短編
どさどさどさ。
今日も春川流美の下駄箱から大量のラブレターが落ちてきた。
オレは呆れていた。
毎日飽きもせず、よくもまあ送るものだ。
「はうう。今日も多いな……あはは」
苦笑いを浮かべながらしゃがみこんでラブレターを拾う流美。
ポニーテールを揺らしながら、よいしょ、よいしょと抱きかかえる。
丁寧なものである。
「資源ゴミに捨てちまえばいいのに」
「そんなことできないよ! ダメだよ、真剣に書いたものなんだよ?」
めっ、と叱るように言う流美である。
「もしタローがラブレターもらっても、絶対捨てちゃだめだからね!」
「もらわねーよ。流美じゃねーんだから」
オレは佐藤太郎。
流美と違って名前と同じぐらい平凡な男である。同じ名前の奴が学年に3人いるのだが、そいつらと揃って成績は100番代なのだ。常に学年で一桁クラスをキープしている流美とはえらい違いである。
「で、その中の誰かと付き合ったりしないのか」
「ないよー。今はタローのお世話で手一杯だもん」
あははは、と屈託なく笑う流美だった。
「……そうか」
ちょっと責任を感じる。
こいつは自分のことをオレの母親か姉かなにかと勘違いしてる。朝ご飯は作りに来るし、寝坊したら起こしに来るし。たぶん小学校の頃に母さんが死んだから、責任を感じて「わたしがお世話しなきゃ!」とでも思ってるんだろう。
いいかげん、解放してやらなきゃいけない気もするが……。
こうして幼馴染として世話を焼かれる現状も、悪くないと思う自分がいる。
だって。
もし幼馴染でなかったら、流美は自分になんか見向きもせず。
この大量のラブレターの差出人のひとりと付き合ってたんだろうし。
「えーと、今日は多いなあ……」
よっよっと、年賀状を見るみたいに仕分けしていく流美。
事務的だ。
今日もこいつの心を引く男は現れないらしい。
見慣れた光景とはいえ、ちょっとだけ安心する――
と、思ったそのときだ。
「……っ!!」
ぼんっ。
いきなり、流美が赤面した。
「えっ……え、え、ええーっ!?」
動揺いっぱいの声で、叫んだ。
「え、え、うそうそうそ、ウソだよね、わわわっ……!」
「お、おい流美、どうした」
オレは慌てて流美の肩にぽんと手を置く。
それだけで。
「っっっっ!!!」
流美は振り返った。
見たこともない表情をしていた。
口はへにょへにょに曲がっていた。
耳たぶは真っ赤に染まっていた。
目尻からちょっと涙が出ていて、明らかに興奮した様子だった。
――ラブコメ漫画で見るみたいな、恋してる女の子そのものだった。
「わっ……わたし! かえるっ!!」
だだだだだだーっ!!
流美はそのまま一直線に校門に走っていってしまった。
「……………………マジかよ」
残されたオレは呆然とつぶやいた。
ついに。
流美に彼氏ができるときが、来たのか。
翌日、教室。
流美は起こしにも朝食を作りにも来なかった。
いままで一日も休んだことがないのに、だった。
オレはぼーっとしていた。
「ラブレター受け取っただけで、あんな顔するなんてなあ」
教室でオレはぼーっと窓の外を見ていた。
ちょっと文面を見ただけで、あんな、恋する乙女みたいな反応をしていた。
知ってるやつからのラブレターだったのだろうか? 流石に文章を一行や二行読んだだけであんな反応はしないだろう。つまり、内心こっそり好きだった奴からラブレターをもらった……と考えればしっくりくる。
そんな奴がいたのか。
おめでとう。
と、素直に言えるほどオレは大人じゃないようだった。
「……はあ」
正直、誰なのか、すっげー気になる。
あいつは人が良すぎるからなあ……。
誰か悪いやつに騙されてないか。
はあ……。
何度目かわからないため息を付いた。
そのとき。
「……た、タロー」
「わっ」
席の隣に流美が来ていた。
「き……来て、ついて来てほしい、の」
昨日と同じ、真っ赤に頬を染めて動揺した様子で言う流美。
「へ。ど、どこに?」
「う、裏庭……えと、あの、ほら、昨日の返事で……」
「えっ。なんでオレが」
ラブレターの返事をするのに男がついていっちゃだめだろう。
「な、なんでって……タローがいなきゃ、だめだもん」
オレは考える。
なるほど、不安だから誰かにいてほしいというのはわかる。
それが男だというのは不安だが、頼りにされるのは素直に嬉しい。
……よし。
オレだって男だ。
流美にふさわしい男かどうか、影から見極めてやろうじゃないか。
というわけで、流美に連れられて裏庭についていく。
到着したあと校舎裏に隠れようと思ったら。
「え、ちょっと、なんで隠れるの」
「なんでって。オレがいちゃ流石にまずいだろ」
「な、なにいってるの? タローがいないとはじまらないよ?」
なんでだよ。
え、ひょっとして断る理由にするつもりか?
