5.ベネット様の訪問と処罰について
とうとうベネット様がこの神殿に到着すると聞き、出迎えるために他の神官たちの一歩前に出て神官長と並ぶ。金の太陽の紋が入った、真っ白な馬車が神殿の前に停まると、中から一人の男性が降りてくる。キラキラと輝く短く切り揃えられたプラチナブロンドに橄欖色の瞳。その整った顔に、背後の女神官たちの溜め息が聞こえてきたが、気にせず私は頭を下げる。
「ようこそおいでくださいました。太陽の神官ベネット様」
神官長に促され、私はベネット様に声をかけた。ベネット様はやんわりと微笑むと頭を下げる。
「私のような一神官に、このような丁重なお出迎えをありがとうございます」
いえいえ、あなたは太陽の神の伴侶ですよ?何をおっしゃいますと、心の中で叫びながら神殿内に案内する。ベネット様の後ろには屈強な男性神官と頭の切れそうな女神官が控えていた。たった三人と御者のみでここにいらっしゃったのかしらと考えていると、ベネット様から声をかけられる。
「レイラ様」
「はい」
「オブシディアン様にはお会いできますか?」
ふとベネット様の後ろに視線をやると、そこに太陽の神が立っていた。慌てて頭を下げると、太陽の神から「よい」と声がけいただき顔を上げる。
「はい。ご案内できますが、ベネット様のみとなります」
そうベネット様の後ろの二人に声をかけると、こっくりと頷く。神官長が案内役を代わってくれたので、私はベネット様と共に祈りの間へ向かった。
「美しい扉だね」
ベネット様が漆黒の扉を褒めてくださったので、私はにっこりと微笑むと扉に向かって声をかける。
「ディアン様。太陽の神とベネット様をお連れしました」
私の声にゆっくりと扉が開き、いつもの蜜蝋燭が並ぶ部屋にディアン様が立っていた。
「ようこそ姉上。そして伴侶ベネット」
「失礼いたします、オブシディアン様」
ベネット様が一礼しながら挨拶すると、ディアン様は目を細めて口角を上げる。私たちが部屋に入ると、扉はゆっくりと閉まった。ディアン様が手招きしたので、小走りで近づき隣に並ぶ。
「長旅で疲れたであろう。座って茶でも飲みながら話しをしよう」
「恐れ入ります」
温かなハーブティーの入ったカップが二つテーブルの上に並び、隣には焼き菓子の皿が添えられていた。
「甘い物が苦手ならすまないな。姉上はきみの好みを教えてくれないし、我が伴侶は甘い物が好物でね」
「お気遣いありがとうございます。甘い物も好きなので嬉しいです」
にっこりと爽やかな笑みを浮かべ、ディアン様に臆することなくハキハキとベネット様は答える。隣に座る太陽の神は、ずっと愛おしい者を見る目でベネット様を見つめていた。本当にお好きなのねと考えながら、ハーブティーを一口飲む。ベネット様もハーブティーを口に運ぶと小さく笑った。どうやらお気に召したようだ。
「それで、奴らへの沙汰は?」
ディアン様の問いかけに、ベネット様は口を開く。
「彼らには王都で地下施設を作る仕事に従事させます」
「地下施設ですか?」
思わず訊ねると、ベネット様は笑顔のまま頷いた。
「これは私の憶測ですが、これから先50年は王都に夜は訪れない……で、間違いないですね?」
こくりと私が頷くと、ふむとベネット様は顎に手を当てて考え込む。ベネット様は視線をディアン様に向けると質問を続けた。
「遷都したらどうなりますか?」
「次はそこに夜が訪れない」
予想は的中していた。ディアン様は王都に夜を訪れさせない。遷都すれば次はそこが一日中昼間になる。
「王族は数年ごとに遷都する案も考えていましたが、今の王都に地下施設を作り、夜はそこで休むようにすれば良いのではないかと提案しました」
日の光の届かない地下施設を作るのと、数年ごとに遷都するのと、どちからが費用がかかるのだろうかと考えていると、ベネット様がこちらを見ていることに気付いた。
