教訓と言うにはどうだろう
明日は婚約者と会う日である。
そう思うだけでグスタフの心臓は今からバクバクと鼓動を早め、今にも破裂してしまうんじゃないかというほどだった。
婚約者であるカテリーナの事がグスタフは大好きだ。
初めて会った日からまだ数える程度にしか顔を合わせてはいないけれど、それでも全部ひっくるめて大好きだし愛していると断言できる。
一人前の立派な淑女に見せようとツンとお澄まししているところも可愛いし、それが崩れて素の部分が出た瞬間なんて可愛すぎて息が止まるかと思った。
ちょっと拗ねた表情も、怒った――といってもこれはポーズだったけど――のだって全部が全部グスタフの心臓を止める勢いで愛らしい。
カテリーナに嫌われたら生きていけない。
そんな風に言えばきっと大袈裟ね、なんて言われてしまうかもしれないけれど、嘘偽りのないグスタフの本心である。
ただ、グスタフはカテリーナの事をどうしようもないくらい好きではあるけれど、カテリーナがグスタフを好きでいるかはわからなかった。
家同士で決められた婚約。
グスタフにとっては好きな相手との婚約だから大喜びだけど、カテリーナにとって望まぬ婚約だったら。
それを考えただけでこの世の終わりがやってくるような錯覚さえ覚える。
いや、大丈夫だとは思う。
嫌われてはいないはずだ。
でも、今は嫌われていないけれど、いずれそうなる可能性はゼロではない。
好きになってもらいたいけれど、生憎グスタフはスマートに女性に好意を持ってもらえるような行動が何か、というのがわからない。
そもそも男女で感覚の差はあるし、女性と一言で言ったって色んな人がいるのだから個体差というものが存在する。
必ずこれをやればいい、なんていう絶対はないのだ。
明日、カテリーナと会って。
楽しい話題を提供したりして、カテリーナがグスタフと一緒にいると楽しいと思ってもらえればいいけれど、そうでなかったら。
グスタフ様と一緒にいてもつまらないのよね……なんて思われてたらどうしよう。
そう考えるだけで不安で不安でどうしようもなくなってくる。
そもそもグスタフは話術に長けているわけでもない。
だから、最初から最後までカテリーナがずっと楽しめるような話題を出せるかと言われるととても微妙。
二人きりだと緊張して何を話せばいいのかわからなくなる。
だからといって、黙ったままではカテリーナが、グスタフ様は私と話したくないくらい嫌っているのだわ……なんて思うかもしれないのだ。
考えただけで違うそうじゃないと叫びたくなってくる。
二人きりで緊張するくらいなら、いっそ誰か他の――友人とか、幼馴染とかに頼んで一緒にいてもらうべきだろうか。
――と、考えたところでふと父と母との話を思い出した。
「いいかグスタフ。婚約者との逢瀬の時に間違っても幼馴染は連れてくるんじゃないぞ」
「いいですかグスタフ、婚約者と二人きりを回避しようとして幼馴染を連れてくるのは諸刃の剣ですよ」
どちらからも同じような事を言われている。
あの時はそんな事するわけないと思っていたけれど、今まさにその方法に縋りそうになったので、改めて両親の言葉を思い出そうとした。
確かに幼馴染という自分を良く知る第三者が取り成してくれれば緊張も緩和されるかもしれないから、助かるとは思うけれど両親の反応からあまり良い事ではない、というのも理解はできる。
そもそもデートなんだから第三者を入れるという発想がどうかしているのはわかっているのだ。
それでも緊張のあまり何かおかしなことを口走ってしまうんじゃないかと思うと、何かあった時自分の暴走を止めてくれる誰かがいてくれた方が心強い。
それに幼馴染なら気心の知れた仲だ。
照れてマトモに相手の顔を見れない挙句話をするのもままならない自分の事を助けてくれるのではないか。
そう考えるのも無理からぬ事だった。
だがしかし、その方法は悪手であると両親は言う。
落ち着いて考えれば確かにそうだとわかる。
わかるけれど、それでもテンパッておかしな事を口走るかもしれない、と婚約者と二人きりの空間でやらかす失態を回避するためにはそれもありなんじゃないかと思ってしまうのだ。
だからこそ両親がそんな風に言った時、グスタフはどうしてなのかを問いかけた。
やるわけないだろう、と切って捨てればいいだけの話だったのかもしれない。
けれども両親がどちらも同じように言うものだから。
どうして、と疑問を投げかけるのは構わないだろうとも思ってしまった。
結果として父と母の口から語られた話を思い返す。
――男は婚約者と会うその日を思うだけで緊張のあまり声が震えそうになっていた。
実際震えていたのかもしれない。口から出る声は意味をなさない音ばかり。
こんな体たらくでは、婚約者にかっこ悪いと思われてあれとの婚約はいやだと思われるかもしれない。
そんな想像をしただけで心が張り裂けそうになっていた。
そんな無様な姿をさらすくらいならいっそ……!