それならまあ、わからないでもない……え、どっちなんだ?
とにかく相手の男を待つか……。
と、流美と向かい合うと。
「あ……あのねっ!?」
なぜか流美は話し始めた。
「た、たくさん考えたよ。一生で一番真剣に考えたよ」
「はあ」
流美はごくりと息を飲み込むとオレをまっすぐに見つめた。
「いままでね、タローのことはぜんぜん……そういうのだと、思ったことなくて。あのね、お母さんが亡くなって、私が面倒見なきゃなってずっと思ってて、だからその……ああいうの貰うなんて、すごいびっくりしてっ!!」
「はあ?」
話がだいぶおかしい。
「だっ……だけどね、だから真剣に考えたの。タローと……そういう関係になるってありうるのかなって」
「おい」
なんか、だいたいわかってきたぞ。
「確かにタローと一緒にいると楽しいし。ずっと一緒にいてもいいかなとも思うし。でもでも、き、キスとか……抱きしめるとか、えええええっちなこととか、そーゆーことするのはやっぱり想像がつかなくて……い、イヤってわけじゃないんだけど!? ちょっとだけ興味もあるしっ!?」
あるのかよ!?
「おい流美」
「だからね、だからねっ!」
流美は聞いちゃいない。
「だから……っ! と、友達からゆっくり、はじめたいなって、思って!」
「…………」
「それで、それで友達を何年かやって、そしたらきっと慣れて……」
流美はもう一度オレをまっすぐ見て。
「そしたら……こ……恋人になれるかもだし……なりたいなって……思うの」
…………。
オレは思った。
なりたいなって……思ってくれてるんだなあ……。
やばい。
ちょっと抱きしめたくなった。
が。
それは我慢しなければならない。
なぜなら誤解は正さねばならぬからだ。
「あのな。流美」
「う……うん」
「なんでオレが告白したことになってんだよ」
ぽかーん。
流美は何を言われたのか理解できていない様子だ。
やはりな。
「えっ。えっ。だ、だってタロー、わたしにラブレターを……」
「それ見せてみ」
流美の手からラブレターをひったくる。
そこには差出人の名前が佐藤太郎とあった。
オレの名前だ。
――学年に3人はいる。
「それ、オレじゃねーよ」
「え」
「同姓同名の別人だ」
しばらく間があった。
「はえ?」
間抜け声。
さらに間があった。
やがて。
「ええええええええええええっ!?」
ラブレターを受け取ったときよりも更に真っ赤に頬を染めて。
泣きそうなぐらい、というか実際泣いてるのだが、顔を歪めて。
流美は叫んだのだった。
「うそーーーっ!?」
「嘘だと言いたいのはこっちだよ……幼馴染の字くらい見分けろよ」
「に、似てるもん! すごい似てたもん! 字、そっくりだったもんっ!!」
成績も名前も字すらも似てるらしい。
つくづく因果な平凡さだ。
「……あれっ? でも、わた、わたしっ、タローに返事しちゃったよ!?」
「したな。お友だちからはじめて、いつか恋人になりましょうって」
数年後に恋愛関係になりましょうってのは、実質OKだろう。
実際。
いまオレ、めちゃくちゃ嬉しいし。
そっか。
もしオレが告白したら、ああいう返事になるんだな。
そっかあ……。
「ふええええん! どうしよ! どうしよ! どうしようー!?」
「どうもこうもあるか。まず落ち着け」
ぽんっと頭に手をおいて、撫でる。
こいつは慌てたときはいつもこれで落ち着くのだ。
「……う」
「落ち着いたか。じゃあ聞け。えーとまあ、なんだ、その」
ぽりぽりと頬を掻く。
まあ。
こいつだけに恥をかかすわけにはいかないだろう。
「オレも同じだから」
「……へ?」
「なんつーかあれだ、オレも……さっきお前が言った通りに」
それは素直な思いだった。
「いつか、その……流美と恋人になれたらいいなって、オレも思ってるから」
「っ!」
「だから……」
頑張れ、オレ。
「と、友達から、その、はじめてみようぜ」
流美はオレを見上げた。
潤んだ瞳、瑞々しい唇、どれも素敵だと思った。
こんな子と……今すぐは無理でも、いつか恋人になりたいと思った。
「――――――」
流美はしばらくの間のあと。
へにょっと口を曲げて、視線をさっとそらして。
「う、ん」
泣きながら、でも微笑を浮かべながら。
コクリとうなずいてみせたのだった。
――後日談。
佐藤太郎くんへの返事は、改めて書面にてお祈り申し上げた。
同姓同名の彼に、幸あらんことを。
まちがって連載設定にしてしまいました、短編となります。