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ヴァイオリン製作家の願い

作者: 林偉立

ヴァイオリン製作家の願い


清水はヴァイオリン製作家である。伝統的に男性が主導するこの分野で、彼女は卓越した技術で頭角を現した。彼女が製作するバイオリンは、厚みのある豊かな音色と優れた響きを持ち、国際的な賞を受賞し、多くの著名な演奏家のために特注の楽器を作り上げてきた。


ヴァイオリン製作家は、木材の選定、切り出し、彫刻、f字孔の製作、胴体の組み立て、そして整音に至るまで、複雑な工程を丁寧に重ね、一挺のバイオリンを完成させる。製作の過程で、共鳴胴の中に自分の名前を書いたラベルを隠し、品質と技術への責任を象徴する。


ヴァイオリン製作家とバイオリニストの関係は、単なる売買を超える。ヴァイオリン製作家の願いは、完璧な音色を生み出し、それを真に表現できる演奏者に捧げることだ。彼らは楽器の魂を構築し、バイオリニストはそれに音と命を吹き込む。コンサートごとに、ヴァイオリン製作家は無言の演奏者として、バイオリニストと静かに共演し、音楽を真に生み出す。


清水は音楽科在学中に、同じクラスの小林と出会った。1年次には、2人は誰もが羨むカップルとなった。小林は181cmの長身で、端正な容姿と落ち着いた優雅さを持ち、芸術家特有の静かな気質を漂わせていた。細く器用な指先と、深い眼差しは彼の内面を映し出していた。彼はピアノを専攻していたが、心の底では常にバイオリンを愛し、2年次にはバイオリニストを目指す決意をした。


数ある楽器の中でも、バイオリンは人声に近い音域を持ち、人間の感情を最も表現できる楽器と広く認識されている。弓の運び方、圧力、指使いの変化を通じて、トレモロなどの技巧を繊細に表現し、悲しみ、喜び、情熱、郷愁など多様な感情を伝え、強い表現力を発揮する。


バイオリンを専攻する清水は、演奏よりもバイオリン製作に強い興味を抱いていた。授業の合間に、彼女は熟練の職人に教えを乞い、技術と経験を少しずつ積み重ねていった。


卒業後、2人は同棲を始めた。時が経つにつれ、清水の技術はますます磨かれ、小林は彼女が丹精込めて作ったバイオリンを使い、演奏の表現力も向上していった。小林のためにバイオリンを作り、彼がその楽器で演奏する姿を見ることは、清水にとって最も純粋で幸福な瞬間だった。


小林が最も愛した曲はパッヘルベルの「カノン ニ長調」だった。この曲を演奏する際、彼は目を軽く閉じ、頭を楽器に傾け、最初の音を奏でると同時に、カノンの旋律がまるで血の中に溶け込み、体中で響き合うようだった。


小林の左手は指板の上で軽やかに跳ね、右手は弓を華麗に操る。彼は楽器をしっかりと支え、上半身はフレーズに合わせてわずかに揺れ、弓は弦の間を滑らかに往復し、音符は絹糸のように繊細に流れ出す。最後の音を奏で終えると、音色は繊細なビブラートとともに消え、彼はゆっくりと弓を上げ、右腕で優雅な弧を描き、情熱的な演奏に完璧な終止符を打つ。


清水が小林の「カノン」の演奏を静かに聴くたび、その音色は彼女の心の最も柔らかい部分を深く打ち、呼吸は旋律に合わせて揺れ、手は無意識に握ったり緩めたりを繰り返した。小林が演奏を終えると、ショートカットの愛らしい清水は彼の前に飛び出し、尊敬の眼差しで熱烈に拍手する。彼女の誇張した可愛らしい反応に、小林は顔を赤らめて笑い、彼女を抱きしめてようやく拍手を止めさせた。


「カノン ニ長調」は元々重奏のために作られた曲であり、多声部の絡み合いを通じて、段階的に進む和声の美しさを完全に表現するには合奏が最適だ。


時には清水も小林と一緒にバイオリンを奏で、2人で「カノン」を演奏する際、2本の弓が空中で交差し、時には同時に落ち、時には一緒に上がり、時には平行に動き、時には独立して動く。旋律の対話は、独奏では得られない喜びと共鳴をもたらし、まるで2人が時を超えて輝かしいバロック時代に戻ったかのようだった。


