保持者にトラブルは付き物
ちょっと長くなったので分けて投稿します
緑若葉が鬱蒼と生い茂る森の中。
灰色の雲で遮られた太陽光が、薄い木漏れ日を作っている。
砂利の混じった熱風が、葉を右へ左へと動かす。
揺れる木々の間に真っ直ぐに動く影が大小二つ。
大きい影は行く手を阻む物全てを、右手に持った炎で燃やし斬っていた。
土も木も塵も空気も怪物も、全て等しく炎に飲まれ、風に攫われ消えていく。
小さな影は大きな影の真後ろにぴたりとくっつき道案内に徹している。
小さな影は何もしていない。
というより、することは全て大きな影が灰燼へと帰していた。
二つの影は灰の道を突き進んでいく。
遠く見上げた先に上がる黒煙に向かって。
――その原因であろう落ちて燃えているはずの飛行機に向かって。
時は一時間前に遡る。
解散した後、荷物を取ってくる、と言って駆け足でどこかへ消えた内宮さんを見送り、戻ってきた海と近くのソファに腰かけ、世間話をして時間を潰した。
「そういえば海ってさぁ、B-ランクなんだよね?」
「そうだ」
「いつB-ランクに上がったの?」
「あ~、いつだったかな。確か……中3の10月位だったはずだ」
「最近上がったんだと思ってたけど、結構昔の事なんだね」
「ああ。あの頃の俺は血走ってた血迷ってたと言うか、学校が終わったらすぐに依頼を受けに来てたくらいだったからな」
「大変だねー。僕にはそこまでできないよ」
そのあと、話題を変えて会話のキャッチボールを五往復くらいしたところで内宮さんが帰ってきた。
内宮さんは長さが身体の半分位の、何の装飾も施されていない白い杖を抱えていた。
魔法系が得意な保持者はああいう風な杖を持つことが多い。魔法系ばかりで体力が無くて足腰を支える必要があるから、という訳ではない。
変換器と呼ばれる特殊な『武器』である。
保持者は魔法系能力を行使する時に自分の中にある保有魔力と周囲に漂っている外部魔力を使うのだが、外部魔力はそのままでは使えない。
一旦、保有魔力を混ぜて、自分の制御下に置かなければならない。イメージとしては、海水は水道水と同じ水だけど、料理には向いていないから濾過して使う……って感じかな。で、変換器に保有魔力を流しながら、外部魔力に保有魔力を混ぜると効率良く制御下に置ける。
安物だと、変換効率5パーセントアップとかその位だけど、高級品ともなると50パーセントアップなんてものもある。高級品だけあって値段もゼロの数がものすごいことになってるけど。変換に保有魔力を使うわけだから、内宮さんみたいに保有魔力量が多いと、変換できる外部魔力量も増えるわけだ。
海は特に武器に見えるものは持っていない。まあ、人の装備にとやかく言うつもりはないから別にいいけど。
僕だって何も持ってないしね。特に僕の保持能力は武器も変換器も必要ない能力だから。
「ご、ごめん、遅れて。自分の杖を預けてたのを思い出したんだ。あと八雲君にはパン買ってきたよ。り、理崎君は何買ってきたら良いかわからなかったから同じパンあげる」
「あ、ありがとう」
「いつもわりぃな、一葉」
海が礼を言うと、内宮さんがほにゃっと笑った。
ていうか、いつも悪いって言ってるけど何かあるたびにこんなことして貰ってるのかな、海は。
……いやいや、別に羨ましいとか思ってないですよ。
いやいや、ホントに。
ただ、『見せつけてくれんじゃね―の、あぁん!?』って思っているだけで。
「……今なら殺意で人が殺せそうだ」
「なに物騒な事言ってんだ」
新手の保持能力かよ、と付け足して受付の横の扉へ歩いていく海。
「ほら、ぼけっとしてんな。もうそろそろ出発しないと遅刻しちまう。五番乗り場から地球に降りる。パンはミッドガルドに行ってからでも食えるだろ」
そういって、海は袋に入ったパンを揺らしながら扉を開けて出ていった。僕と内宮さんも小走りで海の後を追い、扉をくぐった。
二十分後。
宇宙ステーションを出発した僕らは、事故に遭うこともなくERCミッドガルド支部に到着していた。到着して直ぐに合同依頼担当の職員に声を掛けると、発着場へと案内してくれた。
どうやら、今回の移動手段は飛行機らしい。
職員の話では、調査予定の島の周りには飛行系の怪物が居ない代わりに、水棲系の怪物が辺り一面に生息しているらしく移動手段は制空権の確保が出来ている空路を選択したとのことだ。
職員の後ろについて飾り気の無い金属製の道を歩いていると、鉄骨が剥き出しになった広い空間にでた。大量のLEDライトに照らされた先に、飛行機とヘリコプターを合わせたような機体――VTOL機が二台と十五人ほどの依頼受注者が居た。
