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コインロッカー魔王ベイビーと友達になった日 ~二人で遊園地に行くために追手の魔王軍四天王を撃退せよ~

作者: 黄帯
掲載日:2026/06/19


 僕、鈴木すずき湊斗みなとは『コインロッカーベイビー』という言葉を思い出していた。


 なぜ大学帰りの自宅最寄り駅で、そんなことを思い出したのかというと──。


「わーん。ふえーん」


 赤ちゃんの泣き声が聞こえているからだ。


 この駅は無人駅で利用者は少なめ。

 今は平日の昼ということもあり、駅の建物内に僕以外の人の姿はない。

 それなのにやっぱり赤ちゃんの泣き声が聞こえる。

 通路壁際のコインロッカーの方から──。


 僕は鼓動が早くなるのを感じた。


「……まさか本当に、コインロッカーの中に置き去りにされた赤ちゃんが?」


 コインロッカーの前まで行って耳を澄ませる。

 そして声の出所とおぼしき中央あたりのロッカーの扉を開けてみると──。


「……っ!」


 いた。

 黒いベビー服姿の泣きじゃくる赤ちゃんが。


「酷い。誰がこんなことを」


 僕は赤ちゃんを腕に抱くと痛ましい思いで眺めた。


「ん? 何か変だな」


 普通、赤ちゃんの髪は生えそろっていないものだと思う。

 でもこの子の髪はフサフサツヤツヤで長い。

 しかも銀髪。

 そしてそれ以上におかしいのは、その銀髪の中からクルンとした羊みたいな角が二本飛び出しているということだ。


 いつの間にか赤ちゃんは泣き止んでいた。

 紅い瞳で僕を見つめている。


「あなたが出してくれたのね。お礼を言っておくわ」


「嘘!?」


 赤ちゃんが流暢りゅうちょうにしゃべっている!?


「き、君は一体……」


「立ち話も何でしょ? あそこに座って話しましょう」


 赤ちゃんが手を伸ばして通路反対側のベンチを指さした。


「悪いけど運んでもらえるかしら?」


 僕は戸惑いながらも言われた通りにすることにした。

 長ベンチまで移動して恐る恐る赤ちゃんを下ろす。

 赤ちゃんが倒れずにバランス良く座っているのを確認すると、僕も隣に腰を下ろした。


 赤ちゃんと19歳の大学生男子が並んで座っている。

 親子に見えなくもないかもしれないけれど、不審者扱いされてしまいそうで怖い。

 電車の本数が少なく、まだしばらく人が来そうにないのは幸いかもしれない。


「私の名前はラネッサ。あなたは?」


「……湊斗。鈴木湊斗」


 赤ちゃんと自己紹介。

 違和感が半端ない。


「そう。湊斗ね。ねえ湊斗。私が普通の人間の赤ちゃんじゃないって、もう分かっているわよね?」


 ラネッサが頭の二本の角に軽く触れながら言った。


「………だよね。君は何者なの?」


「魔族よ。私、魔王の娘なの」


 理解が追いつかないことを言っている。


「説明が要るわよね? どこから話そうかしら」


 ラネッサの話によると──。


 僕たちが暮らしているこの人間界とは別に、ラネッサたち魔族が住む魔界という世界が存在するらしい。

 そして彼女の父は魔界を統べる魔王だそうだ。


 ラネッサは魔王の娘として魔界で暮らしていたが、転移の魔法を使って人間界にやってきたのだという。


 ちなみに転移先に適した空間の条件というのがあるらしく、あのコインロッカーの置かれているあたりはそれを満たしているらしい。


 だからラネッサはあのコインロッカーの中に転移した。

 あそこにいたのはそういう経緯らしい。


「信じてもらえるかしら?」


「……まあ、一応は」


 にわかには信じがたいけれど、ここにラネッサがいるのは現実だ。


「あの、ちょっと聞いてもいいかな?」


「何かしら?」


「魔族の赤ちゃんって、そんなに流暢に話せるものなの? 魔王の子のラネッサは特別?」


 ラネッサは首を横に振った。


「そうじゃないの。私が普通に話せるのは、本当は赤ちゃんじゃないからよ」


「えっ? でも」


 角があったり銀髪だったり多少の差はあるけれど、人間の赤ちゃんとほとんど変わらない。


「私が赤ちゃんの姿なのは、人間界へ転移してきたことが原因なの」


 どうも魔界から人間界への転移用の道は強い魔力を持ったままでは通れないらしい。

 だから強力な魔力の持ち主が転移しようとすると、道を通るために魔力が弱体化してしまうそうだ。

 それに連動して体も幼く変化してしまうのだという。


「なるほど。じゃあ、ラネッサは何歳なの?」


「内緒」


 ラネッサが悪戯っぽく笑う。

 だけどすぐにその笑みは消えた。


「転移で幼くなるといっても赤ちゃんになってしまうとは思っていなかったわ。この体だと満足に歩くこともできないし、魔力も弱まっているから飛ぶこともできない。コインロッカーからも出られなかったもの」


