発動しておいた。
共有者が死ぬと、共有は解除される。
まだ、共有している感覚があるってことは、内宮さんはまだ生きている。
因みに、内宮さんには力の共有はほとんど行っていない。分けたのは魔力だけだ。
そして、今は共有者に海が加わった。
これで、海にも内宮さんが生きていることが分かったはずだ。
これが僕の能力。
他人が居ないと意味がない能力。
一人では何もできない力だ。
「今いくぞ! 一葉!」
海と僕は、怪物たちの絨毯を超え、VTOL機まで跳んだ。
全体を見渡すと、最低でも三十体の怪物の死骸と、確認できただけでも三人の死体があった。
辺り一面には血痕が飛び散り真っ赤な平原と化していた。
数人の生存者は居たものの、恐怖の感情が付随した声を垂れ流しながら必死に――必ず死ぬとわかっていながら認めることを拒むように全身を無意識のうちに暴れ動かすも、無様に怪物に引き摺られ、引き裂かれ、引き千切られ、喰われていた。
肝心の内宮さんはVTOL機を背にしてガタガタと震えながら両手を前に突き出していた。
内宮さん以外は全員殺されたようで、他に生存者も死体も、人間の形をしたものは見当たらない。
少し目を離した隙に全て怪物の腹の中へと消えて行ったらしい。
良く目を凝らして見てみると、熊の両手から血が滴っている。
餌として喰われ、栄養として死んでいった彼らは、熊に殴り飛ばされただ生きているだけの状態となってその他の怪物の元へ送り飛ばされたようだ。
空中で、海が両手に炎を握り込む。
内宮さんの周りは氷の槍で貫かれた怪物が数十匹転がっており、他の怪物は警戒して近づけないようだ。
しかし、熊の怪物はゆっくりと内宮さんに近づいていく。
内宮さんが後退るも、切り株にぶつかり逃げ場が無くなったようだ。
熊の怪物が、内宮さんの手前にそびえ立ち、丸太の様な両腕を振り上げたのが見えた。
僕らはやっと放物線の頂上を越したところで、落下に移ろうかどうかといったところだ。
このタイミングでは一歩出遅れてしまう。
内宮さんが悲痛な表情で涙を零しながら目を瞑る。
「させるかああッ!」
突如、海が空中で左手に持った炎を破裂させた。
爆発的な加速力を得た海は、左手に火傷を負いながら内宮さんに突っこんでいく。
熊の両腕が内宮さんに振り下ろされようとした瞬間。
「一葉あああああああああああああああ!」
海が右手を一閃させ、熊の怪物の首を斬りつける。
そのまま内宮さんを隠すように立ち、炎を構えながら怪物たちを見据える。
海の攻撃を食らった熊は、少し怯んだようだが毛が少し焼けた程度で致命傷には程遠い。
「助けに来たぜ」
と、海は右手に炎を揺らめかせながら、その目に希望の炎を宿しながら内宮さんの前に立っていた。
……僕、まだ空中なんだけど。
どこに着地しようか。
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