そんな風に思って、男は手紙を急いで書き上げて使用人へ至急届けるようにと急かした。
そしていざ婚約者との逢瀬当日、男の隣には幼馴染である女がいた。
――女は婚約者と会う日の事を考えるだけで心臓がドキドキしすぎて死ぬんじゃないかと思っていた。
こんな状態ではマトモに会話なんてとてもとても……!
だが、取り繕おうにも無理がある。
それもあって、女は悩みに悩んだ末、考えた。
自分一人でどうにもならないのであれば、誰かの助けを借りようと。
そして女は急いで連絡をした。頼りになる幼馴染に。
そしていざ婚約者との逢瀬当日、女の隣には幼馴染である女がいた。
そこから先は、男女が思い描いた展開と大きく異なったのは言うまでもない。
そう、グスタフの両親は揃いも揃って幼馴染へと助けを求め、よりにもよってデートにそれぞれ女を連れてくるという傍から見たら両手に花どころではない状況を作り上げてしまっていたのだ。
父は当時の状況を思い返すたびに眉間に皺を寄せて呻くし、母もまた当時の状況を思い返すたびに扇で顔を隠し「はわわ……」と小さな声で鳴いた。
若気の至りと言ってしまえばそれまでだけれど。
二人にとっては黒歴史である。
父だけが幼馴染を連れてきたのであれば、母の印象は思い切り悪くなっていただろう。
けれどもまた母の隣にも幼馴染がいる。
父にとっては母の隣の女性は一体……? と思うのも無理からぬ事であったし、互いが互いにそちらの方は……? となるのは自然な流れだった。
ここから先は二人の幼馴染の独壇場であった。
二人きりだと恥ずかしすぎて何かの失敗をするんじゃないかって考えて、助っ人に呼ばれたの。
なんて二人はあっさりと暴露しあった。
まずは落ち着いて話ができる場所へ、なんて言って個室のあるレストランへ行き、そこでそれはもう盛り上がったという。
誰がって、幼馴染が。
それぞれがそれぞれの幼馴染の――つまりはグスタフの両親の――プレゼンを始めたのだ。
ついでに幼馴染だけが知る過去の失敗談なども。
婚約者にそれが知られるだけでも恥ずかしいのに、婚約者の幼馴染にまで知られる形となってしまった。
二人が揃って幼馴染を止めようとしても、気が合ったらしい二人は止まる事を知らない暴走列車のようだった、と両親は揃って遠い目をして語った。
幼少期の失敗だけでも恥ずかしすぎて「わーっ」と叫びたくなるのに、それぞれの幼馴染から互いの婚約者についての思いの丈まで語られて、二人は同時に穴を掘って埋まりたいくらいの気持ちだったし、顔も耳も全身真っ赤に染めてぷるぷると震えて羞恥の時間を耐えるだけだったと言う。
止めようにもそれぞれの幼馴染が強すぎて止められなかった。
そうして互いが互いの幼馴染の事を語るのが終わった後、二人の幼馴染はすっかり意気投合して、
「そちら婚約者は?」
「いないのよ、いい相手がいればいいのに」
「うちの兄なんてどう?」
なんて話をし始めて、その頃にはもう二人の事なんて完全に放置だった。
そうして言うだけ言った後、二人は、
「それじゃあ、後は婚約者同士で」
「今更恥ずかしがるのも手遅れでしょうから」
「ほーっほっほ」
「うふふふふ」
清々しいまでの笑みと共に席を立ち、二人を残して颯爽と去っていったのだとか。
ちなみに紹介された兄とその幼馴染は結婚したらしい。
