どこでもない場所、なんでもないひと
部屋へ来てほしいと言われたがわたしは、こういう場合はどこでもない場所が一番いいと思うと答えた。あなたは一瞬すねたようだったが、ため息もいらだちも見事に封じ、代わりに、あなたの指からオレンジ色の予熱がわたしの腕へ伝ってきた…
なんて奇麗な肌なんだろうと、思った。
わたしのついた嘘が運んできてくれた、手のひらの感触と、舌ざわり。何も知らないんだ。何も知らないでいられるんだ。知らないということの、密度の高さ。無知という潮力。
わめきつづける遺伝子のバルスが、果嚢のようにふくれあがった自尊心と一緒になって、あなたの口元でちゃぷちゃぷ音を立てている。あなたの母親やあなたの先生たちは幼いあなたに未来をささやき続け、こんな無傷な怪物をつくりあげた。
どちらにしても、いつかは知ることなのだ。こんな美しい肌をしている頃から自分を疑う必要はない。わたしが自分の空白感からついあなたの無知を侵しそうになっても、きっとその場で忘れてくれるだろう。
わたしはようするに、かくれんぼのオニの役で、目を閉じてみんなが隠れるのを待っていたのだけれど、ふと立ち上がると、当然だがだれもいなかった。
だからわたしも、みんなの前から消えたのだ。
そしてどこでもない場所で、名前もない存在で、再会する。
理解は、極限までじれさせてからひょっこりやってくればいい。わたしがいなくなってからゆっくり考えれば、あなたはきっと自分を不幸だなんて思わずにすむだろう。なぜなら、どこにもいなくなったわたしは、いくらでもあなたのものになるからだ。あなたは手の中に在るわたしと対話を始めるだろう。それが自分自身と気づかずに。
あなたはわたしの理想の憧れのなかにいて、そこからわたしを憧れている、でもそんなこと、あなたにはどうでもいいことだ。なんて素敵。わたしはあなたの無知蒙昧には敬意を表して欲情する。あなたは重たい。無知とは重圧なのだ。わたしは鎖骨で笑いながら、明日になれば持ち上がらなくなるかもしれないあなたの身体を、今日は満身の力で担ぎ上げる。明日になれば風船のごとく浮かぶかもしれない貴方の身体を、今日はわたしが高みへ連れていく。