小林は清水が作った手工のバイオリンを大切に扱った。演奏後、肩当てを外すとすぐに、绒のない布で楽器本体、指板、弓についた松脂の粉を丁寧に拭き取り、清水の心血を注いだ作品を傷つけないよう細心の注意を払った。その後、弓の毛を緩め、バイオリンと弓をケースに丁寧に収め、蓋を閉じ、ロックをかけ、安心して保管した。


10年の努力の末、小林は清水の期待を裏切らず、国際的に名を馳せるバイオリニストとなり、世界中で演奏を行った。スターとして名を上げた小林は、大企業のスポンサーから支援を受け、イタリアの名工によるアンティークの名器を手に入れた。


このアンティークの名器は豊かな音色と優れた共鳴を持ちながらも、清水と小林は、音色の表現において清水の作ったバイオリンがそれに決して劣らないことを知っていた。


しかし、アンティークの名器を持つことは、小林が高度な評価を受けた証であり、ステージでの魅力を高め、キャリアに大きな推進力をもたらすことも理解していた。そこで2人は、小林が清水の手作りバイオリンの使用をやめることを決めた。


名器を得た小林の知名度は急上昇し、演奏の依頼が増えるにつれ、家を空ける時間も増えた。清水は一人で手工のバイオリン製作に没頭し、小林の帰宅を待ち続けた。


小林が稀に帰宅すると、疲れた姿の彼を気遣い、清水は邪魔しないよう心がけた。彼女はバイオリンを手に取り、小林の耳かきをするように優しく楽器の埃を掃除し、そのアンティークの名器を丁寧にメンテナンスした。そして、彼の演奏用の黒いシャツを丁寧にアイロンがけし、黒い革靴に靴墨を塗った。


清水が特注の注文を受け、心血を注いで作品を完成させると、小林が気に入ればすぐにそれを使い始めた。小林は、名器は本番用で、普段の練習には清水の手作りバイオリンが必要だと言った。


清水は常に小林を最優先し、注文の納期が厳しい場合、顧客に謝罪して納期を延ばし、日夜作業を続けて納品を果たした。


共に過ごす時間が減るにつれ、2人の会話は楽器のメンテナンスに関する話題に限定され、まるで客と修理職人が同じ屋根の下で暮らすようになってしまった。演奏やイベントが増える中、小林は頻繁にホテルに泊まるようになった。


清水は、このままでは小林が家に帰らない状況が悪化すると感じ、結婚を提案したが、毎回冷たく拒否された。小林は、「バイオリンの王子」の称号を維持するためには独身でなければならないと告げた。


1年半ほど前から、小林はウィーン音楽院を卒業したばかりの美人バイオリニスト、ジェシカと頻繁に共演し、バイオリンデュオのコンサートを数多く開催した。メディアは彼らを音楽界の「ゴールデンカップル」と称賛した。


清水は最初、気にも留めなかったが、雑誌で小林とイブニングドレス姿のジェシカが背中合わせでバイオリンを持つ写真を見たとき、すぐに雑誌を手に小林にジェシカとの関係を問いただした。小林は、すべてがマーケティングのための事務所の仕業だと答え、清水の疑いを笑い、「私の名器のメンテナンスに専念すべきだ」と告げ、名器を持ってホテルに戻った。


その後、小林は同棲がメディアに知られるとイメージが損なわれるとして、ホテル暮らしを始めた。翌1年間、小林は時折名器を家に持ち帰りメンテナンスを依頼した。清水は弦の交換、ブリッジの調整、響棒の点検、指板や弓毛の修繕、塗装の補修や保護を行い、作業が終わると小林に連絡して受け取りに来させた。このやりとりが彼らの生活の日常となった。


清水は、小林が彼女の手作りバイオリンを使っていたなら、きっと宅配便でメンテナンスを済ませていただろうと理解していた。名器が貴重だからこそ、小林は自ら足を運んだのだ。それでも彼女は気にせず、小林のメンテナンスの要求に全力で応えた。