 ラネッサがため息交じりに言った。


「結構長くコインロッカーの中にいたの?」


「それなりにね」


「じゃあ、喉とか渇いてたりする?」


「そうね。少しは」


「ちょっと待ってて」


 僕はベンチ近くの自販機に行くとスマホ決済で紙パック入りのオレンジジュースを二本購入した。


 片方の紙パックをベンチに置く。

 もう片方にストローを刺して差し出すと、ラネッサが意外そうな顔をした。


「もらっていいの?」


「うん。赤ちゃんの体だし、水分補給はしっかりしたほうがいいと思う」


「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうわ」


 ラネッサは両手で紙パックを受け取ると美味しそうに飲み始めた。

 僕はその様子を見守りながら、自分のジュースに手も付けないで気になっていることについて考えた。


 なぜラネッサは魔力が弱体化して幼くなってしまうようなリスクを冒してまで、人間界にやって来たのだろう。


「ごちそうさま。美味しかったわ」


 どうやら飲み終わったらしい。

 紙パックをベンチに置いている。


「捨ててくるよ」


「それぐらいは自分でやるわよ」


「でも」


 さっき満足に歩けないと言っていたはずだ。


「こうすれば大丈夫よ」


 ラネッサは紙パックに両手をかざした。


「あ」


 紙パックが宙に浮きあがった。

 そのままゆっくりとゴミ箱の方へと飛んで行き、捨て口に吸い込まれた。


「今のって、魔法?」


「そうよ」


「凄いね」


「全然よ。魔界にいたときの百分の一以下の魔力しかないもの。今はあれが精一杯ね」


 元はずっと強力な魔力の持ち主だったようだ。


「ラネッサの魔力が強かったのって、魔王のお父さん譲り?」


「確かに父は魔界屈指の魔力の持ち主よ。でも私は私。たくさん努力したんだから」


 ラネッサが頬を膨らませている。


「なんか、ごめん」


「別にいいわよ。ジュースおごってもらったし。湊斗は飲まないの?」


「その前に、聞いておきたいことがあるんだけど」


「何かしら?」


「ラネッサは、どうして人間界に来たの?」


 そう訊ねると、ラネッサは軽く息を吐いた。


「自由になりたかったからよ」


「どういうこと?」


「魔王である父には大事に育てられたと思うわ。でも私の意思は二の次。実力で魔王の座に登り詰めた人だけに、自分の言う通りにするのが一番私のためになると信じて疑ってないの。生活のことも将来のことも全部決められていて、息が詰まりそうだった」