「地下施設を作らせるほうが周りも監視がし易いですしね。民たちの怒りもしっかりと身にしみるでしょうから、押し通させてもらいました」
穏やかに微笑みながら話されているが、ベネット様も今回の太陽の神の愛し仔を偽られた件に相当お怒りなのだなと感じる。私も他の者がディアン様の愛し仔だと吹聴したら嫌だ。
「よく王族が頷きましたね」
「私が太陽の神─エヴェリーナ様の愛し仔である証明をしましたから」
どんな方法で証明したのか恐ろしくて聞けない。何とか笑顔を取り繕っていると、ディアン様は小さく笑った。
「レイラ、お前が我が伴侶だということも王家だけではなく王都の民へは伝わっている」
「え!あ……そう、ですよね……」
私が王都から追放されてから夜が訪れなくなったのだ。私を夜の神の愛し仔だと皆が考えるだろうと今更ながら思い至る。改めて私が居なくなったせいだと民たちに恨まれていないだろうかと頭を抱えていると、ベネット様が話し始めた。
「今回の婚約破棄と愛し仔を騙った件に関して、殿下たちだけでなく現国王にも非があると思いますので、責任を取っていただく形で退位していただき、殿下を廃嫡させても現状は変わりませんか?」
「変わらない。これから50年は夜は訪れない」
「分かりました。退位された元国王たちにも地下施設の建設に従事していただきましょう。そして側妃の子息、第一王子に即位いただきます」
話しが大事になっていくと焦っていると、エヴェリーナ様が私に話しかけた。
「レイラよ、気にするな。現国王は神の愛し仔二人を貶める愚行に走ったのだ」
「リーナ様の言う通りだよ、レイラ」
ベネット様にもそう言われ私は俯く。
「もっと怒ってもいいのよ?」
エヴェリーナ様の言葉に私は頭を振った。
「あの、私……」
意を決して声を出すと、視線が集まるのを感じて萎縮しそうになる。落ち着け落ち着けと唱えながら、私は話を続けた。
「殿下たちのことは、本当にどうでもいいんです。ただ、私はディアン様の側にいられたらいいなと思って追放を受け入れたんです」
向かいに座る二人がぽかんとした様子で私を見るので、あぁ、しまったどう伝えたらと焦っていると、ディアン様が助け舟を出してくれる。
「レイラの関心は罪なき民が苦しんでいないか。それだけだ」
ディアン様がそう言うと、一瞬間を置いてベネット様はお腹を抱えて大笑いし始める。
「ははは!関心さえ持ってもらえないなんて、殿下は憐れだなぁ」
隣に座るエヴェリーナ様も小さく笑い始め、ディアン様は片方の口角を上げていた。そんなに可笑しかったかしらと首を傾げていると、ベネット様は呼吸を整えて口を開く。
「レイラ様のお考えは分かりました。確認ですが、この処罰に異論はありませんか?」
真っ直ぐこちらを見つめる橄欖色の瞳に、こくりと頷いた。
「はい。地下施設が出来ることで、罪なき民が苦しみから解放されるならば」
「うん、そうだね。直ぐには難しいけど、ある程度スペースが出来たら弱者から優先的に使用できるように手配しましょう」
ホッとしながら、私はディアン様を見上げる。月の光のような優しい金の目がこちらを向いていたので微笑み返した。
「さて、話はこれで終わりです。暫くこの神殿に滞在させていただきますので、よろしくお願いします」
「はい。後で温室のハーブ園をご案内させてください」
ベネット様にそう返事をすると、楽しみですと喜ばれたのでホッとする。ハーブティーを飲みながら暫く談笑をして、エヴェリーナ様はディアン様と話したいことがあるそうなので、私とベネット様は退室した。
「それでは、温室へご案内します」
「えぇ、よろしくお願いします」
ベネット様の数歩前を歩きながら、夕日に照らされる神殿内を歩く。夜が訪れるのはもう直ぐだ。