別に遅刻した訳じゃないけど、集合場所に最後に到着すると何だか遅れた気分になるね。
今回の合同依頼は総勢30人が参加するらしく、人員を二つに分けて第一班と第二班で行動するらしい。
「第一班はすでにVTOL機に乗り込んで待機しています。第二班の方々との顔合わせが済み次第、あなた方も速やかに準備してください」
職員が手元の紙を見ながら伝えて来る。
僕たちは、一緒に仕事をする第二班の人に挨拶をしながらVTOL機に乗り込んだ。
さらに三十分後。
VTOL機の中はお世辞にも快適と言える空間ではなかった。
モーターの振動などはほとんど無いし、室温も悪くは無かったものの、物を輸送できればそれでいい、といった感じで塗装もされていない剥き出しの金属に囲まれながら硬い椅子に座っているのは少し辛い。
広さだけは有る為、十五人が収容されていても窮屈に思うことは無いが、四方を金属に囲まれていると圧迫感を感じる。外を見て圧迫感を解消しようと、そこそこの大きさの窓を覗いて見ても眼下に広がるのは真っ青な海と灰色の雲が地平線で重なっている景色だけだ。偶に島を見つけるも、すぐに通り過ぎてしまう。
会話で時間を潰そうとするも、海と内宮さんは互いに
「――でね、今度お弁当を作ってこようと思うんだけど、八雲君はどうする?」
「どうするって何だ? 俺はパンを買うぞ?」
「い、いやそうじゃなくてね――」
なんて話しているから入っていけない。
入っていっても僕の精神が持たないし、内宮さんの援護に回ると海が良い思いをするだけなので傍観に徹する。
内宮さんの攻め(?)をのらりくらりと躱す海を見ていると、こいつわかってやってるんじゃないだろうか、と疑問に思う。
これで素みたいだから驚きだ。
さらに十分後。
正直飽きた。
もうそろそろ着いてもいいんじゃなかろうか。流れる雲を数えて時間を浪費するのも限界だ。もう地平線と平行移動するのを眺めるのは嫌だ。
ちなみに内宮さんは健闘の甲斐あってか、海にサンドイッチを作ってくる約束を取り付けたらしい。
僕にも作ってほしいもんだ。
椅子には背もたれが無いから体重を何処かへ預けることもできずに段々と座り心地が悪くなり、尻ポジを変えること二十三回。
ストレッチでもするか、と立ち上がった瞬間、機内のスピーカーからパイロットの声が聞こえてきた。
『目的地が見えてきました。到着まで残り二分です』
ああ、やっとか。
もう少し遅かったらお尻の骨格を座りやすい形に変えられないか真剣に考えるところだった。
固まった体を解すために大きく伸びをすると、背中から小気味良い音がして骨が楽になるのが分かる。
「ほら、内宮さんも海も準備したら?」
サンドイッチに挟む具を問い詰めていた内宮さんと、具なんてなんでも良いと受け流す海は話に没頭していてパイロットの声が聞こえていなかった様だ。
到着も近いので肩を叩いて二人を現実に引き戻す。
所で、内宮さんのお手製サンドイッチってどうなんだろう。
いつも昼休みに内宮さんが食べているお弁当は自分で作っていると言っていたし、料理は上手いんだろう。
可愛い女の子から美味しい手料理を振る舞ってもらえるなんて海は幸せ者だなぁ。
後で飲み物にタバスコを入れておいてあげよう。
そんな他愛もない事を考えて居られるのは、心のどこかでまだ目的地についていないから何も起きない、と思っていたからだ。
僕は、その慢心とも油断とも取れる甘い考えを持っていたから突然の事に反応できなかった。
対応が遅れてしまった。
――ガィィィン。
――ドパァァッッッアアァァァン。
鈍い轟音。
十泊遅れて水飛沫の音。
まるで、飛行機に何かが当たって海に落ちたような音が響いた。
急いで外を確認すると、右翼を失ったVTOL機が海面に叩きつけられた所だった。
ひしゃげた右翼部から大量の泡が放出されて、入れ替わりに海水が入って行く。機体は、少しずつだが確実に沈み始めていた。
あのままでは海面に機体が浮かんでいられるのも時間の問題だと思われた。
しかし、VTOL機が沈むことは無かった。
鯨の様な巨大な怪物が、水面に向かって急速で浮かび上がってきたと思ったら、そのまま大きな口の中にVTOL機を丸ごと――乗り込んでいるであろう15人の人間も一緒に――飲み込んでしまったからだ。
一瞬。
ほんの一瞬だった。
瞬き一つしない間に15人が死んだ。
助けようと思う暇さえなかった。
『ッ! 回避します!!』
スピーカーの奥から息を飲む声が伝わってくると同時、機体が強烈なGと共に横移動した。