 ラネッサがやるせなさそうに目を閉じた。

 赤ちゃんの幼い顔がどことなく大人びて見えた。


「家出みたいなことをしたこともあったのだけど、すぐに連れ戻されてしまったわ。魔界は父の部下である魔族たちの監視の目が光っているから」


 ラネッサが目を開けた。

 その深紅の瞳には何か強いものが宿っているようだった。


「でも人間界に行けばきっと自由になれる。そう思ったの」


 親から逃げて自由になりたい。

 その気持ちは十分すぎるほどに分かる。


「お姫様の我儘わがままだって思う?」


 ラネッサが肩をすくめて訊ねてきた。


「思わないよ。僕も親から離れたくて遠くの大学に進学した身だから」


「そうなの?」


「うん。でもラネッサと比べるなんておこがましいよね」


「そんなことないわよ。良かったら話してくれる? 聞きたいわ。湊斗のこと」


「じゃあ、面白い話ではないけれど──」


 僕は過干渉気味の母のことを語った。

 母は僕の教育に全てを掛けているような人だった。

 そして自分の思い通りにならないと気が済まない人だった。

 勉強もスポーツもああしなさい、こうしなさい。


 それだけじゃない。

 あの子たちは湊斗の教育に良くないから遊ぶのはやめなさい。

 そんなことを言って僕の人間関係を断って行った。

 それは高校になっても変わることはなかった。

 僕は教育に無関心だった父を必死で説得して地元から離れた大学に進学した。


 全ては母から逃げるためだった。


「そう。湊斗も大変だったのね」


 うんうんとうなずくラネッサ。

 赤ちゃんの姿だとなんだかシュールだ。


 だけど──。

 僕の辛かった気持ちを分かってくれたことが、とてもとても嬉しかった。


「でも自由になった今は楽しいでしょ?」


「うーん。まだあんまり、かな」


「どうして?」


「ずっと一人だったからコミュ力に難ありでね。まだ友達とかいないし」


 大学で当たり前のように友達を作って楽しそうにしている人たちを見ていると、結構惨めな気持ちになってしまう。


「何言っているのよ。湊斗にはもう友達がいるでしょ」


 ラネッサが僕の肘のあたりをトントンと叩きながら言った。


「いるじゃない。私が」


 ラネッサが微笑んでいる。


「……ありがとう」


「ふふ」


 久しぶりの友達。

 相手は赤ちゃんの姿で魔王の娘。

 物凄く特殊な友達だ。

 それでも心に込み上げてくるものがある。

 僕はその余韻よいんにしばらくひたっていた。


「──そういえば、ラネッサはこっちの世界のことに詳しいよね? 進学とか大学とか、分かってるみたいだし」


 ずっと黙っているのも良くないと思い、僕は話題を切り出した。


「私たち魔族には人間界の情報を得る手段があるの」


「へえ」


「だから色々と知っているわ。行ってみたいところもあるし」


「どこに行ってみたいの?」


「遊園地」


「遊園地かぁ」


「湊斗は行ったことある?」


「昔にならあるよ。楽しかった」


 小学生の頃、家族で行って楽しかった記憶がある。

 あの頃は母の過干渉も父の無関心も酷くはなかった。


「なら一緒に行きましょうよ。ね?」


 ラネッサが物欲しそうな目で見上げてくる。


 ちょっと考えてみた。

 この駅から電車で行ける場所にも遊園地がある。

 バイト代が入ったばかりで先立つ物の心配もない。

 ラネッサの角も帽子などで隠せば問題無いだろう。


「いいよ。今から行こう」


「やったー!」


 ラネッサが本当の赤ちゃんみたいに手を叩いてはしゃいでいる。

 その様子を微笑ましい気持で眺めていたけれど、ちょっとまずいことに気付いてしまった。


「あ、そういえば」


「どうかしたの? 湊斗?」


 ラネッサがはしゃぐのをやめて首を傾げた。


「遊園地のアトラクションって年齢制限とか身長制限があるものが多いんだ」


 赤ちゃんの体のラネッサが楽しめるアトラクションはだいぶ限られてしまうかもしれない。


「心配しないで。遊園地に着くころには大丈夫になっているはずだから」


 ちょっと意味が分からない。


「え? どういうこと?」


「それはね──」


 ピクリとして、ラネッサが口を止めた。


「……いくらなんでも、こんなに早く来るなんて」


「え? え?」


 僕はあたりを見渡した。

 だが相変わらず僕たち二人以外には誰も居ない。


「コインロッカーを良く見て」


 言われるままに通路の向こうにあるコインロッカーへと視線を送った。


 この駅のロッカーはラネッサが入っていた小型サイズのものがほとんどを占めている。

 だけど右端の四列は異なり、縦長の大型だ。

 そのうちの一つ、一番右の扉が青い不思議な光を放っている。


「あれは、どうなってるんだ?」


「転送の光よ。魔界からの追手が来たんだわ!」


「なんだって!?」


 ラネッサが魔界で家出したときはすぐに連れ戻されてしまったのだという。

 だから人間界にやってきたのに、ここにまで追手を差し向けてきたというのか。


 ガシャン!