めでたい話だ。
だがしかし、そんな二人の馴れ初めの発端がこの話なので、周囲に話されるという更なる羞恥が待ち構えていたとは、当時両親は思いもしなかったのだとか。一応恥になりそうな部分はマイルドに言葉を変えられてはいるけれど、真相を知る者からすれば真実を知るせいで顔を覆ってもうやめてぇ……! となるのだ。
幼馴染を紹介された兄からすると出会いをもたらした両親に感謝しているようなのだが、その純粋な好意の眼差しもまた両親にトドメを刺したとかどうとか。
恐らく父だけが幼馴染を連れてきたのなら、母はそちらが想い人なのかと勘繰って疑っただろう。
母だけが幼馴染を連れてきたのであれば、父はもしかしたらその幼馴染が邪魔をしに来たと思ったかもしれない。
だが二人が揃ってしまった事で、互いが互いの過去の話を暴露したせいで、どちらにとってもわからない話どころではなかった。情報共有されすぎて、そんな事まで言わなくても! というくらい互いの過去を知ってしまったそうなのだ。
結果として二人が出会った年齢よりも昔の話を知りすぎてしまったせいで、両親もまた私たちって昔からの知り合いだったっけ……? と己の記憶を疑うくらいに互いの過去を把握しすぎてしまったのだとか。
最後におねしょした年齢まで知ってしまったせいで、もう恥ずかしがる事なんて何もない……いややっぱ恥ずかしい……でももうここまできたら開き直るしか……! となったようで、今はもう二人揃ってもじもじするような事もない。というかグスタフが知る限りではそんな光景を見た事もなかった。
ついでに両親は言った。
市井では娯楽小説の中に、婚約者に嫉妬してほしいがために幼馴染を連れてきてそちらと仲睦まじく振る舞ったりするようなものもあるらしいが、幼馴染がただ協力するだけではなく、相手を狙って略奪しようと目論んだりしているものや、嫉妬どころか一瞬で相手への興味を失って婚約が駄目になっただとか。
そういう当初の思惑と違う未来が待っている事も現実だってあり得るのだと。
まぁ確かに普通はそっちの可能性を考えるよな、とグスタフも納得した。
そうやってあれこれ思い返していくうちに、両親の失敗談で頭がすっかり埋め尽くされてカテリーナの事を考えるだけで破裂しそうだった心臓はどうにか落ち着いてきた。
まぁ、うん。
それで明日を乗り越えられるかとなるとまた別の話だけれど。
どんな失敗をしても両親よりは可愛い失敗だろうと思う事にして。
そうしてグスタフは明日に備えてベッドの中に潜り込むのであった。
なお、混乱しそうな時に自分よりも混乱している人を見ると落ち着く法則と同じように、翌日自分以上にテンパッているカテリーナを見て、そこでようやく、あ、自分だけじゃなかったんだなとグスタフの心にドキドキが舞い戻ってきてしまったけれど。
本人が思った以上に冷静でいられたので、恥ずかしい失敗をするような事はなかった――ということだけは述べておく。
次回短編予告
幼馴染にとんでもない事を頼まれてしまった。
なんでも婚約者に嫉妬してほしいから一緒に来てほしいのだとか。
断りたいけど過去の失敗をばらすなんて言われて、しぶしぶ行くしかなかったのだけれど……
次回 嫉妬させたい、ねぇ……?
その作戦がどうして成功すると思っちゃったのか。




