第一話 思い出
――ジワジワジワ。
夏休み。煩い蝉の中を歩いていた。
小学生だった僕は多分、その日も家から虫でも取りに行っていたんだ。
何故か僕一人だった。
少し薄暗くて涼しい境内に入って……。
何かあった気がする。
思い出せないけど、気が付くと境内の中央辺りにぽつんと、白い誰かが立っていた。服は折り紙で作ったやっこさんみたいに角ばっていて、でも幅のある歩きやすそうな服。肩より少しだけ長い、綺麗に切り揃えられた白髪を覚えている。
緑の中に現れたその一点がどうしても気になって、惹かれてしまって、やけに綺麗だと近付いた僕は、その人に――触れた。
振り返った彼は綺麗な一対の角を持ち、藤紫の目をしていた。
何か話したんだ。でも、記憶は朧げで。
鬼だということだけ覚えてる。神社に祀られている本人だって。
彼の瞳、後ろ姿、握られた両手から伝わってくる彼の温もり。それ以外は全部記憶が抜け落ちたみたいに真っ白だ。
綺麗だった。あれからいくらか神社に行ったけど、もう会えなかった。
ずっと覚えてる彼のこと。雪のようでありながら、真夏の太陽みたいに明るかった。でもどうしてか、ある時から彼への気持ちは薄くなっていった。
「――ねえ」
あれは夕方だった。中学生だった。声がした方を振り向くと、同じ年頃の少年がいた。紺桔梗の髪に花紺青の瞳。僕をじっと見つめていた。公園にいて当たり前の年頃なのに、何故か酷く違和感があって……それでも、夢みたいに
「綺麗」
だった。
何故か重なったその言葉。夕焼けじゃなく、染まっていく彼の頬。
初めて会った筈なのに、何故か知っている気がした。
そんな彼に、僕の気持ちは変わっていった。
いつからだったか。
あの時? それより後? 僕はずっと夢の中にいるみたいだ。