今、小林とジェシカの年末の大規模なコンサートを翌日に控え、2人は音楽ホールで最終リハーサルを行っている。小林は演奏後の記者会見で、ジェシカとの結婚を発表する予定だ。演奏当日に事故が起きないよう、彼はバイオリンをホール内の監視システム付きの貴重品用金庫に保管した。その後、清水の住まいに向かい、長く先延ばしにしてきた真実を今夜ついに伝えなければならない。


小林が家に入ると、目の前に立つ清水を見た。彼女は作業エプロンを着け、ポケットにはナイフなどの道具を入れていた。小林は心の中で、黒いロングドレスに輝くアクセサリーを身につけたジェシカと彼女を無意識に比較した。別れを告げられた清水は驚いた様子もなく、落ち着いて作業場に向かい、小林の名器を取り出し、じっくりと確認するよう促した。


小林は、乾燥し、傷や繭だらけの清水の手からバイオリンを受け取り、不思議に思った。名器は金庫にあるはずではなかったのか? 彼は表面の経年跡、修復や塗装の部分、弓の細部を注意深く観察した。すべてが金庫の名器と一致していた。試奏してみると、音色も完全に同じで、確かにその貴重な名器だった。


小林が確認を終えると、清水は彼の手から名器を奪い、壁に叩きつけた。楽器は一瞬で粉々に砕けた。小林は獣のように怒り狂い、清水に襲いかかろうとしたその時、彼女は冷静に問うた。「テセウスの船の話を知ってる?」


テセウスはギリシャ神話の英雄で、彼の船はアテネに保存されていた。時が経つにつれ、木材が腐り、部品は一つずつ新しいものに交換された。最終的にすべての部品が新しくなったとき、元の木材は一切残っていない。この船はまだテセウスの船と言えるのか? この問いに、誰も明確な答えを持たない。


小林は清水の言葉の意味を即座に理解した。彼女は名器のメンテナンスのたびに、古い部品を一つずつ新しいものに交換し、彼に返していた。無数のメンテナンスを経て、すべての部品が入れ替わり、取り外した古い部品は彼女が再び組み立て、元の状態の名器として作業場に保管していた。そして今、その名器は粉々になった。


小林は、金庫にある名器が実は清水の模造品だと悟った。彼女を追い出された小林は、金庫を確認しに行かずとも、プロの彼女が同じ木材を入手し、オリジナルを参考に外観や構造を精巧に模倣し、人工的な摩耗や燻製、ワックスで古びた痕跡を再現できることを知っていた。伝統的な彫刻技法や塗装法にも精通しており、完璧な偽物を作り上げられるのだ。しかし、いつから、なぜ彼女がそうしたのか、小林には理解できなかった。


小林は魂を失ったようにホテルに戻り、一晩中眠れなかった。翌日、演奏ホールに到着し、金庫からバイオリンを取り出した。低音側のf字孔から、内部に清水の名前が書かれたラベルが見えた。彼女は確かに一流のヴァイオリン製作家で、優れた演奏家の小林でさえ、過去の演奏で異変に気づかなかった。清水は、小林が真相を知っても、彼がこの「テセウスのバイオリン」を使い続けざるを得ないことをわかっていた。彼はアーティストとしての名声を保つため、この楽器を手にしなければならない。


小林は力なく楽屋を出て、ステージに向かった。途中、今夜の公演の広告看板の前で立ち止まった。そこには、1年前の雑誌に掲載された彼とジェシカの写真が使われていた。清水はその写真を見た瞬間、ジェシカが持つバイオリンが彼女の手作りだと気づいていた。


ヴァイオリン製作家は共鳴を伝えるf字孔を彫る際、幅や形状に独自のスタイルを持つが、清水のf字孔は特に細長く優美だった。写真を見た彼女は、小林が彼女の手作りバイオリンをジェシカに贈っていたことを知り、裏切られた痛みから反撃を決意し、小林を破滅させるバイオリンを作り上げた。


すべてを理解した小林は力を失い、ジェシカとステージに立った。彼女が清水のバイオリンを手にし、自分もまた清水の作ったバイオリンを持っている。かつて2人で「カノン」を奏でた幸せな時間を思い出し、後悔に苛まれた彼は、満場の観客の視線を浴びながら、清水の魂が宿る弓を震えながら掲げた。弓が弦を掠め、耳障りな音を立てた瞬間、彼はすべてが終わったことを悟った。



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