強力な慣性に耐え、窓に顔を押し付けながら辛うじて外を見ると、目と鼻の先を木が通り過ぎて行った。
まるで攻城兵器の様な物体が高速で自分のすぐ横を掠めていくのは心臓が締め付けられるような恐怖を覚える。
「海! 内宮さん! 今すぐ強化かけて!」
保持者には分かりやすい弱点がある。
不意打ち。奇襲。暗殺。
能力を発動していなければ保持者も一般人と肉体性能が変わらない。
例えば、十万人を一分で撲殺できる保持者が居るとしよう。その凶悪極まりない能力を発動していなければ上から落ちてきた植木鉢で死ぬ。隕石だって止められる強靭な保持者は、能力なしなら車に引かれただけで死ぬ。ビルさえ持ち上げられる金剛力の保持者は、能力なしなら百キロのダンベルを動かすことすらできないだろう。
今さっき、怪物の胃袋に収まった人たちも保持能力さえ使えていれば落ちている最中、VTOL機から脱出することだって出来ただろう。それどころか怪物を撃退することだって出来たかも知れない。
僕たちが今恐怖を感じていられるのも単に運が良かっただけだ。
彼らが死んだのは運が悪かった。
そう思うしかない。
大事なのは自分たちの命。考えるべきはこれからのことだ。
周りで転げている人たちが全員身体強化をして、状況を理解し始めた直後。
二発目の弾丸――次は木ではなく巨大な岩だった――が回避運動で体勢の崩れたVTOL機を捉えた。
鼓膜が割れんばかりの激音を響かせ、着弾の衝撃がおもちゃ箱の中の積み木のように僕らを掻き雑ぜる。
「「「「うわああああああああああ!!!!」」」」
そして浮遊感。揚力を失った鉄屑の塊は物理法則に従って地上へ引っ張られる。
うええ。この足が地についてない感が気持ち悪い。
次第に機体の落下スピードが大きくなり、機体が螺子のように回転し始めた。
地上まであと何秒だろうか。
身体強化してるから死ぬことは無いと思うけど、気を抜いたら骨折位はするかも知れない。
ぐるぐるとまわる視界の中、鋭敏化された感覚が違和感に気づいた。
「……風?」
自分から当たっている空気ではなく、外の匂いを含んだ流れを持った空気。
外の風なんて窓でも開けないと入ってこないはずだ。
と、ここまで考えて思い当たる。何処かが開いていないと風は入ってこない。墜落するほどの衝撃を受け、また、損傷を受けている。
なら、機体の何処かに穴が開いたに決まっている。
急いで破損箇所を特定しようと首を巡らせると、恐らく大岩が激突して出来たであろう二メートル位の穴から今まさに内宮さんが外へ投げ出されんとしていた。
「きゃあああっ!」
「一葉ッ!」
内宮さんの近くに居た海が、異変に気づいて内宮さんの腕を取る。
力任せに機内の中に投げ戻すも、反作用で海が外に出てしまう。
「海!」
僕は内宮さんを受け止めてすぐに、近くの床――壁だったかもしれないが――を強化された脚力を存分に使って強く蹴り、海の手を取る。
もちろんさっきの海みたいに体を固定しないまま投げ戻すなんてことはしない。抜かりなく近くにあった取っ手の様な出っ張りを左手で掴んである。
海がそこまで気が回ってたら僕がこんなことをする必要は無かったのに、などと嘆息していると海が手を握り返してきた。
「一葉は!!」
「戻った!!」
風切音のせいで声が聞こえず、必然的に声が大きくなる。簡潔な返答だけで伝わったようだ。
「ありがたい!助かっ――」
バキッ、となにかが折れる音がした。
それは別に心が折れた、とか精神の状態を表す擬音語ではない。この程度で折れるような心は持ち合わせていないつもりだが、少し涙が出た。風圧で目が乾いたからだと思いたい。
自分の危機に直結することだから身体が超反応を見せたのか、はたまた握りしめていたから骨伝導で伝わって来ただけなのか、どちらの理由にせよ風切音の中でやけに明瞭に音が聞こえた。
人が二人は悠々通れるほどの大穴が開いて、機体はいつ空中分解してもおかしくないほどにボロボロだったのだ。
そんな中で適当に出ていた出っ張りに、人二人が思いっきり飛び出る力とさらに遠心力も加えてかかっていたのだから耐えられるはずもない。
つまりは僕も気が回ってなかったと言う事で。
「――てねぇぇえええええええええええええええええ!!!!」
「うっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
壊れた出っ張りを握りしめたまま、僕と海は絶叫しながら絶賛落下中のVTOL機から弾き飛ばされ、墜落した。
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