赤蜻蛉
PM7:00……
「ったく……こんな日になにやってんのよ」
アイツったら、いきなり、『ゴメン! 急用思い出したから片付けてくる! ここで待ってて!』
とか言って走って行ってしまった。
それから約二時間が経ち、帰ってくる気配が一向に無い。
ただ待ってる訳がなく屋台を見て回っていたけど、すでにアイツと一度回った後だったので真新しさの無い中であまり持たなかった。
しびれを切らしてアイツの携帯にかけてみれば―――
『ただいま電波の届かな所にいるか、電源が入っていな』途中で切ってやった。
多分、電源を切っているんだろう。
なぜそんなことをしているのか?
いったい急用とはなんなのだろうか?
そもそも、アイツから誘っておいてこの仕打ちがなんなのか……
そうよ! まずそこに至るのよ!
急に電話がかかってきたかと思えば、『今日の花火大会一緒に行こう!』とか言ってきて。
……ま、まぁ、ヒマだったから一人でも行こうとは思ってたけど。
誘ってきたから仕方なく乗ってあげて、もとから着て行こうとは思ってたけどわざわざ時間かけて浴衣着て、遅れたら悪いからと思って集合時間の20分前に行って……始まるまでの時間屋台でも見て回っていたら……今に至る。
「あっちから誘っておいてなんのよもーーーーーー!!」
周りに他の人が居るのも構わずに叫んだ。当然人の視線を浴びるが、少々すっきりした。
だが、まだ怒りは残ったままだ。こうなったらやけ食いでもして……
「やあやあ、そこの赤とんぼのお姉さん」
後ろから声をかけられた。赤とんぼとは、今あたしが着ている浴衣の模様―――赤色の浴衣についた蜻蛉を見てのことだろう。
振り返り見ると、あたしと同じように浴衣を着た女のひとが立っていた。
紫色の蓮華がついたきれいな浴衣だ。着ている人も、あまり化粧をしていないようだけど、それでも同姓のあたしが見て、綺麗だと思えた。
「いったい何を叫んでいたんだい?」
まぁそうだろう。あれだけ大きな声で叫んでいたら心配もされる。
「大丈夫です、なんでもないですから……」
ただ、そんなことを他人に、まして見ず知らずの方に話せるわけがない。
「いやいや、なんでもなけりゃあんな大声で叫んだりしないだろうよ」
それはそうだ。
蓮華柄の浴衣を着た女のひとは胸を叩く。
「お姉さんに話してみないかい? 誰かに言えば、一人大声で叫ぶよりスッキリするかもしれないよ?」
「……」
「素直になれない彼への気持ち、見知らぬお姉さんが聞いてあげようじゃないか」
「!?」
な、なんで、それを知って……い、いや、あたしはアイツのことなんてなんとも……
「図星だったのか、予想で言ってみたのだけど」
「うっ……」
こ、こうなったら、むしろ聞いてもらった方がいいかもしれない……
PM7:23……
少し場所を離れ、あたし達は河川敷に来ていた。
ここも花火が見えることから人はいるが、屋台の立ち並ぶ場所よりは幾分か少ない、あちらの方が真下から見えて屋台が近いということで有名だからだ。
2人で河川敷に座り、あたしは先ほどあった出来事を女の人に話した。
「ふむふむ……あちらから呼び出しておいて、急用だとかで一人どこかへ行ってしまった、と」
「そうなんです」
「そりゃあ叫びたくもなるさなぁ」
「う……」
今考えたら恥ずかしく思えてきた。
「まぁ、その行動の意味、お姉さんには分からなくも無いね」
女の人は立ち上がった。
「え?」
河川敷を数歩降りる、座るあたしと立っている女の人との顔が同じ高さになったところで立ち止まり、こちらを向いた。
「赤とんぼの浴衣を着た高校生くらいの女の子を見たら、こう伝えてくれと頼まれたのだよね」
女の人は、頼まれた伝言を、赤蜻蛉柄の浴衣を着た高校生のあたしに伝えた。
「では、あたしはこれにて失礼するよ。アナタのように、お姉さんにも待たせ人がいるのでね」
女の人は、ぴっと手を上げると、河川敷を一気に駆け上がり、そのままどこかへ言ってしまった……
「……」
まさかあの人、それを伝えるのがあたしだと分かっていて……
PM7:56……
伝言の通り、あたしは河川敷から少し離れた神社の境内に来た。
浴衣に草履という普段とは違う歩きにくい恰好で境内までの階段を上るのはかなり苦労したが、上り切った先に、伝言を伝えたという人物がいた。
「……アンタ、どういうつもりなのよ」
鳥居を抜けて境内の中央付近、急用とかでいなくなったアイツに近づいた。
「良かった。伝言が届いたんだね」
「まずそれよ、もしもあの人があたしの他にこういう柄の浴衣着た人に会ってたらどうしたつもり? それに、伝言ならメールで十分じゃない。なんで見ず知らずのあの人に伝えたわけ?」
正直怒りが込み上げていたが、それを隠しつつ言いたいこと聞きたいことを一気にぶつけた。
「メールは、なんか風情がないなと思って、それに大丈夫だよ。他に、赤い蜻蛉柄の浴衣を着た高校生みたいな人はいなかったから。後、もしもこの伝言が届いたら、これはもう運命だな、と思ってさ」
アイツは淡々と全部の質問に答えた。
「……ひょっとして、急に行っちゃったのって、それを調べてたの?」
「うん、それも一つだけど……」
そこで怒りを堪えられなくなった。
「そっちから誘っておいて何をしてるのよ! 他の人の浴衣の柄見て回ってたり! こっちが連絡しても出ないし! 見ず知らずの人に伝言頼んだかと思えばこんなところにいたり! 心配して損したわよ! これならさっさと帰っちゃえばよかったんだわ! 他の人の浴衣を見えて回ってるような変態はほおっておいて!」
怒りにまかせて隠していた言葉をぶつける。するとアイツは顔を下げて悲しそうに、
「……ごめん。そんな気持ちにさせるつもりはなかったんだ。ただ、こうでもしないと、勇気が出なくて、ちゃんと言えないと思って……」
「もし逆の立場ならこんな気持ちになるってわかるでしょ! なにが勇気よ! 何がちゃんと言えな……」
言葉の途中で、花火の上がる音がした。
「――――――」
パーーーーーーーーン!!
「…………え?」
花火にまぎれてアイツが何か言った。
よく聞こえなかった、という風に訊ねると、再び花火の上がる音。
「――――――だ。―――――」
パーーーーーーーーン!!
再び花火の音にまぎれたアイツの声。
けど、今度は、ううん、今度もちゃんとあたしの耳に届いた。
「いきなりで、驚いてるかもしれないけど、返事は……こ、この花火大会が、終わってからで、良いから……」
花火が移ったように顔の赤いアイツがあたしの真横に立った。自分の顔をあまり見せたくないのと、あたしの顔を直視できないからかだろうか。
「……わ、分かった…………わよ」
あたしもその隣で、同じように赤い顔、浴衣の柄の赤蜻蛉のような色をしているだろうか? その顔で二人並んで、花火を見上げた。
この大会が終わったとき、あたしはさっきの言葉に返事をしなければいけないらしい。
けど、そんなの、考える必要もなく、決まっていた。
まず一つ、ありそうでなさそうな感じの恋愛ものを書きました。
作中の伝言とか、かなりの確率だと思うのです、書いといてなんですが。
この連作において重要なのは、文最初に書かれている時間です。これからも書かれるものと、時間を比べてご覧になってみてください。
それでは、




