生命活動停止サービス予約受付
別に死にたい訳ではない。何か嫌なことがあっただとか、元々うつ病を患っているだとかでもない。もうすぐ雨が降るような、それとも降った後か。重たい空気が窓からぬるりと侵入してきて眠気の残る脳に寄り添う。
そんな時は無理に明るいことを考えたり、身体を起こしたりせず気の向くままに考え事をする。そんな時間や自分の癖が私は好きだった。
誰か偉い哲学者がそう言ったのだったか、アニメや漫画の台詞だったのだろうか。「命は終わりがあるから美しい」というその言葉が本日の私の脳内会議の議題に上がった。
ごろりと寝返りを打って枕に顔を埋める。一体どこで聞いた言葉だったか……綺麗でかけがえのない言葉であり、ありふれたような言葉でもある。
正直なところ私はそういった、所謂「綺麗事」があまり好きではない。反吐が出るほど嫌いだとも言えないが意味を理解できなかった。ならば無限の命は美しくないとでもいうのだろうか?美しければ終わりに恐怖を感じないとでもいうのだろうか。いいや、きっと無限の命というものがあるならばきっと欲しがる者は多いだろう。それを前にしたとて、例の台詞を口にできる者はそうそういないだろう。言ったところで「強がり」とされるからだ。
枕に顔を埋めて考えに耽る。しかし無限の命というものはこの世には存在しない。全てのものは老いて朽ちてゆく。それが人であれ、機械であれこの世に存在するものはすべてそうだ。
「終わりがあるから美しい」その言葉は強い人間のために存在するような気がした。いつくるともわからない終わりに対して、いつ終わってもかまわないように「いつだって綺麗に生きていける」人間のための言葉だと思った。
私はそう考えられるほど強い人間ではない。
「いつ終わるのか知りたい」そういう人間なのだ。映画を観たり本を読む時にどんでん返しを期待しないし、上映時間や頁数など最初から見えると安心するものだ。なんだったらネタバレだって気にしないタイプなのだ。一体いつ終わるのかわからない映画など観たくない。ポップコーンやドリンクは大きいサイズを買っていいのか、すぐ終わるなら残してしまうかもしれない。頁数がわからない本も読みたくない。栞は用意したほうがいいだろうか、今この本を開いてキリのいいところまで読めそうなのか。それとも実は短編で五分もあれば読み終わるのか。
予想のつかないことはいつだって不安で不愉快なのだ。
では死もそうではないか?この世で最も予想がつかないことと言っても過言ではなく、しかし誰にも平等に訪れる。
そして強い人間は有終の美を飾るために必死に生きるのだ。しかし私のような臆病者はそんな現実から目をそらして怠惰に生き、なんとなくの日常を続ける。そしていつかある日ぽっくりと死ぬ。
そんな重い考えのなか、たどり着いたのが人生も映画の上映時間や本の頁数のように可視化できたらいいのになぁということだった。
あとどのくらいで死ぬか、それがわかっていたなら私もベッドの中で怠けることなく期限まで必死になって働き、友達と話し、家族を愛するだろう。そしてやり切った時に安心して死ねるのだ。
自分の寿命を決められる、予約しておける「死」があればよいのになぁと切に願う。冒頭でも言ったように別に死にたいという希死念慮があるわけではないのだけれど。ただ漠然と「大体80年くらい生きるでしょう」という人生よりもしっかりした期限が設けられて「50歳で死にますよ」と宣告されたほうが私は生きやすいのだ。
例え80年の寿命があったとしても足腰が弱って歯も髪も抜けて、日常生活も誰かの手を借りなければままならない。そんな人生は嫌なのでやはり私は50歳や60歳で終わりたいと思う。
ある程度の人生観は20代か30代で固まる。そんな時に自分の終わりを決められるサービスがあったらよいのではないか?
安楽死はまだこの国では認められていないから手段として使えない。自殺も周りの人間に迷惑がかかるから駄目だ。なによりこの二つは中止できてしまうことが欠点だ。安楽死も自殺も直前で怖気づいてしまえば終わりだ。
もしも一度予約したら取り下げることのできない「生命活動停止サービス」なるものがあればどうだろう。それはもう必死に美しく生きるだろう。きっと予約も殺到するのではないか?予約した日が来たら有無を言わさずカプセルにでも放り込んでガスか何かで眠るように逝けたらいいと思った。多少強引でも自分が予約したからには仕方がないし、抗って中止されるようなものでは安楽死や自殺と変わらない。
ある日突然見知らぬ狂人に刺されたり、飲酒運転の車に轢かれたりして死ぬよりも全然いい。それは不可避な事故であり自分の望まない終幕なのだから無念が遺るだろう。
けれどきっと、倫理的な観点からみてこんなサービスは実現することはないのだろうな。シーツの上で転がって壁をこつんと蹴ってみる。あくびをしてちらりと時計を見ると昼前だった。頭をぽりぽりと掻いて少し考える。腹は減ってきたがどうにも眠い。頑張って起き上がってコンビニまで行き、昼飯にありつきたい気持ちはあるが。
「二度寝してからでいいか。」
伸びをしたあと、掛布団を手繰り寄せてすっぽり頭まで包む。生命活動停止サービスの予約はしていない。まだまだ終わりまでは時間があるのだから今生き急いで昼食を摂らずともいいのだ。そうして私は今日も怠惰に生きることを決め込んで二度寝を貪る。いつ終わるのか知っているなら頑張れるのになぁと言い訳をして。