 勢いよく扉が開き、何かがぬっと這い出して来た。


「ガルル」


 紺色の毛の狼がうなりながら二足歩行でこちらに向かってくる。

 狼男。

 僕にはそう見えた。


「あいつは暴食のアルカージ。魔王軍四天王の一人よ」


「魔王軍四天王!? そんな大物が」


「今の弱った私の魔力で対抗できる相手じゃないわ」


 ラネッサの声にあせりがにじんでいる。


 二メートル近くある狼男、アルカージがベンチの少し手前まで来て足を止めた。

 恐ろしいまでの迫力だ。

 僕は立ち上がることもできずにベンチに腰掛けたまま固まっていた。


「ラネッサ姫。そんなお姿になってしまわれて」


 アルカージが鋭い牙の生えた口で言う。


「魔王様が心配されておりますぜ。さあ。魔界に帰りましょう」


「嫌よ!」


 ラネッサはアルカージを睨みつけている。


「相変わらず聞き分けのないお方だぜ。じゃあ、ちょっとだけ待ってやるか。俺の腹がいっぱいになるまでな。俺は暴食のアルカージ。以前から美味いと噂の人間を食べてみたいと思っていたんだ」


 アルカージが僕を見て舌なめずりをした。

 こいつ、僕を食べるつもりなのか?

