第十六話 夜明け
がやがやと騒がしい人の声、祭囃子。
眠っていたのだろうか、目を開けた僕は社の階段に倒れていた。
何故ここにいるんだろう。暗闇の前は林にいた筈なのに。
不意に光に目を向けて、飛び込んできたその強い色に僕は思わず目を閉じた。
恐る恐るもう一度目を開くと、あったのは痛いくらい眩しい色。
「こんなに明るかったのか……」
右隣で彼の声がして、僕は向いた。同じように社の階段に腰掛けて、屋台を眺める鬼見月がいた。
「おはよう」
そう彼が微笑む。
「おはよう。……まだ夜だよ」
僕は笑いかける。
「そうだね」
あの日も、こんな風に階段に座って話をした気がする。会話の内容は……昔のことだし思い出せない。でも、本来あるべきだった正しい記憶は戻ってきた。鬼見月との過去も、僕の昔の思い出も。もう彼だけが濃い訳じゃない。これが本当の色。
「夏気、世界って綺麗だね」
「うん、すごく。……ねえ鬼見月、大好き」
「私も、夏気が大好きだ」
「僕達、今度はちゃんと付き合うってことでいいんだよね?」
「ああ。もう君に憑きはしない。ちゃんと、付き合おう」
「うん。僕も、憑かない」
濁りのない世界は澄んでいて、綺麗な彼の瞳がよく見える。
「……鬼見月、僕達まだキスしてないよね」
その言葉に、どんな日よりも優しく微笑んだ鬼見月は僕の頬に触れた。
「してもいい?」
「うん」
甘くて、涼やかで、愛しくて。
交わす口付けは空に降りる一点の光みたいな、そんな、愛。
愛しくて抱きしめる。
さらさらな彼の後ろ髪も全部を抱き包んで、何回も。
――ワッ……と、耳をつんざくみたいな歓声に包まれた。
花火。
「もうすぐ祭りも終わりかな」
彼が言う。
「そうだね。ねえ鬼見月、これからどうする? また学校には来る?」
僕の言葉に、彼は少し考えてから言った。
「私は神社にいることにするよ。そもそも人の世に関わりすぎるのはよくないことだ」
「そっか、分かったよ。僕、会いに来る」
「私も行くよ。君の元には」
「うん」
小指を絡めて約束をする。いつだったか、同じように約束をした。一緒にいようと。
でも、今の方がずっと信じられる。形なんていらないくらいに。
「夏気」
「ん?」
「もう一度……」
「いいよ」
抱きとめて、鬼見月を感じる。
幸せだ。
今は僕も体があるけど、いつか死んでまた霊に戻ったらここに住もう。そしたらもう、本当にずっと一緒にいたい。
「――っちょっとぉ! 探したんやで⁉︎」
急な声に驚いて向くと、肩で息をする烏丸さんと竜胆さんが立っていた。
「……ごめん、忘れてた」
僕は火照る顔を袖で隠す。
「忘れてたって何よ、心配したのよ! 急に二人がいなくなって。狐は祓ったけれど、二人が見つからないから消えてしまったんじゃないかって……」
「……竜胆さん、烏丸さん、二人とも迷惑をかけてすまなかった」
鬼見月が隣で頭を下げる。
「僕も、面倒かけてごめんなさい」
「……もういいわ。二人が無事でよかった」
「そうやで。五体満足でえかったわ」
優しい声に顔を上げると、二人が微笑んでいた。
「にしても鬼見月くん、全然うちんとこの鬼さんやって気付かんかったわ。姿ちゃうし、元々全然出てこんしで。っちゅうか、そもそも名前あったんやね」
「ないよ。これは夏気専用」
「僕専用?」
にこっと微笑む鬼見月に、僕が首を傾げていると
「なあなあ」
烏丸さんが何だか嬉しそうに。
「その名前、神社んとこ書いてええ〜?」
「専用って言ってるでしょ。駄目だよ」
「ちぇ〜」
「でもそれって、何だかとってもロマンティックね。素敵だわ」
凛としている竜胆さんが、珍しく乙女っぽい表情をした。それで名前について考えていた僕は意味が分かってしまって、何だか嬉しいような照れくさいような気持ちになる。確か出会ってすぐ名前を聞いたような気がするんだけど、『鬼見月』……それってあまりにも、あまりにも……告白じゃないか?
「りんちゃん案外そういうの好きよね」
「い、いいじゃない別にっ」
「あ。そういえば、夏気くんもなんか人間とちゃうけど」
「はぇっ?」
くるっとこっちを向いた烏丸さんに、まだ『鬼見月』のことを考えていた僕は対応できず気の抜けた変な声を出してしまった。隣で鬼見月が小さく吹き出す。
「ごほん。えっと、僕もさっき思い出した」
「二人してどっか行っとったんか。も〜う」
「これからはしっかりしなさいよ?」
仕方なさそうに笑う二人に僕は「そうする」と頷いた。
「気を付けるよ、ありがとう」
鬼見月も言う。
「困ったことあったらすぐ言うんよ? ……いやぁそれにしても、お二人さん! ほんまお似合いやなぁ。ラブラブやし。いい夜過ごしぃね」
「もう烏丸、やめなさい」
「え〜ちょっとからかったってええやん。ラブラブやん」
びっと指を指す烏丸さんに、竜胆さんがその服の背をくいと引っ張って、烏丸さんがぶーぶー言う。
「それじゃあもう大丈夫みたいだし、私達は行くわね」
「えっりんちゃん屋台は⁉︎ 花火は⁉︎」
「ちゃんと寄るし見るってば」
姉妹のように会話する二人に手を振って、僕は一つ息を吐いた。
「よかった、ちゃんと片が付いて」
「そうだね。……夏気、ありがとう」
鬼見月は言った。
「花火が終わったら、家まで送る」
「――ねえ、離れないの?」
「……あと三秒」
送ってくれたのは嬉しいけど、別れ際の鬼見月が抱き合ったまま中々離れてくれない。今まで憑き合っていたせいで有り得ないくらい近くにいたから、数歩離れただけでとても寂しく感じるのは分かる。でも、家の前でこれは流石に恥ずかしい。
「……じゃあ、そろそろ行く」
「うん……」
体の温もりが離れて、繋いでいた指先が少し冷える。名残惜しい。
「またすぐ会いにくる」
「僕も行く。じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
鬼見月はそう言うと、地面を一蹴りして夜空に消えた。
初めて彼の鬼らしいところを見たけれど、これからはそんな日も増えるのかな。……そうだといいな。




