第三話 世は淡く、濃いは君だけ
いつも通り、コントラストの低い世界。昔はこんな色ではなかった気がするけど、もう慣れてしまった。
二階の教室の窓から、彩度の低い空に目を向ける。……桜色のさざ波が時々押し寄せる、少し風の強い日。
やわらかい光と暖かな空気に、僕はまた目を閉じた。
「――なつき」
優しい声がして、目を開ける。彼の紺桔梗の髪が揺れた。
「きみつき……」
「おはよう。授業終わったよ」
机の前で僕の顔を覗き込んでいた彼は立ち上がる。
「んー」
「お弁当食べよう」
「うん」
まだ少し眠い目で、彼が僕の机の前に椅子を持ってくるのを眺める。きみつきは、いつもどこか懐かしくて、安心する。色褪せた僕の世界で、彼だけはいつもはっきりとしていた。思い出を辿っても、いつも、彼のいたところだけは鮮明に。
「――この時期の緑は綺麗やなぁ」
「そうね」
「今度ピクニック行かん?」
「この前行ったじゃない。また行くの?」
「ええやんピクニック。行こうやぁ」
クラスメイトの会話をラジオに、僕の机にやってきたきみつきと一緒に弁当を食べる。
「ねえきみつき」
「ん?」
「緑、綺麗?」
校庭の奥に並んでいる木々を指して言う。僕の世界ではそんなに鮮やかではない。
「多分、綺麗」
「そっか。僕もそうだと思う」
もうずっと目に映るのは彼の紺桔梗と花紺青だけ。緑って青に近いから、多分彼と似たような色だった筈だ。
このまま彼だけを見ていたら、いつか世界から色が消えるのかな。
「なつき? どうかした?」
僕がじっと見ていたせいで彼が聞いてきた。
「ううん。……今日もきみつきは綺麗だね」
「そう? なつきも綺麗だよ」
優しい笑顔が返ってくる。好きだな、きみつきのこういう顔。
……彼と一緒にいられるのなら、彼が輝いているのなら、それでいいか。他に楽しさがなくたって、ご飯の味が薄くたって、きみつきと一緒ならそんなのどうでもよくなる。ご飯も味が濃くなる気がする。大好きなきみつきがこの世界で一番輝いているのが嬉しい。
これはどこかおかしいんじゃないかって偶に思いもするけど、彼だけが僕の世界で一番であることは、そんなに悪いことかな。