 背筋をゾクッとしたものが走り抜ける。


「待ちなさい! 人間なんかよりずっと美味しいものがあるわよ!」


「ほほう? 何ですかな?」


 ラネッサの言葉にアルカージが興味深そうに食いついた。


「これよ!」


 突然、オレンジジュースの紙パックが浮き上がった。

 手付かずのままベンチに置いてあったものだ。

 ラネッサが魔力で動かしているらしい。


「ちっ、弱った魔力で意地悪をしやがって」


 ゆらゆらと飛ぶ紙パックを追ってアルカージが歩いて行く。


「あいつは暴食という二つ名の通り、美味しいものに目がないのよ」


 やがて紙パックはアルカージが出てきた右端のロッカーの中に消えた。

 アルカージもそれを追って再びロッカーへと入って行く。


「湊斗、お願い。ロッカーの鍵を閉めて。閉じ込めるの」


 ラネッサが小声で囁いてきた。


「そんな手が通じる? あいつって魔王軍四天王なんだよね?」


「今は他の方法なんて思いつかないわ。一か八かよ」


「わ、分かった」


 僕は忍び足でロッカーに向かった。


「うむ。これは確かに美味」


 アルカージはロッカーの中でこちらに背を向けて、チューチューとオレンジジュースを飲んでいる。


 僕はそっとロッカーの扉を閉めた。


 ピッ

 カシャ


 スマホの電子決済でロック完了。


「おう!? いつの間にか閉じ込められている!? 出せ! チクショウ!」


 アルカージは内側からドンドンと扉を叩いているようだがびくともしない。

 なんとも間抜けな光景だった。


「……これが魔王軍四天王って」


 僕は指先でポリポリと顔を掻いてベンチにいるラネッサの方を見た。

 ラネッサが遠い目になっている。

 お父さんが率いる部下の大幹部がこのていたらく。

 あんな目になってしまうのも無理はない。


 だけどラネッサが目を見開いた。


「また転送の光が!」


 ラネッサの言葉で僕は慌てて振り返った。

 今度は右から二番目のロッカーの扉が青く光っている。


「ククク。閉じ込められたアルカージなど、我ら魔王軍四天王の中で所詮しょせん最弱」


 光っている扉の向こうから声がした。


「誰が最弱だと!? 聞こえてるぞコラ!」


 隣からアルカージの声。


「ええい、うるさい! 間抜けは引っ込んでいろ!」


 ギイ


 右から二番目の扉がゆっくりと開いた。

 中に異形の怪物が入っているのが見える。

 スタイリッシュでいて岩のような質感の体。

 そこから刺々しい刃物が無数に突き出している。


われは魔王軍四天王が一人、串刺しのブリザック。寄る者は全て貫くのみ」


 あの無数の刃物の生えた体には近づいただけで大怪我をするだろう。

 恐ろしい怪物に違いない。


「人間よ。命が惜しくば我がラネッサ姫を連れ戻すのを黙って見ていることだ」


「い、嫌だ! ラネッサは連れて行かせない!」


 僕は恐怖を押し殺して叫んだ。

 ラネッサは友達だ。

 見捨てることなんて絶対にできない。


小癪こしゃくな。無駄に命を散らしたいなら望みどおりにしてくれる」


 やはり魔王軍四天王。

 底知れない迫力を感じる。


「くっ、来るな!」


 僕は気圧されて後ずさりしてしまった。

 それをブリザックが追って──。


 追って来ない。

 ロッカーの中で身じろぎしているだけだ。


「は、刃物が引っかかって出られぬ」


 ロッカーの中でブリザックがもがいている。

 本当に出られないらしい。


「湊斗ー。閉めちゃえばー」


 後ろからラネッサのあきれ気味の声が聞こえた。


「そだね」


 パタンと扉を閉めて──。


 ピッ

 カシャッ


「む、無念なり」


 ブリザックもロックして閉じ込めた。

 これで一安心かな。

 いや。

 今度は右から三番目のロッカーが光っている。


「おっーほっほっほっ」


 光るロッカーの中から、女性とおぼしき高笑いが聞こえてきた。


「アルカージもブリザックも哀れだこと。四天王として同列に数えられていることが不愉快だわ」


 四天王の一人らしい女性の声は続いている。


「うふふ。でも仕方がありませんわね。後から任命された新参のあの二人など、ただの数合わせ。付け焼刃。おまけ。刺身のツマの魔界大根」


「数合わせだと!? それに付け焼刃だぁ!?」


「我がおまけで、刺身のツマの魔界大根とは。聞き捨てならぬぞ!」


 右二つのロッカーから抗議の声。


「いいからわたくしに任せておきなさいな。ここから出たらすぐにでも姫を連れ戻して──」


 ピッ

 カシャ


 しゃべっている間に、僕はロックを掛けた。


「えっ!? 開かないじゃない! 姿を見せもしないうちに閉じ込めるなんてあんまりだわ!」


 姿も名前も知らない四天王がロッカーの中で悔しがっている。


 僕はロッカーから離れてラネッサの待つベンチに戻ってきた。


「上手くいったわね。湊斗。ご苦労様」


「……いや、あんまり苦労してないけど。魔王軍って人材不足なの? 四天王なのにアレって」


 ロッカーから喚く声が響いている。


「食べ物で釣るなんて卑怯だぞ!」


「くっ。引っかかって動けないこの姿勢、キツイ」


「開けて! 顔見せぐらいさせて頂戴!」


 ラネッサが再び遠い目になっている。


 僕はなんとなく使ったお金のことに思考を巡らせた。


 ロッカーの利用料金700円×3=2100円。

 あと紙パックのオレンジジュース代120円。


「合計2220円かあ。なんだか痛い出費だなあ」


 三人もの魔王軍四天王を閉じ込めたにしては微々たる代償のはずなのに、そう思えてしまうのは奴らがアホ過ぎるからだろう。


「魔王軍四天王って、あと一人残ってるよね?」


「ええ。そいつだけはなかなか油断できない奴よ」


 ラネッサの表情が真剣なものに戻っている。


「そいつも私を追って転移してくるかもしれないわ。だから早くここを離れたほうが──」


 ラネッサが急に口をとめたので、僕は振り返った。

 そこには半ば予想していた光景があった。

 右から四つ目のロッカーの扉が光っている。


「転移だよね? 急いでロックして──」


 だがすぐに光は収まり扉は開け放たれた。


「ふう。なまじ魔力が強いと転移には苦労する」


 ロッカーから出てきた少年が呟いた。

 10歳くらいだろうか。

 魔導士のような黒いローブをまとっている。

 額からは一本の真っすぐな角が生えているのが見えた。


「……来てしまったわね。四天王筆頭ゾルタークが」


「四天王筆頭? あんなに小さな子が?」


「本当はあいつ、いい歳をしたおっさんよ」


「え? でも子供だよね?」


「さっき言ったでしょう? 魔界から人間界への転移用の道は魔力が強いままだと通れないの。通るために魔力が弱体化するし、それに連動して体も幼く変化するって」


 そうだ。

 確かにそう聞いた。


「馬鹿どもが。油断しおって」


 ゾルタークがコインロッカーを見ながら吐き捨てるように言った。


「だが私に隙はない。ハアッ!」


 突如、ゾルタークの全身がまばゆい光を放ち始めた。


「くっ!」


 僕はあまりの眩しさに目を閉じた。

 目を開けたとき、ゾルタークから光は消えていた。

 そして少年の姿ではなくなっていた。

 顔は四十がらみの中年に変わり体も大人のサイズになっている。


「本来の姿に戻ってしまったわね。強い魔力を感じるわ」


 そのゾルタークがこちらへと歩いてくる。


「ど、どうしよう?」


「あと少し、あと少しで私も──」


 ラネッサには何か秘策でもあるのだろうか。

 だがそれを聞くよりも早く、ゾルタークが迫ってきた。


「お会いするのは数年ぶりですね。ご機嫌麗しゅう。ラネッサ姫」


 ゾルタークが片手を胸にやって優雅にお辞儀をした。


「お願い、ゾルターク。見逃して!」


「それは出来ない相談です。魔王様に顔向けができません」


 ラネッサの必死の訴えを、ゾルタークは一蹴した。


「あの、僕からもお願いします!」


 僕はゾルタークの前に進み出た。


「彼女は、ずっとお父さんのことで悩んで──」


「しゃしゃるな! 人間!」


 ゾルタークが僕の言葉をさえぎった。

 そして右手の人差し指をスッと上に動かすと──。


「えっ!?」


 僕の体が宙に浮かび上がった。

 ゾルタークの魔力で操られているようだ。

 バタバタとあがいても地面に足はつかない。

 それどころかだんだんと高度は上がっていく。


 天井近くの7、8メートルの高さにまで上がると僕の体は止まった。

 下方向に、ゾルターク、そしてラネッサの姿が見える。


「邪魔だ。脆弱ぜいじゃくな人間などその高さから落ちただけで死ぬだろう。始末してやる」


「湊斗は関係ないでしょう!? 分かった! 魔界に帰るわ! だから止めて!」


「いいえ、そうは参りません」


「どうしてよ!?」


「あやつを生かしたまま魔界に戻れば、あやつに会うため姫は再び人間界に行きたいと言い出しかねませんからな」


「──────」


 ラネッサは言葉に詰まったようだった。

 ゾルタークが言ったように、ラネッサは本当に僕に会いたいと思ってくれているの?

 こんなときだというのに、僕の心の奥に嬉しさが込み上げてくるのを感じた。


「……あきらめるわよ。また人間界に来たいなんて言わない。とにかくやめて!」


 ラネッサが迷いを振り切るように言った。


「なりません」


 だがゾルタークは無情だった。

 奴が右手の人差し指をクルリと回すと──。


「うわっ!」


 僕の体は上下逆に反転してしまった。


「落ちろ」


 ゾルタークが指をパチンと鳴らす。

 その瞬間、僕の体を浮かび上がらせていた力が消えた。

 頭から真っ逆さまに床へと落ちて行く。

 僕は恐怖のあまり目を閉じた。


 目をつむる瞬間、ラネッサの小さな赤ちゃんの体がまばゆい光に包まれたような気がした。


 …………………………


 おかしい。

 床に激突する衝撃がいつまで経っても訪れない。


「大丈夫? 湊斗」


 女性の声で呼ばれて僕は目を開けた。


「え、ええっ!?」


 いつの間にか僕は女性に抱きかかえられていた。

 女性の年齢は僕と同じ19歳くらいだろうか。


 なめらかな銀髪。

 そこから飛び出した羊みたいなクルンとした角が二本。

 紅い瞳の優しい眼差しが僕を見つめている。


「君はもしかして、ラネッサ?」


「そうよ。赤ちゃんから元の姿に戻ったの」


 その女性、ラネッサが微笑んでうなずいた。


「僕を助けてくれたんだね」


「ええ。この姿に戻った瞬間に急いで飛んだら、ギリギリ間に会ったの」


 ラネッサの足が床からわずかに浮いていることに気付いた。

 魔力で浮かんでいるのだろう。

 その足が床につき、僕も足から降ろされた。


「湊斗はちょっと下がっていてくれる?」


「うん」


 僕は小走りでラネッサから離れた。


 ラネッサがヒールの靴をつかつかと鳴らして歩いて行く。

 服装もベビー服から黒いドレス姿に変わっていた。


「ゾルターク! よくも湊斗を殺そうとしたわね!」


 ラネッサはゾルタークと対峙すると叫んだ。

 立て続けに右手を前に突き出して人差し指をクイっと動かす。


 するとゾルタークが宙に浮かび上がった。


「そ、そんな馬鹿な。私でさえ抵抗さえできないほどに、ラネッサ姫の魔力が強力になっていたとは」


 ゾルタークが宙で手足をばたつかせて狼狽している。


「ここ数年会っていなかったものね。でも愚かだわ。転移の幼少化の差で予想できたでしょうに」


「転移での幼少化の差、ですと?」


「そうよ。魔界から人間界への転移用の道は強い魔力を持ったままでは通れない。だからあなたも私も魔力が弱体化して体も幼少化した。ただしあなたは少年止まり。でも私は赤ちゃんにまでなってしまったのよ」


「むうう」


 ゾルタークはラネッサの言わんとしていることを悟ったようだった。


「その差はつまり──」


「そう。私の魔力のほうが、ずっと強力ということよ!」


 ラネッサはそう言い放つと、右手をぐっと握りしめた。

 その瞬間ゾルタークの全身が締め付けられて一回り細くなった。

 しかも電流のようなものがほとばしっている。


「ぐああああ!」


 ゾルタークは苦しみ悶えていたが、十数秒でぐったりと動かなくなった。


 そして浮かんだままゆっくりと移動して、先ほど出てきたコインロッカーの中へと納まった。


 ラネッサがコインロッカーの前まで移動して扉に手を掛ける。


「魔界に戻ったらお父様に伝えなさい。もうお父様の言いなりにはならない。お父様自ら来たとしても簡単には負けないし、無理矢理連れ戻そうとしても無駄。それから、私に干渉しようとする以上に──」


 言葉を切って深呼吸するラネッサ。


「私の大切な人に手を出すのは絶対に許さない! 次は無いわよってね!」


 ガシャン!


 ラネッサが乱暴に扉を閉じた。

 その扉に片手で触れている。


「*@#$%&」


 呪文を唱え始めたようだ。

 扉が光り出す。

 その光が消える瞬間、中にいるゾルタークの声が小さく聞こえた気がした。


 他の四天王を閉じ込めてある三つのロッカーに対しても、ラネッサは同じことを繰り返した。


 僕は彼女に駆け寄った。


「あいつら全員、魔界に転移させたわ」


 僕が近くまで行くとラネッサは背を向けたまま言った。


「凄かったよ。もし追手が来たとしても、きっと大丈夫だよね」


「……ええ」


 ラネッサが振り返ってうなずいた。

 意外なことに居たたまれないような表情をしている。


「危険な目に遭わせてしまって、本当にごめんなさい」


「謝らないでよ。ラネッサが助けてくれたおかげで無事だったんじゃないか」


「助けられたけれど間一髪だったわ。恐かったでしょう?」


「まあね。でもいいんだ。良いこともあったし」


「良いこと?」


 ラネッサが首を傾げる。


「もし魔界に戻ったとしても、また僕に会いに来てくれそうだったことが、なんだか嬉しくて」


「あ、あれは別に」


 視線をそらしてしどろもどろになるラネッサ。


「それにさっきも『私の大切な人に手を出すのは絶対に許さない』って言ってたよね。大切な人って僕のことで、いいのかな?」


「ちが──」


 ラネッサが顔を赤くしてうつむいた。


「違わない、けど。でもそれって、大切な友達って意味よ」


「うん。嬉しかった」


「……もう」


 ラネッサが顔を上げてはにかんだ表情を見せた。


「……一緒に遊園地に行く話、まだ有効かしら?」


「もちろん」


 僕が力強くうなずくと──。


「じゃあ、行きましょ」


「あっ」


 ラネッサが僕の右手を握って走り出した。


「そっちは駅の出口だよ。遊園地に行くなら電車に乗らないと」


「いいの」


 駅の建物から外に出ると、昼下がりの緩やかな日差しが僕たちを照らした。


「それっ!」


 ラネッサの体が浮かび上がった。

 手を引かれた僕の体も一緒に舞い上がって行く。

 だいぶ上空まで来ると上昇が止まった。


「遊園地はどこかしら?」


 ラネッサは空いている方の手を目の上にかざして周囲を見渡している。


「あそこね」


「そうだよ」


 遥か遠くに小さく観覧車が見えている。


「かなり遠いけど、あそこまで行けるの?」


「任せて」


 今度は横方向に僕たちは進み始めた。


「さあ! 飛ばすわよ!」


 スピードがどんどん増していく。

 少し前を飛んでいるラネッサがちらりと僕を見た。


「……落ちないように、しっかり掴まっててね」


「……うん」


 お互いにちょっと照れ顔。

 僕とラネッサの手は繋がったままだ。




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― 新着の感想 ―
 困った大人たちに囲まれて、苦労した二人。なかなかいいコンビでしたね。湊斗の母の過干渉の原因は父の無関心から来ている可能性もあるので、次は二人で湊斗の両親にビシッとした態度を見せつけてあげるのも良いか…
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